ショート連載
高校三年の夏休み───
これで最後だと信じたいが、あいつがどんなハプニングを持ち込むかわからないので、確定事項ではない。
今日は久しぶりにESP研究会に顔を出した。
新メンバー二人迎え、いよいよこの会も膨らんできたように思う。
あまり大きくなりすぎると居心地が悪いため、この辺りで募集受付を中止するのもいいと思うのだが。
「菊正宗君ってあの聖プレジデントの学生なんですか?」
「大人っぽくて高校生には見えませんね。」
言われ慣れた台詞に愛想笑いを浮かべる。
事実、留年しているわけだし、見た目に関しては自覚している為、特に何も感じない。
一般的な高校生より遥かに大人びていることも認識しているつもりだ。
「さて、飯でも食って帰りますか。」
猛暑続きで食欲はいつもの半分だが、それでも時間通りに腹は鳴る。
夕方6時。
銀座の交差点は日傘を差すマダムが急ぎ足で帰路についていた。
そんな中───
ひときわ目立つ女が一人。
ひまわり柄の帽子に空色のロングTシャツ。
白いハーフパンツを履き、編み上げのサンダルで闊歩している。
間違いなく、悠理だ。
来週、仲間たちで旅行に行く約束をしているから、恐らく買い出しにでも来ているのだろう。
「悠理!」
多くの人が行き交う中、声をかけると、彼女は獣のような聴覚でこちらをしっかりと捉えた。
「ん?清四郎?」
この僕をも認めざるを得ない彼女の俊足。
人混みをものともせず、あっという間にやってきた。
「奇遇じゃん。」
「ですね。せっかくですから飯でもどうです?」
「え!行く行く!!」
食い物をちらつかせて断られた試しがない。
案の定、満面の笑顔で腕を絡ませてきた。
「何がいい?」
「ん~、アフリカ料理!」
「───また難しいジャンルを。」
「あたい、めちゃ美味しいとこ、知ってるぞ!」
「了解、そこにしましょう。」
二駅ほど離れていたその店へタクシーで向かおうと手を挙げた瞬間、
「あれ?もしかして菊正宗君?」
聞き慣れた声に思わず振り向いた。
それは先ほど見知ったばかりの女性で、名前を確か「桜坂」と言ったはずだ。
ESP研究会に招かれたばかりの女子大生。
友人が無理やり誘ったらしい。本人はそこまで興味がなさそうだった。
「先ほどはどうも。」
軽く会釈をすると、彼女は悠理と僕を交互に見比べ、
「もしかしてカノジョ?」とあり得ない発言をぶちかましてくれた。
「友人です。」
「あ、そうなんだ。ごめんなさい。」
「いえ・・・」
素直に謝罪したまでは良かった。
が、次の発言はさすがに聞き捨てならない。
「ふふ、そうだよね。どう見ても二人釣り合ってない感じがするし・・・」
「は?」
「菊正宗君って、もっと大人で知的な美人と付き合いそうだもん。」
今日、それも数時間しか会っていない赤の他人に、こんな評価を受ける謂われはないだろう。
そして悠理への侮蔑を感じるその内容。
不愉快極まりない。
「全くの見当違いですね。」
「え?」
「今はまだ友人関係ですが、僕は彼女にべた惚れなんで、近い将来恋人になる予定です。」
スラスラと口から流れ出す嘘。
隣でポカンと口を開く悠理。
「実際、彼女ほどの美人はこの世にいませんからね。なかなか手ごわい相手です。毎日どう口説こうか悩んでるくらいなんですよ。」
「あ・・・そ、そうなんだ。ごめんなさい、邪魔しちゃって。それじゃ。」
悠理を知らない輩に何がわかるというのだ。
そそくさと退散する後ろ姿に唾をかけたくなる衝動。
胸の内はすっきりしたが、問題はここからだった。
口を開けたまま、顔を真っ赤にする悠理を見て、途方に暮れる。
さてどうする?
あれはおまえを侮辱した仕返しですよ。
ほら、嘘も方便と言うじゃないですか。
どんな言葉を羅列したとて、悠理を傷つけてしまうかもしれないという不安が頭をよぎった。
とてつもない馬鹿だが、
どうしようもないじゃじゃ馬だが、
下品で大食らいで女らしさは皆無だが、
それでも───僕にとって大切な人間であることに間違いない。
戸惑う視線
風に揺れる睫毛
整ったすべてのパーツが悠理の魅力の一つでもある。
「せ、清四郎・・・い、今のって・・・」
唇を震わせ、上目遣いで僕を見つめる彼女に、今更どんな答えを与えればいいのだろう。
嘘も方便
いや、嘘から出たまこと───今回はこれだな。
赤い頬にそっと手を添えた僕は、初めての告白にふさわしい言葉を考え始めた。