不機嫌な夫(R)

いつもより少し早い帰宅。
あいつの足音が絨毯敷きの廊下に響く。
予感がする────
今夜の清四郎は不機嫌だと。

寝室の扉を開けると同時、ネクタイを乱暴に外し、ジャケットと共にあたいが座るソファへと放り投げる。
母ちゃんが先月プレゼントしたネクタイはイタリア製。
柔らかな弧を描いて着地した。

「おかえり。」

最近ハマっているキャラ●ルコーンを摘まみながら振り返ると、清四郎は直ぐにあたいの隣へとやってきた。
ドサッ。
音を立てて座ると、手にしていた袋を奪い取り、ガラステーブルに置く。

いよいよ雲行きが怪しい。
清四郎の目が澱んでいる。
いつもは理性的で穏やかな目が、今はあたいの体を刺すように見つめている。
それは明らかに一方的な欲情だった。

一方的?───ではないか。

実はアライグマの着ぐるみの下にはシルクのランジェリーを着込んでいる。
これまた母ちゃんのヨーロッパ土産で、「夫を喜ばせるには下着が一番なのよ!」と余計なお世話をやいてくるからめんどくさい。
完璧な採寸の為、フィット感は悪くないけど……ペラペラの布は頼りない感じがしてケツがむず痒くなる。
やっぱコットンが一番だと思うんだけど………今のところ賛同者は少ない。

シャツの前を煩わしそうに開き、夫となって二年目の男は眉をしかめたまま、顔を近付けてきた。
疲れた目元。
それでも昔と変わらない男ぶりに、胸がときめいてしまう。

こいつを好きになってから、どれだけこの顔にきゅんきゅんさせられてきただろう。
好きになる前は特に何も感じなかった清四郎の顔。
いつの間にかこの顔にうっとりしちゃうようになって、近付かれたら身動き出来ないくらい参ってる。
強制的に見惚れさせられて、頭の中の全部がどっかいっちゃうんだ。

「抱かせろ。」

清四郎にしては馬鹿みたいに簡潔な言葉を口にする。

「ご、ご飯は?あたいは風呂入ったけど……おまえまだだろ………っつ、んんっ!!」

なんの遠慮もない口付け。
少し乾いた唇は直ぐに溶け合ってしまうけれど。

乱暴な動きの中に嗅ぎ慣れた清四郎の体臭がする。
薄いオードトワレの匂いと混ざって、男臭い。

「……っん………ふっ!ぁ……」

口を塞がれたまま、ソファからベッドまで運ばれる。
その間、約五秒。
着ぐるみがあっさり剥ぎ取られると、奴の見慣れぬ下着が登場した。

さぁ、どんな顔をする?

「ほぅ。これは都合がいい。おまえもやる気満々だったってことですね。」

「ちがっ……これはちがうぞ!?」

なんつー誤解だ。
いや、そら、結論としてはおまえを喜ばせる為のアイテムなんだけど、決してこっちから誘うつもりじゃなくて……

…………はぁ、言っても無駄だよな。
全部お見通しだ。

「ずいぶん扇情的なデザインじゃないですか。ここも……ここも、ほら、透けて見える。」

感じるポイントを爪で弾かれ、呆気なく飛び上がってしまう情けない体。
清四郎の指先一つで感じるようになっちゃってるんだから、そらもう仕方がない。

「破くなよ。母ちゃんの土産なんだし。」

「ええ。その代わり、今日は最後まで付き合ってもらいますよ。………たとえ気絶したとしても止めないからな。」

わわわ………マジ?
フルコースで朝まで??
やると言ったらヤる男だからなぁ。
逃げ道なんてものは用意されちゃいない。

「なんか………機嫌悪いね。してもいいけど、ちゃんと気持ちよくさせてくんなきゃヤだぞ?」

「おまえの身体を開発したのは誰だと思ってるんです?………ほら、撫でているだけで涎を垂らす。シルクの下着だから目立ちますよ?」

確かに。
確かにさっきのキスと刺激で股の間は湿っている。
だからヤなんだよ。
吸水性の無い下着って。
全部バレバレじゃないか。

長い指に、ツルツルした布の上からゆっくりとなぞられると、それだけでヒクついてしまう腰。
三日に一度はねちっこく抱かれてるから、こうなってしまうのも当然だと思うけど、こいつはそれを解った上で仕掛けてくるんだよな。

「どんどん……濡れてきてますね。相変わらず素直な身体ですな。」

誰の所為だか。
でもこんな風に触られたら、抵抗する気なんて起こらなくなっちゃう。
清四郎の大きな手でいつもの快感を強請ってしまう。

「……焦らすなよ………おまえだって苦しいんだろ?それ。」

スラックスの上からでも目立つくらい勃っている。
清四郎のアレは相当でかい。
───つっても、他と比べたことはないからわかんないけど、昔チラッと観たアダルトビデオの男優よりかは遙かにでかいと思う。
形もスタイリッシュで、何となく清四郎らしいなって感じるんだ。
まぁ、一旦その気になったら、鬼畜だけどな。

「気遣いありがとう。なら………遠慮なく突き刺しますよ。」

ベルトを外し、ファスナーを下ろす。
少し前を開けただけで下着の中で窮屈そうにしていたソレがはちきれんばかりに飛び出してきた。

─────今夜は本気でやばそうだ。

清四郎はいつもあたいの身体で不満を解消させる。
今日はきっと、役員どもにグチグチ嫌みを言われてきたんだろう。
大きな取引を前に燻る老人たち。
兄ちゃんと二人、頭を抱えるのはいつもそんな理由だ。

下着が取り払われ、清四郎の腕が軽々と両足を持ち上げてくる。
慣れた仕草で互いの性器を擦り合わせると、ズブッて音がするほど乱暴に貫かれた。

「んぁっ!!!」

一気に奥まで届く肉の塊。
昔はこんなにもスムーズじゃなかったのに、今はヤツの全部を受け止める事が出来る。入っただけでも気持ちいい。

一番奥をこじ開けるように進み、しばらくすると甘い溜息が頬に落ちてきた。

「…………はぁ。最高の気分だ。」

清四郎とのキスも好きだけど、こんな風に開けっぴろげな台詞はあたいの女を刺激する。
可愛くて仕方ないんだ。
もっと気持ちよくなればいいと願ってしまう。

「今日さ、すっごく硬いじょ……?」

「そうですかね……」

ニヤリと笑う不敵な顔で、ようやくいつもの清四郎が戻ってきたと感じる。
ピッタリとくっついた下半身。
中がムズムズして仕方ない。

「…………動いて?」

「痛くないか?」

今更の質問にコクコク頷けば、清四郎は安心したように動き出す。

ああ、この感覚。
熱が伝わってくる。
欲望が伝わってくる。
愛情が伝わってくる。

「悠理……ゆうり…………」

どんだけ機嫌が悪くても、あたいへの心だけは失わない男。
小さく抱かれたまま、優しく腰を揺さぶられると、お腹の奥がじんわりと熱くなってゆく。
あんなにもデカくて長いのに、その動きは絶対、あたいを傷つけたりしない。

「ふぁ……ぁん♡…せぇしろ……いいよぉ………♡」

洩れだした喘ぎをヤツが塞ぐのは早かった。
舌が絡み合い、喉の奥まで舐られる。
そうすると口の中は清四郎の味でいっぱいになる。
荒々しい動きなのにどこか優しくて、頭がどんどん痺れてゆく。
唾液の糸を引きながら離れる清四郎の顔はほんのり紅くて、このキスが気持ち良かったんだと判るんだ。

「…………機嫌が悪いのは仕事のことじゃありません。」

「………ふぇ?」

突然の告白。
動きも止まる。

「社内でおまえの噂を聞いたからです。」

「どんな?」

噂?
あたい、なんかしたっけ?

苦虫を噛み潰した顔で清四郎は息を長く吐き出した。

「最近………おまえに色気が出てきたのは、社交界で出会う男と浮気しているからだ、と。」

「はあ???」

一気に冷めるキスの余韻。
なんだ!その根も葉もない噂は。

「特に“柴村物産”の御曹司あたりが怪しいと。」

“しばむら”─────そういや先週のパーティでやたらと側にいたよな。
馴れ馴れしくて、香水臭くて、かなり苦手なんだけど。
だいたいあたいより四つも年下だぞ?

「ない!ない!ない!」

「解ってますよ。………でもこんな噂が立つのは流石に不愉快です。僕の立場がありませんからね。」

自虐的に笑う夫の顔は、いつもの清四郎じゃなくて困惑する。
剣菱の婿に入ってから、時々こんな顔を見せるんだよな、こいつ。

「んな噂、気にすんな。それに、あたいを変えたっていうなら、それはおまえじゃないか。」

先を求めるように、逞しい首へ腕を回すと、清四郎は鼻先をこつんと当ててきた。
甘える仕草。
あたいだけに見せる弱った顔。
馬鹿だな。
いつもの清四郎でいいんだ。
変にいじけてるところも可愛いけど、やっぱおまえらしく堂々と生きて行ってほしいよ。

「………あたいを自由に出来るのはおまえしかいない。そうだろ?」

「当然です。────おまえは僕だけのものだから。」

かぶりつかれた鼻は痛かったけど、その後のキスは永遠に続いて欲しいほどやらしかった。

「んっ………もぉ……うごい……て……」

清四郎だけが知る場所に来て───

腰に脚を絡めれば、内蔵ごとかき回される感覚がやってくる。
湿った音が部屋中に響いて、お互いの荒い呼吸ばかりが耳に届く。
鍛えられた腰の動きが激しさを増し、汗も、匂いも、全部、清四郎に包まれ、どんどん駆け出してしまう。

「あぁ……やぁ………も、だめっ!!」

「ゆう……りっ!」

0センチの隙間で清四郎の鼓動が跳ねる。
ああ、あたいも同じだ。
重なって、溶け合って、このまま死んでも悔いはないとまで思える瞬間。
ドクンドクンドクン────

放出された熱が染み渡る胎の中で、ちっとも柔らかくならないのは今更のこと。
朝までノンストップ………
いや、途中で飯食って風呂入るから一時間は休めるか。

良かったな、あたいの体力が普通じゃなくて。
おまえを心から好きでいて。
他の男には目も向かなくて。
こんな可愛い嫁さん、他にはいないぞ?

「なに………笑ってるんです?」

「別にぃ……♪」

「ふむ。では、白状したくなるまで……続けるとしますか。」

「えっ。あ、……ちょっとくらい休ませ………ふぁぁんん!」

結局飲まず食わず、朝までノンストップ。
不機嫌な夫の実力をとことん思い知らされた夜だった。