あまりにも長く友達だったから。
どんな距離で接すれば良いか、図りかねているのが本音。
彼女は、眩しい夏の日を僕たちに与え続けてくれるムードメーカー。
性別を越えた六人の関係。
それこそが有閑倶楽部。
決して恋愛など生まれない、そう思っていたはずのに。
「好きで好きで仕方ないんです!」
清四郎の大いなる本音は、魅録の耳にだけ届く。
燻らせた煙草は既に二箱。
三箱目に手をかけようかどうしようか迷ってはいたが、結局封を開けることとなった。
「おまえさんがあいつをねぇ。初恋を拗らせたら長引くってのは本当なんだな。」
呆れたように言い放つが、清四郎は納得したように頷く。
「確かに、僕の初恋の相手は悠理でした。でも、そんなこと忘れるくらい彼女とは友人でいたはずなのに!何故今ごろ!」
ダンとテーブルを叩く男に、いつもの余裕は感じられない。
魅録は頑丈に作られたテーブルに感謝した。
「魅録は思わないんですか?」
「なにが?」
「悠理を女と思わないんですか!?」
「ん~、まあ、性別は女だな。」
「違いますよ!可愛いとか、恋人にしたいとか、キスしたいとか、思わなかったんですか?」
「わりぃ。一度もねーわ。」
ヘラっと答える魅録をギリギリと睨むが、結局肩の力を抜き項垂れる。
「僕は悠理が欲しい。心も身体も、あの愛らしい瞳も、彼女の周りに漂う明るい空気も、全部!」
「へ、へぇ・・・・そりゃまた、すげぇ入れ込みようだな。」
素面で叫ぶ清四郎に不気味さを感じながら、魅録は煙草に火を点けた。
側では空気清浄機が唸りをあげて働いている。
―――長くなるようだったら、薬でも盛って、眠らせるか。
なんて非道な考えが浮かぶのも当然のこと。
冷静沈着、時折恐怖に感じるくらいの鋭さを持つ男が、いまや恋に悩むただの青少年なのだから。
『可憐あたりが見たら喜ぶだろうな。』
恋多き友人をそっと思い出す。
「この間、悠理が好きになってくれる確率を計算したんです。」
「へぇ。」
どうやって?とは敢えて聞かずにいた。
「0.000000000017%でした。」
「そりゃまた、天文学的数字だな。」
「魅録。」
すだれた前髪からそっと覗く黒い双眼に、いつもの理知的な光はない。
澱んだ翳りを感じさせた。
「無理矢理犯して僕のものにしてもいいんでしょうか?責任を取るといった形で。」
「良いわけあるか!」
「―――ですよね。あぁ、国さえ違えば・・・・」
何か恐ろしいことを考え始めた男に、魅録はとうとう震え出した。
有言実行。
あまりある知識を総動員しても悠理を手に入れそうですこぶる怖い。
「か、確率はともかく、普通に告白してみろよ。」
「僕が?」
‘お前以外に誰が居るんだよ!’と胸の中で悪態を吐く魅録は、既に睡眠薬の在処を探っていた。
「告白したら、押し倒してもいいんでしょうかね?」
「―――な、なんで?」
「だって、解りきった答えなど聞きたくありませんから。」
「・・・・。」
頭がおかしくなりそうだ。
ここに来て初めて、清四郎の友人であることを後悔し始めた。
「おまえさんのお得意技で、じっくりと落としていくのも悪くないんじゃないか?」
「もう、そんなちんたらしたこと言ってられないんですよ!魅録も男なら解るでしょう?毎朝訪れるあの不快感を!」
「ええーー!?」
暗に、‘元気な男の子’の事情を示され、魅録は困惑した。
「夢の中の悠理はとても可愛くて優しくて、僕の好きなようにさせてくれるんです。キスも悠理からしてきてくれて、すごく幸せな気分になるんですが、朝起きたときの絶望感だけは、許せない!」
うっとりとしていたはずの男が、憤りに任せて机を叩く。空にしたばかりの灰皿が飛び上がった。
「重症だな。」
「解ってます。」
いーや、解ってない。
魅録の溜め息は深い。
「まず、よく考えて見よーぜ。あいつの男選びのバロメーターは強さだ。あんたはそこを軽々とクリアしてる。」
「無論、誰にも負けませんよ。」
自信を取り戻したかのように胸を反らす。
「あ、あぁ。じゃあ次に、悠理にとって何が不満なのかを考えたらいいんだよ。おまえさんは頭も良いし見た目も悪くない。問題はその性格だ。」
「性格・・・・」
「ほら、あいつの頭は単純な造りをしてるだろ?だからそれに合わせてやればいいんだよ。楽しむ時は思いっきり楽しんで、優しくする時は素直に心を伝えてやれば、それだけで随分変わってくると思うけどな。あと嫌味を減らし………」
「なるほど!」
魅録の言葉を遮りながら納得しつつ、手を叩く。
しかし次に清四郎は眉をひそめた。
「僕は悠理を無茶苦茶甘やかしてやりたいんですが、問題ありませんかね?」
「ほ・・・ほどほどにな。」
あまり増長させてもらっちゃ困る。
甘い汁を吸えば吸うほど、悠理の我儘に振り回されるのはこっちだ。
魅録は胸の中で愚痴た。
「解りました。魅録、ありがとうございます。」
「あ、ああ。」
すっくと立ち上がった男を見上げ、魅録はようやく解放されたことに喜ぶが、一抹の不安もあり…………
「まさか……今から告白しにいくのか?」
「はい。この決意が揺らがぬ内に行ってきます。」
時計を見れば深夜11時。
いくらなんでも非常識な時間帯だ。
「あ、明日にした方が・・・」
「いえ、行ってきます。」
燃える様に何かを見据えた清四郎。
残念なことに、魅録は引き留める術を持たなかった。
次の日。
学園に到着した派手な車は剣菱の証。
その中から現れた清四郎はニコニコ顔で悠理の手を引いていた。
『あ、やっぱり?』
魅録は短い髪をかきむしったが、驚いたのは側に立つ悠理の表情だ。
うっとりと清四郎を見上げ、その頬を薔薇色に染めているではないか。
明らかに恋をした少女の顔。
清四郎はそんな悠理を愛しいとばかりに抱き寄せ、頬にキスをする。
改めて言うが、ここは学園の校門前。
多くの生徒達が爽やかな挨拶を交わす場所だ。
「愛してます、悠理。」
「もう!朝から25回目だじょ?」
「27回ですよ。バスルームで二回告げたでしょう?」
「あ、そだった。」
「お馬鹿さんですね。」
「えへへ。」
なんだなんだ?と集まる生徒達。
魅録は酷い頭痛を感じ、この場から即刻立ち去ろうと踵を返した。
しかし………
「おはようございます、魅録!」
清四郎はその後ろ姿に、晴れ晴れとした声をかける。
魅録の思惑は、瞬間潰えた。
「よぉ。」
恐る恐る振り向く男を、出来上がったばかりのカップルが満面の笑みで迎える。
「お陰さまで、悠理と結婚を前提に交際することとなりました。本当に感謝しています。」
「魅録ちゃん、あんがと♥」
―――悠理、お前はそれで良いのか?
という疑問をギリギリのところで飲み込み、薄く笑う。
「おまえらが幸せならそんでいいさ。仲良くな。」
軽く手を上げ、足早に去るピンク髪の男は、しばらく部室には近づかないでおこうと一人胸に誓った。
二人の迷惑極まりない薔薇色の空気は、とうとう学園全体を覆い尽くし、その後、不思議とカップルが多く誕生したという。
◎おまけ◎
「清四郎と悠理がねぇ。」
「ま、いんじゃない?理想的なカップルだと思うよ?」
「あれは清四郎ではありませんわ。」
「恋をしたらそんなもんよ。あんたも少しは身に覚えがあるんじゃない?」
「わ、わたくしはあんな風にはなりません!」
「うん、あれは確かにやり過ぎ。」
仲間達の視線の先には、カーテン越しに映る二人のシルエット。
もちろんひとつに重なり合っているわけで。
「いつまであーしてんのかしら。」
「いやぁ、清四郎ってやらしいよねぇ。」
「破廉恥ですわ!おばさまに叱って貰わないと!」
「無駄無駄。馬に蹴られちゃうからほっとこ?」
清四郎がどのような告白をしたかは、秘密。
‘あの’悠理を目覚めさせたのだから、さぞや―――。