さ み し い───
声に出したら、なんてチープな音の並び。
だからヤなんだ。
こんな風にうじうじするくらいなら、
好きになんてなりなくなかった。
特別な男なんて作りたくなかった。
ただの友達で、
あのままの関係でよかったのに………
結局、負けちゃったんだよな───あの男に。
菊正宗清四郎という、誰もが羨むあの男に。
ペットでも奴隷でも、孫悟空でも構わない。そう思っちゃったから………こんな風に放置されても、歯を食いしばって我慢するしかないんだ。
遊びたい
食べ歩きたい
手を繋ぎたい
見つめ合いたい
キスして、
抱き合って、
夜通し触れ合って、
朝を迎えたい。
なのにあいつは、論文やら学会やらでちっとも構っちゃくれない。
今日も名古屋で行われる研修会に足を運んでて、きっとあたいのことなんて忘れてるんだろう。
さ み し い───
言葉にすれば軽く感じる。
ならメールは?
寂しい
淋しい
サミシイ
どれが今の心にぴったりなんだ?
あたいの気持ちが一番伝わるのはどれ?
画面に指を滑らせては、消去する。
どんどん減っていく、バッテリーのメモリ。
時間が無意味に過ぎていくなんて、好きじゃないのにな。
かと言って、遊ぶ気にもなれない。誰かさんの機嫌が悪くなっちゃうから、ツーリングもとっくに止めたし。
清四郎は今頃、『有意義』な時間とやらを過ごしてるはずだ。会話の弾む、穏やかな関係の中で。
あたいと居るよりも、それは楽しい時間なんだろうか?もしそうだとしたら、やるせないよ、清四郎。
ブラックアウトした携帯電話。
画面に映る情けない顔。
はぁ~・・・
ぐじぐじするなんて“らしく”ないじゃん、剣菱悠理!
どうせなら直接話そう。
今からヘリ飛ばせば、ご飯食べ終わる頃には着くだろ。
気合いを入れて起き上がったところで、着信音が鳴り響く。
清四郎がダウンロードしたベートーヴェン。
ちょっとウルサイ。
「清四郎?」
「こんばんは。」
他人行儀なその挨拶。
ん?もしかして機嫌、悪い?
「なんだよ。今頃飲み会じゃねぇの?」
「まあ、かなり盛り上がってますけどね。………厄介な教授がチラホラ居るので。」
学生は?
女は?
───なんてさすがに聞けず、生返事でやり過ごす。
「悠理は?ご飯食べましたか?」
「………………食べた。いーーっぱい。」
嘘、食べてない。
クッキー二つかじっただけ。
「ふ………嘘ですね。」
「何でだよ!」
「僕には解るんです。おまえのことなら何でも。」
ならどーして寂しくさせるんだ?
どーしてひとりぼっちにさせるんだ?
嘘吐き。
清四郎の大嘘吐き。テキトーな事言いやがって。
「ふん!用が無いならもう切るぞ。」
素直じゃないな。
好きなくせに。
嬉しいくせに。
女は素直が一番………って言ってたのは清四郎だったっけ?
「おやおや、僕に会いたくて、今にも飛び出しそうだったのは誰でしょうね。」
「……………は??」
クスクス
そんな笑い声が聞こえても、状況が掴めない。
何で知ってんの?
まさか、ほんとに千里眼なのか?
怖いよ、清四郎。
ほんとに?
「ど、どうして解ったんだ?」
「そんなの簡単です。僕が、そうだからですよ。この一ヶ月、まともに触れ合っていない。おまえの笑顔も見ていない。深いキスも───その先のことだって………」
「そ、そんなの………おまえが悪いんじゃん………」
「ええ。だから会いたくて、我慢出来なくなって、…………今、五代さんに頼んじゃいました。」
「なにを?」
「………ヘリを。」
「嘘!」
耳を澄ませば、すっかりお馴染みの音が聞こえてくる。
何代目かのリボン号。サーモンピンクの機体は当然目立つ。
「どうやら───到着したようですね。」
「でも………いいのか?明日研修会なんだろ?」
「朝、間に合うように送って貰います。こういう時、剣菱の力は有り難いですね。」
「………ま、まぁな。」
五代が動いたという事は、裏に母ちゃんが潜んでる。あたいと清四郎の為なら、きっと喜んで貸したに違いない。そうでなくとも、母ちゃんにとっての清四郎は特別な存在なんだから。
「…………待ってる。ほんとは………あたいも会いたかったよ。」
「………寂しい思いをさせて悪かった。今夜はたっぷり愛し合いましょう。」
「………ん。」
全身から流れ出すように“サミシイ”が消えてゆく。
もっと早く伝えれば良かった?
もっと早く素直になればよかった?
でもこんなタイミングも悪くないよね、清四郎。
だってその分、二人の愛は深まるに違いないんだから。