「おっ!あの子いいな。」
東山護(ひがしやま まもる)は嬉しそうに声をあげた。
ここは大都会東京の某繁華街。
土曜ということもあり人通りは多く、カップル、観光客、家族連れでにぎわっていた。
正直人混みは得意じゃない。休みの日は出来るだけ郊外に出掛け、森林浴を楽しむタイプだ。
しかし今、自分が求めているのは「洗練された一人の女性」。
出来れば美しく、出来れば華やかで、巷であまり見かけない個性ある女性を求めていた。
理由は単純なものである。
高校時代の悪友たちと久しぶりに飲み会を開くことになったのだが、
その時、各々の彼女も同伴するという約束を交わした。
そこで三年間付き合っていた彼女にその話をしたところ、
「あ、ごめん。別れてほしいんだ。」とあっけんからんと告げられ、敢え無く破局。
散々惚気ていた矢先の話だった。
悪友たちに馬鹿にされたくない。
となると新しい彼女を作るしかない。
そんなありきたりな誤魔化しを脳裏に浮かべながら、ナンパ目的で繁華街にやってきたのだが、なかなかこれといった人物は見当たらないものだ。
だいたい「良いな」と思った女の子はほとんどがカップル。
一人で歩く女性は警戒心あらわに、厳しい視線を向けてくる。
───見た目はそこまで悪くないって思うんだけどな
会社でも五指に選ばれるくらいはイケメンなはずだ。
やはり功を焦りすぎているのだろうか。
醸し出す焦りが相手を遠ざけているのかもしれない。
気落ちする中、視界の端に飛び込んできた個性的な美少女。
二十歳過ぎ、いや、もう少し上か。
どちらにせよ心は高鳴った。
オレンジ色のニットセーターとデニムのショートパンツ。
形の良い美脚には編み上げサンダル。
胸は少し乏しいが、トータル的に見ればなかなかのスタイルである。
それよりも目を引いたのは、美しい顔面だ。
きりッとした眉の下で輝く透明感のある瞳は見るものを魅了する。
通った鼻筋、化粧っ気のない中性的な美貌はストライクゾーンのど真ん中を打ち抜いた。
「よっし、本気で行ってみるか。」
ジャケットの襟元を正し、前髪を整える。
カリスマ美容師によるヘアスタイルは完ぺきなはず。
鼻息荒く、この一回に賭けるつもりで足を踏み出した。
「は?」
個性的な美少女の口から出た言葉は、予想の斜め上をいった。
「あたいとデートしたいって?」
見かけとは違う乱暴な言葉遣いに意表を突かれ、ドギマギしてしまう。
今回も失敗だったか──そんな風に思わざるを得ないが、とりあえずは目的を告げることにした。
「いや・・デートって言うか、一緒に飲み会へ行ってほしいと………」
しどろもどろで説明しようとすると、冷たい視線を投げかけられた。
「飲み会?」
「そうなんだけど・・無理なら別に・・」
ここはもう撤退しよう。
そんな気持ちを挫くかのように思いがけない返事が飛び込む。
「それって、あんたのおごりなんだろうな?」
「へ?・・・・ああ、もちろん。」
「ふ~ん、じゃいいよ。」
どこに食いついたのか分からないが、彼女は思いのほかあっさりOKを出した。
雰囲気を見る限り貧乏とは程遠い。
着ている洋服も全てブランド物で、髪も肌も美しく、手入れが行き届いていると解る。
耳を飾るピアスは、きっと本物のダイアモンドだろう。
なかなかの輝き。一般人にはちょっと手が出ない代物だ。
「で?どこ?飲み会って。」
「六本木の’CORE’ってダイニングバーなんだけど。」
「そこ知ってる。確かアメリカ人がオーナーだったよな。」
「そうそう!そこだよ。………でさ、一つお願いがあるんだけど。」
「何?」
一応下手(したで)に出ながら様子見することに。
「実は悪友たちが皆カップルで来るんだよね。それなのに俺、彼女と別れちゃって………気まずくて。」
「ふん、あたいを代役にしたいってこと?」
「そう!そうなんだよ。頼めるかな?」
すんなり理解してくれて助かる。
普通に考えれば怪しまれても仕方ない案件だ。
「別にいいけど………飲み放題付いてる?」
「あ、うん、付けよう。」
どうやら彼女は食事をしたいらしい。
’がめつい’といえばそれまでだが、今の自分にとっては好都合。
これほど美形の恋人(仮)を連れて行けば、それなりに鼻は高いし、奴らだって見直すだろう。
どうせあいつらの彼女なんて、カボチャかスイカが関の山に決まってる。
「そうだ、自己紹介まだだったね。俺は東山 護。君は?」
「悠理。」
「OK、悠理。」
苗字などどうでもいい。
彼女は見た目が全てで、多少の素っ気なさも気にならないほど美しかった。
6時半に待ち合わせの店では、すでに全員が揃っていて、互いの恋人たちもすっかり打ち解け合っていた。
「おっそいぞ、護。」
ドラ〇もんで言うところのジャイアン的存在、矢川。
「久しぶりだな。」
ドラ〇もんで言うところの出木杉的存在、豊村。
「え、もしかしてその子がカノジョ?ウソ!」
ドラ〇もんで言うところのスネ夫的存在、五條。
隣に立つ彼女を紹介すれば、皆が皆、己の恋人を一瞬チラ見した。
それなりに可愛いが足元には及ばない面々。
これはなかなかに気分がいい。
席に着くや否や、彼女は「あ、あたいビール!」と店員を呼び止め叫んだ。
その傍若無人な態度が、逆に女性達には受けたらしく、そこからは彼女中心に場が盛り上がった。
悪友たちも興味津々。
そっけない返事を返されるも、顔が美人なら酒の摘まみになると踏んだらしい。
「どこで知り合ったんだよ!」
ジャイアンが詰めてくるが、そこはそれ。
「同僚の紹介だよ」と濁した。
出木杉が「どっかで見た顔だけどなあ………」と首を傾げるも、答えは見当たらない。
結局スネ夫が「ほら、パリコレとかでいるじゃん、こんな美人!」と適当にまとめあげた。
3時間近くの飲み会が終わり、その間に彼女が胃袋に収めた料理は想像を遥かに超えたが、それでも大団円。
感謝しきりである。
自分としては鼻が高かったし、何よりも場が盛り上がったことが一番のメリットだった。
「本当に助かったよ。ありがとう。」
「こっちこそ。おごってくれてあんがと。」
このまま「はい、さようなら」でも悪くはないが、どうしても後ろ髪が引かれてしまう。
時計を見ると丁度いい頃合い。
休憩、いや泊まりでも悪くないな。
近くにはホテル街もあるし………ここは一か八かの大勝負に出てみるか。
「あの、さ。もしよかったら………この後………」
「悠理!」
水を差すように飛び込んできた怒鳴り声。
と同時に目の前にいた彼女はその男の背中にすっぽりと隠れてしまった。
────なんだ、こいつ?
「清四郎、遅かったじゃん。」
「何を言ってるんです。どれだけ探したか。携帯電話も置いていくなんて………」
「ふん!おまえが悪いんだろ。」
どうやらただならぬ関係の二人と見える。
見た目こそチグハグな感じだけれど、それだけじゃなくて、なんというか、馴染んでいるというか。
「腹いせなんて止してくださいよ。」
「ヤダ!あたいとの約束やぶってゼミの飲み会優先したくせに!」
「いや、それは………本当にうっかりしてたんです。」
黒髪の大きな男が彼女に許しを請う姿はどことなくおかしくて、思わず笑みが零れた。
「あのぅ………悠理ちゃん、もしかして恋人か何か?」
頃合いを見計らって声をかけると、その背中はゆっくりとこちらを振り向く。
驚くのはその容姿。
圧倒的美男子がそこにいた。
そしてその威圧感たるや、うちの部長なんかより遥かに強い。
「………どちらさまです?」
言葉こそ丁寧だが、攻撃性を感じる視線と声色。
これはどうやら相当ヤバい相手だと直感が訴える。
「あ、東山と言います。悠理さんとは先ほど知り合ったばかりで………」
「こいつと仲良く飲んでたんだよ!」
まさしく燃料投下といったところか。
彼の憤懣やるかたない表情が、今度は氷のように強張った。
「三時間も?」
「そ。」
いやいや、’二人きり’って誤解を与えるのは止めた方がいい。
男だからわかるんだが、彼は今、ジェラシーの業火を激しく燃やしている。
というか、こちらのことなど虫けら以下にしか見えてないはず。
こんな痴話喧嘩に巻き込まれるのはごめんだな。
「と、とにかく、俺の仲間たちと一緒に騒いでくれたんで、ほんと助かりました。じゃ、これで。」
そそくさと逃げる途中、そろっと振り返れば、彼女が彼に殴りかかっていて、
それでも相手が悪かったのか、大人しくその腕に包まれた。
へぇ、仲良しさんか。いいねえ。
どちらにせよ、あんな美人を一人っきりにする男が悪い。
不安ならしっかり捕まえとかなきゃ。
俺みたいな………いや俺よりもタチの悪い相手に食われちまうぞ。
ちょっと残念な気持ちだが、とりあえず初志貫徹。
家に帰って、飲みなおしてもいいな。
どうせあいつらからメールがわんさか来てるはずだし。
シャワーを浴びた後、携帯を見れば、案の定興味津々のメールがいくつか届いていた。
その内の一つ、出木杉からの内容は、ちょっと見過ごせないもので………
(あの子、剣菱悠理って名前じゃないのか?これ見ろよ!)
添付されていた写真はまさしく彼女だった。
’剣菱財閥のご令嬢、ご婚約’────
その上、どす黒いオーラを持つ彼がその相手だと書いてある。
「………」
あちゃあ………こりゃ終わったな。
次に会った時、吊し上げ確定だ。
出木杉のメールに返事もせず布団に横たわる。
目を瞑れば、彼女の笑顔が瞼に浮かびは消えていき、’やっぱ惜しかったよなぁ’──なんて分不相応な考えがチラつく。
ケンビシユウリ………なるほどね。
いい女じゃないか。
あんな女を捕獲する彼の焦りは想像に難くない。
男は辛いよな。
魅力的な女を縛り付けるのは骨が折れるんだ。
まあ、これで身元もハッキリしたわけだ。
いつかもし、運が良ければバッタリ再会したりするかもしれない。
二人の間に亀裂でも生まれれば………いや、さすがにそんなことを望むのは彼女に悪いな。
でもいつか………を信じて自分磨きを始めるのも遅くはないって思うんだ。