その後━━━━━
「ったく。ちょーっと一人にさせたらこれだもんな!!」
機嫌の悪さは足音に表れる。
カッカッカッ
尖ったヒールが、乱暴にアスファルトを打ちつける様を見て、僕はそっとため息を吐いた。
━━━折角のブーツが痛むじゃありませんか。
………などと横槍を入れたら、きっと火に油を注ぐこととなるだろう。
彼女の一歩後ろを、黙って歩く。
先程のクラブでは、確かに気合いの入った女性客が多く、そのあからさまな視線に気付いていなかったわけではない。
今宵はクリスマスイブ。
『一人は寂しい』という理由から、盛り場へと吸い寄せられる自然の理に、男も女も関係なかった。
悠理とは合流した後、行きつけのイタリアンで食事をし、予約したホテルに雪崩込む予定だったが、しかしこの様子では、もしかするとキャンセル?なんて事態に陥りそうで、息が詰まる。
僕たちの交際は一年ほどになるが、悠理の嫉妬深さは日に日に激しくなるばかり。
そこがまた可愛いと思うのだけど、何事も行き過ぎはよくないもの。
特にここ最近、彼女の隠し部屋にある武器の増え方は尋常ではなかった。
「なあ!聞いてる??」
「聞いてますよ。」
苛立ちをぶつけるかのように振り返る悠理は、目を瞠る美しさだ。
感情の起伏の激しさを物語る眼光。
それは、今も昔も僕の心を捕らえて離さない。
表現される喜怒哀楽全てが、悠理の魅力だ。
「嘘ばっか!どうせ上の空だったくせに!」
プリプリと怒るのも、僕への愛情が深まっているから。
独占欲、嫉妬、焦燥。
それらの感情は、男と縁の無かった彼女に不釣り合いなものだったが、恋を覚えてからこちら、どうやら見事に振り回されっぱなしのようだ。
僕は立ち止まった彼女を、おもむろに抱き寄せる。
ここは人通りも疎らで、たとえ行き交う人が居ても、今日くらい大目にみてくれるだろう。
「む?」
「ヤキモチを妬かれるのは正直嬉しいんですが、今夜はその辺にしてもらえますか?」
「むむむ。」
腕の中で何とも言えぬ顔をして睨んでくるも、僕に非があるわけでもないため、暫くすると、風船が萎むように怒りが引っ込んだ。
だが、次の瞬間━━━━
ぐううぅ~~
盛大に鳴り響く空腹音。
さすがに恥ずかしいのか、照れたように剥き出しの腹を擦る。
「えへへ。腹減っちゃった。」
「はいはい。よく聞こえましたよ。こんな薄着にファーコート一枚だなんて、いくらなんでも風邪をひくでしょうに。」
彼女のコート前をしっかり合わせた後、僕は強制的に腕を絡ませ歩き出した。
「さ、ディナーへと参りましょうか。好物のアクアパッツァが待ってますからね。」
「うわーい!やったぁ!」
さっきまでの不機嫌はどこへやら。
ヨダレを垂らさんばかりに尻尾を振る恋人。
変わらぬ子供っぽさに顔がほころぶも、男を惑わす手管をすっかり身に付けているようで………悠理は腕を組んだまま背伸びをし、僕の耳元に甘い声で囁いた。
「今夜はワインたらふく飲んで、酔っちゃうつもりだからさ。その後は……………おまえの好きにしていいよ?」
「!!」
見透かされた胸の内。
ペロッと出す赤い舌は小悪魔そのもの。
ふ………言われなくともそのつもりでしたよ。
せっかく用意された極上デザート、
一晩かけてじっくりと味わおうじゃありませんか。
……おっと、危ない。早くも反応しそうになってしまった。
成長したのはいいが、ところ構わず、ってのは問題だな。
疼く股間を意識しながら、悠理を見つめる。
くるくると変化し続ける表情。
色気に加え、女特有の嫉妬心が加わってもなお、彼女の本質は変わらないけれど。
たとえどんな悠理だろうと、僕の心は頑固に囚われたまま、ぴくりとも動かない。
心配しなくとも、余所見などするわけないでしょう。
おまえは、自分の魅力をもっと自覚すべきです。
日頃から、ハイエナのような男達を振り払う、こちらの重労働も少しは知ってもらわないとね。
聖なる夜。
僕たちはシーツの上で戦いに挑む。
どちらがより深く相手を想い、執着しているかを明らかにするために。
もちろん、勝者は『この僕』に決まっているだろうが。