最終話

夏。
暴走族やドリフト族が活発化する季節。
ご多分に漏れず、悠理が関わり合っているチームも頻繁に集会を開いていた。
『赤い牙』の頭、松竹梅魅録に呼び出されたのは、夏休みも中盤に差し掛かった頃。
彼女はそれに、一も二もなく食いついた。

 

「ねぇ・・・せんせ~。本気で来んの?」

「もちろん。以前から少し興味がありましたしね。」

「・・・・じゃあさ、ちょっとくらい服装変えてよ。」

「ふむ、どんな風に?」

一分の隙も無い、まるでスクリーンから抜け出して来たイギリス紳士を思わせる出で立ちで、清四郎は小首を傾げる。
それに対しての悠理は、ピンクの牡丹が華やかに刺繍された緋色のスカジャンと、デニム地のショートパンツ。
裾がカットオフされていて、ちょっぴりセクシーな装いである。
派手な色のタイツは、肌の露出をヨシとしない清四郎が無理矢理履かせたものだ。

どこからどう見てもミスマッチな二人。
目立つ事この上ないだろう。

「ね、服買いに行こ?あたい先生にプレゼントしてやるよ!」

「自分で買います。」

「いいじゃんか!たまには。」

そんなこんなで二人がタクシーにて向かった先は、アメリカンスタイルの店が多く軒を連ねる、真新しい商業施設。その中でもヴィンテージものが揃う一軒を目指す。

「僕はこういった服が似合わないんですよね。」

清四郎は苦笑しながら零したが、悠理はそうは思っていなかった。
すだれた前髪を多めに落とし、ワックスでかっちりと固めたヘアスタイルを、手櫛で無造作にかき混ぜる。
それだけでも年相応、いや充分若く見える清四郎。
次に、紺と黄色の細かなチェック柄のシャツと、派手なロゴマークの入ったTシャツを選び組み合わせると、みるみる内に大学生でも通用するほど若返ったではないか。
アンクル丈のゆったりとしたストレートデニムに、ワークタイプの革靴を選び、悠理はようやく満足そうに頷く。

「イケてる!先生。」

「・・・そう、ですか?」

「すんごく格好いい。」

「なら良かった。」

どう足掻いても教師には見えない姿となったわけだが、清四郎は鏡に映った自分を取り敢えずは受け入れることにした。
何よりも、悠理が心から喜んでいると解ったから。

「ほんと、めちゃくちゃ格好いいよ・・。」

夜の繁華街を手を繋いで歩く。
誰もこの男を、あの『菊正宗清四郎』だとは思わないだろう。
二人は初めて公の場で恋人同士のように振る舞った。
それは、思った以上に甘酸っぱい心地にさせてくれ、悠理は高鳴る胸を必死で押さえる。
まるで別人のような清四郎の姿に、先ほどから心が疼きっぱなしなのだ。

時折、悠理と同じ世代の女達があからさまに振り向き、清四郎を見つめている。
元が整っている上、こんな格好をしたら親しみやすさすら感じるのだろう。
中には悠理の存在を見留めて舌打ちする輩もいた。

最初は自慢気に歩いていた悠理だったが、徐々に胸の内がもやもやとし始める。
3ブロック歩いたところで、とうとう隠してしまいたい気持ちに陥り、慌てて辺りを見渡した。

「悠理?」

雑踏から離れ、ビルとビルの間に清四郎を連れ込んだ悠理。
お世辞にも綺麗とは言えない路地裏で壁に押しつけると、強引にキスを強請った。

「どうしたんです?」

「して!」

清四郎の返事を待たず、つま先立ちした悠理は噛みつくようなキスを始める。
いつもとは違う男の姿に、胸の中が滾るように熱い。
多めの前髪が悠理のおでこにさわっと触れるだけでも、興奮が立ち上る。

ーーー好き!先生大好き!

そんな悠理の激しさに、清四郎もすぐに応え始める。
上顎を丁寧になぞりながら、とろりとした唾液をたっぷりと注ぎ込み、舌を奥深くへと捻り込ませた後、熱い吐息を奪うようぴったりと口を塞ぐ。
と同時に、細い腰から太腿を何度も上下に擦り、さらなる官能を呼び起こす手助けをした。

「んはぁ・・せ・・んせ・・」

「悠理・・・清四郎と、呼んで下さい。」

それはいつになく大胆な提案で、悠理はハッと目を見開いた。
清四郎の目には切ないまでの懇願が滲んでいる。

「呼んでくれ・・悠理。」

「せ・・・いしろう・・・?」

「ああ・・・そうだ。今夜だけは君にそう呼ばれたい。」

「清四郎・・・!」

再び唇を合わせ、音が漏れ出すほどのキスを交わす。
今夜だけは年齢を飛び越え、ただの男と女で居たい。
それが二人の切なる願いだった。




ヒュウ♪

本能を駆り立てるようなキスの合間・・・
無粋で下品な口笛が耳に飛び込んでくる。

「いやあ・・お二人さん、見せつけてくれるねえ。」

振り返れば、10代と思しき男が6人、こちらを楽しげに見つめていた。
どう見繕っても街のチーマー風情で、揃えられた真っ黒な衣装は個性無き集団にしか見えない。

「お兄さん、やるじゃん。そんな可愛い子連れて。どうせなら俺たちにも恵んでよ。」

下卑た笑みを口元に浮かべたリーダー格の男。
その右手には、持ち慣れたような小型ナイフが握られている。
清四郎は自然と悠理を背後に隠した。
血気盛んな彼女が飛び出さないように・・・。
自分たちの優勢を信じて止まない彼らは何が楽しいのか、やたら低く昏く笑う。
それに対し、清四郎の顔色には少しの変化も見当たらなかった。

「財布と女、置いてけよ。」

「断る。」

即答され鼻白んだ男は、まるで瞬間湯沸かし器の様な短気さで、清四郎に殴りかかってきた。
しかし決着は一瞬。
手刀で弾き飛ばされたナイフ。
長い足は空を舞い、あっという間に男は地を這う羽目となる。

「くそ!!いってぇ・・・・・!」

転がった男に目もくれず、悠理は清四郎の足技に目を爛々と輝かせた。
清四郎が闘う姿は言わずもがな、見たことがない。
その鍛え上げられた身体から、ある程度の強さは期待していたが、まさかここまでとは・・・。
鼓動が跳ね上がり、さらに恋心が湧き立った。

「カッコイイ・・・」

リーダー格の男が地に倒れた事で、他のメンバーが及び腰となる。
ナイフを目にしても顔色一つ変えない男を前に、自分たちはどう見ても分が悪く・・・。
メンバーの半数はあっさりと踵を返し立ち去った。

「全く。相手を見て喧嘩を仕掛けられないようじゃ、まだまだですな。」

パンパンと手を払う余裕の姿に、悠理の胸はキュンキュンしている。

『ああ・・・あたい、すんごくイイ男見つけたんだなぁ・・』

「さ、行きましょうか。そろそろ腹ごしらえをしないと、集会に遅れるでしょう?」

リーダー格の男に駆け寄っていたメンバーの一人は、すっかり無視された事で逆上しそうになったが、
清四郎の殺気漲る視線に結局は居竦んでしまい、ギュッと口元を結んだ。
太刀打ちできないとようやく理解したのだろう。
リーダー格の男を抱え上げ、闇の中へと消えていく。

清四郎は悠理をしっかりと腕に抱き、再び路地から賑やかな雑踏へと立ち戻った。
立場上、騒ぎになっては堪らない。
冷静な判断で行動する清四郎に対し、ときめいたままの悠理。
二人はすぐさま人混みの中に混じり合った。


「あら・・・?悠理だわ。」

その時、可憐は大きなガラス越しに視線を止めた。
豊かに波打つロングヘアを大きなバレッタで留め、タイトなブルーのワンピースで豊満な身体を包む姿は、誰が見ても色っぽいとの感想を抱くだろう。
そんな彼女は、運ばれてきたばかりのカフェオレを一旦テーブルに置き、身を乗り出しながら目を瞠る。

「え?剣菱さん?どこどこ・・・」

向かいに座る金髪の青年は、興味深げに可憐の視線の先を探した。

「ほら!あそこよ。」

「あ、ほんとだ。・・・・ん?隣に居るのは・・・」

「やだ格好いいじゃない。誰かしら・・・・」

「はは、可憐は解らない?」

「え?」

更に目を見開き、探るように見つめる可憐と、余裕の笑みを零す美童。

「あ!!あれ・・・まさか、菊正宗先生?」

「そのようだね。随分面白い格好をしているじゃないか。」

「もしかして・・・変装してるつもりなのかしら。」

「まあ、この辺りをうちの生徒がうろつく可能性も低いし、彼が菊正宗先生だと見抜く輩もいないだろうから、別にいいけどね。」

美童はそっと視線を戻す。

「ほんと・・・大胆よねえ。あの二人って。」

「羨ましい?」

「少し、ね。」

結露したグラスをようやく持ち上げ、可憐がぽそりと呟く。

「美童はあの二人の事、いつから知ってたの?」

「ああ、つい最近だよ。」

「ふ~ん、ウソばっかり。あたしには何にも教えてくれなかったくせに。」

「事情が事情だから、さ。」

そう言ってウインクする貴公子の顔立ちはいつ見ても美しく、可憐は思わずうっとりしそうになったが、
何かを思い出したように慌ててぶるぶると頭を横に振った。

「まだ隠し事ありそうよね。」

「そりゃあ、大人だからね。」

「いつ教えてくれるの?それともずっと隠したまま?」

「さあ・・?どうだろう。」

クスクスと笑みを零す美童から、これ以上何も引き出せないと感じた可憐は、諦めたように溜息を吐く。
とあるパーティで知り合ってから約一年が経つ。
美童の秘密主義は今に始まったことではなく、可憐は彼の持つ人脈だけを望んでいた。
何せ、美童の周りには、裕福かつ見目麗しい男がゴロゴロ転がっているのだ。
これを見逃す彼女ではない。

「あたし、美童とだけは結婚したくないわ。」

「それは残念。」

「それも嘘でしょ?」

「さ、どうだろうね。」

薄いブルーアイに隠された男の本心を知る事は、可憐とて困難だと知っている。
諦めた彼女はフイと顔を背けると、二人が消えていった人の群れをもう一度見つめる。
可憐の瞼には彼らの幸せそうな姿がいつまでも焼き付いていた。



鍋料理を堪能した悠理達は、ようやく集会が行われている波止場へとやって来た。
レンガ造りの倉庫が立ち並ぶ、普段なら静かであろう景色に、今は個性的な髪型と髪色で特攻服に身を包んだ40人ほど若者達が集う。
不健康で排他的な集団の中、親しげな様子で悠理に声をかけてくるいつものメンバー達は、しかし隣の見慣れぬ人物に釘付けだ。

「あの、悠理さん・・・誰っすか?」

一人の男が窺うよう、恐る恐る口を開いた。

「ああ、えーっと、あたいの恋人。」

照れながらもそう返事をしたことで、辺りの空気が一変する。

「まじかよ・・・俺、ちょっと海にダイブしてくるわ。」

「待て、俺も行く。」

「ええ!?悠理さん、彼氏いたの~~!ショックー!」

「魅録さんが恋人じゃなかったのかよ!」

男女入り混じった悲鳴と嘆声が響く中、清四郎は今日の集会にやって来た自分を心から褒めちぎった。

ーーーモテまくってるじゃないですか。

しかし、そんなことお構いなしの悠理は、清四郎の腕に寄り添い、どこか自慢げに笑う。
根掘り葉掘り尋ねられる事には曖昧な返事をするが、「格好いいですね」との賞賛には素直に「だろ?」と胸を張っていた。
そこへ・・・

「おい、何の騒ぎだ?」

人混みから現れたのはピンク色の髪をした目付きの鋭い男だった。
その姿を目にした直後、清四郎は眉間に皺を寄せる。
悠理と同じく、紺色のスカジャンを着込み、ダメージジーンズを粋に着こなす男。
一目でこの集団を束ねる長だと解る。
そして、それが例の「魅録」だと解ったのは一瞬後だった。

「魅録!久しぶり!」

悠理は晴れやかな顔で挨拶した。その親しげな様子から、自ずと関係が窺い知れる。

「なんだ、悠理かよ。この間はよくもブッチしてくれたな。おまえの分の料理も頼んでたから皆で恨み節だったぞ。」

そう言って小突きながらも、視線を悠理の隣へと投げる。

「・・・んで?こいつ誰?」

「あたいの恋人。」

「・・・・はあ??ふざけんなよ。」

「ふざけてないってば。」

「いーや、ふざけてるだろ。おまえに恋人だぁ?」

本気で呆れ返っている様子の魅録に、悠理はムッと口元を歪めた。

「ほんとだって!ね、せん・・せ・・清四郎!」

「ええ。菊正宗清四郎と言います。少し前から交際しているんですよ。」

穏やかに答える。

「・・・・・。」

しかし、魅録は真顔で黙り込んでしまった。

「うそ・・だろ。」

ようやく呟いたものの、かなりのショックを受けているようで・・・。
清四郎は念を押すよう、もう一度同じ答えを口にした。

「本当です。彼女とお付き合いしています。」

「いやいやいや・・・あんた、いくつだ?」

「・・・・彼女よりは年上ですけどね。」

「だいぶ、年上だよな?」

「・・・・・・・。」

「魅録!年なんか関係ないだろ!とにかく、せ、清四郎はあたいの彼氏だから!」

悠理の慌てぶりを見て、魅録の視線はさらに訝しげに光る。

「あんた、その服着慣れてねーな。」

「ああ、これはさっき買ったばかりですから。」

シラッとした物言いがプライドを刺激したのだろう。
一気に剣呑な空気が漂い始めた。

「一体何が目的だ?悠理ん家は確かに金持ちだが、易々と騙して良い女じゃねーぞ。」

「目的とは心外な。僕は心から彼女を好きですよ。」

「ははっ!あんたみたいな男がこんな野生猿を相手にするって??」

「な、なにをーーー!?」

憤る悠理を無視したまま、男二人は対峙する。

「こいつは心底馬鹿だが、騙されるとなれば俺も黙っちゃいられねーんだよ。長い付き合いだからな。」

「騙すつもりもありませんし、むしろ彼女とはこれからもっと深い関係になる予定なんですけどね。」

清四郎はやれやれと肩を竦めるが、魅録は一歩も退かない。

「深い、関係ねえ・・・。随分とやらしい言い方するじゃねーか。」

「魅録さん!」

一触即発の空気を漂わせる二人に割り込んできたのは、「赤い牙」のサブリーダーである男「大同」だった。

「警察が動き始めました!そろそろ流しませんと!」

「チッ、はえーな。よし、前もって決めた通りに走り始めろ。」

「了解っす。」

「魅録!あたいのバイクは?」

「修理済みだ。てか・・・まさかそいつと?」

「うん!!」

「気をつけろよ?おまえダンデム慣れてねーんだからよ!」

「大丈夫だい!」

魅録は迷った挙げ句、持っていた紺色のヘルメットを清四郎に投げつける。

「これ被っとけ。事故で怪我されたら困るんだ。」

「ありがとう。」

驚いたようにそれを受け取った清四郎は、急かす悠理に腕を引っ張られる。
「さ、いこ!清四郎!」

辺りはすっかりお祭りムード。
耳を塞ぎたく なるような爆音が鳴り響く中、しかし男達の視線は最後まできつく絡み合ったままだった。

「悠理。」

「ん?」

「免許は持っているんでしょうな?」

「あ、ああ・・・うん。16になった時に取ったよ。」

「嘘ですね。」

「な、なんで解るんだ!!?」

「君が筆記試験に合格出来るとは思えません。」

「ひでぇ・・・!」

ワインレッドの400ccのバイクはあっさりと清四郎の手に奪われる。

「まさか先生、免許持ってんの?」

「ええ。昔、興味本意で大型バイクの免許を取ったんですよ。」

「すっげーーー!」

「なかなか良いバイクだ。で?誰の後を追い掛ければいいんです?」

指差された方向には、魅録と大同が既にスタンバイしている。

「みんなそれぞれ決められたように走るんだ!あたいらは魅録たちの後ろでいいよ。」

「了解。」

大声でなければ互いの声は聞き取れない。
悠理はヘルメットを被ると、清四郎の背中にギュッとしがみついた。
しかし腕を腰に巻き付けるよう促され、大人しく言うことを聞く。
こんな風に女っぽいダンデムは初めてで、頬が自然と赤らんでいく。

ーーー今夜は胸がドキドキしっぱなしだ。
それは決して久々の集会に興奮した所為ではない。
激しい動悸に見舞われた悠理は、夜の空気を思いっきり深く吸い込んだ。

清四郎の体温をシャツ越しに感じ、走り出したバイクから流れる無数の光を見つめる。
こんな風に同じ空気を味わうなんて思ってもみなかった。
清四郎はどこまでいっても教師で、自分はいつまで経っても生徒から脱却できないのではと不安に思っていた。
しかし、今、清四郎をとても近くに感じる。
バイクの排気音よりも大きく、悠理の胸は改めて恋をしたようにときめいていた。

清四郎の運転は滑らかで、かといって遅れを取るわけでもなく、始終夢見心地にさせてくれた。
いつしかうっとりと目を瞑り、意識を飛ばしていたのだろう。
気付けば爆音は去り、二人だけで静かなビジネス街を走っていた。

『あれ?・・・どこだろ。』

悠理の疑問を余所に、清四郎はごく自然に一つのホテルへと入っていく。
慣れた様子で地下駐車場に停め、ヘルメットを外すと、ふ~っと大きく息を吐いた。
同じようにヘルメットを外した悠理は目を瞬かせる。

「暴走族もなかなか面白い。充分堪能出来ましたよ。」

「あ、そう?てか、ここどこ?」

「ホテルです。」

「まさか、泊まるの?」

「折角別人になった気分を味わってるんですから、このまま愉しみましょう。」

「ね?」と軽くウインクを投げ二つのヘルメットを手にした清四郎は、悠理の細い腰を抱きながら二階のフロントロビーを目指す。

「今夜の御礼です。」

そう囁かれた悠理は、これから始まる甘い夜に期待を膨らませるのであった。


次の朝、携帯電話のメールを開いた悠理はクスッと笑う。
それは案の定、魅録からで・・・。

『いきなり消えるなよ。心配するだろ?とにかく今度詳しく聞かせて貰うからな。逃げんなよ?』

さて、どう返事をしようかと考え倦ねていたら、熱い肌をした長い腕が巻き付いて来た。

「珍しく早いですね。」

乱れた髪と眠そうな声は清四郎にしては珍しい。無造作に髪を掻き上げながら、ふあっと怠惰に欠伸をする。

ーーー夕べは随分盛り上がったもんな。

夜の激しさを思い出し、悠理は自然と頬を染めた。

「先生・・おはよ。」

チュッと音を立て頬にキスをする。
こんな習慣にも随分慣れてきた。

「おはよう・・・。朝食は部屋でとりますか?」

「どっちでもいいよ?」

「なら、好きなだけ頼んでください。僕はシャワーを。」

「うん。」

引き締まった裸体を晒しながら、しかしどこか気怠げに歩いて行く清四郎の背中には、悠理の爪痕が痛々しく残っている。
夕べの清四郎はそれほどまでに激しく、悠理は気が狂うと感じるような快感に溺れた。
がむしゃらに求められることで、いつも以上に興奮し、深い歓びが溢れ出す。
荒々しく、そして雄々しく、獰猛な獣を思わせる行為。
苦しさの中、自分が驚くほど愉悦に浸っていると感じた。
歯を立てられた首に痛みが走った時、その黒い瞳には見たこともない肉食獣が巣食っていた。
それは悠理が初めて知った、清四郎の雄の本能だったのかもしれない。

もちろん、まだまだ知らない部分は多くあるだろう。
けれど悠理の心には、僅かな不安も見当たらなかった。
もうこんなにも離れ難いと感じる。
まるで夢みたいな現実だが、清四郎さえ側に居てくれるのなら何でも出来そうな、そんな根拠のないパワーまで漲ってくるのだ。

悠理はカーテンを開け、窓から街を見下ろした。
光環を抱く太陽は澄み切った空で燦々と輝き、ビルの窓に反射した強い光はまるで煌めく宝石に思えた。
いつも何かを諦め、陰を求めて夜の闇を彷徨っていた自分。
今はもう、この陽の下こそが好ましい。
清四郎に愛され導かれる事で、地上で光るたった一つのダイヤモンドになりたいと心から願う。

「何を見てるんです?」

「ビルばっかなのに、なんか綺麗だな・・・って。」

「ああ・・・・・本当に。」

「あたいさ。いつか先生の隣に堂々と立てる女になるからね。」

「・・・どうしたんです?急に。」

「そう、決めただけ。」

照れくさそうに俯いた悠理を清四郎はギュッと抱きしめる。

「今でも充分ですよ。君の笑顔はどんな物よりも価値がある。」

「先生・・・・・。」

目映い太陽は、彼らの頭上にこそある。
それは堂々と歩く恋人達を、いつまでも明るく照らし続けることだろう。

「太陽の下で」 (完)