恋はままならず〜発芽〜

 

 

なんだかなぁ……今日は気持ちが乗らないっつーか、たぶん楽しめない気がするんだよなぁ。

スマートフォンに羅列された文字は、普段なら絶対心浮き立つ誘い文句なのだが、何故か今日に限って気が進まない。

魅録の仲間がオープンさせた「焼肉屋」で、飲めや食えやのどんちゃん騒ぎだというのに……悠理の胃はちっとも喜ばないのだ。

ん〜?なんなんだ?このモヤモヤ感。お昼も弁当2つしか食えなかったし、胃もたれってわけじゃないと思うんだけど……。

普段なら差し入れの豪華弁当を5つ、6つぺろッと完食するくせに、今日に限ってサンドウィッチ詰め合わせと、松花堂弁当を一つ食べただけで残りはお持ち帰り。

どう見ても通常運転ではない。

いつからこんななんだ?

夕べ食べたすき焼きは最高だった。何せ神戸牛特Aランクの霜降りで、ビールもたっぷり飲んだし、食後の西瓜も丸々一個美味しく食べたよな。

となると、朝ごはん?…………いやいや、違うぞ。朝は焼き立てのパンとローストビーフが美味くて、片っ端から食いまくって母ちゃんにイヤな顔されたんだっけ。

『みっともない!』って怒鳴られたし。デザートのフルーツタルトまでぺろっと胃袋におさめたから、朝は普通に元気だったってこと。

となると………学校に来てからだよな?

一限目は数学の小テストでストレス溜まっちゃったのは確か。あの先公、抜き打ちなんかしやがって。

また赤点確実じゃんか!

でもこんなのはいつものことだし、体調が悪くなる理由にはならないはず。

でもって、二、三限目は生物。

視聴覚室で眠くなるような細胞分裂の映像をうんざりするほど視せられた。結局半分以上寝てたけど。

四限目は……これまた退屈な英語で、暇すぎて窓の外見てたら、気持ちのいい青空が広がってて、あ〜、南の海行きたいなぁ、なんて気分になったんだよな〜。

そんな空の下、グラウンドで400m走してたのは清四郎のクラスだった。

暑いのにご苦労さまって思って眺めてたら、ヤツのクラスメイトが貧血か何かで派手にコケちゃってさ。いい年して半泣きになってやんの。

で、側にいた清四郎がその子背負って、保健室(恐らく)に連れてったんだよな。

え?そこまでするか?

……って馬鹿馬鹿しく見てたけど、まああいつは医者の息子だし「さもありなん」か。

背負われた女子は真っ赤な顔で恥ずかしそうに首振ってたっけ。

───ん?

あれ……?

もしかしてあの時から体調悪い?

胃の辺りがムカムカ。

心臓がギュッと萎んだみたいで、軽く吐き気もする。

清四郎とあの子の姿を思い出しただけで、なんとなく頭に血が上ってく感じ。

ん〜?なんだなんだ?

野梨子だってしょっちゅうあいつにおぶわれてるじゃんか。

見慣れた光景なのに、何が違うんだ?

 

………と、ここまで考えた小さな脳みそはそれ以上の追及を止めてしまい、悠理はチャイムと共に席を立った。

(やっぱ夜は焼き肉屋で、このもやもやを発散しよう!)

そう意気込んでざわめく廊下を歩いていると、向こうから清四郎と例の彼女が肩を寄せ合うようにやってくる。

まだ足を引きずっているが、応急処置のせいか、かろうじて歩行は出来ているようだ。

「おや、悠理。今から部室ですか?」

清四郎がいつもように声をかけ、悠理は「おぅ」とだけ答えた。

隣に立つクラスメイトはよくよく見れば“わりと”可愛い。

野梨子ほどではないにしろ、二重のパッチリとした目も、小さなバラ色の唇も、手入れされた髪も、年頃の女の子のそれ。

悠理の胸はまたしても違和感を感じ始めた。

(いったい、なんなんだ?これ……)

「清四郎は?部室来ないのか?」

「ああ、彼女が怪我をしたので念の為、うちの病院でレントゲンを撮ることなったんですよ。」

「付き添い?」

「ま、そんなとこですね。」

そう言って二人は表玄関の方へと去ってゆく。そんな二つの背中を見送った悠理はいよいよ本格的に具合が悪くなってきていた。

(ダメだ、今日はやめとこ……)

大好きな焼肉を放棄させるほどの理由を、疎い彼女はまだ気付かない。それは紛れもなく嫉妬であり、小さな恋の発芽を予期させていたのだ。

その日の夜。悠理は胸の不快感から夕食を摂らなかった。普通じゃない様子の令嬢に五代は慌てふためき、医者を呼ぼうとしたが、悠理は「大丈夫!もう寝る!」と寝室に閉じこもってしまったのだ。

彼女自身、今の現状をつかめきれていない。何故こんなにも気持ちが悪いのか。それが清四郎のせいというのならば、一体何が理由なのか。

全く予想もつかない。

「あたい、あいつのこと………嫌いになっちゃったのかな。」

理由のわからぬ感情は、あさって方向の結論を導き出した。

どちらにせよ、日中の清四郎を思い出せば胸がギュッと締め付けられる。長い付き合いをしてきたはずなのに、あの女の隣に立つ清四郎はまるで違った男に見えた。

「………なんだよ………別にいいじゃん。元々そこまで好きってわけじゃないんだし………」

声に出せば空回りするだけ。本心ではないと解っているからこそ、苦しくなる。

いつもは使わない脳みそが疲れをもたらしたのだろう。悠理はいつしか眠りに落ちていた。

夢の中では仲間たちが楽しそうに話していて、それなのに清四郎だけがあの女の側に居る。誰よりも親しげに。

どんな流れだったかは分からないが、彼女の肩に触れる彼の手を見た瞬間、とてつもない負の感情がこみ上げ、悠理はあまりの居心地の悪さに涙してしまう。

───清四郎………なんで?

切なさで埋め尽くされる心。

それが淋しさであり、虚しさであり、疎外感であると知れば、悠理はうっすら何かが見えるような気がした。

 

翌日の下校時。

怪我をした女と清四郎の姿を再び目にした悠理は、またしても夢の続きの不快感に襲われた。

包帯で巻かれた細い足首は痛々しかったが、何とか自力で歩こうとしているようで、その努力は評価出来たものの、しかし清四郎の手は彼女の腰にしっかり添えられている。

学園では、生徒会長と彼女の親密ぶりがそろそろ噂になってきているらしく、可憐はそんな二人を見て「あら、甲斐甲斐しいこと。」と鼻を鳴らした。

忌々しい事態だ。

その日の夜は前日の詫びもあってか、魅録の誘いに二つ返事で応えた。

馴染みのドライブインは海沿いにあり、波の音が穏やかに響いている。

そこで行われる暴走族仲間の会合は20人ほどの集まりで、当然のように魅録を慕う男たちばかり。もちろん悠理目当ての輩も若干名いるにはいるが………魅録の手前、ちょっかいをかけたり出来ない。

悠理自身、そんな誘いに乗るほど恋愛に飢えているわけではなかった。

しかし───今夜ばかりは様子が違う。

仲間の相談事を受ける魅録から離れ、気心の知れた’達也’と酒を酌み交わしていると、どうやら妖しげな雰囲気が二人の間を漂い始めた。

達也はどちらかというとモテ系の不良で、恋人が切れたことはなく──そんなひと昔前のイケメンは常々、難攻不落な悠理を落としたい願望があり、それを実行するタイミングを窺っていたのだ。

「……悠理さんは美人っすよね。」

酒の勢いを借りたわけではない。達也は以前から抱えていた率直な想いを口にした。

「ふん、……んなこと、わぁってるよ。」

顔の造りが悪くないことくらい、美意識の高い連中から教えられているのだから解っている。

特に母親からは「顔だけは美人に産んでやったのに・・」と繰り返し愚痴られているわけだし、実際鏡を見て悩むことはあまりなかった。

「どうせ女らしくないって言いたいんだろ?」

「いやいや、それが悠理さんの’らしさ’でしょ。俺は好きだな。」

それはあまりにもストレートな発言で……恋愛経験の乏しい悠理には伝わらない。

「………おべっかなんて使わなくていいよ。」と切り返し、ビールを煽った。

だが、今こそチャンス!とばかりに達也は熱っぽい眼差しで見つめてくる。

「いや、マジっす。俺、マジで悠理さんが好みっす。」

「は?」

「ダメですか?もし付き合ってもらえるなら、今の女全員切ります。悠理さん一筋になります!」

唾が飛ぶ勢いで詰め寄られ、悠理は思わずのけ反った。

「ちょ、冗談だろ………」

「本気です。」

「あたいはおまえのこと………そんな風には見れないって………」

「これからそんな風に見てくださいよ。」

「え、いや……それはさすがに……」

想定外のシチュエーション。

初めて異性から告白されたはずなのに、ちっともうれしくないのは何故だ?

相手はわりとモテ男で、魅録にだって評価されている。

仲間内でも人気があるし、そこそこ男気だってある奴だ。

それなのに、悠理の心はこれっぽっちも動かない。

むしろ今までの爽やかな付き合いを汚されたような気分すらする。

「あたいは………」

真剣な眼差しが容赦なく突き刺さる中、悠理の口は乾いていく。

魅録に助けを求めようと一旦視線を外すも、彼は複数人の相談に乗っているため、声をかけれそうもない。

「俺ってそんなに………可能性ないっすか?」

さっきまでの勢いはどこへ?

一転、弱々しい態度で窺ってくる達也に悠理は言葉を失くしてしまう。

可能性があるはずもない相手。

……ならどんな男に可能性を見出す?

悠理の思考はそこへと至ってしまった。

頭をよぎる男はただ一人。

夢でも現実でも、彼女が気にする男は清四郎だけだった。

はは……ウソだろ………

戦慄が走る中、渇いた口内で唾液を飲み込む。数々の違和感が今ここで一本の糸として繋がり、そしてその結論はあまりにも衝撃的すぎた。

あたいは………

あたいはもしかして、嫉妬してたのか?

清四郎が他の女と一緒に歩き、世話をすることに。野梨子とは違う相手が、彼の隣に存在することに。

そして気付くのだ。

誰よりも自分があの男の隣に居座りたいと望んでいることに。

「ごめん………あたい………達也じゃ無理だ。」

絞るような声で伝えると、達也の顔が明らかに曇った。

「………もしかして、誰か好きな男、いるんすか?」

ド直球な質問にたじろぐ悠理。かといって今しがた気付いたばかりの想いをさすがに吐露出来ず………

「そんなんじゃない!とにかくあたいのことは諦めろ!」

そう言い放って、悠理は席を立ちあがった。風のように走り去る彼女の俊足に追いつく達也ではない。

唖然としたまま拳を握る。

「諦めないっすよ………」

ここまできたら男の意地。今まで溜め込んできた想いをとうとう伝えたのだ。

それならしっかり足掻いてみよう。とことんやりきってみよう。

達也の視線は悠理の背中が見えなくなるまで追い続けていた。

(続く……)