街中を一組のカップルが歩いていた。
いや、正確にはカップルのような近い距離で。
楽しそうに、時折小突き合う年頃の男女。
女は最近流行のチーズドッグというものを頬張っていて、口の周りを汚せば、隣の男はそれを手の甲で拭ってやっていた。
どこかで見たことがある光景だ。
いや違う。
頻繁に目にする光景か───
女の方はよく知っている。
それこそ嫌と云うほど。
大学に入ってからというもの、彼女に群れる男たちは日に日に増えていった。
魅録を通じてアプローチしてくる輩も多い。
彼は彼女に少しでも女らしくなって欲しいらしく、二つ返事で男女を引き合わせていた。
だが、きっと通じてはいないはずだ。
食欲魔神の彼女にとって、恋なんてモノは腹の足しにもならぬ、凡庸で無刺激な感情なのだから。
雑踏の中、ファッションビルの前に佇む二人に、特別な関係を見出してしまったのは、互いの腕に填められた時計が理由だった。
無骨ながらもユニークでカラフルなそれは、彼らに良く似合っている。
お揃い、なんてものを彼女が好むとは思えないが、恐らくは少し早めのクリスマスプレゼントなのだろう。
これまた似たような革のジャンパー姿だから、誰が見ても出来上がったカップルに見える。
…………不思議だった。
心の中に吹く冷えた風と、腹の底で蜷局を巻く灼熱の怒り。
あの男が魅録ならばいつものように声をかけ、いつものように軽口を叩き、彼女の食べっぷりを呆れ顔で見つめたことだろう。
それは日常的なやり取り。
友人としての絶妙な距離感。
しかし相手が違うというだけで戦慄が走り、不快感が全身を覆い尽くす。
─────これは、一体なんの焦りだ?
満面の笑みで見上げる彼女と満足そうに微笑み返す男。
腸が煮えくり返るような不条理を感じ、僕は拳を強く握りしめた。
─────その程度の男で満足なのか?
相手が魅録ならば…………諦めもついたかもしれない。
本音を隠して、二人を祝福出来たかもしれない。
だが、今目にしている光景は違和感そのもので、闇色の絶望に視界が奪われつつあった。
突如、冷たい風が吹く。
彼女が好む奇抜な帽子が飛んでゆきそうになり、それを男の手が反射的に掴み取る。
「サンキュ。」
深く被りなおした悠理の肩を、その男は気安く抱き寄せた。
─────限界だ。
顔を背けようと、踵を返そうとしたはずなのに、僕の足は意志に反して真っ直ぐに突き進む。
たった十メートルほどの距離はあっという間に縮まり、気がつけばこれまた無意識に彼女の腕を掴んでいた。
「わっ!………え、清四郎?」
驚く悠理に有無など言わせない。
男の腕をはらい落とし、力ずくで奪い取る。
呆気に取られる男へまずは宣戦布告。
この女が居るべき場所は────おまえの横ではないと知らしめる為に。