「ふぁ~あ、よく寝た。」
時計を見なくとも既に昼近くだと判るのは、眩しいほどの太陽が天窓から差し込んでいるから。
「ん・・?ここ、どこだっけ?」
軋む身体をんしょっと伸ばし、悠理は辺りを見回した。
見慣れぬ壁紙、見慣れぬ机。
几帳面に並べられた本棚は、到底自分が理解出来そうもない内容のものばかりだ。
「あ、そか。夕べは菊正宗ん家に・・・」
何故こうなったのか――と言うことは悠理自身定かではない。
いつの間にか強くなったヤツの秘密を知る為、放課後の帰り道に後を付けたら、とある寺に行き着き、そこで汗だくになりながら修行する姿を見た。
見たことがないほど真剣な顔で。
「ちぇ、あんなことしてやがったのか。」
接点は持たずとも、長年互いを意識してきた二人。
友人になってからは蟠(わだかま)りも少しずつ消え、新しい関係を築けると感じてはいたが、だからといってこの関係は―――。
シャツはヤツのものだと解る。
だって袖が長いから。
裾が太ももを隠すから。
若い男の匂いがしてるから。
寺での修行を夢中で覗き見ていたら、菊正宗は目敏く見つけ近寄ってきた。
「そんなに僕が気になる?」
「え!?いや、その、・・・・」
「良いですよ。全部教えてあげるから、少し待っていてください。」
白い道着から汗の匂いがする。
それが悠理の負けん気を呼び覚ます。
「お、おう!」
ふ、と、ヤツは子供らしからぬ笑顔を見せたが、すぐに顔を引き締め、再び厳しい稽古へと戻っていく。
その後ろ姿に、昔の名残りは少しも見当たらなかった。
連れ込まれた男の自宅で、最初はあの寺での話をしていた。
「君には随分と触発されたからね。ま、良いきっかけになったけど。」
「おまえが弱すぎたんだよ。白鹿の方がよっぽど強かったぞ。」
過去の話に花が咲くなんて、少し前までは考えられなかった。
あれほどお互いを気に入らなかったというのに、きっかけというものが、今はこんなにも距離を縮めている。
「剣菱さんは――あぁ、何か呼びにくいな。下の名前でいい?」
「下の?」
「‘悠理’、でいい?」
胸がドクッと音をたてた。
男に呼び捨てにされることなんて、慣れてるのに。
なんでこいつはこんなにも優しい声色を使うんだ?
「い、いいよ。じゃ、あたいも‘清四郎’って呼ぶぞ?」
「―――それ、いいね。」
「え?」
「すごく、いい。」
嬉しそうに笑う男は、徐々に距離を詰めてくる。
お互い絨毯に腰を下ろした状態で、ベッドにもたれていたのだが・・・そうか、この距離は他の奴等とは無かった近さだな、と思い当たった瞬間、ヤツ・・・菊正宗清四郎はその長い腕を使い押し倒してきた。
「こ、こら!なんだよ?」
「なんだと思う?」
「謎なぞしてんじゃないだろ!?」
「僕は――――」
言葉を選ぶように一旦口を閉じ、真っ直ぐに見下ろしてくる黒い瞳。
―――同い年、だよな?
その賢そうな目は見たことがない光を湛えていた。
「ずっと君が・・・悠理が欲しかった。」
「え?」
「ちょっと早いけど、ほら思春期だからね?」
「し・・しゅんき?」
「修行に熱が入らないのは困るし、この際、憂い事は取り除くに限ると思って。折角お近づきになれたんだし?」
何を言っているのか分からないが、これはなんとなく‘貞操の危機’な感じがする。
そう思って両手でヤツの胸を突っぱねた。
「こ、こんなの・・・あたいら子供だろ?」
「だから、一緒に大人になりません?」
―――大人に?
それは魅惑的な誘い。
どこかで誰かが自慢気に話していた記憶が甦る。
「―――やったことあんのかよ?」
「無いから誘ってるんじゃないですか。」
「生徒会長のくせに、とんだエロだな。」
「それは、これから教えてあげます。」
近付いてくる男の顔に、‘目を閉じろ’と本能が命令を下したのは不思議で、それからは何が何だか解らないまま、無茶苦茶にされた。
・
・
・
「やっとお目覚めですか。」
回想シーンに耽っていたら、すっかりいつもの顔で現れた男。
手にはコーヒーとサンドウィッチを乗せたトレーがある。
「あ、良い匂い。おばちゃんが作ったのか?」
「はは!家族は不在ですよ。でないと、こんなこと出来ません。僕はこれでも品行方正な息子なんですから。」
そう言えば昨日もお手伝いさんらしき人がご飯を運んできてたな。
こいつは「勉強中ですから。」ってそれを受け取ってたし。
「話し方、コロコロ変えんなよ。年相応に喋れ。―――少なくともあたいの前ではそうしろ。」
ベッドに置かれたサンドウィッチはこいつの手作りだという。
旨いじゃないか。
「解った。悠理にはそうする。」
「―――うん。」
「身体は何処も痛くない?」
身体といいながら、下半身をじっと見つめてくるんだから、こいつやっぱスケベだ。
夕べは遅くまでそれを散々思い知らされたけど。
「大丈夫。こんくらいの痛み、大人になるんだから余裕だい!」
「さすが、頑丈に出来てるな。でも………」
「でも?」
二個目のサンドウィッチを手に取ったら、それが口に運ばれる前にチュッとキスされた。
「こういうことをしたのは、大人になるためだけじゃない。悠理が大好きで、僕が心から欲しいと願ったからだ。」
そう、それはなんとなくわかる。
初恋もまだだった自分とは違い、清四郎は思春期とやらに突入してからずっと想い続けてきたのだと言う。
「物好きだよなぁ?」
「それは否定しない。」
「白鹿には言うなよ?折角仲直り出来たんだし。」
「言えば殴られるよ。」
「プッ!!たしかに!」
あいつは手が早いからな。
「それ食べたら、もう一回していい?」
「ま、またかよ!」
「ほら、思春期だから。それに覚えたてだしね。」
―――こいつ、ほんとに‘品行方正’な生徒会長なのかよ。
猫っかぶりめ!
余裕の笑顔は癪に触るけど、ヤツの言うことは正しい。
だって身体が求めてる。
まだ欲しい、って。
まだ知りたい、って。
―――ま、いっか。
あたいらはまだまだ子供だしな。
それにこいつの裏の顔を知ってるのって、なかなか楽しいじゃん。
皆が知らない、
白鹿も知らない、
キクマサムネセイシロウの真実(ほんとう)の顔を。
おまけ |
あいつとこういう関係になって約2週間。
知れば知るほど、「品行方正な生徒会長」とはほど遠い男だと思う。
白鹿が知れば、目を剥くだろうな。
デキの良い幼馴染みが、こんな「エロ男」だなんて。
――’全部教えてあげるから’の言葉通り、色々教えてくれるけど、そういう意味じゃないんだってば!
・
・
「強くなる為にはどうしたらいいんだ?」
「僕と同じ年数、鍛錬する?」
「手っ取り早く強くなりたいんだってば!」
「・・・・ふむ。悠理は充分強いけどね。」
そうは言うけどさ・・・あたい、おまえに敵う気がしないぞ?
今だって、手首抑え込まれて上に乗っかられたら・・・そのまま、されるがままじゃん。
「おまえのが強いくせに・・・。教えてくれないなんてずるいぞ。」
「君の方が強い。」
「どういうこと?」
清四郎はちょっと困ったような顔で笑った。
「悠理に嫌われたら、僕は相当凹んじゃうから・・・。」
「!!!」
んなこと言われた事ないから・・・唖然としちゃったじゃんか!
「ほんと・・’惚れたが負け’って正しいと思うよ。」
「・・・・・・・。」
くそぉ・・・かわいい表情(かお)しやがって!
この二週間、こいつのこんなとこばっかり知らされていく。
白鹿も知らない’恋人’としての’清四郎’。
真面目な顔でやらしい事も言うし、旺盛な好奇心をまともにぶつけてくるし・・・
何よりも、’キクマサムネセイシロウ’の素顔は、想像していたよりもずっと甘くて、
あたいの心はぐらぐらと揺らされ続けている。
「好きだよ。」
「~~~~!!!」
ああ・・・ダメだ・・・・。
そろそろ白旗の準備しなきゃ・・・・。