太陽より眩しい彼女

※大学生。第三者視点。


 

 

「なぁ、アレ、誰?」

俺が指さした方向を、ダチになったばかりの久我君はめんどくさそうに振り向いたが、イマイチ伝わってなかったらしく、「あのフワフワの髪した、スレンダーな女の子だよ!」と詳しく説明しなくてはならなかった。

距離にして25メートルほどだろうか。
多くの学生が居る中、その輝かんばかりの存在は、俺の視線を惹きつけて止まない。

「あぁ、おまえ外部入学だもんな。知らなくて当然か。あれだよ、あれ、日本一のお騒がせ財閥、剣菱財閥のご令嬢、剣菱悠理。今は二年生で、内部進学の奴なら皆知ってるぜ?」

「剣菱………財閥。あの子が……………」

「テレビで見たことくらいあるだろ?誘拐やら、テロやら………必ずあの子ん家が関わってる。」

「俺、あんまりテレビ観ないから………でも確かに、新聞には載ってたような………」

高鳴る胸を押し殺し、釘付けになった視線でご令嬢を追い続ける。

細い肩。
長い首。
高い位置にある腰はキュッと締まっていて、ジーンズがよく似合う。
チューブトップは派手なオレンジで、華奢な手首にはゴールドのバングル。
そのクールなイメージとは違い、トートバックには二匹の猫キーホルダーがぶら下がっていた。

視力2.0はあるだろう俺の目に全てが焼き付き、急加速で心が燃え上がる。
ドンピシャ、好み。
ストライクゾーンの中心に投げ込まれたような気分だ。

「おい………勝駒、まさか、一目惚れ、なんて言わないよな?」

「久我君───これは運命かもしれないよ。」

「ちょっと待て。気のせいだ。だいたいあのじゃじゃ馬には男が居る。」

「男?」

クイッと顎で指された先には黒髪の、これまた背の高い男が、姿勢よく誰かと話していた。
その相手が経営学部の学部長である事に気付いたのは、だいぶ後から。
厳しいと有名なおっさんだが、あんなにこやかな笑顔は初めて見た気がする。

「天才、神童と言われ続けてきた万能男、菊正宗清四郎。彼が彼女の恋人だよ。」

「天才?…………あぁ、なんかそれっぽいな。」

「言っとくけどな、有閑倶楽部のメンバーに関わり合うことだけはお勧めしないぜ?俺らとは世界も価値観も、それに生きるスタンスも違いすぎる。巻き込まれたら最後、後悔すること間違いなしだ。」

久我君の大袈裟な台詞を頭の片隅に置きながらも、俺は彼女を見つめ続けていた。
どう見ても、どの角度から見ても、可愛い。

「恋人かぁ………別れたりしないかなぁ。」

「お、おいっ!物騒なこと言うなよ!バカ!」

「えー、だって、普通思うだろ?どっかに隙が生まれないかなぁって。」

久我君の焦りを呑気に受け流しながら、もう一度、彼、“菊正宗清四郎”の顔を見る。

整った輪郭と、日本人的な涼しい目元。
首も太く、一見細身だが、わりと筋肉質な体型をしていて脚が妙に長い。
誰から見ても、良い男。
ファッションセンスはどことなく老けた感じだが。

「…………モテそう。」

「あぁ、男にもモテるさ。」

「え!?男!?───まじかよ。」

「彼の為なら、火の中水の中って奴、わんさかいるんだぜ?」

「うわぁー・・・」

ちょっと想像しづらい世界だ。

「ところで“ユウカン……クラブ”って何?」

素朴な疑問をぶつけると、久我君は深い溜息と共に、彼ら六人の説明をしてくれた。



そこから耳にした話は度肝を抜かれる内容だった。
とてもじゃないが、高校生とは思えない活躍、そしてどたばた劇。
そんな奴らのリーダー的存在があの男、菊正宗清四郎。
そして彼女、剣菱悠理とは幼い頃からの付き合いで、二人はとにかく───見事なコンビネーションらしいのだ。

一見、喧嘩とは無縁そうな二人なのに、ひとたび拳を握れば敵知らず。
相手がヤクザだろうが、マフィアだろうが関係ない。
怖いもの知らず、そして何でもござれの六人組。
それが有閑倶楽部だった。

「………解ったろ?普通じゃない人たちなんだよ。」

「ああ………確かにすごいな。」

でも、だからって───
ここまでドンピシャ好みの女性には、なかなかお目にかかれない。
元カノなんかとは比べものにならないほど、胸が弾んでいる。

「………だいたいさぁ。おまえ、喧嘩弱いだろ?」

「べ、別に弱くはないけど?」

「いや………あの二人に勝てるか?って話。」

聞けば、人間国宝の一番弟子と名高い彼、菊正宗清四郎。
そしてそんな師匠ですら、一目を置くという剣菱悠理。
彼らに加え、松竹梅魅録という“元暴走族の頭”が仲間の一人であり、巷ではどんなワルでも頭を下げる三人なのだ。
そんな人が何故聖プレジデント学園に?

素朴な疑問に首を傾げるも、情報通の久我君はとても得意げに話してくれた。

「この学園は金さえ積めば、どんなヤツでも受け入れてくれるからな。お陰でどんどん施設が新しくなってるだろ?つい最近は音楽堂が新しくなったし、カフェテリアの増設もあったよな。ようするに日本一の金持ち学校なんだよ、うちは。………てか、おまえん家もどでかい紡績会社じゃんか。」

「俺………妾の子だし、親父に無理矢理突っ込まれただけ。それまでは公立高校に通っててて、わりと貧乏暮らしだったんだぜ?」

「へぇ。複雑なんだな。」

俺の生い立ちなど、さほど興味はないのだろう。
それがかえって心を救った。

「いいなぁ………剣菱悠理。彼女にしたいなぁ。」

「おまえ………俺の話聞いてた?」

「もちろん聞いてさ。でも動き出したら止まらないのが”恋“ってもんだろ?」

「あーもー、知らね。好きにしろ。言っておくが、骨は拾ってやんないからな。」

俺の不屈の精神を前に、久我君は匙を投げたらしい。
ヒラヒラと手を振りながら、交際したての彼女の元へと去っていった。

…………久我君、何気にリア充なんだよなぁ。でも負けてなどいられない!俺も後に続くぜ。

25メートルの距離を詰めるべく、小走りに駆ける。
こんなにもワクワクするなんて、久しぶりのことだ。

さぁ、剣菱悠理への第一声はどんな言葉にしようか。
月並みだけど、お茶に誘ってみるべき?

頭の中で財布の残高を思い浮かべながらたどり着くと、彼女は同じ学部生らしき女子と他愛のない話をしていた。
横目でチラリ、彼氏と思しき男を確認するも、まだ教授と話し込んでいる。

チャンスは今だ!

「け、剣菱さん!」

我ながら素晴らしい行動力。
しかし恋は振り向かせたもん勝ちなんだ。
うわずった声を深呼吸一つで整え、もう一度彼女の名を呼ぶ。

「なに?………つか、誰?」

素っ気ないけれど、ちょっとハスキーな声も俺好みだ。
近くで見れば更に可愛い。

「俺、一年の勝駒 翔吾。剣菱さんをお茶に誘いたいんだけど、今から少し、時間あるかな?」

「…………お茶?」

「そう。お茶!」

キョトンとしたその目。
なんていうか全部が隙だらけで、無防備って言葉が似合うよな。
噂通り、ほんとに喧嘩は強いんだろうか?

「なんであたいを誘うんだ?」

彼女の隣に立つ女子が、意味深な笑いを浮かべているのが気になったけれど、ここは一気に押すに限る。

「そんなの決まってる。剣菱さんのことが気になるからだよ。」

「……………おまえ、どストレートだな。」

呆れ顔だけど、嫌悪感は見られない。
イヤな印象を与えなかっただけでも、充分合格点だ。
俺も十人中、七人には「イケメン」の部類に入ると言われてるし、背もそこまで低くはない。
ファッションも読みあさる雑誌に叩き込まれているから、悪くはないはずだし………。

「ダメ、かな?」

「個人的にはおもしろいと思うけど、あたいに声かけるのは止めといた方がいいよ。」

「彼氏が居るから?」

「…………知ってて誘ってきたのか?」

呆れ顔が更に加速する。
久我君の言ってた通り、彼女には手強い彼氏が立ちはだかっているらしいな。

「青春は短いからね!ここは頑張んなきゃダメでしょ?」

勢いに任せ強気発言をすれば、剣菱悠理はとうとう破顔し、ケタケタと笑い出した。

飾り気のない笑顔が眩しい。

「なんつー前向きなんだよ!」

「それが俺の持ち味なんで。」

「うん。悪くないぜ。」

「じゃ、お茶してくれる?」

「あ。ソレは無理。」

「え!?」

「だって─────ほら・・・・後ろ。」

指さされた先を振り返れば、たった三歩しか離れていない場所に、かの有名な万能男、菊正宗ほにゃららが、見下げ果てたような目で俺を睨んでいた。

「あ、え、えーと…………」

「初めまして。文学部ドイツ文学科一年の勝駒翔吾クン。」

何故、俺の素性を?
こえぇーー!
それに“クン”って響きには盛大なイヤミが隠れている。
この男、絶対性格が悪いぞ。

「は、はじめまして。」

「僕のことはご存じで?」

「あ。はい、チラッと。」

「結構。では、彼女と僕の関係についても知っているはずですよね?」

言葉はイヤになるほど丁寧だが、胸の奥で何を考えてるか解ったもんじゃない。
久我君の言ったとおり、彼は相当ヤバい奴なのかも。
隠しきれない殺意がヒシヒシと伝わってくる。

「し、知ってます。」

『頑張れオレ!』───と自らを叱咤しても、蚊の泣くような声しか出てこないじゃないか。
圧倒されてるんだ。
全身で。
気圧されてるんだ。
彼の怒りに。

「清四郎、それ以上脅かすなよ。いいじゃん、別に。あたいだってたまにはモテたい。」

彼女の助け船が功を奏すとは思えないけれど、でも一旦、ほんの少しでも矛先が逸れたことには感謝する。

「僕にこれだけ愛されておいて、よくもまあそんな台詞が出ますね。」

「ば、バカやろ!おまえのは異常過ぎるんだよ。」

焦る彼女は決して嫌がってなんかいない。
むしろ喜んでる節もある。

おい、なんだよ。
このラブラブっぷり。
これって、俺、アテられてんの?

「まったく。この学園で未だ、おまえにちょっかいをかける男が存在するとは、ね。」

「あたいもビックリした。でもこいつ、ガッツあるし、わりと面白いんだぜ?」

「ほぅ………それで?僕との約束を破ってまで、彼とデートするつもりですか?」

地を這うような声に、これ以上、此処にいることは身の危険に繋がると感じた俺。
そっと踵を返したが、菊正宗ほにゃららは俺の腕をガシっと掴み、逃亡をあっさり阻止した。
もの凄い力。
びくともしない。

「君も………ね。全てを知った上で悠理に声をかけたんでしょう?なら、ちゃんと振られてから立ち去りなさい。」

優しい顔でえげつない事を言う男だ。
萎縮しきった俺はすごすごと彼女の前に立ち戻り、正面を見据えた。
背中に恐ろしい気配を浴びせつけられたまま。

彼女の側にいた友人はとっくに距離を置き、この居たたまれない状況を遠巻きに眺めている。そして相変わらず含み笑いを消さない。

こうなれば腹を括るしかないな。
意を決し、拳を握り、背筋を伸ばす。

「俺…………貴女に一目惚れしちゃいました。少しでも望みがあるなら…………友人からお願いしますぅぅ!!」

昔流行ったネルトンばりの大声で告白するも、その内容は消極的。
友人?
そんなもん必要としていない。
俺が欲しいのは、好みの恋人だけだ。

「うわぁ…………なんか………感動。」

「悠理!さっさと返事をしなさい!」

「良いだろ…………少しくらい。余韻に浸らせろよ。だいたいおまえん時は最初っから無理矢理押し倒してき……「悠理!!!」

─────あのぉ、俺の告白の行方は?

もはや一ミリも期待できない中で、背後からの圧力に肩を細めることしか出来ず、彼女の密やかな残酷さを思い知った俺は、さっさと振って欲しいとまで思うようになっていた。

「うーん………おまえイイ奴そうだけど、男には見れない。だいたい清四郎より強くはないだろーし。あたいはさ、あたいより強い奴じゃないと無理なんだ。…………ごめん。」

解っていたけど、やっぱり凹む。
くそっ、こうなればヒトコト嫌みをぶつけてから去ってやる!

「…………本当にそれだけが理由なんですか?」

「え?」

「他の男との可能性を、徹底して彼に潰されてるからじゃないんですか?」

背後の殺気が増幅する。
俺、ほんとに殺されるかも。

いつの間にか観衆が集まり、周囲のどよめきもひときわ膨らんでいった。

「そだよ。」

あっけんからん。
彼女はさも当然かのようにそう答えた。

「こいつ、あたいのこと、好きで好きで仕方ない男だもん。可能性なんて芽吹いた瞬間潰されちゃうよ。でも、あたいだって………そんな清四郎が好きだし、事実、こいつ以上の男に出会えてないわけだし………。ま、未来はわかんないけどさ。」

キラキラと澄んだ瞳が、彼女の無慈悲ともいえる本音を美しく彩る。
ああ、やっぱ可愛い。
その上、すっげー良い子だよ。

「そっか…………残念。」

全くの完敗だった。
そう思ったと同時に、背後の殺意も弱まって行く。
意を決して振り向くと、超人と名高い“菊正宗清四郎”は真っ赤な顔を片方の掌で覆っていた。

なんだ天才だって────普通の男じゃんか。

「勝駒!」

馴染んだ声にホッとする俺。
真の友、久我君が大きく手を振り、こっちへ来いと招いていた。

「剣菱さん、時間をくれてありがとう!すっぱり諦めます。」

そう言って立ち去る時も、菊正宗清四郎の視線はやはり痛かった。

二人の間には割り込めない。
というか、割り込む余地はない。

そのことを即座に久我君へと伝えると、
「……………てかさ、おまえすげーわ。尊敬する!」
と、何故か羨望の眼差しをかたむけられた。

剣菱悠理は太陽だ。
そんな彼女に近付けば当然火傷する。
大火傷も必至。

燃え尽きてしまいたい───

そこまでの情熱を持つ男だけが、彼女に近付く権利があるんだ。
俺にはなかった。
ただそれだけのこと。

 

「なぁ、勝駒。」

「ん?」

「今日、飲みに行こうぜ。奢ってやるよ。」

「よーし!じゃんじゃん飲むかぁ!」

「あ。俺のカノジョも一緒でいい?」

「くっ………このリア充め!…………別にいいよ!!」

空は眩しい。
そして俺の青春はまだまだこれからなんだ。

いつか出会う最高の恋人を思い描き、俺は久我君の肩を叩いた。