北海道のホテルで起こった思いも寄らないハプニング。
長い秋の連休に、六人が訪れたのは北海道の地。
小高い丘の上にある三ツ星ホテルを選んだのは可憐だった。絶品フレンチと、最高級エステが堪能出来るらしい。
口煩いはずの悠理も、今回は食事に惹かれ素直にOKを出した。
些細なトラブルは到着直後に起こる。
三人部屋を二つ取ったはずなのに、ホテル側の手違いでツインルームを三つ用意されてしまい、案の定、悠理は美童と同じ部屋で過ごすこととなった。
互いに男女を意識しない二人。
他のメンバーもいつものことだと納得する。
しかし今回ばかりは、驚くべき一つの事件が起こってしまうのだ。
何故その日に限ってこんなことになったのか。
確かに夕べは遅くまで酒に酔っていたが、決してその所為ではないはず。
強いて言うならば、10月末の北海道の寒さが原因なのだろう。
室温が下がってきた明け方。
トイレに行った美童は、寝惚けたまま悠理のベッドにもぐりこんでしまう。
人の温もりは心地よく、二人はまるで抱き枕のように互いにしがみついて寝息を立てた。
そして、空が随分と明るくなって来た頃、美童は夢うつつ状態で悠理の胸に手を伸ばす。
そう、悲劇はここから起こったのだ。
「アイリちゃ~ん。・・・可愛いよぉ。すっごく・・・いい香り。んっ?ちょっと胸ちっちゃくなった?くふふ・・・いいよ、僕がまた大きくしてあげるから。」
どれほど淫猥な夢を見ているのか。
美童はニマニマとだらしない顔で、悠理の身体を弄(まさぐ)る。
さらにパジャマのボタンを二、三個外し、そこから手を入れた後、胸の突起を探り始めたではないか。
「んっ・・・、ん・・・」
悠理ももちろんどっぷり夢の中。
初めて味わう性的な快感に、無意識で身を捩らせる。
「可愛い声だよ、アイリちゃん。もっと聞かせて?」
美童の沽券に関わるため、これだけは言っておこう。
彼が決して確信犯ではないことを。
白い指は絶妙なタッチで悠理を弄(もてあそ)ぶ。
伊達に女を渡り歩いているわけではない。
流れるような指先は繊細かつ、巧みに動き始めた。
美童は夢の中の‘アイリ’とやらが、良い反応を示すことに満足しつつ、さらに行為をエスカレートさせてゆく。
滑らかな肌に掌を滑らせ、とうとうパジャマのズボンへと手を入れる。
手慣れた様子で悠理のコットンパンツに忍ばせると、薄い恥毛を掻き分け、あっという間に快感の芽を探り当てた。
「あっ・・・あん、ゃ・・」
寝汚い悠理はなかなか夢から覚めようとしない。
むしろその快感を追うように、自然と脚を開く。
「ここ、気持ちいいんでしょ?もっと啼いて?」
何度も言うが、これら全ては寝惚けた二人のやり取りである。
その証拠に彼らの瞼はずっと閉じられたままなのだから。
布団の中で絡み合う二人の姿は、美しいカップルのそれ。
まるで映画のワンシーンのようである。←どんな映画だ。
美童の長い指がとうとう悠理の秘所に到達する。
そこはもちろん未開の地。
悠理は当然処女であるのだから。
しかし美童は、脳内で可愛く喘ぐ‘アイリ’を更なる愛撫で昂らせることに夢中だ。
そろりそろりと撫であげ、湿り気を帯びた密壺を目指す。
「アイリちゃん・・濡れてるね。素敵だよ。」
「んっ・・・、んぁ・・・あっ、イタっ!なんだ!!?」
ここでようやく異変に気づいた悠理が目覚める。
むしろ遅すぎるほどだ。
布団を剥いだ後、半開きの目で置かれた立場を認識するまで、たっぷり十秒はかかった。
そして運悪く?、そこに親友である男が登場する。
内線で何度呼び出しても起きなかった二人を、叩き起こしに来た魅録だ。
それもそのはず。
電話は悠理の手によってクッションが押し当てられていたのだから。
スペアキーで難なく入って来た魅録は、その有り様を見て腰が抜けるほど驚いた。
あまりにも驚きすぎて声を失ったほどに・・・・。
女に不自由してないはずの金髪の貴公子が、女として不自由な悠理のパジャマ(それも下半身)に手を入れ、さらに女の方はされるがままの様子で顔を赤くして涙目になっているではないか。
はだけたパジャマからは、小さくも可憐な胸がちらりと見える。
手を突っ込んでいる先は、当然女の子の大切な部分だ。
どう言い訳してもこれは、「美童、悠理を襲う!」の図である。
はじめの内、ポカンとしていた魅録も、次第に理解・・・いや誤解し始め、拳をギュッと握りしめる。
まさに攻撃態勢である。
いくら悠理が女らしくない女であるとしても、性別は紛れもない『女』なのだから、こんな風に襲われていいはずがない。
涙目になっている悠理はいつになく女らしい上、戸惑った様子で見上げてくるその小動物的な可愛さは、魅録の保護欲をそそった。
――美童の野郎!一発殴ってやる!
そう思い、ベッドに近づこうとした魅録だったが、それよりも早く黒い影が横を通りすぎる。
そしてその黒い影はなんの躊躇いもなく悠理から美童を引き剥がすと、思いきり右頬を殴りつけた。
鈍い音が響く。
「「清四郎!?」」
目を丸くしたのは、殴られて目覚めた美童だけではない。
魅録も悠理も驚きのあまり固まってしまった。
美童は床に尻餅を付いた状態で頬を庇う。
それを上から見下ろす清四郎は、憤怒の形相だ。
閻魔大王の方が、よほど優しい顔をしているだろう。
「なんです?このザマは。」
絶対零度を感じさせる声に、怯えた美童が息を呑む。
とても太刀打ち出来る相手ではないと前々から解ってはいたが、今の清四郎は尋常ではない怒りのオーラを纏っていた。
「こ、このザマって??」
震える声で尋ねる美童は、三人の中でいちばん大柄なはずなのに、今は可哀想なほど小さく見える。
それもそのはず。
完全に萎縮してしまっているのだ。
巨大な怒りで青白く変化している清四郎の整った顔は、まさに迫力満点である。
「とても同意の上で行われたとは思えない状況ですがね。気のない婦女子を強引に襲うような男でしたか?おまえは。」
「へっ??襲う?僕が誰を?」
これ以上なく目を見開きながら尋ねる。
清四郎が視線で促した先には、いまだ怯えたような顔をしている悠理がいた。
「ま、まさか、悠理?いや、ないない!ないってば!全く僕の好みじゃないし!!あんな胸の無い幼児体型に発情するはずないだろ!?」
「な、なんだとーー!!」
釈明する美童は失礼だったが、彼の言い分はごもっとも。
身に覚えの無い罪を着せられ、頭の中はすっかりカオス状態だ。
「おい、ちょっと落ち着け、清四郎。」
さすがにおかしいと感じ始めた魅録が口を挟む。
そして美童の顔の状態を心配しながらも、取り敢えずはベッドに座るよう促した。
先ほど目にした状況を美童に伝えると、白人の血を引く彼は、顔を真っ赤にして唇を震わせ、悠理に触れていた手をまじまじと見つめる。
ショック過ぎて言葉も出ないらしい。
暫く口をパクパクさせていたが、ようやく観念したのか、頭を垂れた。
「夢、見てたんだ・・・ごめん、ほんとごめん、悠理。」
力無い謝罪に悠理は慌てて首を振る。
「もう、いいよ!別に大したこと無いんだしっ!」
―――いや、大したことあるだろう。
三人の男は同じ感想を抱いたが、悠理にとって、こんな湿気(しけ)た空気はこれ以上我慢ならない。
別に無理矢理奪われたわけでなし、むしろちょっとだけ気持ち良かった気もするし、全て無かったことにしたかった。
「僕、何でも言うこと聞くよ。本当にごめん・・・」
「うじうじすんな!!それよりおまえその顔腫れてくるぞ?冷やさないと・・・」
そう言って、洗面所へと駆けて行く悠理を見送る三人の男達。
重い口を開いたのは清四郎だった。
「済みませんね・・・早とちりをしてしまったようで。」
「あ、いや、うん。僕が悪いわけだし。」
「まぁ、あれだ。さすがにそろそろ同じ部屋はヤバいよな。」
魅録の尤もな意見に頷く二人。
「ごめん、ホテルにもう一部屋空いてるか聞いてみるよ。」
「それには及びませんよ。」
「え?」
「僕が悠理と同室になります。」
「清四郎が?」
「何か問題でも?」
「「・・・・・・いや、別に。」」
例え問題があったとしても、今この男に反論出来る気力などあるはずがない。
魅録は魅録で、清四郎から消えようとしない漆黒のオーラをヒシヒシと感じていたため、これまた口を挟めなかった。
「荷物をまとめて僕の部屋へ。」
「う、うん。」
悠理が濡れタオルを持って戻ってきた時、美童は背中を丸めながら、荷造りをしていた。
可憐と野梨子の追及を避けるため、自室で朝食を採っていた美童は、案の定頬が腫れ上がる。
ホテルが用意した氷枕を当てながら、朝の失態を思い出していたがどうも腑に落ちない。
「そうか・・・・・あの可愛い声は悠理だったんだ。」
普段、あんなにもがさつな生き物なのに、あの時の悠理はとても女らしい繊細な喘ぎを洩らしていた。
二本の指で大切な部分に触れた時、彼女の声は余所でも聞いたことがないほど可憐なもので。
自分はきっとそれに興奮してしまったのだろうと思う。
「反則だよ・・・。きっちりと女じゃないか。」
美童の呟きは、痛む頬のおかげでとても小さく、隣のベッドに座る魅録の耳にも届かなかった。
悠理は憮然としていた。
ベッドで荷物を広げている男は、何故か口を開かない。
彼女にとって誰が隣で寝ようと関係ないが、清四郎の拒絶した背中を見ていると何故か心が騒ぎ出す。
「清四郎。」
「・・・・・。」
「せいしろうってば!なんで無視すんだよ!」
ようやく振り向いた男の表情に、悠理は再び驚かされた。
悔しそうに眉をひそめ、その漆黒の瞳には未だ怒りの余韻を感じる。
何か言いたげで、しかし意図して口を噤んでいるように見えた。
「なぁ?なんで怒ってんの?あたい、何かした?」
「いえ、お前はなにもしていませんよ。これは僕の問題です。」
「清四郎の問題?どーいうこと?」
溜め息を吐いた男はベッドに腰かけると、何を話したら良いか解らない様子で軽く首を振る。
「僕は混乱してるんです。後悔と言った方が良いのかもしれないが・・・美童とおまえを同室にしたことは間違っていました。こんな事態は想定出来なかった。それに・・・・」
「それに?」
迷いながら、しかし清四郎ははっきりと告げる。
「僕がおまえに触れる、最初の男でありたかった。」
「えっ・・・・?」
それは明らかに『嫉妬心』。
お馬鹿で鈍感な悠理すら解るほど、あからさまなものだった。
「悠理・・・僕はおまえが好きなんです。だから悔しかったんだ!」
「・・・・・・。」
混乱が悠理を襲う。
それも当然のことだろう・・・。
清四郎にとって自分など人間以下。
むしろ猿扱いしてくれるだけマシだと思っていたほど知能の差が激しい。
あまりにも馬鹿にされ過ぎて来た為、その辺りは少し麻痺しているのだが、少なくとも清四郎の恋愛対象に含まれているとは露程にも思っていなかったのだ。
ふつふつと湧き上がってくる優越感に似た何か。
悠理は心の中でガッツポーズを決めていた。
これはもしかしたら千載一遇のチャンスなのかもしれない。
清四郎の恋する相手が自分であると判明したのなら、これを逆手にとって我儘言い放題、し放題。
今まで馬鹿にされてきた分、取り返してやろうじゃないか!!
そんな悪魔的思考を引き寄せる悠理だったが、ふと目の前の男を見つめる。
苦しそうな顔。
膝の上で握られ震えた拳が、怒りを堪えていると感じる。
『本気・・・なのか。あたいを本気で好きなのか・・・。』
悠理の歪んだ心がやんわりと凪いでゆく。
気付けば、清四郎の拳に自分の両手を重ねていた。
「あんがと・・・せぇしろ。」
「悠理・・・・」
清四郎の瞳の中で絡み合う光を、悠理は不意に感じ取ってしまう。
『あ・・・・ヤバい。ハマる・・・・!』
その切ないほどの光にこめられた想い。
感受性の強い悠理はそれをまともに受け入れる。
気付けば、清四郎を抱きしめていた。
こんなことするつもりなど無かったのに・・・。
「悠理?」
「こ、これは・・・その・・・・なんだ・・・えーっと、慰め・・・いや違うな。感謝・・・とも違うし・・・」
パニックになりながらも、清四郎から離れられないジレンマ。
頭よりも体が先に動いてしまうことは多々あったが、まさかこんな時にまで・・・。
「同情・・・してくれているんですね?」
「同情?」
・・・・果たしてこれは同情なのだろうか。
悠理は自分より大きな男を抱きしめながら悩んだ。
違う・・・・
本能が叫ぶ。
違う・・・これは’愛おしさ’だ・・・!
清四郎の嫉妬心に気付かされたのは、悠理自身の心。
素直に求められたことで、頑なに凍り付いていた心が解き放たれ、濁流の様に押し寄せる。
そう、自分もまた清四郎を求めている。
いつも、いつも、側に居て守ってくれることに、本当は心の奥底で、深い愛を感じていた。
素直になれない自分は、感謝など口に出来なかったが・・・。
「違う・・・清四郎。違うんだ。」
「え?」
「あたい・・・あたいもおまえが・・・・・・す、す、好き・・・・だ。」
「・・・・・同情じゃなく?」
「うん。違う。」
「友人としてでなく?」
「違うよ・・・・」
「なら・・・・男としての僕を受け入れてくれるんですね?」
「あ、ああ。」
清四郎は深く息を吐くと、握りしめていた拳をようやく広げた。
その手のひらには爪の跡がみっちりと刻まれていたが、その時の悠理は気付かない。
「悠理・・・・嬉しいです。」
「清四郎・・・」
そっと離れ、再び見つめ合う。
情念にも似た炎が、清四郎の目には存在した。
それに囚われた悠理はピクリとも動けない。
気付けば、ベッドに押し倒されていた。
「え?」
「なんです?」
「・・・・??」
シュルと音を立て、悠理のブラウスは脱がされる。
「なんで・・・脱がしてんの?」
「無論、おまえを抱くためですよ。」
「だ、抱く・・・・の?」
「抱きますよ?」
無意味な会話に終止符を打ったのは清四郎だった。
悠理の唇はあっさりと、それはもうあっさりと塞がれる。
初々しさなど全く見当たらない情熱的なキスを、無理矢理流し込まれる現実。
清四郎にとって、幼い悠理を翻弄するなどお手の物だ。
「可愛い顔して・・・。好きです、悠理。」
キスの合間のその言葉に嘘は感じられない。
淡々と脱がされていく間も、悠理は呆然とした頭で一本の藁を探していた。
『なんでこんなことに?』
そんな答えなど誰も与えてはくれないだろう。
悠理が清四郎の愛をたっぷりと思い知り、ようやく解放されたのはその日の夕方の事だった。
「へぇ・・・良かったじゃない。」
不機嫌に答えた美童の頬は、朝よりも明らかに腫れている。
清四郎の拳を受けたのだから、それも当然なのだが・・・。
素人相手の力加減だからこれで済んだものの、清四郎の本気は実際のところ計り知れない。
「済みませんね、美童。何か欲しいものがあるなら何でも言ってください。」
「欲しいものぉ?」
「ええ、何でも。」
「ふん・・・!じゃあ、悠理のキス。」
「「え???」」
「悠理からのキスが欲しいな、僕。」
’ここに・・・’と指で示した先は、殴られた場所。
哀れなほど腫れ上がったそこは、すっかり赤黒く変色している。
美貌を誇る彼にとっては大きな痛手だ。
「だ、ダメです・・・!」
「いいよ、そんなもんくらい。」
「悠理!!!」
制止を振り切った悠理はすぐさま近付くと、美童の顔を引き寄せた。
「痛くないか?」
「女の子からのキスなら、どれだけ痛くても我慢するよ。」
「ばーか。」
そう言って、チュッチュッと二回キスを落とした悠理。
顔面蒼白で見届けた清四郎はすぐに悠理を抱き寄せる。
「に・・・二度と許しませんからね!!」
「はいはい。ご馳走様。」
美童だって二度と求めないだろう。
その度に殴られていたんじゃ、割に合わない。
今回はかなり痛い目に遭わされたが、その分良い思い出も出来たのだから、これで良しとしよう。
美童は記憶の中の悠理を思い出しほくそ笑むと、東京に帰ってからのデート計画を脳裏に描く。
きっとアイリちゃんは心配してくれるだろう。
腫れたままの頬を撫でながら、美童の心は何故か幸福に満たされていた。