~黒羊は何を見る?中編~R

夜遅くの剣菱邸───
仕事を終えたメイド達は、そのほとんどが住み込みで働いている。
広々とした従業員専用のリビングでのんびりとお茶を啜り、一日の締めくくりに他愛もない噂話を楽しむのが日常だった。

「お嬢様が留学したら、寂しくなるわねぇ。」

「奥様はともかく、旦那様がよく手放すことに承諾したわ。」

「ほんとよ。過保護なくらい可愛がってらっしゃったのに………。でもそう考えたら、菊正宗様ってすごいのね~。“あの”奥様から認められたってわけでしょ?」

「ただもんじゃないわよ、ねぇ?」

「見た目よし、頭よし、その上大病院の息子だもの。そりゃあ、奥様じゃなくても喜ぶわよ。婿にまで入ってくれるんだから御の字じゃない。」

清四郎の評判はひとりでに歩き始めていたが、おおむね高評価である。
それは彼の上品で優雅な物腰、そしてそつのない挨拶と整ったルックスによるもの。
もちろん、あのじゃじゃ馬姫を手懐けたという最大の功績が主たる理由であったが────

二人が婚約者となり、外部への箝口令は敷かれたものの、屋敷の中ではこうして好き勝手に話すことを許されていた。
彼女たちの日々の娯楽。

清四郎はほぼ毎日令嬢の部屋を訪れ、プライベートレッスンを行う。
そしてレッスン中、メイド達は部屋に近付こうとはしない。
二人の逢瀬を邪魔すること、百合子から強く止められているからだ。
もちろん部屋の中で行われてるであろう睦み事は、格好のネタとなってはいるが───



「あ………は………せんせ………」

「何です?」

「そこ………すごい………あぁ……も、とけちゃう…………」

清四郎の指が慣れた手つきで胎内を掻き回し、快感の蕾を次々に開かせる。
己の全てを知られている男に、羞恥などまるで無用。
悠理は与えられる快楽をどん欲に貪り、ただひたすら甘い声をあげ、その官能的な揺りかごに揺られるだけでよかった。

夜。
全くの別人の顔を見せる清四郎に、ストイックな教師の片鱗はどこにも見当たらない。
がむしゃらに悠理を求め、野性的な瞳をぎらつかせ翻弄していく男。
そうして、まだ幼さを残した少女を獣じみた愛欲へと沈めてゆく。

特に今日は勉強前、野梨子の話題に加え魅録の話を聞いたからか、彼は小さな嫉妬心を燃え上がらせ、執拗な愛戯で愛しい恋人を責め立てていた。
大人気ない………と感じつつも、そんな男の情熱が可愛くて、悠理は全てを受け入れる証拠に、身体中から力を抜く。
日毎、柔らかくしなやかに悦ぶ身体は、清四郎の指使いに見事な反応を見せていた。

「もうこんなにも溢れて…………ほら、ドロドロですよ。」

一旦抜かれた指は透明な滴りを纏わせ、清四郎の手首までをも濡らしている。
その濡れた手を啜り、甘く芳しい香りを楽しみながら、淫靡な顔を見せつけてくるのだ。

「あ……………やだ……」

悠理は慌てて顔を背けたが、無論そんな仕草は彼の劣情を煽るだけ。
滴るそれを旨そうに味わい、わざとらしく舌を絡ませた。

「……………やらしい味がする。…………欲しくてたまらないんですね?」

意識が遠のくほど残虐で色気ある表情。
大人の実力に太刀打ち出来るはずもない悠理は、婚約者の胸元に顔を寄せ、懇願した。

「欲しい………先生が欲しいよ………っ………」

「少し我慢しなさい。」

「え?」

いつもなら「いいですよ。」と優しく招き入れてくれるはずなのに。
言い放たれた言葉が冷たく響き、 悠理は途端に目を潤ませた。

「今夜は、もっと欲しがるまで………あげませんから。」

念を押され、もどかしさに狂い始めた身体は、焦げ付いてしまいそうなほど熱を持っている。
早く、早く、と悩ましげな吐息で相手を誘えば、清四郎は口端を上げ、より官能的な目で濡れた指を啜った。
悠理の蜜が彼の温かい口の中で溶けてゆく。
ゾッとするほどいやらしく、欲張りな表情。
美しく長い指の付け根までをも赤い舌が彷徨い、溜まった愛液を余すことなく舐め取っているのだ。
見たことがないほど扇情的であった。

「今日のせんせ……………すごく……意地悪だ。」

真っ赤になって抗議するも、相手は涼しげに答える。

「ふ……………そうですか?」

「もしかして、怒ってる?」

「いいえ………いや……………ただ嫉妬してるだけかな。彼との距離感に。」

隠しきれない妬みをいよいよ露わにさせ、清四郎は悠理の耳を甘く噛んだ。
そして熱い吐息を吹きかけると、その中に舌を差し入れ、舐り回す。

「あっ…………んっ…………!!魅録は……ダチだよ?知ってるだろ。」

快感に翻弄されながらも誤解を解こうとする悠理は、清四郎の腕を軽く抓る。
痛みを感じないほど軽く。

「理解しているつもりですがね。………心は融通が利かない。」

「あっ………!」

摘ままれた先は、清四郎が愛して止まない二つの膨らみ。
寄せるよう揉みしだきながら先端を咥える。

胸をくすぐる黒髪。
鼻に抜ける清四郎の香り。
音を立て、交互にしゃぶられ、ノンストップで高まってゆく官能。

温かい口の中で転がる蕾は、日に日に感度が高まり、今やブラジャーの布が擦れただけでも勃ち上がる始末。
こんな関係になってからというもの、心なしか膨らみが大きくなった気もするが、理由までもは解らない。

「はぁ…………飽きない………」

感じ入った言葉を吐き出し、清四郎は爪先をカリと乳首にたてた。

「ん……やっ!!」

脳に響くほどの強烈な刺激は、 激しく捏ね回されるよりもずっと甘く感じてしまう。
途端にどろりと零れ出す愛液が太腿を流れ、シーツを汚してゆく中、清四郎の硬くそそり立った肉茎が薄紅色の溝を前後に擦り、もどかしさを煽って行った。

「や………そん………なの………」

「我慢出来ない?」

「もう………とっくに無理だってば!」

腰を浮かし招き入れるその痴態を、悠理はどのように考えているのだろう。
まだ18という若さで、男を狂わせる色気を身につけた少女。
もちろん自分の手柄であるのだが、それでも将来の妻の行く末を思わず案じてしまう。
無論、内心では喜んでいる。
男とはそういうものだ。

────誰にも見せたくない。一生、僕だけの女だ。

清四郎は静かに笑った。

ほんの数センチ埋め込まれただけの動かぬ切っ先に、焦れったさを感じ始めた悠理。

懇願する瞳が痛々しく濡れ、哀れに思った清四郎はそんな彼女を思い切り抱きしめた。
そして首筋を舐め上げ、「いきますよ」と呟く。

「はぁうぅ………!」

灼熱の塊が柔らかな肉を押し広げ、奥深くまで貫く。
瞬間、悠理は目を大きく見開き、呆気なく達した。
自分でも判るほど愛液が吹き出し、清四郎を濡らす。
我慢させられたことで臨界点を突破したのだろうか?
止まらない勢いに驚いた清四郎は、珍しく少々慌てた。

「おっと、すごいな。………シーツが大変なことになりましたよ。」

「し、知らない!………あたいの所為じゃないもん!」

恥ずかしくて泣きそうになるも、悪態を吐くしかない悠理。
こんなにもままならないエクスタシーは初めてのことだった。

「ふむ。少々、乱暴すぎましたか。」

軽く反省しつつ、ゆっくりと律動を始める清四郎に、余韻に震える悠理は必死にしがみつく。
潮を吹くと同時、体中がふわっと浮いたような、それでいてもどかしいような感覚は、とてもじゃないがコントロール出来る代物ではなかった。

「はぁ………ん、あ……っあぁ!」

「おっと………感度が上がったようですね……胎内(なか)が…………すごい………」

「せんせ………せんせ…………」

「悠理………名前を呼ぶんじゃないんですか?」

「あ……………せぇしろぉ……………!!」

二度目の絶頂に合わせ、清四郎は溜まりきった欲望を存分に吐き出した。
そしてそのままの硬度で、悠理の中をゆっくりと掻き回す。

「………も…………おかしくなっちゃう………」

頭はクラクラ、視界はゆらゆら。
火照った身体は脱力しているのに、己の意志とは関係なく小刻みに震える。
完全に蕩けた瞳で恋人を見上げると、清四郎は嬉しそうに口付けを求めてきた。

熱い吐息の交歓。
互いを愛していなければ、ここまで気持ちよくはなれない。

「あぁ……悠理…………」

「せぃ………しろ……」

「まだ、いけますか?」

「……………ん。泊まってく?」

「それはまだ………:」

言っても無駄だと解っていたが、口から飛び出した言葉はもちろん本音。
悠理が「そだったな…………」と寂しそうに俯けば清四郎は「もう少しの我慢ですよ。」と慰めた。

教師と生徒
大人と子供

早く、早く、この垣根を取っ払ってしまいたい。

どうにもならないもどかしさ。
歯噛みした悠理は、清四郎の汗ばんだ胸板に思い切りしがみついた。
次は自分が翻弄させる番だ。
この男の全てを吸い取ってやる!

「ね………あたいん中………ムチャクチャに掻き回して?」

あからさまな挑戦状。
それに煽られる欲情。

「………いいでしょう。覚悟なさい。」

恋人の誘いに彼の太い茎は逞しさを増し、濡れた蜜壺をみっちりと埋め尽くした。

教師と生徒。
禁断の関係であるからこそ、愛欲に満ちた夜となる。
二人はタイムリミットまで、何度も互いの欲を深めていった。
名残惜しさを払拭するかのように。
愛の深さを感じ取るように。

次の日────

教室に珍しく早く到着した悠理は、そこに見た異様な光景に言葉を失った。
黒板の前にたむろするクラスメイト達。
悠理の気配を感じ取り、ざわつく皆の視線が一気に彼女へと向けられる。

「な、何だよ?」

「や……ぁ、おはよう。」

「剣菱さん………おはよう。」

取り繕うこともしないのか。
辿々しくもぎこちない動きで、行く道を開ける生徒達。
それはまるでモーゼの十戒のごとく。

すると黒板の一番前に立つ女生徒が、怯えた目で悠理を窺った。

「あの………朝一番に来たら、こんな風になってて………私、部活の練習だから早くて。………でも、私が書いたんじゃないからね?信じて!」

黒板にはくっきりはっきり白い文字が殴り書きされていて、明らかに誰の眼にも届くようなサイズだった。

“剣菱悠理は教師に色目を使って、成績を操作してもらっている!”

「な………んだよ、これ。」

あり得ない嘘。
確かに少し前までは地を這うような成績だったが、今の点数まで上り詰めたのは努力したからだ。
先生の妻になり、アメリカで暮らすための努力を───

悔しすぎて怒りよりも悲しみがこみ上げる。
拳が震え、こんな戯言を書いた人物を捜し出し、殴りたくなる。

見えない悪意。
それがどういう意味を持つものなのか、今の悠理には思いも及ばなかった。