宣戦布告

「────で、なんなんだよ?」

男の腕から奪い取り、そのまま目に付いたホテルのロビーに連れ込む。
思ったより大人しくついてきてくれたので、助かったと言えば助かった。
本気で抵抗されたら、僕としても面倒臭い。

「…………あの男と付き合う予定でも?」

「へ?“トキヤ”と?」

目を丸くし、それこそ想像してもいなかったとばかりに問い返してくる。
やはりただの杞憂だったか。

「相手はおまえを慕っているようですが。」

「あーー・・・まあ、告白はされてる。」

「告白?」

「だーかーら、魅録に紹介された時、あたいと付き合いたいって言ってきたんだ。物好きだよな。」

「で、おまえはなんと?」

「…………デートしてから考えるって答えた。」

それは間違いなく、タダ飯を狙った台詞。
どこまでいっても意地汚い女だ。

「…………随分と奢らせましたね。その時計も、買ってもらったんでしょう?」

「だってさぁ、記念にお揃いのもんが欲しいっていうから、好きにさせてただけだよ。」

「ほぉ………なかなかあざといじゃありませんか。いつの間に可憐の弟子になったんです?」

苛立ちを抑え込み冷静さを繕うも、さっきから膝が震えて仕方ない。
こんなロビーのカフェじゃなく、どうせなら部屋に引きずり込んだ方がよかったか。

「…………なんで、おまえがそんなに不機嫌なんだ? 」

「────わかりませんか?」

コクン

不安そうな瞳で窺い見る悠理を、どうすればこの手に収める事が出来るのだろうか。

強引に出れば逃げ出すのは必至。
かといって今の状況で真面目に告白するのは情けない。
彼女に群がるその他大勢の男たちと同じに扱われてはプライド総崩れだ。

「好きでもない男に金を遣わせて………変な誤解を生んだらどうするんです?」

「………変な誤解?たとえば?」

「いいですか?おまえは“剣菱の娘”で、いつかは恋人になれるかもしれない───などと相手に期待させ、挙げ句つきまとわれでもしたら、それこそ大変なんですよ?逆玉狙いの輩はわんさかいるんですから。」

「うーん。でもいちおー魅録の紹介だし、その辺は心配してないじょ?」

世間知らずな女め。
うまいこといわれて、既成事実でも作られたらどうするつもりだ!

「コホン………とにかく、よく知らない男とむやみにデートしないこと!分かりましたね?………たまになら………僕が付き合ってやりますから。」

「え?清四郎ちゃんが?」

「ご不満でも?もちろん“デート”という名目なら、食事は僕の奢りです。」

キョトンとしたその顔に、何の疑いも抱いてはいないのか。
悠理はクリームソーダを啜りながら、僕を真顔で見つめていた。

「おまえとデート………って、なんか笑える。それより野梨子、怒んないかな?」

「…………は?」

「ほらあいつ、ブラコンだって聞いてるからさ。………今更亀裂入るのもなんだし。………あたいだって、そんなことで仲違いしたくないし。」

野梨子───
この期に及んでそんなことを心配するんですか?
やれやれ……こいつは間違いなく、恋愛よりも友情を選ぶタイプだな。

「ではそれ以外で、僕と“デート”することに不安点はないということですね?」

「…………不安点?ないよ。あ!でも勉強のことで説教してくんの無しだかんな!飯が不味くなる!」

それも含めて考えていただけに、先手を打たれたようで、苦笑いするしかなかった。

「しません。映画だって遊園地だって、………おまえを優先しますよ。」

自分でも笑えるほど“したで”に出ている。
この菊正宗清四郎が、野生猿相手に………必死になって希望の糸を繋ごうとしているのだ。
他の女ならこんな苦労は必要ないだろうに。
相手が悠理では、僕のスペックなど何の意味も成さない。

「…………じゃ、いっか。ちょっと面白かったんだけどな。」

「面白い?」

「ほら………あたい、今まで男にモテたことないだろ?だからこうやってデートしてたら、可憐の気持ちがちょっとでも解るかもって思ったんだ。あいつ、いっつも自慢してくるし、デートってそんなにもいいもんなのかなーって思ってさ。」

柄にもない。
いや、悠理もハタチを過ぎたのだから、そのくらいの色気が出てきて当然か?
色気、というよりは下心だが。

「モテたいなら……僕一人にモテればいいでしょう?」

「────は?」

自分でも分かっている。
こんな台詞は決してスマートではないことを。

「他のどうでもいい男百人分くらいの満足度なら、僕一人で与えることが出来ますよ。」

「????」

目を丸くしたまま首を傾げる悠理の、グラスを置いた手をそっと包み込み、逃げ道を塞ぐ。

「世界広しといえども───僕にしか出来ない。おまえのように我が侭な女を満たすことは………僕にしか。」

暗示にかけるが如く彼女の目をまっすぐに見据え、自信の在処を示すよう強く手を握った。

さぁ、悠理。
どうする?
これは世間に数多ある気軽な恋愛などではない。
一生を決めるほどの、大切な決断の時だ。

おまえの隣に立つ男は並々ならぬ覚悟を持たなくてはならないし、僕にいたってはその昔一度だけ経験したことがある為、そう難しいことではない。

誰にも譲れないポジション。
あのにやけた男にも…………結局は魅録にだって奪われたくないと気付く。

自覚させられた感情は秒毎に膨らんでゆき、悠理のほっそりとした手が己の汗で湿り気を帯びてしまうほど、僕は緊張していた。

「わ、わがままって…………………ふん、悪かったな。別に無理に付き合ってくんなくてもいいんだぞ!」

「あのねぇ………」

ここまで言わせておいて、通じないのか?

彼女の鈍さにこっちが情けなくなってくる。
とはいえ、こんなところで手を引くわけにはいかず、汗ばんだ手をさらに強く握り、強引に引き寄せた。
そのまま口元に持ち上げ、小さな指先にキスを落とす。

「ひゃぁっ!!な、な、な、なにすんだ!?」

さすがにこの反応。
一瞬で血が上ったのか、顔は瞬く間に赤く染まった。

「おまえを誰にも譲りたくないから、こうして誘ってるんです。分かりませんか?」

華奢な手首にはまったままの安っぽい時計を、今すぐ引きちぎり、捨て去りたい気分になる。
彼女が茫然自失である内に────

「あ、あ、あ、あたい………え!?ど、どういう、こと?」

これは知能指数の問題ではない。
色恋沙汰に慣れていないだけの話。

悠理はこちらが思わず笑ってしまうほど、たじろいで見せた。

さて────
そろそろこのお馬鹿さんにも通じるよう、わかりやすい二文字を使うとするか。

僕自身、他の誰にも告げたことのない台詞。
まさかその記念すべき相手が、この“万年欠食児”とは、ね。

 

ロマンチックとはほど遠い二人。
ま、それは“おいおい”頑張るとして………今は彼女の心に刻み込まなくてはならない。

気付いたばかりの想いと、育ちすぎ歪みきった独占欲を────その胸にしっかりと。