thirst for love(R)

新婚一年目の二人。
悠理がパーティに同伴しなくなったわけは?

「悠理、ビール持ってきたぞ。」

「サンキュ、魅録。」

先程目にした外界では、灰色の空に真っ白な雪が舞っていた。
しかし次第に強さを増しているのだろう。
窓はカタカタと震えるように鳴いている。「それ飲んだら寝るだろ?」

「あ、うん。」

プシュ!と音を立てた缶ビールは、恐ろしく冷えている。
だが、風呂上がりにはそれが丁度いいのだ。
悠理はゴクゴクと一気に飲み干し、グシャリと缶を潰した。

「ほら、湯冷めするぞ。毛布出したから隣の部屋で寝ろよ。」

だが、なかなか動こうとしない悠理を、魅録は溜息と共に見守る。

「この部屋で寝ちゃダメ?」

「ダメだ。」

「・・・・なんでだよ。」

「おまえなぁ。いい年してそんなこと説明させんなよ。」

「あたいと魅録の仲じゃんか!」

――チッ。

小さく舌打ちをされ、悠理はとうとう項垂れてしまう。
心の拠り所であるはずの男に頼ることは、それほどいけないことなのか。
納得出来ないまま立ち上がると、ノロノロとした足取りで隣室に向かおうとした。

「俺はあいつに恨まれることだけはしたくねーんだよ。」

その背中に声をかけた魅録は苦々しい表情だ。
悠理は振り向かずとも声色で察知していたが、結局は何も言えず、後ろ手で静かに扉を閉めた。

悠理と清四郎が結婚してそろそろ一年が経つ。
大学部在学中に互いの存在価値を認め合い、それが恋へとスムーズに発展した二人。

お互い、初めての恋愛。
戸惑いながらも、着実に想いを育んできた。

無論、清四郎にとって、剣菱の娘と交際するという意味は人生を賭けることにほかならず・・・彼の進路は既に一本道となっていた。
大学時代に一年間の留学を済ませ、その後剣菱の経営を学ぶべく豊作の下で働いた。
学生との二足草鞋は決して楽なものではない。
ただ、清四郎はがむしゃらに吸収し続けた。
それはひとえに悠理との生活のため。
そしてプライドを賭けて認めさせたかったのだ。
己の実力を―――。

経済界では基本剣菱に面と向かって逆らう者は少ない。
成り上がり企業であるが故、心の奥底で何を考えているかまでは判らないが――。

会長である万作の経営スタイルは誰も真似が出来ない。
鋭い嗅覚と直感だけで動く男だ。
自分によほどの自信がない場合、このスタイルは維持出来ない。
清四郎が羨望と共に失望を感じるのはそういうところだった。
自分はどう学んだら、彼のようになれるのか?
剣菱という大企業を動かす苦労は既に知っている。
机上の計算だけではどうにもならないことも・・・。

卒業後に結婚した後、当たり前のように婿入りした清四郎は注目の的だった。
当然である。
長男、豊作よりもカリスマ性を感じさせ、そして何よりもその男らしい容姿は女性だけでなく男をも惹き付ける魅力を備えていた。
あの百合子のお気に入りということもあり、とにかく何かと話題にのぼる。
社交界では清四郎の話で持ちきりだった。

悠理はそんなことに頓着しない。
だが、増え続けるしたたかな女達の目にはさすがに辟易していた。
二人並んでいるといつも陰口を叩かれる。
奇抜なパーティファッションを好む悠理と、適応した格好を好む清四郎は、誰が見てもチグハグだ。

学生時代はそれでもよかった。
仲間達と共にワイワイ騒ぎ、その都度、その時間を楽しむだけなのだから。
しかし、『妻』という立場に立ってからは周りの視線が明らかに変わってくる。

『あれが?』

『ほら、山猿って評判の・・・』

『確かにそんな感じだよな。』

『よく結婚したわねぇ。まぁ剣菱は魅力あるから。』

『いくら美人でもなぁ。彼もよくやってるよ。』

最初の半年は我慢も出来た。
よくある陰口の類いには母同様、慣れていたからだ。
だが、悠理はだんだんと社交界に顔を出さなくなっていく。

――面倒くさい。

あれほど大好きだったパーティが色褪せてしまう。
清四郎がどれほど不機嫌になろうとも、悠理は同行を拒否し続けた。

そんな中・・・
夫婦同伴が当たり前であるイギリス大使主催の懇親パーティ。
悠理は案の定欠席すると夫に伝えた。
清四郎の眉間に皺が寄る。

「どうにかなりませんか?」

「行きたくない。」

深い溜息がいやに長かった。

「僕はおまえと結婚したのに、まるで独身のように思われていますよ?」

「!!」

それは暗に女が群がってきているという意味だ。
悠理はもどかしい怒りに、奥歯を噛み締める。

「悠理・・・側にいて欲しいんだ。少しの時間でいいから。」

「清四郎・・・」

そうやって弱気な態度で懇願されると何でも言うことを聞いてやりたくなる。
これもひとえに夫を愛しているため。
結局、悠理はコクンと頷いた。

その日の夜は、いつも以上に清四郎が優しくて、それが正しい選択だったんだと胸を撫で下ろす。

しかしパーティ当日、大使の晩餐会で見た光景は、悠理の心を萎えさせるに充分なものだった。
夫にエスコートされ久々に登場した悠理へ、女達の鋭い視線が突き刺さる。
無論、悠理の顔は社交界でも有名であるが、今や剣菱の若き後継者と噂される清四郎はその比ではなかった。
あっという間に人の輪が出来、その対応に追われることとなる。
悠理は弾き出されたように、その輪から外れてしまった。

「やぁ、悠理。」

声をかけてきたのは美童だ。

「来てたのか。」

モデルの真似事をしながら、いまだ遊び歩いている美童は、男らしさを感じさせるまでに成長していた。

「あれ清四郎?すごいね。」

黒山の人だかりとまではいかないにしろ、姿が見えないほどには集まっている。

「お前、一人かよ?」

「さすがにこういった場所に連れてくる女性は選ぶよ。だけど今日は一人さ。」

「ふーん。」

悠理は手にしていたシャンパングラスを置くと、溜め息を吐いた。
別に何かを求めていたわけではない。
ただ、古馴染みに愚痴りたかっただけなのだ。

一通りの話を聞いた美童は、「なるほどねぇ」と言うに留め、手にしたグラスを傾ける。
二人の間にしばし沈黙が流れた。
だが次に口を開いたのは美童だった。

「あいつはさ、悠理に妻として自覚して欲しいよりも、一緒に連れて歩きたいだけじゃない?」

「は?そんなタマかよ。」

「でも喜んでたんだよね?一応新婚なんだしさ。清四郎だって浮かれてるんじゃないの?」

「あのなぁ、あたいら何年付き合ってると思ってんだ?」

「それはそれ。また別の話さ。付き合いの長さなんてむしろ関係ないと思うけど?」

確信的な物言いに、悠理は再び沈黙する。

――本当にそんな単純な理由なのか?
浮かれている清四郎など、ついぞ見たことがない。
たしかに交際してからこっち、ヤツは優しくて女扱いしてくれることも多くなった。
もちろん馬鹿にしたような小言も多いが、決して侮ったような態度は見せない。
悠理は清四郎の優しさと強さ、頼り甲斐に惚れ、清四郎は悠理のあどけなさと絶対的な存在感に惹かれたのだ。
他のカップルに比べれば‘らしい’とは言えなかったかもしれない。
だが、自分達のスタンスで続けてきた交際は決して悪くはなかったと思う。

『・・・浮かれる清四郎ねぇ。』

チラと視線を投げれば、相変わらずそつのない笑みで皆と歓談している。
だが次の瞬間、悠理は目を大きく見開いた。

―――誰だ!?あいつ!

清四郎の隣に寄り添う一人の若い女。
きっと同い年か、せいぜい少し上くらいだろう。
肩までの緩やかな巻き毛。
ロングドレスは上品なクリーム色。
薄く化粧された顔はどこか幼く、誰が見ても甘く可愛いと評価するだろう。
そして、余裕すら感じられる微笑みを湛え、まるで自分こそが妻のように振る舞う。
流暢な英語を話し、外国人との会話にも長けているように思えた。

「彼女が気になる?」

美童の存在を忘れるほど二人を凝視していた悠理は、慌てて振り返る。

「知ってんの?あの女。」

「半年くらい前に社交界デビューしたばかりさ。清四郎に一目惚れしたお嬢さんだよ。」

事も無げに言う美童はニヤリと笑った。

「おまえが清四郎を放置していたら、ああいった女達がのさばり続ける事になるんだ。解るだろ?」

「あたいは・・放置するつもりじゃ・・・」

「ふ~ん。・・・らしくないね。何がそんなに不安なんだい?」

青く透き通った目で覗きこまれると、全てをさらけ出しそうになる。
悠理は大きく息を吐き出すと、「なんでもない。」と強がった。

自分でも何故こんなにもいじけた気分になるのか解らない。
清四郎の妻となってからというもの、不思議と他人の評価が気になって仕方ないのだ。
美童の言う通り、ちっともらしくない自分に悠理は正直うんざりしていた。

もう一度、清四郎がいる方向を見つめる。
二人は仲良さげに歓談し、それを囲む輪は他のものよりも楽しそうに見えた。

「悠理、素直になんなきゃ。」

しかし悠理はその言葉を聞き流す。

「美童、あたい帰るから、あいつに言っといて?」

「悠理!?」

掴まれた手を払い除け、足早に大使館を後にした。
そして、タクシーに乗り込むと自宅には帰らず、魅録の家を真っ直ぐ目指したのだった。

無事、悠理を部屋から追い出した魅録は、もやもやした気分のまま煙草をくわえる。
二人が結婚してからというもの、厄介事の相談相手になったことはあるが、今回の件はいつもと毛色が違うように思う。
いつもの気儘な悠理ではなく、不安げで、まるで子供のような表情を見せていた。

「あいつら、どーなってんだよ。」

二人の絆の深さは、長年の付き合いから感じている。
どれだけ互いを求め合って結婚したかも理解していた。
自信が服を着て歩いているような清四郎が、悠理のこととなると深く悩んでいたことも知っている。

『僕はあいつを扱いきれるんでしょうか?』

『おまえさん、相変わらずだな。まぁ、気持ちは解るが、あいつはペットじゃねーんだからよ。』

『そんなこと判ってますよ!そうじゃなくて・・・あ、愛し過ぎていて無茶苦茶にしてしまいそうなんです。束縛したくて仕方ない。見えない縄があるのならそれでずっと繋いでおきたいくらいだ。』

恐るべき本音を吐き出したのは、確か結婚する一年前だったか。
その時、魅録の心はざわついた。

確かに悠理は良いヤツだが、「女」としての色気はない。
全くといっていいほど無い。
断言できる。
確かに本物の優しさを持ち合わせているし、破天荒ながらも天真爛漫な姿は見ていて気持ちが良い。
そんな悠理が、清四郎にとって完璧な「女」であるという事実。
あまりにも頭が良すぎて、とうとうおかしくなったんだろうか。
魅録は首を捻る。

むしろどっぷり浸かりこんでいるのは男のほうだった。
結局はその違和感が胸をざわつかせたのだが――。

『早くあいつを僕のものにしたい。僕だけのものに・・・』

幾度となくそんな台詞を呟いていた清四郎が、卒業と同時に結婚式を挙げたのは至極当然のことだ。

「両想いのくせに、何グダグダやってんだか。」

煙を吐き出した魅録は、ようやく携帯電話を手に取った。

清四郎が美童に呼び止められ悠理の話を聞いたのは、パーティも終盤に差し掛かった頃だった。

「おまえたちどうなってんの?」

詰まらなさそうに目の前のカクテルグラスを弾く美童は、少し責めるような口調で切り出した。

「悠理は?」

「帰ったよ。」

それを聞き、清四郎は深く溜め息を吐く。
そして側にあった赤ワインを一気にあおった。

「―――いや、今日は一緒に来てくれたからいいんだ。」

そう独り言のように呟く。

「なあ、清四郎。一体何に遠慮してるんだよ?悠理はもう昔の彼女じゃないだろ?」

その言葉には、項垂れる。

「・・・怖くてね。強制することが出来ないんですよ。」

「拒否されたくないから?」

「・・・少しでも心が離れてほしくない。」

「はっ!贅沢!!」

美童はおどけるように鼻を鳴らしたが、やがてすぐに真顔を見せた。

「あれだけ愛されててまだ欲しがるんだ。いやぁ、さすがに欲深いね、おまえは。」

嘲りにも似たその台詞に、清四郎の眉根が険しく寄る。

「僕が愛されている、と?」

「当然だろ?さっき、悠理がどんな顔でおまえを見てたと思うんだ?」

「え?」

「かわいいお嬢さんだったよね。おまえの横で清楚な顔して微笑んで。まるで本物の夫婦に見えたよ。」

何を言われているのか判らない様子だった清四郎の顔は、次第に強張り始め、とうとう顔色を失ってゆく。

「あ・・!」

「悠理は意外とヤキモチ焼きなんだ。可愛いじゃないか。」

「もちろん、フォローしてくれたんでしょうね!?」

クスクスと笑う美童の腕を掴み、清四郎は責めるように叫んだ。
しかし美童の青い目は、その輝きをスッと細める。

「それって、僕の役目なの?」

清四郎は口ごもる。

―――そうだ。
彼の役目じゃない。
僕が側に行って、きちんと話さなければ!

踵を返そうとした、その時――。
胸ポケットにしまっていた携帯電話が振動する。

それは魅録だった。

「魅録?」

「よぉ、色男。」

「なんです?いま――」

「おまえさんの相方が酒あおって、くだ巻いてるから今夜は泊まらせるぞ?いいな?」

「―――悠理がそこにいるんですか!?」

「おう。えらく淋しがってるからよ。一晩付き合うぜ。」

魅録にしては、やけに含みのある言い方をする。
清四郎の背中に冷や汗が流れた。

「む、迎えに行きます。」

「いいって!おまえも疲れてんだろ?明日送ってってやるから。」

「絶対に行きます!!」

「・・・・・。」

魅録に限って何もないと解ってはいるが、今の清四郎に余裕などない。
他の男の側になど、一秒たりとも長く居て欲しくなかった。

「悠理は僕の妻だ。必ず迎えに行きます。」

「―――ふっ。わかってんじゃねーかよ。じゃな。」

清四郎は電話を握りしめ、美童を振り返ることなく走り出す。
その背中を見送る金髪の青年もまた、何も言わず、優しく微笑んでいた。

夜遅くの松竹梅邸では家人のほとんどが寝静まっている。
清四郎は案内されることもなく、勝手知ったる魅録の部屋へと急いだ。
軋む廊下などに頓着している余裕はない。
音を響かせ足早に向かった。

魅録の部屋は静まり返っている。
念のためノックをし様子を窺うが、反応はない。
仕方なく勝手に扉を開け、中へと入る。

「よぉ。」

魅録は窓際に腰掛け、庭を見ながら煙草をふかしていた。

「悠理は?」

「寝てるさ。それより聞きたいんだがな。」

ゆっくりと清四郎を振り返った魅録の眼光は鋭い。

「あんたにとって悠理はなんだ?」

「妻です。」

「なら、なんで普段から引き摺ってでも連れていかない?」

「・・・それは、無理強い出来ないから。」

「悠理が社交場にいかなくなった理由、知ってるか?」

口をつぐんだ清四郎は首を横に振る。

「陰口が酷いんだとよ。だけど、それだけが理由じゃない。」

「―――なんです?」

「おまえさんの隣に立つ自信がないんだ、あいつは。」

「馬鹿な!悠理に限ってそんなことあり得ません!」

―――そうだ。
そんな事、あり得るはずがない。
傍若無人、無頓着。
人の評価など塵に等しいはずの悠理が、自信がないだと?

「わかんねぇのか?」

魅録は目を細め、清四郎を見据えたまま問いかけた。

「解りませんね。」

「・・・あんたの為だよ。」

「え?」

「あいつ、言ったんだ。『清四郎がすごく評価されてんのに、あたいみたいな変な嫁が側に居たら馬鹿にされるだろ?』って。」

「!!!」

眩暈がした。
そんな台詞を吐く悠理など想像できない。
彼女はいつでも根拠のない自信に満ち溢れていたはずだ。

「魅録、悠理はどこに?」

くいっと顎を向けた先は隣室。
物音ひとつ聞こえてこない。

「すみません。少し二人きりにしてもらえますか?」

「あぁ。俺はバイクでひとっ走りしてくるから、それまでよ~く話し合えよ?」

キーを手にした魅録を見送った後、清四郎は神妙な面持ちで隣室を目指した。

スッと引き戸を開ければ、薄闇の中、悠理の寝息が聞こえる。
掛けられた布団は緩やかに上下していて、その眠りは深そうだ。
清四郎はその横に胡座を掻き、妻の寝顔を見つめた。

いつまで経っても彼女の姿は変わらない。
若く溌剌とした、元気の源の様な存在だ。
それが自分の心を癒す。
どれだけ疲れていても、悠理の笑顔で救われる。

愛して、愛しすぎて、何が正しいのかなんて判らない愛し方をしてしまった。
『妻』としての立場より、『女』として求めてしまった。
悠理の心に少しでも移ろいが見え始めたなら、自分は一体どう狂ってしまうのだろうか。
本当に二人きりの世界を求め、彼女を縛りつけて、時をあけずして貪り食って、最後の一滴まで愛してやりたい。

狂気の源は自分でも解らない。
ただただ、悠理が欲しくて、どろどろとした情念に付き纏われた。
それを隠すため、どれほど苦労を強いられた事か。

結婚してからも変わらない。
でも、自分の全てをぶつけてしまうと、彼女はきっと逃げ出すだろう。
あの時よりも遠く、そして確実に―――。

清四郎は悠理は覆い被さると、滑らかな頬を撫で、そっと口付ける。

布団の端からゆっくりと手を入れ、その温もりを堪能した後、パジャマの裾から忍び込んだ手は、優しく優しく肌に馴染んでいった。

「・・・んっ、せぇしろ・・」

悠理は目を閉じたまま呟く。

―――良かった。
別の男の名でなくて。

あり得ない事だが・・・もしそんな言葉を耳にしたら、自分でもどうなってしまうか想像出来ない。
更に手を伸ばし、小さな胸をなぞる。

「んっあ・・!やぁ、ん」

寝惚けながらも、可愛く啼くその姿。

「悠理、愛してる・・」

固く勃ち上がった突起をしこりながら愛を囁いた清四郎は、そっと布団の中に忍び込んで行く。
肌に冷気を感じた悠理はゆっくりと目を開き、アルコールの香りを纏わせた夫を心地よさそうに見上げた。

「おかえり・・」

眠いのだろう。
柔らかく笑い、再び目を閉じる。

――いつの間にこんな儚い表情をするようになったんだ。

きっと夢の中では、確実に与えられる幸せを求めているに違いない。
清四郎の胸が痛いほど絞られた。

「ただいま、悠理。」

耳元で聞こえたその声に、悠理は再び目を開ける。

「あれ?本物?」

「そうですよ。」

瞬きと共に、悠理は慌てて起き上がろうとした。
しかし清四郎の体は自分よりも遙かに重く、身動きがとれない。

「こ、こら、ここ・・・魅録ん家だぞ!」

小声で窘(たしな)めてみるが、夫は動じないまま・・・

「でも・・・今は二人きりです。」

と言い放った。
清四郎は手慣れた様子で悠理のパジャマを脱がせると、自らもベルトを外した。

「ま、さか・・ダメだって。」

「後から叱られてやりますから、今は抱かせてください。」

「う、うそ!」

嘘であるはずがない。
有言実行の男は、悠理の下着を片足だけ抜くと、その間に猛りきった欲望を押し当てた。

「悠理・・・挿れますよ?」

ぬるりとした感触が清四郎を包み込む。
たったあれだけの愛撫でこれほどまでに濡れるのだから、心を預けてくれていると信じたい。

「んっ!!あ、なんでぇ・・・」

「おまえの体は、いつ何時でも僕を受け入れる体勢になってるんだ。・・・っ、気持ちいいな、くそ。」

ゆるゆると腰を前後させると、胎内が奥へと誘うように蠢き始める。

「ああっ、 ・・んんっ!」

腰を回すように悠理の中を擦れば、柔軟だった内壁の締め付けが強くなった。

「悠理・・・・・ゆうり・・・僕を愛してますか?」

それは呻くような、何かに縋るような切実ともとれる声だった。

「あ・・・あたりまえだ・・・ろ。はぁ・・・ん!」

ーーー答えを聞きたいんじゃないのか?

急に深く穿たれた悠理は目を瞠る。

「僕の我儘を・・聞いて下さい。」

「・・・・なに?」

「これからずっと僕の隣に立っていて欲しい・・・・。どんな場所でも、どんな時でも・・・」

「え?」

「おまえを僕の妻だと誇示したいんです。僕は・・・独身でも、他の女の夫でもない!」

悔しそうに眉を顰めた男は、そのやるせない気持ちをぶつけるよう奥を貫いた。

「あああ!!!」

「おまえだけが欲しいんだ・・・・!おかしくなるくらい・・・おまえだけが・・・・!」

「ひぁ・・!!」

清四郎の情熱が悠理の中で溢れ出す。
そしてそれは、熱く熱く、悠理の身を焦がしていく。

「悠理、返事を!」

「わ、わかった!解ったから!あっ、はげし・・すぎぃ!」

「奥に出しますよ!?」

そう宣言して、清四郎は全ての想いを解き放つ。
その後に訪れる甘い余韻は、重なりあった二人を優しく包み込んでいった。

「僕は、駄目な夫ですね。」

珍しくそんな弱気を見せる清四郎に、悠理は擦り寄る。

「んなことないよ。おまえ、良い男だもん。」

「本気でそう思ってます?」

「うん。思ってる。あたいが選んだんだ。おまえを、おまえだけを―――。」

そうやって笑う悠理こそが、清四郎の心を揺り動かす。
愛されてると感じる瞬間だ。

「悠理、おまえも自信を持ってくれ。おまえほど魅力的な女はこの世に居ないんだから。」

「ぶっ!!!な、何いってやがる!恥ずかしい奴だな!」

「本音ですよ。」

もっと解らせてやる―――そう言って再び覆い被さった男は、もう二度とその欲望に鍵をかけようとはしなかった。

貪欲に求め、愛し、愛されたいと願う。

彼女だけが唯一無二の女。
そして、かけがえのない妻なのだ。

「悠理、僕の愛を全て受け入れてください。」

返事など要らない。

清四郎は唇を奪い、その甘い吐息を味わいながら、恍惚と目を閉じた。