不機嫌な恋人(R)

夏らしさが感じられる青い空。
風は多少の湿気をはらんでいるものの、決して不快なほどではない。
悠理は流れる景色を見つめながら、それでも晴れない表情で車の窓に顎を乗せていた。

どうにも気持ちが落ち着かない。
モヤモヤ、イライラ。

原因は自分でもはっきりと解っている。
ここのところ、夜、清四郎がやたらと早く寝てしまうからだ。
仕事と大学を両立している彼の忙しさは理解しているつもりだったが────にしてもあれはひどいと思う。

付き合いたての頃は毎晩、こっちが嫌がっても体を繋げてきた。
“無理矢理”という言葉が相応しい時もあった。
それでも清四郎の愛を感じ、また自分の中に溢れる欲望を感じ、身を任せてきたのに…………

交際して約一年。
彼は忙しさにかまけ、一つのベッドに居ても、スヤスヤグーグー。
まっすぐ天井に顔を向け、行儀正しく安眠を貪っている。

昔は抱っこしてくれたのにな。
腕枕も当たり前だった。
優しく頭を撫でて、何度も口づけて。

悠理はあの時の温もりを思い出し、背中をぶるっと震わせた。
小さな胸に触れられるだけで、簡単に点ってしまう情欲の炎は、彼女の体がしっかりと記憶している。
一仕事終えた後、清四郎の長い指が燻った快感を広げ、次への期待をいとも簡単に炙り出すのだ。
そしてそのまま二回戦へと突入し、次第に悠理自身ものめり込んでゆく。
快楽の園へと。

「えらく不機嫌ですね。久々のデートだというのに。」

名輪の送迎車ではなく、清四郎自身の車で遠出する。
一泊二日の温泉旅。
運転は始終、彼任せ。
もちろん悠理も免許を持っているけれど、清四郎は二人きりの時、絶対に運転させてはくれなかった。
命が惜しいから、という単純明快な理由で。

「ふん!」

いつものように責める言葉は使わない。
自分で気付けばいい。
悠理は一方的な苛立ちを、荒い鼻息だけで示した。

「ま、いいですよ。………どうせ美味い飯を目の前にすれば機嫌もよくなるでしょうし。」

「なっ!?馬鹿にすんな!!」

図星を指され結局は乱暴に口を開いてしまう。
振り返った先に見えた清四郎のしたり顔がこれまた悠理の苛立ちを増長させた。

腹立つ!
今すぐにでも………こいつを凹ましてやりたい!
苦渋に満ちた顔がみたい!

薄い萌葱色のシャツにラフな紺色のカーディガン。
オフの日の清四郎は出来るだけリラックスした服装を心掛けているらしい。
白いチノパンがゆったりと長い脚を覆っていた。

「馬鹿になど。…………ただその不機嫌な顔はちょっと残念だと思っただけです。僕はおまえの笑顔が心底好きなので。」

さらりと告げられた素直すぎる言葉に、剥き出しだった怒りが削がれてしまう。
この辺りが清四郎を本気で憎めない理由でもあった。
それでもモヤモヤとした感情を霧散させるには足りず、悠理はシートベルトを外すと、運転中の恋人の膝を心とは裏腹に優しく撫で始めた。

「…………悠理?」

まだ何も気付いていない恋人の声。
解らぬようほくそ笑み、その手をそっとズボンのファスナーへと伸ばす。

「こら………何の悪戯だ?」

「前向いて運転しろよ。危ないだろ?」

急ではないにしろ、カーブが多く続く山道。
先ほどからどこぞの土木現場のダンプがわりと頻繁に対向車線を走り抜けていた。
古びた県道には車一台分が立ち止まるスペースもない。
ようするに一時停止も出来ないルートなのだ。

悠理の指がファスナーを下ろし、いよいよ清四郎の焦りが立ち上る。
それと同時に胸ときめく期待も。

「悠理っ………待て………」

のぼせたような声がそれでも制止する中、悠理はさらに奥へと指を伸ばし、彼の立派な性器を布の中から取り出した。
勃起しているわけでもないのに、ずっしりと重い。
すべすべとした感触。
人肌の温もりを掌で感じつつ、悠理の目に妖しい色が浮かぶ。
清四郎の全てを食らいつくそうとする野生の目だ。
間違いのない欲情は口の中の唾液を増幅させた。

「ゆっ………!!……っつ!!」

彼女は躊躇わない。
身を屈め、その整った唇を大きく広げると、最初から舌を絡めるよう、清四郎のモノをしゃぶり始めた。

脳天を突き抜ける快感。
清四郎は思わず喉を鳴らし、ハンドルを持つ手に力がこもった。

「…………っふぅ!」

ピチャ……ピチャ………ズズッ………

鼓動が跳ね上がるような淫らな音が狭い空間に響きわたり、更なる欲望に火を点ける。
心身を鍛え抜いた男でも、愛した女の手管には負けてしまう。

悠理にこれらの技を仕込んだのは付き合って間もないこと。
食いしん坊だからという理由ではないだろうが、その手の才能を持ち合わせていた悠理に何度も絶頂を与えられた男は、まさしく虜となっていた。
たまにしかしてくれないからこそ、興奮度は高まる。

「くぅ…………!」

窄められた舌先が敏感な部分をやたらと攻めてくる。
潤滑油となった唾液が滑らかな動きを見せ、喉の奥へと簡単に吸い込まれてゆく。
すっかり屹立したソレをまるで美味しいものであるかのように────
飽くことなく愛撫される様子は、清四郎の余裕をすべて奪い去って行った。

「ダメだ………悠理っ、止めてくれ!」

流石に運転しながらの絶頂は難しい。
手が震え、視界も微睡んでしまう。

どうせならもっと安定した場所で味わいたい。

汗ばむ端正な顔が、悠理の希望通りに歪む。

「ふぁーめ(だーめ)……」

それなのに返ってきた言葉は無情だった。
濡れた瞳でチラッと見上げられた時、清四郎はどうしようもない欲望にとりつかれてしまった。

膝が震えるほどの快楽。
悠理の紅い舌が何度も行き交うと、腰が揺れる。
アクセルを踏む脚に緊張が走り、それでもどこかスペースは無いかと目が左右に泳ぐ。

悠理とて、清四郎の焦る姿を見られるだけで溜飲は下がるだろうと思っていた。
しかし思いがけない反応の良さや、懇願する彼の表情に、己の欲までをも引き出され、今は早く繋がりたくて仕方ない。
彼の上に跨がり、この太い杭を存分に味わい尽くしたい。
そんな妄想にとりつかれていた。

先走りの味も気にならぬほど、悠理の積極的な口淫は続く。
口の中でこの上なく硬度を増す性器は、何よりも美しい武器に見えた。

かれこれ10分は続けただろうか。
不意に車の速度が緩み、ウィンカーの音が飛び込んでくる。
どうやらようやく、一つの休憩所に辿り着いたらしい。
トイレがあるだけの寂れた場所。

清四郎は忙しない様子でギアをパーキングに入れると、恨めしそうな顔で悠理を見下ろした。

「なかなか…………やってくれましたね。」

「ふん………」

口から解放されたソレは力強く聳え立っていた。
清四郎自身、ここまでくるともちろん後には引けないと解っている。

「不機嫌のワケは────コレですか?」

やっと気付いてくれた恋人に悠理はコクンと肯いた。
『欲求不満』
言葉にすると、何とも恥ずかしい。

「最近……ちっともシないから。」

「なるほど。」

清四郎の手が悠理の頬を優しく撫でる。
そして自らもシートベルトを外し、座席の背面を一気に後ろへと倒した。

「まさかそんな風に不満を感じてていたとはね。だが僕自身、疲労が積み重なっていて、おまえを満足させられないんじゃないかと不安だったんだ。」

「抱っこしてくれなかったのは?」

「触れたら………抱きたくなるでしょう?中途半端に火をつけるのは可哀想だと思って………」

そんなあほらしい理由だったのかと、悠理は驚く。
清四郎は他の男に比べ、相当な体力の持ち主だと思っていたが、自分と比べればやはり“人間”の部類なのだ。

「今夜泊まる宿で、存分に愛してやろうとは思ってはいましたけど…………」

「んなの、我慢できない!」

「…………のようですね。」

むしろ自分の手で自らの首を絞めたのだ。
大きく頭を振った悠理はレギンスと下着を潔く脱ぎ去ると、慌ただしく清四郎の腰に跨がった。
ドイツ製の新車。
革張りの頑丈な座席はちっとも軋まない。

何の抵抗も無く、ズブズブと沈む躰が逞しい腰に支えられる。
欲しくて仕方なかったものに埋め尽くされる満足感が悠理から溜め息を絞り出した。

「はぁ…………」

狭い車内とはいえ、二人が交合するくらいの広さは充分にある。
悠理が華奢な体を揺らすと、清四郎もまたそのリズムに合わせて腰を蠢かせ始めた。

粘膜と粘膜が隙間無く擦られ、甘い音が響く中、悠理は清四郎の口づけを求め、体を密着させる。
口の中で絡み合う舌に愛が溢れ出し、
求めすぎたこの瞬間が、悠理をより大胆にさせてゆく。

「せ……しろ………もっと動いていい?」

「………どうぞ、好きなように。」

張りつめた胸板を布越しに感じながら、悠理は腰を激しく上下に振った。
互いをもっと感じさせる為、ありとあらゆる角度を試し続ける。
腹の奥深くまで飲み込み、前後に揺らせば、強い快感に支配された清四郎の眉間に皺が寄り、奥歯が鳴った。

「………くっ…………」

「清四郎………イきそう?」

「………まだ………いや………ダメかな……」

悠理が自らの白いシャツを捲り上げ、下着越しに柔らかな胸を押しつけてくる。
本来ならここまで積極的にはならない。
小さな膨らみが視界に映った瞬間、清四郎の興奮は加速度的に増していった。

「ゆうりっ………!」

「あぁ!………せぇしろ!気持ちいい……!」

見事なタイミングで高め合う二人。
知り尽くした相手でないとここまでの快楽を貪る事は出来ないだろう。

「あ………はぁ………っく………!」

粘つく音が限界まで速まり、彼らは大きく息を詰め、深い絶頂を味わった。
この世が果てるまで感じていたい快楽の海。

汗に濡れた悠理の首筋を清四郎の唇が優しく這い、あまやかな余韻に浸る。

「あ………ヤバい。中から垂れそう………」

「そこにティッシュが……」

ドロドロに濡れた股間をぎこちなく拭き取ると、悠理は恥ずかしそうに助手席へと戻った。
そして窓を開け、爽やかな風を思う存分取り込む。
清四郎もまた、その風に言い知れぬ心地よさを感じ、深く溜息を吐いた。

この上なく幸せな気分。
たとえ下半身が濡れそぼっていても。

「あ、そだ!おまえが疲れてるんなら、あたいが抱っこしてやればいいんだよな。」

「え?」

「うん!これからそうしよ!」

そんな可愛い提案を口に出す恋人の背中を、清四郎は眩しそうに見つめるも、

“眠りに落ちれば、どうせ蹴飛ばされるだけでしょうけどね。”

と諦めの溜め息をそっと吐いた。

けれど、悠理の不満がこういった方向に向いてくれるのなら大歓迎。
普段こそ主導権を離したくはないが、たまに迫られるのも悪くない。

─────とはいえ、こうなってくると、精力剤(お手製)を試すのも悪くないかもしれませんね。
やはり獣の相手は一筋縄ではいかないな。

そんな男のほくそ笑む顔は、山の景色を眺める悠理の視界には入らなかった。

 

おしまい。