告白する男

その後・・・(R)

 

告白劇から二週間。
二人はようやく『恋人同士』を意識し始めていた。結局あの後、部室の扉を開けたのは野梨子。

「まあ!何をしていますの?」

と如何にも驚いた顔を見せていたが、その実、皆が息をひそめていた事を気付いていたようにも思う。
いつもなら、清四郎が真っ先に察知するはずなのに―――。
告白の練習に熱が入っていた為、神経が疎かになっていたのだ。
仲間たちが清四郎に追い出され、二人きりで対峙することとなった悠理は、モジモジしながらも小さな声で告白する。

「せぇしろが好き」―――と。

清四郎は感極まった様子で腕に抱き寄せ、悠理の耳元で「大好きです。」と一言告げた。
19歳の男女にしては初々しい告白劇。

そんな二人が今、ようやく訪れた春(季節は秋だが)を、じんわりと噛みしめていた。

「悠理。明日、予定ありますか?」

「ん?ないよ。」

手を繋ぎ、近くのカフェを目指す。

「デートしません?」

「で、デート!?」

おうむ返しをしてしまうのも、初々しさ故。
悠理は一気に頬を染める。

「何処行くの?」

「クルージング、なんてどうです?」

「クルージング?」

よくよく聞けば、横浜の夜景を楽しめるディナークルーズを予約したらしい。

「行く!」

食い物と聞けば二の句もなく飛び付く悠理は、満面の笑みでOKした。

「お洒落して来てくれますか?」

「お、おう。」

――初デートだもんな。
ディナークルーズかぁ。
どんなカッコしよっかな。

家に帰ったらクローゼットをひっくり返す事になるだろうが、何せ初デート。
気合いが入りまくるのも当然だ。

チラッと清四郎を横目で見ながら、「こいつはいつもの老けた格好なんだろうな。」と思い当たり、それならば少しくらい大人っぽい格好をしようと決意した。

―――が、果たして大人っぽい格好とは?

身近な女性を思い描く。
可憐のように凹凸があるなら、大胆なドレスも良いだろう。
しかし残念なことに、平たい幼児体型。
脚こそ長いがドレスは似合わない。
かといって野梨子みたいに着物は着こなせないし、何より腹が苦しくなる帯は苦手だ。
ぐるぐると頭を回転させるが、ピンと来る衣装が思い浮かばず、思わず隣に立つ男をすがった。

「せ、せぇしろちゃん。助けて!」

「え?」

「あたいに似合う大人っぽい服、選んでよ!」

「はぁ?」

斯くして、カフェに行くはずの予定は、ブティックへと変更されたのだ。
全て悠理の恋心故の衝動だった。

「おまえは元々背が高いからシンプルなドレスで十分引き立ちますよ。」

そこは滅多に入る事がないイタリアブランドの店。
足を踏み入れるは制服姿の二人。
店員たちは、見目麗しいカップルに胸を高鳴らせる。
何せ一人は漆黒をイメージさせる和風青年。
もう一人は禁断の香り漂う麗人だ。
二人の関係はごく普通の恋人同士なのだろうが、首から上だけを見れば、倒錯的世界が広がる。

清四郎は慣れた様子で惚けた店員に指示すると、あっという間に、候補のドレスが目の前へと並べられた。
どれも大人っぽいシックな印象のものばかり。

「こんなんあたいに似合う?」

「僕を信用してください。必ず似合いますから。」

店員は、高校生とは思えない清四郎のチョイスに驚かされたが、しかし彼女にはきっと似合うだろうと確信していた。

「あちらのフィッティングルームへどうぞ。」

有無を言わさず連れていかれた個室。
着せ替え人形になった悠理の目が回る。
9着目のドレス。
それはオーガンジーがふわりと重ねられた薄黄色のミニ丈ドレス。
シンプルながらもどことなく柔らかい印象で、悠理の美しい脚が際立つデザインだ。

「あら、これすごくお似合い。」

女性店員は手を重ねて瞠目した。
悠理は大きな鏡を前に、くるりと廻って見せ、「そか?」と首をかしげる。

「このドレスにファーを合わせてみましょうか。あ、靴とアクセサリーも。」

魔法使いのように次々とアイテムを登場させたスタッフは、仕上がりに満足したのか、ようやく清四郎を呼びつけた。

「いかがでしょう?」

案内された男の目は、当然満足そうに細められている。

「さすがに元が良いだけある。」

とのろけながら―――。
スタッフはそれを苦笑しつつ聞き流した。

全ての代金を支払った清四郎。
もちろん、初めてのプレゼントである。

「い、いいよ!んなの!」

食事はタカるくせに、さすがにこう言ったものは気恥ずかしいらしく、悠理は最初断ろうと必死だった。
しかし清四郎はそれを受け入れない。

「デートのために頭を悩ませてくれたお礼ですよ。」

と艶めいたウインクをする。

無論、免疫の無い悠理は腰砕けになり、思わず腕にしがみついた。
ただでさえ清四郎が好きで、ずっぽりハマってしまっているのだ。
心と身体は男の愛を吸収したくて疼いている。
かといって自分から仕掛けるわけにもいかず―――未だキスのひとつも出来ていないその現実。
何気なく密なスキンシップを試みて、襲い来る欲求に堪えているのだが・・すぐ物足りなくなってしまう。

―――清四郎って性欲あんのかな?

長年の付き合いから、クールなだけの男じゃないと解っている。
秘めた情熱は随所に見られた。
でも、恋した相手は自分だけ。
そう教えられた時、心からホッとした事、覚えてる。
情緒障害であったはずの清四郎が、あんな風に告白の練習をして、あまつさえこうしてデートに誘い、恋人らしいエスコートまでしてくれるのだ。
悠理の胸はワクワクし始めていた。
あれほど他人の恋を馬鹿にしてきたくせに、今は可憐や美童の気持ちがなんとなく解る。

―――ずっと一緒に居たくなるってホントなんだな。

恋に気づいてからというもの、目が、耳が、神経の全てが清四郎を追い続けていた。
野梨子と帰る後ろ姿に、悲しい思いもした。
置きっぱなしになっていた清四郎のマグカップが愛しく感じた。
思わず指先で触れ、
そっと掌で包んで……
小さく口付けて。

悠理は子供がするような恋の入り口に立っていたのだ。

告白をしようと思ったのは、当たって砕けろ!なんて思ったからじゃない。
清四郎に少しでも『女』として意識してほしかったから。
まずは皆と同じスタート地点に立ちたかったのだ。

魅録に何回もダメ出しされた告白。
それもなんとかサマになってきた時、野梨子との会話が耳に飛び込んでくる。
嬉しくて呆然とした。
直ぐにでも飛び出して行って、抱きついて、「あたいも!」って言いたかった。
実際、可憐達がいなければそうしただろうと思う。

例の告白の後、お互い気恥ずかしくて顔を見れなかったが、抱き締められた腕がそっと離れ、それが少しだけ寂しくて―――。

「大好きです!」

そんなシンプルな告白に、悠理は天にも昇れそうな気持ちで胸が一杯だった。
―――もう、清四郎はあたいのもの。
そんな独占欲すら湧いてくる。
好きになり過ぎて―――

「清四郎はキスとかしたい?」

「どうしたんです?いきなり。」

「あたい――――シタイな。」

小悪魔のような誘い。
胸を打ち鳴らす音はけたたましい。
清四郎は思わず瞼を閉じた。

シタイ
シタイに決まっている。
むしろその先もじっくりと。

ゆっくりと目を開け見下ろせば、悠理は恥ずかしそうに潤んだ瞳を見せる。
小さな、まだまだ幼い欲望がそこにはあった。

「したいなんてもんじゃない。今すぐにでもホテルに連れ込んでおまえを啼かせたいと思ってますよ。」

暴露された真実は悠理を驚かせたが、それでも清四郎の本音にホッとする。

「そなんだ。」

「もちろんです。」

「―――いいよ。しよっか?」

驚愕に満ちた清四郎の顔をよそに、呆気なく鍵を外したのは、まさかまさかの悠理だった。
罪の無い笑顔を見せながら―――。

「んっ・・・あ、待って!」

「待たない。待てない、悠理!」

二人飛び込んだシティホテル。
清四郎は悠理の服をたくし上げながら、キスを求めた。
初めてのキスがこんなにも激しいなんて、想像もしていない。
清四郎は自らもシャツを脱ぎ、鍛え上げられた身体を露にさせると、下着姿の悠理に重ね合わせるかのように抱き寄せた。

「悠理、僕に任せて・・・」

それはキスのこと?それとも・・

浮かぶ疑問は片っ端から消滅する。
清四郎のキスはあまりにも激しくて、やらしくて、頭の芯を蕩けさせるから。
蝋燭が垂れ落ちるように、悠理の思考も微睡む。

「ん………ふっ………!」

清四郎の形良い唇で何度も吸われ、それが終わると口の中を縦横無尽に舌が探り始める。
戸惑いに震えていた悠理のモノはあっという間に捉えられ、しゃぶり尽くされる。
口の端から、ツツ……と透明の糸が垂れる。
清四郎はそれを丁寧に舐めとると、唾液を流し込むような濃厚なキスを始めた。
掻き抱かれた後頭部をくしゃりと撫でられ、脱力した身体を強固な腕で支えられる。
悠理はもう、身を任せるほかなかった。

「悠理、ゆうり………好きだ。」

ようやく目を開けば、清四郎のすこし困ったような顔が飛び込んでくる。
困った、というより泣きそうな―――。

「せぇしろぉ、なんでそんな顔してんの?」

「嬉しいんですよ。悠理がとうとう僕のものになってくれるんですから・・・」

改めて言われた言葉は、悠理自身の自覚を促した。

―――そっか、あたい清四郎のモノになるんだ。

昔の自分ならきっと撥ね付けただろう、その台詞。
でも今は素直に受け止めることが出来た。
清四郎のモノになる。
清四郎と結ばれる事への違和感は、微塵も見当たらない。

「あたいも・・嬉しい。」

ポソリ、そう答えれば、心に羽が生えたかのように軽くなった。

清四郎の手が、我慢できないとばかりに探り始める。
悠理の至る処を弄(まさぐ)り、敏感な部分を記憶するように何度も確かめる。

「ああ、どこもかも柔らかくて気持ちいい。」

「やぁ!んなこと言わなくていいってば・・・」

ゾクリ………

首筋から鎖骨にかけて這わされた舌が、とうとう心臓の上に到達した。
悠理は真っ赤になりながらも、様子を窺う。
清四郎が上目遣いで反応する悠理を見つめ、片方の手で下着を持ち上げる。
プルンと飛び出した僅かな膨らみ。
ブラジャーのワイヤーで窮屈そうに押し留められ、普段よりも下乳に厚みがある。
それを、喉を鳴らし楽しそうに弄ぶ男は、果たしていつもの清四郎なのだろうか?
もしかしたら違う誰かが清四郎の皮を被っているのでは?

「せ、せぇしろ、やらし―顔してるっ!」

あまりの恥ずかしさに相手を攻撃することにした悠理。
しかし、清四郎はまるで堪えていない様子でニヤッと笑った。

「これでもれっきとした男ですからね。それも好きな女の裸を前にして冷静になど居られますか。おまえが想像しているよりももっとやらしくなりますよ。」

胸のラインを愛しげになぞりつつ、しかし突起には触れず、焦らすかのように愛撫する長い指。
その先端には強い欲望が潜んでいた。

「あ・・・」

悠理の目に飛び込んできた光景。
それは、上目遣いをしたままの清四郎が舌を伸ばし、薄紅色の乳首を舐めようとする瞬間だった。
わざとゆっくり舌を近付け、触れるか触れないかの場所で悠理を魅惑的に誘う瞳。
それは清四郎が持つ嗜虐心からくるもので・・・悠理は泣きそうになりながらも、目が離せない。
スッと舌を収めた男は問う。

「悠理・・・・どうして欲しいかきちんと口にして。」

「・・・・やだ。」

「なら、ココには触れないままですよ?」

「う、うそ・・・!」

「ココだけ触れないままで良いんですか?」

頭が沸騰したかの様にクラクラする。
悠理は恥を忍んで小さく呟いた。

「・・・触って欲しい。」

「どこを?」

「そ、そこ・・・」

「どこ?」

「ち、乳首だってば・・・」

「よろしい。」

清四郎はブラジャーのホックをあっさり外し、悠理の胸を鷲掴みにする。

「あっ!!」

「この胸は僕だけのものだ・・・いいですね?」

「う、うん。」

そこから始まった男の愛撫はあまりにもしつこくて、悠理は何度も気を失いたくなった。

敏感な突起は唇と舌、そして指で散々捏ね回され、すっかり赤く腫れ上がっている。
強めに抓られた乳首を再び口に含み、たっぷりの唾液をまぶされると、身体の奥からじわりじわりと何かが溢れ出す。

それが何か・・・。
きっとやらしい何かなのだろう・・。
悠理はおぼろげな頭で確信していた。

清四郎がようやく濡れそぼったその部分に触れたのは、ホテルに入って一時間以上経ってからのこと。
あれだけ余裕がなさそうだったくせに。
男は悠理の快感の全てを掘り起こそうと必死だった。

「悠理・・・可愛いですよ。もっと気持ちよくしてあげますから・・・」

「・・・・も、もっと・・・?」

怯えた表情を見せる恋人を、清四郎は満足そうに見つめる。

「ええ・・・もっと、ね。」

もっと、もっと、僕に溺れなさい。

僕だけを見て、
僕だけを欲しがって、
僕の搾り出す最後の一滴すら、お前の中へ―――。



繋がった二人は元々が一つのモノであったかのように離れようとはしなかった。
悠理の唇は、清四郎の貪欲な口に重ねられ、胸は清四郎の逞しい胸筋へ擦り付けられたまま。
下半身はもうこのまま抜けないのではないかと思われるほど交差していた。
腰に絡まった足は一度もほどけない。

「せぇしろぉ・・・!」

甲高い声が生ぬるい部屋に響く。
その瞬間、清四郎は眩暈がするほどの快感と共に、悠理の中に欲望の全てを解き放った。

吐き出したとて、身体は離れられない。
じっとりと重みを持ったその胎内を味わうように、たゆたうように・・・男は居座り続けた。

「はあ・・・気持ちいい・・・・・」

零れ落ちた清四郎の言葉はあまりにも率直過ぎて、悠理は目を見開く。

「あ・・あの・・・このままでいいの?」

「ええ・・・良いんです・・・・暫く・・・このままで・・・・」

よく解らないまま、結局身を任せることにした悠理は、少しだけ身動いだ後、清四郎の頭をナデナデする。

「悠理?」

「あ・・・いや、なんかお疲れ様・・って思って。」

「それはこっちの台詞ですよ。辛くないですか?痛いところは?」

「んにゃ・・・無い。」

無垢な身体に、汚れた欲望を存分にぶつけてしまった後悔。
だがしかし、それより何より・・・この幸福感に満たされる思いは、一体どう表現したら良いのだろう。

「悠理・・・大好きです。」

同じ台詞では芸がないな、と感じながら、もう一度口を開く。

「おまえを・・・心から愛してる。」

「せぇしろぉ・・・!」

涙を浮かべ、必死で縋り付いてくる悠理の身体。
誰よりも愛しいと感じるこの存在を、これからも命を賭けて守っていく。

「愛してます・・・。」

告白する男の胸は、生まれて初めて感じる甘い余熱に支配されていた。