「悠理、もし予定がないなら、明日パーティに行かない?」
そう誘ってきたのはクラス一の社交家、黄桜可憐。
手には招待状らしき封筒をちらつかせ、にっこり優雅に微笑む。
「パーティ?」
授業が終わった後の悠理は、明らかにそわそわしている。
それはもちろん、清四郎の元(職員室)へといち早く駆けつけたいが為。
毎日のように自宅へと通ってくれている清四郎だが、共に暮らしていた時とは違い、会える時間は格段に減ってしまった。
彼は未だ、剣菱邸にて夜を明かしたことはない。
本人は「仕事が溜まっているから」と言い訳するが、実際にはパパラッチに対する予防線だろう。
悠理もそれを理解している為、これ以上の我儘は言えなかった。
「あたしの知り合いが船上パーティの主催者なの!で、招待券が二枚あるのね。本当はダーリン(其の一)と行く予定だったんだけど、彼、急用が出来ちゃって。」
「へぇ~。飯出んの?」
「すっごく豪勢よ!何せ相手は不動産王ですもの。あ、でも悠理ん家には負けるわね。ふふ。」
『豪勢な飯』と聞いて断る理由もない。
即座に首を縦に振った悠理は、『土曜は先生も用事があるって言ってたしな』と陰ながら自分に言い訳をした。
いつもなら二人きりでイチャイチャするはずの休日━━━。
一人、家で寂しく過ごすよりはよほどマシだ。
「良かった!開場は夕方からなんだけど、それまで時間あるかしら?ほら、前に言ってたエステ、良いとこ見つけたのよ。どうせなら完璧に仕上げてパーティに挑みましょ!」
━━━エステかぁ。
以前は興味の欠片すら抱かなかった悠理も、清四郎と付き合うようになってから、何となく肌の様子を気にしてしまう。
これぞまさしく乙女心。
遅咲きの彼女は自分の手の甲と可憐のものを見比べながら、再びこくんと頷いた。
「決まりね!エステの場所は後で知らせるわ。あぁ、時間があれば買い物もしたいわね。悠理とショッピング出来るなんてすごく楽しそうだもの!」
テンション高く言い放ち、飛ぶように駆けていく可憐。
悠理はその後ろ姿に天使の羽を見たような気がした。
悠理としても彼女との距離が縮まることは、不快ではない。
彼女のように女子力を上げたい………とまでは思わないが、少なくとも清四郎にはずっと可愛がられる存在で居たい。
そんな健気な心意気を見抜いているのか、彼女はアレコレ世話を焼いてくれているのだ。
もちろん、そのほとんどは興味本位からだろうが・・・。
・
・
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そして迎えた次の日。
待ち合わせた可憐は浮かれた様子を隠さず、悠理の手を取った。
「さ、予約の時間が迫ってるわ!行きましょ?」
ボーイッシュな悠理と大人っぽい可憐。
一見年齢差を感じさせる二人だが、どちらも普段お目にかかれないほどの美人である。
行き交う男たちは目を瞠り、二度見する。
中にはナンパしてくる猛者達もいたが、可憐はそれを上手くあしらい、断っていた。
━━━可憐ってすげぇな。
悠理は心から感心した。
彼女がモテる理由も解る。
男にも、女にも。
誘うような身体をしていながらも、決してだらしない雰囲気を見せない可憐。
彼女が目指す「玉の輿」への道とやらには、「身持ちが堅い」という項目が含まれているのだ。
恋人関係は派手だが、決して簡単に身体を許さない。
そんな真面目なところも悠理はすごく気に入っていた。
二人はエステで散々磨かれた身体を、商業施設へと向かわせた。
船上パーティといえども本格的。
各界の著名人が集まる予定だ。
可憐の心意気は相当なもので………。
「悠理は背中が綺麗だからこのドレスなんかいいんじゃない?ヒールは履ける?ああ、履いたことなさそうね。なら少し低めの・・・・」
あれこれ蘊蓄を垂れながら、しかし確実に女ぶりをあげようとしてくれる可憐に、悠理はもう身を任せるだけ。
普段着るような奇天烈な衣装とは違い、少し走れば破れそうな素材のドレスを迷いなく選び取った彼女。
悠理は苦笑いと共に受けとる。
「に、似合ってる?」
「すごいわ・・・・完璧よ。」
無駄な肉など一切見当たらない、背中から腰への美しいライン。
可憐とは違い薄っぺらな胸も、ドレスのデザインが秀逸なのだろう。
ふっくらと柔らかそうな膨らみを見せる。
「隣の美容室にも行きましょ。ほら、メイクして髪もセットしなくちゃ・・・」
可憐は嬉しかった。
悠理が・・・あの一匹狼だった悠理がこんなにも従順で大人しい姿を自分に見せるだなんて・・・。
まるで奇跡だと感じる。
『全ては菊正宗先生との恋のおかげね。』
そう納得した彼女は自らもドレスを選び、店員に優しく微笑みかけた。
・
・
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艶姿の二人。
船には既に着飾った招待客がシャンパンを片手に語り合っている。
夕暮れ時の港は仄かな潮の香りが漂い、その水面をオレンジ色に輝かせている。
大型クルーザーにはざっと50人ほどの客が居て、10数名の船員が乗り込んでいた。
イベントコンパニオンらしき美しい女性達も同じ数ほど見受けられる。
プロ意識の高い彼女達とて、可憐と悠理には敵わない。
輝きを纏った若き二人を羨望の眼差しで見つめる。
勇気ある者はそっと声をかけるが、可憐は優雅に微笑みながらあしらい、まずは主催者の元へと向かった。
「こんばんは、金紋きんもんさん。」
「やぁ・・・!可憐ちゃんか。」
恰幅の良い40代の男は可憐を見ると、嬉しそうに笑い皺を刻んだ。
脂ぎっていて、どことなく精力的な印象を醸し出す男。
浅黒い肌はゴルフ焼けだろう。
「お招きいただき、ありがとうございました。」
「いやいや、可憐ちゃんのママには世話になってるからね。このくらい当然だ。」
「ごめんなさい。ママは仕事で来れなくて・・・」
「いいんだよ。ゆっくり楽しんで行きなさい。お・・・っと、これまたべっぴんさんと一緒じゃないか。」
悠理へと視線を移動させた男は一転、目を見開く。
「ん?どこかで見たかな。」
「彼女、私のクラスメイトなんです。剣菱悠理さん。」
「’剣菱’・・・・って、あの剣菱かね?」
「ええ。」
ほうほう・・・と何度も感心しながら、舐め回すような視線を浴びせる。
そういった対象に見られる事が少ない悠理は、身の置き場に困りながら肩を竦ませた。
彼女の目的はただ一つ。
中央に配置された大きなテーブルに並ぶ料理の数々だ。
そんな中・・・・・
黄色い歓声が聞こえてくる。
可憐は「騒がしいわね。どうしたのかしら?」と声の方へ振り向き、直ぐ様目を見開いた。
頭一つ飛び抜けた彼を見間違うはずはない。
ただでさえ目立つ色をしているのだ。
金髪の男は優雅に、まるで王侯貴族のように片手を上げながら、こちらへ向かって歩いてくる。
「美童だわ。彼も招待されてたのね。」
そんな可憐の呟きに頷くことなく、悠理は彼の斜め後ろに立つ漆黒の男だけを見つめていた。
「せんせ・・・・」
「え!?先生?あら・・・・・やだ、ほんと・・・菊正宗先生だわ。何?あの二人、どういうこと?」
婚約者となった男は美童の後へ続く。
対照的な容姿の二人だが、どちらもブラックタキシードを見事に着こなし、まるでスクリーンから抜け出したかのような圧倒的存在感だ。
そんな二人とお近づきになりたいのか、招待客の一部(中には男も)が動き出す。
しかし誰よりも素早く行動を起こしたのは、雇われているはずのコンパニオンだった。
シャンパンを差し出し、それぞれに寄り添う姿。
美童は鼻の下を伸ばしながら、軽くウインクをする。
どちらかといえば気障に感じる仕草だったが、女達はメロメロだ。
彼同様、ゆったりと後ろを歩く清四郎のポーカーフェイスは見事なまでに崩れない。
だが、優しく微笑んだ口元は、普段より二割増しで緩んでいるかのように見えた。
しかし悠理は嫉妬心を忘れ、見慣れぬ格好の清四郎に胸をときめかせていた。
スーツ姿は何度も見ているが、フォーマルな清四郎は初めて。
━━━やばい、格好いい・・・・。
丁寧に撫でつけられた黒髪はシャンデリアの光を浴び、艶めいている。
グラスを持つ長い指はいつも悠理を愛してくれているそれだ。
逞しい身体を覆う、質の良い黒。
招待客の視線をより多く射止めているのは、果たしてどちらの男なのだろう。
ぽぉっと頬を火照らす悠理を現実に引き戻したのは、背後に立つ『金紋』だった。
いつの間にここまで接近したのだろう。
剥き出しになった滑らかな背中に、毛むくじゃらの手が添えられる。
腰のギリギリの部分まで露出された美しい肌。
それを確かめるように撫で擦る男。
ぞぞぞ・・・・
生まれてこの方、感じたことが無いほどの強烈な悪寒が走る。
「何しやがる!」
それは反射的な行動。
気付けば、脚を後ろに大きく繰り出していた。
ビリリ・・・・
悠理が予想した通り、薄く繊細な布は呆気なく破れ、そこから見事な美脚が現れる。
その美しい脚で蹴り飛ばされたスケベ男は、どすんと派手な音を立て尻餅をついた。
恰幅が良い自分に一体何が起こったのだろうと、目をぱちくり瞬かせる。
ざわざわ
悠理達を中心に広がる驚嘆の波紋。
「悠理!?どうしたのよ!」
何事かと振り向いた可憐は、その姿を見て瞬時に機転を利かせ、手に持っていたシフォンのショールを腰に巻くよう促す。
そこに辿り着いた二人の麗しき男達。
「・・・・・・悠理?」
「可憐じゃないか!」
迫力ある美男美女が四人も揃えば、さすがに誰も声をかけようとはしない。
コンパニオン達は一歩引いた場所で成り行きを見守っている。
決して諦めた様子ではなさそうだ。
清四郎は恋人の異様な姿に目を瞠り、次に腰を床に落としたままの男を見留めた。
「剣菱さん、どうしたの?こんなところで大立ち回り?」
空気を読んでか、わざとらしくおどけた振りを見せる美童。
悠理はそんな彼をすり抜け、清四郎の腕にしがみついた。
人目など気にしていられないほど、今も鳥肌が立っている。
「一体何があったんです?」
「こ、こいつ………あたいを触ってきたんだ。」
見下ろせば、その大胆なドレスは男の欲情をそそるようなデザインで、あまりふくよかでないお尻の割れた部分が高い位置からだと、しっかり目に飛び込んでくる。
「………なんて格好だ。」
溜息とも呆れともつかぬ声。
悠理はびくっと肩を震わせた。
見上げる瞳にはたどたどしい疑問が浮かんでいる。
そんな彼女の幼さが今は口惜しい。
清四郎は可憐が手渡したショールでしっかりと腰を覆い、悠理の手を引いて早足で歩き出す。
男への制裁など後で良い。
これ以上、悠理のあられもない姿を晒すわけにはいかなかった。
「ちょ、ちょっと菊正宗先生!」
美童の呼びかけを完全に無視し、清四郎は会場から一番近い控え室に飛び込むと、すかさず鍵をかけた。
そこは豪華な応接セットが置かれた、8畳ほどの部屋。
慣れないヒールで走ってきた悠理を座らせた後、隣に腰を下ろした。
「何しにこんな場所へ?」
「せ、先生こそ・・・何で?」
「僕が質問してるんです。」
「・・・か・・可憐の友達が行けなくなったから・・・・・・代わりに。」
「なるほど。それでこんな格好ですか。」
か細い膝を覆う華奢なドレスをつまみ上げ、清四郎は皮肉な笑みを見せる。
それは初めて見る表情。
悠理はそこで初めて、男の機嫌が悪いと気付いた。
「このパーティは一見普通に見えますが、出会いを求める男女が多く集まる場所なんですよ。」
「え!?」
「知らなかった?」
「し、知るわけないだろ!じゃ、先生はなんで来たんだよ?」
「彼に脅されたんです。君との事はしっかり黙っていてやるから、このパーティには付き合えってね。それに・・」
「それに?」
「僕のように堅物な男を巻き込むことが、彼は楽しくて仕方ないようで・・・・」
悠理は納得いかない。
そんな理由で大人しく美童に付き従ってきた清四郎をどうしても疑ってしまう。
燻っていた嫉妬心に火が点いた彼女は、不機嫌な表情で窺った。
「女目当て?」
「は?」
「大人っぽい女、探しに来たの?あたいが子供だから?」
「馬鹿な事を・・・・。」
呆れ果てるほど愚かな勘違いに、思わず溜息を吐いた清四郎。
その大きな手が、布越しの太腿を撫で始めた。
「理由があるからに決まっているでしょう?君の肌に触れた男・・・金紋と言いましたか。彼は有名な不動産王でアメリカでも相当な物件、資産を抱えている。僕たちが渡米してから、直ぐにでも剣菱と関わってくる可能性があった為、挨拶がてら人となりを確かめに来たんですよ。」
「うちと?」
「ええ。剣菱ではフロリダに人工島を作る計画があるんです。彼はそれに事業協力を持ちかけてきていた。でもまあ、それも一旦白紙ですな。」
「なんで?」
「彼が何を思って君に触れたのか・・・容易に想像がつく。あれでも女に不自由していない男だ。君を落とせば仕事がやりやすいと安直に考えたのだろう。」
悠理に婚約者が居る事は一般的に知れ渡っていない。
高校卒業を目の前にした彼女はまさしく金の雌鳥。
金紋は未だ独り身の為、あわよくば、と算段したに違いないのだ。
いまだ理解していない様子の悠理を、清四郎の腕が優しく包み込む。
そしてそのまま、柔らかなファブリック素材のそこへと押し倒し、引き裂かれた布の隙間からそっと手を差し入れていく。
「せ、せんせ・・・・?」
「僕以外に触れさせたこと・・・反省していますか?」
「あたいが悪いんじゃないもん。」
「まだ高校生のくせに・・・こんなドレスを着て。僕の婚約者は随分と浅はかなようだ。」
「こ、これは可憐が・・・・・・・っつ!」
言い訳する口は清四郎のそれで塞がれる。
乱暴な口付け。
けれど彼の焦げるような情熱だけはしっかりと伝わってくる。
小さな胸をドレスの上から揉みしだかれ、易々と崩れていく悠理。
痛みすら感じる中、蕩けるようなキスを与えられ、抵抗する気は呆気なく消え去った。
「はっぁ・・・せんせ・・・」
「僕は独占欲が強いんです。知っているでしょう?」
「・・・・・・知ってる。」
「この身体をあのゲスな男に触れさせたこと・・・許せませんよ。」
慌ただしくベルトを外し、スラックスのファスナーを下ろす。
押し倒されたままの悠理が目にした物は、完全に勃起した清四郎の男根だった。
「ま、待って・・・んなでかいの・・いきなり・・・は無理だってば。」
「そうですか?」
ショーツのクロッチを横へとずらし、清四郎は直ぐ様悠理の中へと侵入した。
「あ・・・・あ・・・・!!」
「キスだけでも充分濡れてる。君はもう・・・・こんなにもやらしい身体になっているんだ。」
「や、・・・・だ、だって・・・あたい・・・!」
引き攣るような感覚はすぐに蕩け出す。
男の腰に脚を絡ませ、激しく揺さぶられながら、悠理は彼の言葉が真実であると気付いていた。
「せんせぇ・・・気持ち・・・いいよぉ・・・・!」
「・・・・ああ、なんて可愛いんです。」
普段とは違う恋人。
薄化粧をほどこした彼女の匂い立つような色気は、清四郎の理性を狂わせる。
柔らかい布も、滑らかな肌も、いつも以上に昂ぶらせ、残虐な思いを抱かせる。
それを限界まで押し殺しながら、清四郎は腰を振り続けた。
キリのない抽送が悠理の中から大量の蜜を溢れさせ、華奢な素材のドレスがひんやりと濡れていく。
「え?あ・・・・・せんせ・・・・・あっ・・・待って・・・!」
清四郎は悠理の腰を抱え直すと、更に奥深くを穿ち始める。
「気にしないで良い。たっぷりと濡らしなさい。」
潮吹きは初めてではない。
だがここまで大量に吹き溢した記憶はなかった。
「ん〜っ!・・・・・んあ・・・・あぁぁ!」
清四郎の根元を濡らす快感の迸り。
絶頂に昇りつめていく身体が小さく跳ねる。
やがてぐったりと力を抜いた彼女を抱き起こし、自分の胸にもたれ掛からせると、清四郎は下からグングン突き上げ始めた。
「も、もう…だ、めぇ・・・・せんせ、あっ!んあぁ!」
「駄目なわけないでしょう?まだまだイケるはずだ。」
仕込んだ身体がどれほど貪欲であるか、清四郎は全てを知っている。
続けざまに訪れるエクスタシーが悠理の羞恥心を取り去っていくことも・・・・。
布に覆われたままの尖りきった乳首を、いつもより強く甘噛みしながら、男は告げた。
「こんなドレス姿は僕以外に見せるな。分かりましたか?」
「わ・・・わかった・・・・分かったから・・・・あっ・・・・!イク・・・あっ・・・・!!!」
絶頂の余韻にひくひくと締め付けてくる胎内を、優しく撫で回す清四郎。
熱い内壁のさらに奥へと引き込まれ、我慢も限界に達する。
「イクぞ・・・・悠理・・・!」
導かれるまま悠理を突き上げた後、清四郎はようやく白い欲望を最奥に解き放った。
・
・
・
トントン
「あたしよ。」
二人の乱れた呼吸がおさまった頃、扉を叩くノック音に清四郎は素早く立ち上がった。
スーツの皺を叩き、ベルトをしっかりと締める。
人一人分の隙間だけ開けたのは、未だ乱れた格好で放心している悠理を見せぬ為だ。
「先生、これ・・・」
遠慮がちに見上げる可憐は、どこから調達してきたのか、簡素な白のワンピースを手渡す。
「悠理は?」
まさかナニをしていたとも言えず、清四郎は「大丈夫ですよ。」と穏やかな笑顔で彼女の不安を拭い去った。
「着替えを済ませたら、会場に戻りますから。」
ホッと息を吐いた可憐だったが、すぐにいつもの小悪魔な視線を浮かべ、清四郎に近付く。
「先生って噂通り情熱的なのね。」
「・・・・・・・・・・え?」
「口紅、べったりとついてるわよ。」
慌てて口に手をやるがあとの祭り。
いつもはリップクリームすら塗らない恋人の唇がオレンジ色だった事を思い出す。
すっきりとした顔で立ち去る可憐の背中は美しい。
だが、欲情はしない。
相手が生徒だからというわけでなく、全くそそられないのだ。
悠理以外には・・・・・。
ドレスに身を包んだ恋人は年の差を感じさせないほど魅力的だった。
ほんの少しではあるが、金紋の気持ちも解らなくはない。
あと数年も経てば、こんな姿も日常化するのだろう。
それは清四郎にとって恐怖以外のなにものでもない。
「結婚」という名の鎖に縛り付けたとて、悠理はどんどん美しくなっていく。
周りの男が放っておくはずもないのだ。
その時、自分は一体どのような感情に捕らわれるのか。
今とて、猛り狂う嫉妬に我を忘れた。
もし彼女が他の男に心を奪われるようなことになったら・・・・
僅かに想像しただけでも、誰にも見せることの出来ない醜い感情が胸の奥から吹き溢れそうになる。
少女もいつかは女になる。
繋ぎ止めておくには、自らも魅力的でなければならない。
彼女にとって、未来永劫一番であるために。
扉を閉め、振り返った清四郎は、ソファに身を委ねたままの恋人へゆっくりと近付いていく。
保護欲に駆られ、守るべき存在だと思っていた悠理。
その気持ちは今も変わらないが、少し違った性質をも持ち始めている。
『誰にも渡さない。たとえどんなことをしてでも。』
胸に渦巻く独占欲という名の強欲な感情。
「愛」というものはこれほどまでに業が深いのか・・・・。
初めて知った真実が彼の焦燥感を駆り立てる。
「この先、誰にも触れさせませんからね。」
清四郎の口から滑り出た言葉に悠理は目を瞠る。
「君は、僕だけのものだ。誰にも触れさせない。誰かに心を動かす事も許さない。」
「せんせ?」
「こんな心の狭い僕は、教師失格でしょう?」
自虐めいた笑みを浮かべるが、それは曇りない本心だ。
そんな清四郎の首に、悠理はひしと齧り付いた。
「あたいには、せんせぇ以外・・・・清四郎以外に居ないよ。信じて?」
「ええ・・・信じてますよ。」
そう信じてる。
そして信じたい。
二人を取り巻く環境が変わっても、この愛が不変であると盲信したい。
清四郎は愛の苦しみについて考える。
責任も立場も投げ捨て、二人きりの世界に飛び込んだなら、もしかするとその苦しみから解放されるのかもしれないが、その道を選ぶことは彼女にとってあまりにも不幸ではないか、と。
悠理には太陽が似合う。
自身も光輝く存在であり、そのエネルギーを周りに分け与える事が出来る。
ずっとこのままの彼女で居て欲しい。
そう願う清四郎は、己の醜い感情に蓋をする。
━━━━いつか太陽の下で堂々と手を繋ぎ、歩きたい。
それは重なる二人の想い。
近い将来、必ず実現する願望だ。
「愛してる、悠理。乱暴にして悪かった・・・・。」
「ううん・・・・大好き、せんせ。」
見つめ合う瞳に、再び宿る情欲の炎。
華やかなパーティなどどうでもいい。
今はこのソファがあるだけで、二人の全てが満たされるのだから・・・・・・・・。
~おまけ~
「ねぇ・・・美童。あの二人遅いわよね?」
「まぁ、良いじゃないか。どうせ盛り上がってるんだろ。」
「・・・・・・・・・・。」
「ふふん、やっぱり羨ましくなった?」
「まぁ、ね。あたしだってさっさと未来の旦那様を見つけてイチャイチャしたいもの!」
「なら、僕が立候補しようか?」
「はぁ?」
「あと10年くらい待ってくれたら、理想的な旦那様になってあげるよ?」
「10年ですって??嫌よ!絶対にイ・ヤ!女の適齢期越えちゃうじゃないの!」
「その頃には君も素敵なレディになってると思うんだけどな。」
「花の命は短いのよ!若くで玉の輿に乗って、子供産んで・・・それから・・・・」
「それから?」
「それから・・・・・・・・・世界中回って、いろんなエステを試すんだもの。あたしは美を追い求めるのよ・・・。」
「そんなの結婚しなくても出来るさ。僕が手伝ってあげるよ?」
「・・・・・・・・子供は?」
「もし本気で欲しくなったら・・・・そこでようやく結婚すればいい。」
「それって、恋人とは違うわよね?」
「う~ん・・・僕は君に独占欲を感じていないけど、すごく可愛いとは思ってる。君は恋をすればするほど美しくなるタイプだからね。だから、いつかお互いしか居ないと感じた時、結婚を決めれば良いんじゃない?」
「ずるいわ・・・そんなの・・・。」
「そうかもね。でも僕がこういう台詞を口にしたのは、可憐が初めてだよ。」
「・・・・・・・・・ほんと、ずるいわ。あたし・・・すっごく流されやすいんだから・・・。」
「その言葉、可愛いね。・・・・・・・・そういうところが好きだよ。」
曖昧な関係の二人。
この続きはまた別のお話で。