seeking lovewords

「せぇしろぉーー!助けてくれぇ!」

扉は静かに開けましょう。
小学生レベルのマナーも守れない、今年二十歳を迎える剣菱家令嬢、悠理は、清四郎の部屋へノックも無しに飛び込んだ。

「何です?騒々しい。見ての通り、僕は読書中なんですよ?」

神経質そうな瞳を細め諌めるが、悠理に通じた試しはない。

「んなもん、どーでもいいだろっ!とにかく助けてくれよ!」

勢いよく肩にしがみつくその姿は、いつもの心霊現象か?
清四郎は気を引き締める。

「―――今度は何です?」

「あたい、あたいっ・・・男に告白されたんだぁーーーー!」

「はっ?」

手にしていた本が机にパタンと倒れ閉じてしまったのを見て、『あっ、しおりを挟むのを忘れた』と思わず舌打ちする。
折角盛り上がってきたところだと言うのに・・・。
しかし悠理の耳には届かなかったらしい。
清四郎の襟元を引っ張り、一生懸命揺さぶった。

「と、とにかく、落ち着け!シャツが伸びるでしょう?」

その声を聞き、ハタ・・と手を止めた悠理。
清四郎はホッと一息吐くと襟元を正し、悠理を窺った。
興奮の為か、頬が紅潮している。
しかしそれは決して色めいたものではなく、どちらかというと喧嘩を売られて喜んでいるような、そんな風情なのだ。

「良かったじゃないですか。おまえも充分女に見られているという事ですよ。で?何処の誰なんです?その無謀な挑戦者は。」

「おんなじ学部の一個上の奴。名前は・・・・忘れた。」

「・・・そうですか。しかし折角告白してもらえたんですから名前くらい。」

「どーでもいいんだ!そんなヤツ!」

鋭く遮った悠理は、またもやシャツの襟首を掴んで清四郎を引き寄せる。
そしてふわりと抱きついた。

「あたい、おまえ以外の男なんてどうでもいんだもん!覚える必要なんて無いだろ?」

普通の男ならクラっとくるだろうその台詞を、悠理は少しの照れも恥じらいもなく口にする。

「なぁ?あいつ、なんかしつこそうなんだ。だから、断る口実におまえの名前出したけど良いだろ?」

「僕の名前を?」

「うん。おまえがあたいの恋人だって・・・・」

瞬間、清四郎の眉間に皺がよる。
そして無理矢理引きはがした悠理を軽く小突いた。

「僕はまだ返事をして居ないだろう?勝手な事をするんじゃない。」

「いいじゃんかぁ!おまえ恋人いないんだし。それにあたい知ってるんだぞ。どこぞの女に言い寄られた時、婚約者が居るからって嘘吐いて断ってたこと!そん時、あたいの名前使ったよな?」

「うっ・・・・。」

珍しく言葉に詰まった清四郎に追い討ちをかける。

「それも、`婚約者の面倒で手が一杯だから´って。`到底目が離せないから´って。そう言ったんだろ?」

それは確かに事実だ。
実際、目が離せないことに違いないのだから・・。
そんな言い訳が出来ない状況に、清四郎は頬を染める。

「し、仕方ないでしょう!おまえの告白を保留している身としては、その方が穏便に済むんですよ。」

「なら、あたいだっておまえの名前を使って良いだろ?」

「ふふん」とふんぞり返る女に、頭痛を覚える。

この色気もクソもない・・とても恋しているとは思えない女から、驚くほどカジュアルな告白をされたのは、高等部卒業式の日。

「あたい、せーしろーが好きなんだ!大学生になったら付き合おうぜ!」

`好き´と言う言葉をここまで軽量化する女に出会ったことがない。
清四郎は軽く目眩を感じながら、その現実から目を背けようとした。
しかし、憎からず思っていた相手からの告白。胸が高鳴るのはどうしようもない。

一旦保留という曖昧な答えを提示したのはひとえに照れ臭かったからだ。
その上、本来自分から告げようと覚悟していた為、どうも調子が狂ってしまう。
シチュエーション、タイミング、全てに置いて完璧を求める男は、それが全て瓦解したことにショックを受ける。
そうこうしている内に、とうとう持ち前の天の邪鬼精神がムクリと持ち上がったのだ。

『そう簡単に色好い返事などしてなるものか』

その結果が「保留」というどっち付かずな返答となり、
じりじりと焦れる悠理からの猛アタックに毎度嬉しいような悲しいような、複雑な心境に陥る羽目となる。

まさしく体当たりなラブアプローチをする悠理。
色気こそないが、素直な心情を真っ直ぐに伝えてくるその姿に心はグラグラ揺れ動く。
揺れ動くなんてもんじゃない。
とっとと諸手を上げて降参し、恋人としての甘酸っぱいプロセスを思う存分楽しみたかった。
だが、一旦保留と言った手前、なかなか直ぐには覆せない。
もう少し。
あとほんの少し。
追い求められる快感に浸りたかった。

「仕方ありませんね。今回だけですよ。」

無論、これから先も彼女の恋人役(婚約者)は自分以外居ない。
他の男の名前など、口の端にだって乗せて欲しくなかった。

「えへへ!サンキュ!」

首に齧り付き、子供のような笑顔を見せる悠理は、責任感の強い男の保護欲をしっかりと煽る。

『どれだけ昂る感情を押し殺してきたと思うんです!』

無邪気なその笑顔を凍りつかせてでも、身体を抱き締め、キスを浴びせて自分の思うがままに翻弄したい。
そんな野蛮な思いに囚われる。

『こいつはきっとこんな獣じみた僕を知らないんだ・・・』

自ずと溜息は深くなるが、自分が蒔いた種でもある。
清四郎はポンポンと悠理の背中を叩き、ソファへ座るよう促した。

「悠理は・・・僕のどこに惹かれたんです?」

「え?」

それは今まで敢えてしなかった基本的な質問であったが、悠理はう~んと唸りながら腕組みをする。

『まさか、’単位の為’・・と言われるんじゃないでしょうな。』

悠理のあざとさは嫌と言うほど知っている。
無論、それを含めて好ましいと思っているのだが、いくらなんでも恋する理由にはなってほしくない。

「教えて欲しい?」

「ええ、もちろん。」

清四郎はゴクッと唾液をのみ込んだ。

「あたいのこと、一番理解してんのって清四郎だろ?」

「それは・・そうかもしれませんね。」

「んでさ、それってこの先もずっとそうなんだろうな・・って。」

「・・・・。」

「ほら、あたい馬鹿だからさ。いくら頑張って考えても、それが相手に伝わらない時が多いんだ。でもおまえはその辺何も言わなくても解ってくれるし、なんか安心するっていうか・・・。」

もじもじと指を絡ませながら、悠理は上目遣いで見つめてくる。
それは確かに可愛らしい仕草で、清四郎は思わず抱き寄せたくなったが、寸でのところで堪えた。

「僕と一緒に居て、楽だから付き合いたいと?」

「う、うん・・・駄目?」

駄目・・・ではないと思うが、しかし何かが腑に落ちない。

『こいつはこれ以上成長しないつもりか?』

それは上昇志向である清四郎にとって納得のいかない理由であった。

「おまえは・・僕の事を’便利なヤツ扱い’しているのか?」

「・・・え?」

「そんな甘い考えなら僕はごめんだ。」

「ち、ちがっ・・・」

「僕の価値が解らない女と交際する気はありませんよ。他を探しなさい。」

清四郎は立上がると、何か言いたげな悠理から背を向け拒絶した。
それにショックを受けた悠理は、しばし呆然とその背中を見つめていたが、結局項垂れるように清四郎の部屋を後にする。

もう・・・何の言い訳も出来ない。
そう自覚したからだ。
それから一週間後。
悠理の恋人の座を射止めた男は、構内でも有名な遊び人だと知れ渡る。
仲間達は心配し詰め寄ったが、悠理は軽く首を振り「大丈夫だよ!」と笑って見せた為、何も言えなくなった。
可憐をはじめ、野梨子や美童、魅録ですら悠理の恋を応援する気にはなれない。
そんな軽い男だった。

「ねえ・・いったいどういうことなの?あの子、なんであんな男と付き合ってんのよ!」

「わ、わたくしに言われましても・・解りませんわ。」

カフェテリアには清四郎を除く四人が集まり、大きな謎について語り合っていた。

「清四郎に振られたんだってさ。」

美童はコーヒーカップを弾きながら、事も無げに答える。

「え?マジかよ!それ、悠理に聞いたのか?」

「うん。本人から聞いた。振られたその日にたまたま会ってさ。聞けばなるほど・・って理由だったから何も言わなかったんだけど。」

「どういうこと?」

美童は悠理から聞かされた台詞をそのまま伝えると、三人は深く溜息を吐いた。

「悠理ってば・・・馬鹿よねえ。」

「本当ですわ。そんな事言えば清四郎のプライドを損ねると気付かなかったのかしら。」

「あいつ馬鹿だから、んなこと解るはずないだろ。で?あの男と付き合うきっかけは清四郎を忘れるためか?」

魅録がちらっと美童を窺う。

「良いんだって。」

「は?」

「清四郎と恋人同士になれないなら、誰でもいいんだってさ。」

「なんですって!!!」

憤りを露にしたのはやはり可憐だ。

「そんな自暴自棄になってどうすんのよ!悠理らしくもない!それも相手はあの遊び人でしょ?あり得ないわよ!」

「困りましたわね・・・。悠理は変に頑固なところがありますもの。わたくし達の意見はきっと通じませんわよ?」

「・・・・俺、清四郎に話してくるよ。」

魅録が立ち上がると同時に、その背後から馴染みの声が聞こえた。

「僕はここにいますが?」

トレーにサンドウィッチと珈琲を乗せた清四郎は、4人を見渡すと空いた席に腰掛ける。

「清四郎・・・あんた聞こえてたんでしょ?」

「ええ。まあ、途中からですが。」

「どうするつもり?」

「いいんじゃないですか?僕以外の男に目を向けることも、人生経験の一つですよ。」

「それ・・・本気で言っていますの?」

野梨子が鋭い視線を投げつけると、魅録がそっと手で制した。

「あんたはもっと利口だと思ってたけどな。」

「・・・・どういう意味です?」

机を指で叩きながら、清四郎は魅録をじろりと睨む。

「悠理が・・・・あいつが口下手だって知ってて、追い詰めたのかよ。」

「そんなつもりはありませんが?」

「なら、なんで導いてやろうとしないんだ?それっておまえさんしか出来ない事じゃないのか。」

「・・・・。」

清四郎は一瞬苛立ったが、ふと、魅録の言い分が尤もだと感じ始めていた。

’あの’悠理を調教できる男は、確かに自分以外存在しないはずだ。
それに、恋という不可解な世界へ飛び込もうとしている彼女は、きっと不安も大きかった事だろう。
相手の答えを聞けぬまま「好き」と言い続けることがどれほど精神力を使うか、あの時の清四郎には思い当たらなかった。
ただ、自分が恋請われる事に快感を覚えていただけなのだから・・・。

「あんた、図に乗ってんじゃないわよ。振るならきちんと振ってあげたら良かったじゃない!いつもみたいに一方的に言い負かすようなやり方、ずるいわよ!」

「そうですわ。もう一度きちんと話をしてくださいな。悠理だってこんな状態・・・本当は嫌に決まってますもの。」

女性二人に責められて、清四郎は黙りこくってしまった。
そこに美童が助け船を出す。

「まあ・・もうちょっと良く考えてからでもいいよ。悠理だって本当に言いたかった言葉はまた違うかもしれないけど、今は折角の恋愛モードじゃないか。色んな経験をするのも決して悪くないと思うんだけどな。」

「美童!」

それを聞いた可憐がバンと机を叩いた。

「男のあんたとは違うのよ!悠理は女の子なんだから!変な噂が立ったらどうするつもり?」

「ま、まあ・・あいつのことだ。そこまで自棄にはならないだろうけどな。」

魅録の心配は清四郎に移行する。

『・・・・まさか、本当にあの男に’全て’を投げ出すつもりじゃ・・・!』

それは想像もしたくない現実。
絶対に許すことが出来ない境界線だった。

清四郎は飲みかけていた珈琲を置くと、勢いよく立ち上がった。

「済みません、用事が出来ました。」

「・・・・悠理んとこ?」

美童の問いかけには答えず、清四郎は走り出す。

『そうだ・・・あの馬鹿娘の手綱は僕以外握っては駄目なんだ!』

一目散に向かった先は悠理が在籍する学部の食堂。
今頃、きっと大盛りのカレーライスでも食べていることだろう。

学生で賑わう中、その姿はあっという間に目に飛び込んでくる。
どれだけ大勢の中に居ようとも、悠理を見つける事に時間はかからない。

「悠理!!」

悠理は隣に座る男にべったりと身体をくっつけられたまま、案の定カレーを頬張っていた。
そんな二人の姿に燃えるような嫉妬を感じる。

スプーンを咥えたまま振り向いた悠理はその口端にルーを付けていたが、それを男が笑いながら舌先で舐め取ろうとする。

その瞬間、視界が真っ赤に染まった。
瞼が紅蓮の炎に焼き尽くされたような感覚に陥る。

清四郎は長い脚を使い俊足で辿り着くと、隣の男の襟首を掴み躊躇うことなく放り投げた。

「ぎゃ!」

ドスンという音と共に、下品な声が響き渡る。
が、それには頓着せず、ポカンと見つめる悠理の側に立った。

「おまえが大好きです!」

「・・・・へ?」

「おまえがどれだけ馬鹿で鈍感で向上心がなくても、好きだ!」

「せ、せいしろ・・・あの・・」

「僕が悪かった!だから・・・・もう一度初めからやり直させてくれ!」

カラン・・・・

咥えていたスプーンが床に落ちる。
悠理の目にじわじわと涙が溜まっていくところを、清四郎はじっと見つめるほかなかった。

「・・・あたい・・おまえが好きなんだ。」

「ええ。」

「’楽’しようってつもりじゃなくて・・・おまえだけがあたいを信じてくれるって、理解してくれるって思ってたから・・・」

「ああ、その通りだ。」

「清四郎はあたいより強いし、頭もいいし、格好いいし・・・それに・・・」

「それに?」

「・・・・優しいだろ?だから、好きになったんだ。」

ぽろぽろとこぼれ落ちる涙が、悠理の本気を示している。
清四郎の身体はもう我慢など出来なかった。
自然と伸びた腕で思い切り掻き抱き、その震える身体を閉じ込める。

「ありがとう・・・その言葉が欲しかった。」

「せいしろ・・・」

ふぇ~んと泣き始める悠理はあまりにも華奢で、清四郎は「自分が守らなくては」と改めて認識する。

そんな二人をそっと覗いていた4人は「やれやれ」と安堵し、これからもまた騒がしくなるなと思っていたのだが・・・。

 

それから一週間後。

「悠理、美味しいケーキが手に入りましたよ。」

「わーい!せいしろちゃん!」

ぴょんぴょんと飛び跳ね、清四郎の膝の上に乗っかる悠理はすっかりいつもの調子だ。
あーんと大きな口を開けた恋人に、少し大きめにカットしたショートケーキを突っ込む清四郎。

「おいひぃ!!」

「でしょう?実は知り合いのパティシエに特別に作って貰ったんですよ。」

「え!あたいの為に?」

「もちろん。今度は大きなオレンジムースを作ってくれるようです。一緒に食べに行きましょうか。」

「せいしろちゃん!!!大好き!愛してる!!」

「はいはい・・・もっと言って下さい。」

清四郎のにやけた顔を見た4人は目も当てられないとばかりに首を振る。

今や、あの理性ある冷徹な男の姿は微塵も感じられない。
恋に溺れ、悠理を甘やかし、あまつさえどんな我儘でも聞いてやろうとする前向きな姿。

「なあ・・・一体何だったんだよ。」

「・・・解りませんわ。」

「きっと自分の良い部分をきちんと認めて欲しかっただけじゃないかな?」

「何それ!清四郎ってば、子供みたいじゃないの!!?」

「だから、子供なんだろ・・・あいつは。はぁ・・なんか疲れたよな。」

長い付き合いである彼らの溜息は深い。
しかし、悠理の幸せそうな笑顔は何よりの癒やし。

「ま、そっと見守ってやろうぜ?」

魅録の言葉に異を唱える者は居なかったが、それでも何か腑に落ちない仲間達であった。