サンタクロースはもう来ない

※野梨子のメモリー


 

あれはもう10年以上前の話。
2人は小学二年生。
私たちは変わらない仲睦まじさで、穏やかに過ごしていた。

清四郎は身体と精神を鍛えるため、毎日のように道場へと通い、他のクラスメイト達よりも達観的な目を持つ少年へと成長していた。
厳しい稽古にも涙は零さない。
ボロボロになって帰ってくる姿を、何度も見かけた。
たった一人の女の子の台詞が、彼の全てを変えてしまったことは、私にとっても忘れられない記憶。
彼女は台風の目の様に、全てをなぎ倒すパワーを持っていた。

その年のクリスマス。
珍しくひどい風邪をひいてしまい、冬休みだというのに家から一歩も外に出させてもらえなかった。

元々友達が少なかった私。
1人もいなかった、と言った方が正解なほど、清四郎と二人きりの狭い世界に存在していた。
神童と呼ばれる彼もまた、人との距離を明確に置くタイプで、私たちはある意味孤独だったように思う。

熱に魘され、それでもクリスマス当日はベッドから立ち上がれるまでに回復していた。
外はチラチラと雪。
たくさんのお稽古事からも解放されていたので、何となく気分が良い。
けれど・・・

「父様たちとは祝えませんわね・・・」

翌日から中国へ渡る父に風邪をうつしてはならない、と母は諭した。

「はい、母様。」

私は素直に頷く。

つまらないクリスマス。
今年のケーキは迷いに迷って選んだのに。

ふと、隣家の様子が気になり、庭先に出るため襖を開ける。

するとそこには・・・

「メリークリスマス、野梨子ちゃん。」

「清四郎・・・ちゃん。その格好・・・・」

「サンタクロースからのお見舞いだよ。」

勝手知ったる裏口の門扉から入った清四郎は赤と白の衣装を身に纏い、雰囲気を出すためか大きな白い袋を背負っていた。

「その衣装・・・」

「お姉ちゃんが買ってきたんだ。今日は僕がサンタクロース役で皆にプレゼントを配らなきゃならない。」

「まあ・・・」

「だから、はい。これは野梨子ちゃんの分。」

飛び石を軽やかに渡り、手渡された箱は優しいオレンジ色。

「開けても良くて?」

「もちろん。」

それはふわふわの雪が降る、スノーボール。
中では可愛いサンタクロースが大きく手を広げ、笑っている。

「可愛い・・・ありがとう、清四郎ちゃん。」

「どういたしまして。本物の雪が降るとは思っていなかったから、ちょっと残念。」

「ううん・・・私、こっちが良い。」

「そう?」

その後、2人でしばらくスノーボールを見ていたけれど、母様に見つかり、叱られた。
小さなサンタクロースは慌てて次の目的地へ。

優しい清四郎。

あの頃の2人は、誰よりも近い距離にいた。
誰よりもお互いを解り合えていると思ってた。

いつから彼は一人で先へ先へと歩むようになったのか・・・・
いつからあんなにも彼女のことを気にし始めたのか・・・・

分からない。

分かることはただ一つ。

私の元へはもう、あの優しいサンタクロースはやって来ないということ。

二度と・・・・来ない。

そろそろ夜も更けた。
サンタの格好をした清四郎が、恋人の元を訪れる頃だろう。

鬼の霍乱。
折角のクリスマスだというのに、滅多にひくことのない風邪で苦しむ彼女。

彼女は私よりもずっと我侭に、清四郎を求めている。
自分だけのサンタクロースを、心から待ち望んでいる。

そして・・・・

二人の絆は来年、とうとう本物になる。
この上ないハッピーエンド。
一抹の寂しさは拭えやしないけれど・・・。

私は私だけのサンタクロースに出会えることを祈って、そっと雪空を見上げた。

溜息が凍りそうなほど冷たい夜の中で・・・・・・・