結婚して七年が経ち、僕たちも30歳を越えた。
お互い好き勝手しながら生きているわけだが、それでもこうしたイベントがあれば、仲睦まじい姿を見せるため、着飾っては繰り出す。・
・
実のところ、今日は一ヶ月ぶりの逢瀬。
剣菱のド派手なクリスマスパーティには、夫婦揃ってが絶対条件だ。
モロッコから戻ったばかりの悠理を捕獲し、僕の選んだドレスを着せる。
「こんなん……似合わないぞ?」
「おまえはもう、充分に着こなせますよ。」
ラベンダー色のタイトなロングドレスはニューヨークで調達したものだ。
彼女のスレンダーな身体にぴったりと寄り添うシルク地。
着せた途端、脱がしたくなる魅力に、思わず笑みが零れる。
「会う度に………綺麗になりますね。」
「お世辞なんかいらないやい。………夫婦なんだし。」
「お世辞?まさか。全て本心ですよ。」
照れる彼女がドレッサーから取り出したペンダントをよくよく見れば、結婚して初めてのクリスマスにプレゼントしたガーネットの一粒石だった。
この石は、『大いなる困難に立ち向かえる』という意味合いを持つらしい。
しかし僕はもう一つ『離れていても貞節を守るように』との願いを込めて、彼女に授けたのだ。
その頃、大学卒業したての悠理はまだまだ遊びたい盛りだったし、僕は仕事や趣味に、より一層邁進していた。
二、三ヶ月離れることもざらにあって、それでも互いを想う気持ちに不安が無かった為、結婚に踏み切った。
久々の逢瀬はぞくぞくするほど盛り上がり、二度と離したくないという気分にさせてくれる。
だが、悠理から羽をもぐことは、彼女の魅力を半減させてしまう為、僕は作り笑顔でそれを諦めるしかなかった。
太陽を閉じ込めることは不可能である。
その光輝く存在を自由に羽ばたかせるのもまた男の器量。
だが僕は元々嫉妬心が強く、独占欲の塊のような男で………これでも結構苦労しているのだ。
その護符のようなペンダントを、悠理は嬉しそうに取り出し、身に着けようとしてくれている。
それはそれで素直に喜べる。
だが、彼女は知らないだろう。
狭量な夫の本音を。
「う~ん………うまくいかない。せぇしろ、手伝って?」
僕は彼女の細腰を抱き、柔らかな耳の端に口づける。
浮き出た肩甲骨の美しさに見惚れながら。
「な、なに?」
「………悠理。もうそろそろ限界なんです。」
「え?」
「この七年間、たっぷり遊んだでしょう?」
「何が……言いたいんだよ?」
不機嫌に振り向こうとした首筋に舌を這わせ、僕は切なる願いを赤裸々に吐露した。
「子供を………産んでくれませんか?」
「え?」
「僕にはそういった束縛しか思い付かないんです。おまえが自由に羽ばたく姿は好きだけど、本当はずっと側に居て欲しい。僕だけを見ていて欲しいんです。」
丸くなった目が徐々に細められ、頬は紅潮し始める。
怒って当たり前の言い分。
しかし完全に身を振り向かせた彼女は恥ずかしそうに俯くと、僕のネクタイに指を当て、もどかしげに弄り始めた。
「…………そういうことは、もっと早く言えよな。あたいだって………ちょっと不安だったんだぞ。」
「え?」
「お互い好き勝手生きる……ってことは、そこまで執着されてないのかな、って思ってたんだ。おまえもいろんな所で……違う女見つけたりしてさ。あたいみたいなガリガリじゃなく、もっと色っぽくて楽しめる相手と……」
「浮気なんか、一度もしていませんよ!!」
妻の自虐的な言葉に泣きそうになった僕は、涙を隠すよう悠理を抱き締めた。
「そんなこと出来ない。他の女なんか見えないほど、おまえしか愛していないのに……………気付いてなかったなんて………」
「清四郎?」
嗚咽めいた声。
お互いを理解したつもりになっていた二人が、初めて不安を白状したのだ。
僕はぎゅうっと力を込めて、悠理の視線から逃れようとした。
けれど━━━━
「せぇしろも寂しかった?」
どうやら彼女にはバレバレのようで、腕の中で小さく収まる身体は微かに震えている。
「寂しかった………。でもおまえは束縛を嫌がると思ってたから。」
「………バカ。」
「馬鹿?」
もじもじと顔を上げ、見せつけたその潤んだ瞳は、どんな宝石よりも美しく━━━━
「あたいたち、結婚してんじゃん。おまえになら束縛されても良いって思ったから………誓い合ったんだぞ?」
「悠理………」
束縛、してもいい?
お互いを?
悠理を?
「でも………今まで野放しにしてくれてあんがと。子供、作ってもいいよ?」
「本当に……良いんですね?」
「うん!」
足並みを揃えての覚悟は初めてだったかもしれない。
自由に生きるのは楽しいけれど、悠理と同じ世界を見つめるのは、もっと楽しくて刺激的なはずだ。
僕は彼女の手からガーネットを奪い、内ポケットから取り出したダイヤモンドをその首に飾る。
「あれ?」
「今日はこのネックレスを着けてください。」
「あ、うん。あんがと。」
「この先、共に結婚60年を迎えるまで、僕は毎年おまえにダイヤモンドをプレゼントし続けます。」
「え?毎年?」
………‘ダイヤモンド婚式’など、彼女は知らないだろうけれど。
その頃の二人には、どれほど多くの家族が側にいるだろうか。
結婚八年目に突入する今日。
僕はそんな遠い未来に思いを馳せて、悠理への想いを再確認した。
━━━━愛してますよ。ずっと。