夏休み明け直後の試験。
悠理は驚くべき快挙をなし遂げ、教師陣を驚かせた。
全教科30点以上。
数学に至ってはまさかの58点。
彼女の人生に於いて、これほどまで見事な結果を生み出したことは一度としてない。
それもこれも菊正宗清四郎・・・彼のおかげだ。
婚約者となった清四郎は、献身的に悠理の面倒を見た。
夏休み中も決してイチャイチャしていただけではない。
与えられた勉強部屋で、きっちり4時間は机に向かわせた。
悠理がそれを嫌がることなく受け入れた理由は一つだけ。
卒業後の甘い生活に思いを馳せているからだ。
「教師と生徒」でなくなった自分達が、他人の視線を気にすることなく堂々と暮らす。
そんな蜂蜜のような将来は、俄然、悠理のやる気を奮い立たせた。
全ての結果に満足した清四郎は、彼女を片手に抱き寄せ、そのふわりと揺れる髪を撫でつける。
「よく頑張りました。」
「へへ!あたいも驚いた。」
「数学は0点だったのに・・・・まさかの50点越えとは、さすがに驚きましたよ。」
「だって・・・・・」
頬を染めた悠理は上目遣いで清四郎を誘う。
「先生に褒められたかったんだもん。」
悶えてしまいそうな可愛さで、男を刺し殺すような台詞を吐く彼女を、清四郎は思いきり抱き締める。
我慢する必要性など何も無い。
ここは与えられた密室。
すぐそこにはキングサイズのベッド。
極上の柔らかさを持ったそれは、いつでもウェルカム状態で待ち構えているのだから。
「・・・・・と、その前に。」
「ん?」
悠理から少し距離を置いた清四郎は、ポケットの中を探ると一つの小さな箱を取り出した。
「迷ったんですけどね・・・・」
そう言いながら箱を開けば、中から目映いばかりのダイアモンドが現れる。
「こ、これ・・・・・って・・・・」
「指のサイズは9号?」
「う、うん。」
「良かった。見立て通りだ。ほら、手を出して・・・・」
煌めくV字型のリングは中央に大振りのダイヤが一つ嵌められ、小指側にメレダイヤが二粒並んでいた。
「うん、ぴったりですね。」
それは、存外華奢な悠理の指を美しく飾り、強い光を放つ。
永遠の輝き。
揺るぎない愛情。
そんな謳い文句が頭を過ぎったが、悠理は目を瞬かせながら清四郎の言葉を待った。
「愛しています。僕の妻になってください。」
「は・・・・・・はい。」
どっと押し寄せる感動。
涙は自然と零れ出す。
「君の事を一生大切にします。」
「せんせぇ・・・・・・」
それは月並みな遣り取りだったのかも知れない。
しかし彼らは「教師」と「生徒」。
決して越えてはいけないラインを跨ぎ、愛し合ってしまった。
ありふれた言葉の中には、深い決意が滲んでいる。
清四郎の、
そして悠理の、
残された学園生活を、綱渡りのように過ごす、スリルある時間。
覚悟はその指輪にこめられ、悠理はそれを受け取る。
いつまでも一緒に居よう。
立場も年齢も超えて、愛し合おう。
清四郎は優しい笑みを湛えた。
一介の生徒だった悠理に、ここまでのめり込んでしまった自分。
これはもう運命なのだと、穏やかな納得が満ちる。
悠理もまた微笑む。
決して相容れない関係であったはずの自分たち。
しかし彼女にとって、清四郎との触れあいは人生を覆すほどの転機となった。
「せんせ、大好き。」
「愛しています・・・悠理。」
ようやく出番が訪れた白いシーツ。
もつれ合いながら飛び込んだ彼らはクスクスと笑い合う。
共に生きていこう。
何度目かのその覚悟は、ダイヤモンドよりも硬く、強く、二人の心の奥底にしっかりと根付いた。