姫始め(お正月作品:R)

「お、せ、ち♪ぞ・う・に♪」

「相変わらずの食い気ですな。」

「あったりまえだい!だって腹減って仕方ないんだもん。」

「二人分………ですしね。」

「そ!いーっぱい食わなきゃ!」

「お前に限って……とは思いますが、食べ過ぎて糖尿病にならないでくださいよ?」

「大丈夫。清四郎がいるんだし!あんだけ細かくチェックしてるくせに、まだ不安なのかよ。」

ニカッ
屈託なく笑う新妻は、例年通りの振り袖……ではなく、ゆったりとしたトレーナーにレギンス姿で僕にしがみついてきた。
その細腕や肩のライン、胸の膨らみに、目立った変化は見られない。
いつもと同じ、スレンダーな悠理だ。
━━━━そう。
彼女は現在妊娠している。
お腹の子の父親はもちろん僕だ。
それ以外、当然有り得ない話だが。

『そうえば去年の今頃、この部屋で姫始めを楽しんでいましたね。』

ふとそんな感慨に耽ってしまう。

夏の終わりが秋の扉をノックし始めた頃。
大型連休を利用し、いつものメンバーと共に出向いた長野の温泉宿は、婦人病予防、子宝に恵まれる、などといった効能が売り文句で、可憐と野梨子は即座に飛び付いた。
彼女たちもお年頃であるため、何かと気掛かりなのだろう。
美と健康に関する情熱は半端ない。

そして━━━
この旅は僕と悠理にとって、人生の転機を迎える、大きな切っ掛けとなったのだ。



行楽シーズンということもあり、宿はなかなかに混雑していた。
二つの座敷を繋げただけの、殺風景な部屋しか取れなかった事を、しかし長い付き合いの六人は特に問題視しない。
いつものように雑魚寝するため、片方の部屋に布団を広げた。

宴会は異様なほど盛り上がり、舌触りの良い地酒を浴びるように飲む仲間たちは次々と撃沈してゆく。
レポート提出を終えたばかりで、疲れていたのだろう。
瞬く間に酔い潰れ、布団に沈み込む彼らは、たとえ蹴り飛ばされたとて、そう簡単に目覚めそうもなかった。

ふすま一枚隔てただけの部屋からは、重なるような寝息が響く。
こうなると一人で後片付けするのも馬鹿らしく、僕は宴の残骸が散らばるテーブルを押し退け、そこに悠々と布団を敷いた。
美童の妖しい寝言や、魅録の歯軋りをBGMに眠ることはさすがに遠慮したい。

しかしそんな中━━━
「喉が渇いた」と目を擦り、のっそり起きてきた悠理。
ふすまを開け、ずりずりと膝で歩く姿を見て、半ば無理矢理、布団に引きずり込んだのは、僕自身酔っていた証拠となるのだろうか。
酒で脱力した女を捕獲することは容易く、彼女は腕の中にすっぽり収まった。

「こら、………皆に聞こえるぞ?」

小声で囁き、辺りをキョロキョロ窺う、子ネズミのような動き。
そんな可愛らしい姿は、男の欲望を掻き立てるだけだというのに、いつまで経っても気付かない愚かな恋人。
僕は……というと、襲い来る飢えに抗うことも出来ず、彼女の着乱れた浴衣と丹前を慌ただしく脱がす。
薄闇の中で露となる白い肌。
敷き布団に押し倒し、酒に火照った滑らかな質感を味わうも、悠理は抵抗らしい抵抗をしない。
どうやら、深い酔いが体のコントロールを奪っているらしい。

「………スケベ。今、どんな状況かわかってんの?」

「分かってますよ。それでもおまえを抱きたい。我慢出来ません。」

そんな飾らない告白に欲情のスイッチがカチリと入り、瞳がしっとりと潤み出す。

「しょーがないなぁ。もう……」

男を許そうとする突き出た唇。
それを強引に奪いながら、掛け布団を引き寄せ、二人の背中を覆う。

繰り返される激しいキス。
切なげに洩れ出す甘い吐息。
悦びにむせぶ僕らは、快楽の泉へずぶずぶと沈んでいった。

繋がり、揺さぶり、彼女の柔らかな肉で己の屹立を扱き続ける。
こういったシチュエーションが与える興奮の坩堝は、終焉が見えない。
今、欲しいのは快楽だけ。
溜まった熱を一つ残らず放出したくて仕方なかった。

交わったまま上下を入れ替わり、下からグングン責め立てると、悠理はより一層貪欲に膣内を絞り、求めてくる。

「あ………っくぅ……ん、硬いよぉ……」

囁くような本音とあられもない姿に、脳がチリチリと焼けるような興奮を覚え、律動する己に更なる力が加わる。

「ひぁ……っ!!っう……ふっ……」

いつもは、鼻から抜けるような啜り泣く声が聴きたくて仕方ないはずのに、それを奪いながら激しく穿つ行為は、精神をひどく高ぶらせ、乱暴な思いがこみ上げてくる。

ぐちゃぐちゃに突き立てて、無茶苦茶に壊したい。
気を失うほど叩きつけて、彼女の中に浴びせたい。
自分本意なセックスがしたくて、仕方ない。

全てを酒のせいにしたかったが、どこか冷静な自分がそれを許そうとはしない。
頭を掠める『危険日』という三文字。
そうだ。
確か………そろそろのはず………

「は……ぁん……いいよぉ………せぇしろ……もっとぉ。」

しかし、唇を離した瞬間に洩れ出た甘ったるい声は、その三文字を瞬く間に消し去ってしまう。

欲望が理性を凌駕する瞬間。
目も眩むような恍惚がやって来る。

官能的な吐息と蠢く胎内に逆らえず、とうとう避妊具の存在を置き去りにして、彼女の中に吐精してしまった。
一滴足りとも漏らすことのないまま、奥深くに━━━

「すご……………たぷたぷだよ。」

暗闇の中、感心したような声が耳に落ちる。
埋め込まれた男芯は力を失わず、悠理の胎内を味わっていた。

「はぁ………いつもより感度が高いですね。……随分と興奮しているみたいだ。」

小声でそう答えれば、悠理は胸にのし掛かったまま、クスクスと笑った。

「わかる?」

「ええ。熱くてどろどろに滑っていて……そのくせ搾り出そうと痙攣して………あぁ、また………」

分厚い布団を被りながらの行為とはいえ、その淫らな音は防ぎようもない。
グチュグチュ
次の官能を待ち侘びるかのように蜜壺が啼く。
悠理は少しだけ身を起こすと、再び腰を柔らかくくねらせ始めた。

「せぇしろ………もっかい、しよ?………ね?………いっぱい出して?」

一体誰が逆らえるというのだろう。
そんな甘い声の誘惑に。
彼女の挑発的な台詞は、何もかもを投げうってでも、受け入れなくてはならない。

「………ったく、欲張りですな。」

努めて冷静に答えれば、悠理はプクッと頬を膨らませる。

「あたいをこんな風にしたのはおまえじゃんか。」

「…………予想をかなり上回りましたけどね。」

一日の長があると自負していたはずなのに、今や悠理に主導権を握られる始末。
日々迫られ、飲み込まれる性器は、それでも彼女を求めて猛り狂う。
だからもう正直、先の未来は見えていたのかもしれない。
悠理と歩む人生と、それに付随する多くの幸せを。


その後…………

旅先から戻り、二ヶ月ほど経った穏やかな日。
やはりというか何というか、悠理の妊娠が発覚した。

そして当然のように持ち上がる結婚話。
僕は慌ただしくも剣菱家の婿となり、狂喜乱舞する百合子夫人に「娘」と「未来の剣菱」を託された。
唯一、豊作さんだけは複雑な表情だったものの。



「来年の今頃は………三人でお正月を迎えることになるんだな。」

ついさっきまで、用意されるおせち料理に意識を奪われていたはずの悠理は、何を思ったのかお腹を撫でながら感慨に耽る。

「ええ。楽しみです。でも三人じゃありませんよ。あいつらもいつも通りやって来ますし、おじさん……じゃなかった。お義父さんたちも恐ろしく盛大に祝うはずですから。」

「三日三晩?」

「七草粥を食べるくらいまでは。」

吹き出す悠理は甘えるように腕を絡め、膝を求めてくる。
要望通り、二人分の身体を抱き上げソファに腰掛けると、スリスリと胸に顔を擦り付け、小さく呟いた。

「………あたい、幸せ。」

「……………僕もですよ。」

「いっぱい家族増やそうな。」

「………計画的にいきましょう。犬や猫じゃないんだから。」

「計画的?」

上目遣いで見上げる彼女に優しく諭す。

「毎年の妊娠は、流石によろしくない。きちんと避妊しなければ、ね。」

「我慢出来る?」

疑惑的な目に苦笑いしつつも、にこやかに答える。

「………方法はいくらでも。」

まだ胎動も感じないお腹を撫でながらキスを交わすが、そう簡単に欲へと結び付かず、そんな自分の変化に驚いてしまう。

「これも親になった証か。」

「え?」

「何でもありませんよ。さ、そろそろ広間へ向かいますか。」

「うん!今日は蟹鍋も用意してもらったんだ!!」

「おや、僕の大好物ですね。」

「だから、だよ!」

屈託なく笑う悠理。
なんという妻の気遣い。
ささやかな感動が胸を焦がす。

彼女と進む人生はまさしく薔薇色で━━━
誰が何と言おうと世界で一番幸せな男はこの僕なのである。