それだけでハッピー

※デートのヒトコマ


 

ハンバーガー三個。
チキンナゲット二つ。
あとはポテトLLサイズ───
そうだシェイクも頼もうか。

そんな考えを巡らせながら席に着けば、自然と隣のカップルが目に入る。
どちらも自分と同じ、大学生くらいか。
オトコは日に焼けたサーファータイプで、向かいに座る女は色白の清楚系。
パステル色のワンピースに、腰までの綺麗な黒髪。
一目で判る、いいとこのお嬢様だった。

────随分と種類の違うカップルだよな。

などと考えて、ふと自分達を振り返る。

────よく言うぜ。あたいたちの方がよっぽどだ。

清四郎と交際するようになって、周囲の目がどんな風に捉えているのか、ほんの少し気になり始めた悠理。
今日もデートに着ていく洋服を一時間もかけて考えたし、飛び跳ねる髪もしつこいほどブラッシングして、何とか落ち着かせた。

奇抜なファッションもそこそこに、チェリーピンクのセーターとデニムのショートパンツ。
ボーダーのハイソックスとピンクのスニーカーは最近のお気に入りだ。
これでもかなり大人しくキメたつもりである。

────清四郎は昔っからちっとも変わんないよな。せっかく大学生になったんだし、弾けたカッコすりゃいいのに。

しかし拘りの強すぎる恋人に何を言っても無駄。
それは長年の付き合いでよく分かっている。

────意外と頑固なんだよなぁ。

悠理が届きたてのシェイクを啜りながら、ぼんやり窓の外を眺めていると、隣のカップルがいきなり喧嘩を始めてしまった。
よくよく耳を澄ませば、どうやら男のスケベ心が原因らしい。
色っぽい店員をちら見して、大人しそうな彼女の右手に思い切り抓られていた。
何だか野梨子を思い出す。

「いいだろ。別に!見てるだけじゃん。」

「私と居るのに、何考えてんのよ。このスケベ!」

────清四郎もムッツリだけど、流石にこんなこと無いよなぁ。まあ、色っぽいネェちゃんなら可憐で見慣れてるだろうし、元々そこまで女に興味ないのかもしんないし。

では何故、こうして自分と付き合っているのか。
それはどう考えても、悠理が珍獣だからという理由にほかならない。

『おまえのように珍しい生き物は、研究材料にもってこいですな。』

『はあ? 』

それはつい最近聞かされた言葉。
清四郎にとって悠理は、”女“と言うより、あくまで“珍獣”なのだ。
心霊現象、予知夢、驚異的な運の良さに、化け物じみた胃袋。
それに加え、並外れた身体能力は清四郎をいつも驚かす。

『おまえがいつか産む子供は───本当に人間なんでしょうか。』

失礼極まりない台詞も今更な付き合いのため、そこまで腹は立たず───

ただそうなると、「そのガキにはきっと、おまえの血も混じってるんだぞ。」と言い返したくなる。
あくまで願望でしかないが。

まったくもってデリカシーのない男。
でも───そんなあいつが、ムチャクチャ好きなんだから仕方ない。

悠理は軽く落ち込んだ。

多くの食べ物はすっかり胃袋の中へ。
イチゴ味のシェイクを啜り切ると、今度はマンゴー味に手を出したくなり、悠理は暇そうな店員へと声をかける。
偶然にもそれは、痴話喧嘩の原因となった巨乳の店員。
ピンク色の可愛らしい制服は、男性客を呼び込む為の武器なのだろう。
ゆさゆさと胸を揺らしながら、膝上のスカートから伸びる長い足でたどり着いた。

「お待たせいたしましたぁ。」

鼻にかかったアニメ声は確かに可愛い。
悠理はシェイクに加え、チキンナゲットも追加した。
ホルスタインばりの巨乳は可憐で見慣れているが、制服の特性からかさらに大きく見えてしまう。
少々あざといほどに。

「しばらくお待ちくださいませ。」

そう言って立ち去ろうと背を向けた瞬間、彼女は到着したばかりの清四郎に思い切りぶつかった。
身長差、およそ20cm。
胸以外華奢な彼女は「キャッ」と声をあげる。
もちろん清四郎はビクともしない。

「おっと………失礼。」

「いえ……こちらこそ……」

鼻をしこたまぶつけたせいか、ほんのり涙目になってる、その表情すら可愛い。

しかし悠理は不機嫌に顔をしかめた。
彼女のでっかい胸が形を変えるほど強く清四郎の胸板に押しつけられ、その瞬間を目の当たりにしてしまったからだ。
弾力ある白い胸元はまるでお菓子のように甘く見えた。
自分には存在しない大きな膨らみ。
せめてもうワンカップあればなぁ、と溜息を吐いた経験は数え切れないほどある。

そっと奴の顔を見上げれば、そこはいつものポーカーフェイス。

────こいつ、不感症かよ。女のあたいにだってわかるぞ?そいつの身体つきが、どれほど男を惹き寄せるかなんて。

だからこそ、この店の制服はあからさまに露出が高いのだ。
もちろん採用条件はスタイルの良さ。
なかなかに狭き門である。

「ご注文おうかがいしましょうか?」

清四郎の顔を見て、姿勢を正した店員はポッと頬を染める。
チークよりも濃く色づき、それもまた可愛い。

───その気持ち、解らなくはないぞ。

眉目秀麗とうたわれるだけあって、清四郎はかなりの男前。
高校を卒業してからというもの、男だけでなく女の視線を集めることも多く、美童とまではいかないにしても、そこそこ……いや、かなりのモテ男へと成長していた。

そんな変化に気付いた悠理は、慌てて清四郎に告白した。
まさか両想いだったとは、夢にも思わずに。

────僕も、おまえが好きですよ。

想定外の答えに天にも昇る気持ちになったことは、未だ記憶に新しい。

はぁ~・・・あの言葉は何度思い返しても良いもんだ。

悠理の胸が熱くなる。

そんな彼の、休日モードのいつもより緩くセットされた髪型は、思いの外、隙を与えるらしい。
巨乳女の目は完全にハートマーク。
隣の席のカップルまでもが目を瞬かせ、清四郎の虜になってるじゃないか。

───なんだこりゃ。

「珈琲を一つ。食事は結構です。」

「かしこまりました♡♡」

ハートマークを語尾に付け、浮遊したように歩く女の後ろ姿を、悠理は苦々しく見送った。

───ったく………何を期待してるんだか。
あたいのことなんて、全く眼中にないみたいだ。

 

 

「映画まで、まだ少し時間ありますね。」

向かいの席に着くなり、清四郎は腕時計を眺めた。

「あ、うん。」

「食事でも………と思っていたが、要らぬ心配だったか。」

苦笑しながら、広げられた皿を見回す清四郎は、一体あたいのどこが好きなんだろう。

悠理はふとそんな疑問にたどり着く。

胸もない。
色気もない。
知力もない。
下品で乱暴。
喧嘩っ早くて、トラブルメーカー。
あるのは食欲。
そして金と体力だけ。

スケベな彼氏から視線を外し、こちらを気にしている隣の美少女の方が、よほど好みだろうに。

自分は野梨子のような深窓の令嬢に、逆立ちしたってなれないタイプだとわかっている。
もちろんなろうとも思っていないが。

けれど誰だって、彼女たちの方がいいに決まってる。
女らしくて可愛くて、連れて歩くにはもってこいの恋人。花のように笑う、可憐な仕草。

地味にボディブローを受けた悠理は、思わず呻き声をあげそうになった。

「おまえって………」

「はい?」

「変な趣味!」

「はぁ?」

ふてくされるつもりなんか無かったのに、口からは可愛げのない言葉が飛び出す。

なんであたいを選んだの?
なんでこんな『珍獣』が良かったの?

今更聞きにくいけれど、疑問は波のように押し寄せてくる。
理想は思いっきり高そうなくせに───“なんで”?って。

「別に、何でもない。」

話を逸らそうとしたけれど、清四郎はとうとう考え込んでしまった。
悠理は早くも後悔する。

こいつの洞察力は桁外れだもん。
あたいの考えてることなんて、猫よりも簡単にバレちゃう。

あーあ、ヤバいな。
こんな卑屈なとこ、清四郎に知られたくなんかないよぉ。

自分から話を振ったくせに、慌てて違う話題を探す悠理。
だがその時、清四郎の手が突然、悠理の手に重なった。
そしてその長く綺麗な中指が、手の甲をそっとなぞる。
途端に急上昇する心拍数。

わわっ!んな指遣い、こんなとこですんな!

「今更、何が不安なんです?」

あー・・・やっぱお見通し。
探るような目は鋭く光って、逃げられない。

悠理は口をもごもごさせながら、わざとらしく上目遣いを作った。

「…………不安っていうか………なんでかな、って。」

「聞きたいことがあれば、何なりとどうぞ?」

そう促されれば、尋ねるしかあるまい。
気恥ずかしさを押し殺しつつ、口を開く。

「あのさ。おまえ、あたいのどこが………好きなんだ?絶対、好みじゃないだろ?」

「………“好み”?なるほど、好みですか。難しいこと聞きますねぇ。」

それは茶化すわけじゃなく、本気で悩んでいる顔だった。
清四郎は顎に手を当て、思案げに目を移ろわせる。

「好み───わかんないの?」

「だって僕は今まで恋したことありませんから。交際もおまえが初めてですしね。」

そうだった。
朴念仁、無神経、情緒の欠片もないと詰られてきた男は、恋愛など未経験。
今まで一度たりともそんな話で盛り上がったことはない。
自分と同じで。

「え………でも………あたいみたいな女じゃないだろ?バカで下品で………色気もないし。」

言ってて悲しくなる評価を自ら口にし、悠理は軽く落ち込んだ。
考えれば考えるほど、清四郎の決定打がわからない。

「そうは言いますけどね。わりと好みですよ?顔も性格も。オツムの悪さだけはどうしようもないことですし、もう今更何とも思いません。」

「そ………なんだ。」

「だいたいそんなにも卑下する事ないでしょう?人並みはずれた体力と運動神経にはいつも感心させられてますし、霊感も僕にとっては羨ましい能力の一つだ。」

でも───それって、“彼女選び”の基準にはなんないよな?

素朴な疑問はそのままごくりと飲み込んだ。

「好きって気持ちに、自信ある?」

「ありますね。」

「ほんとに?」

「………今更、何言ってんです?付き合いこそ短いが、僕たちはすっかり深い仲でしょうに。」

清四郎の指がやらしく蠢く。
あやすような、宥めるような、優しさすら伴って。

「わ、わぁってるよ。」

「お待たせしましたぁ!」

二人の間を遮るように置かれた珈琲カップ。
さっきまでの媚びたアニメ声はどこへやら。
剣呑な雰囲気すら漂わせ、巨乳の彼女は伝票をホルダーに差し込んだ。

仕事中、目の前でイチャイチャされるのが気に障ったんだろうか?
それともまさか、悠理が恋人には見えなかった?

どちらにせよ、過剰なサービスはなりを潜め、女は乱暴な足音を立て、去っていった。

たとえどんなナイスバディにも譲れない。
こいつはあたいだけの男だかんな。

身を乗り出した悠理は、傍目も気にせず、清四郎の頬へとキスをする。

「おや…………」

「へへ………」

ポーカーフェイスの下に喜びを隠し、清四郎は“にやっ”と口の端を持ち上げた。

「映画は後回しでいいんですか?」

「何で?」

「珍しく誘ってきたんですよね?この僕を───」

意味するところが解り、悠理の熱が上がる。

「ちがっ……映画が先!それは後!」

「逆でもいいんですよ?」

そんなことになれば、映画どころの話じゃない。

「……………からかうなよぉ。」

「まさか。全部本気です。」

握りしめる手は熱かった。
清四郎の心が伝わってくる。

「もぅ…………………好きに、しろ。」

「はい。」

不安を拭い去ってくれるのは、いつもこの男だけ。
幸せとスリル。
二つの楽しみを与えてくれる彼を、誰にも譲ることは出来ない。

たとえ珍獣でも、ペットでも………
側に居れたら──それだけでハッピー。