only your hands

新歓コンパで慌ただしくなる季節。
大学生になった六人も色んな誘いを受け参加し、毎晩のように飲み歩いている。
特に剣菱悠理はその運動能力を買われ、体育会系サークルのコンパに顔を出す事が多く、可憐や野梨子よりもしつこい勧誘を受けていた。その日、たまたま同じ会場で二つのサークルが鉢合わせする。
テニスサークルに誘われた悠理と、天文サークルに誘われた清四郎は、久々に互いの顔に出くわした。

「よぉ。久しぶりじゃん。」

「そっちも忙しそうで――いや、元気そうですな。」

タダ酒が飲め、タダ飯が食えるというのなら、悠理にとってはパラダイス。
むしろ積極的に参加したいとすら思う。

「この店、旨いらしいぞ!期待してろよ。」

「僕は今日二回目なんですよ。お腹は空いていません。」

「もったいねーな!じゃ、あたいが食べに行ってやるよ。ほら、隣同士じゃん?」

悠理が指差した部屋は、衝立こそあるが大座敷。
酒が進めば、サークル同士入り乱れて盛り上がることだろう。

「いつでもどうぞ。どうせ解りませんしね。」

「へへ!やった。」

悠理の限り無い胃袋も今さらの事。
清四郎は手をひらひらさせ、自分の呼ばれた席へと向かった。

――1時間後。

案の定、衝立は意味を成さず、互いのサークルは混線状態に陥る。
が、それはそれ。
とにかく楽しめれば良いと、50人の学生達はゲームで盛り上がっていた。

そこへ………

「よーーし!ここでお楽しみのポッキーゲームだぁ!」

そう叫んだのは、悠理を誘ったテニスサークルの部長。
逞しい体つきの三年生だ。
パーティを盛り上げる為、次々とゲームを用意し張り切っている。

それを聞いた皆がざわめき出す。
王道とも言えるパーティゲームの登場に、否が応でも期待が高まったからだ。

「今回はポッキーではなく、このちょっと長めのグリッシーニを代用します。」

部長は意気揚々とルール説明を始める。

「ハチマキで目隠ししながら真ん中の印を目指して食べ進め、より印に近い所まで食べたほうが勝者です!
もちろん唇が触れたらアウトーー!みなさん、解りましたね!?」

「やだぁ。」と言いながらも女子はドキドキしている。
無論男子は興奮状態だ。
彼らはこのゲームに関してだけは、むしろ‘負けたほうが勝ち’だと思っているのだから・・・。

ちなみに、勝ち進んだ暁には「一年間飲み会がタダになる券」が賞品として貰えるらしい。

「最初に皆さんへお配りした紙をご覧ください!男性は青い紙、女性はピンクの紙。そこに書かれた数字で対戦相手が解ります!」

悠理は手元の紙を見つめた。
太字で書かれた数字は「17」。

「おーい、『17』のヤツいるかぁ?」

周りがどんどん二人一組になっていく中、ぐるりと見渡す。

「剣菱さん!こっちこっち!」

そう呼ばれた相手。
それはなんと、テニスサークルの部長だった。
心なしか嬉しそうに手を引かれ、悠理は男の前に座らされる。

「俺ってラッキーかも。」

「何が?」

「剣菱さんとキスしちゃう可能性があるから。」

「ば、バカヤロ!んなことさせるか!真剣勝負だぞ。わぁってるよな?」

悠理にとって‘勝ち負け’は、人生の上で大切なスパイス。
無論、勝つことしか考えていない。

25組の男女はそれぞれに渡されたハチマキで目を覆い、テニスサークルの副部長がスタートを切る声を今か今かと待っていた。

『そういやあいつ………清四郎は?』

悠理がキョロキョロと首を振り探し出せば、清四郎もまた、こちらを射抜くように見つめている。

―――鋭い視線。
その瞳には何のからかいもなく、まるで挑戦状を叩きつけるような、猛々しい光が宿っていた。

ゾクッ・・・・

悪寒が走る。

――なんで、あいつ・・・・あんな目、するんだ?

清四郎の前に座る女はハチマキで目を隠し、すっかり準備が整っている。
遠目でも解るほどその頬はピンク色に染まっていて、きっと何かを期待しているのだろう・・・と思う。

イラっ・・・

悠理は無意識に眉根を寄せた。
しかし、思考を遮るように部長が声をかけてくる。

「さっ、剣菱さんもハチマキして。」

たとえ視界を奪われても、清四郎の強い視線が痛いほど突き刺さっていると解る。

―――あたいは・・・・なんでこんなにも胸がざわつくんだろう。

ドクンドクン

鼓動が高鳴り、頬が火照る。
会場が静まりかえる中、悠理はそっとグリッシーニの端を咥えた。

副部長が満を持して、

「よーーい、スタート!」

と合図し、皆が一斉にカリカリと食べ始める。
沈黙の中、囓る音だけが大きく響く。

食べ物を賭けた戦いには絶対に負けたくない悠理だが、さすがにいつもの勢いでは食べられない。
その長さを確かめるように、恐る恐る囓り続ける。

負けたくはない。
けれどさっきの部長の言葉が思い出され、どうしてもその勢いが衰えるのだ。

暫くすると男の荒々しい鼻息が聞こえてきた。

――げっ!なんか気持ち悪い!

その上、男は悠理の膝に置かれた手に、自分の汗ばんだものを重ねてくる。
途端、悪寒が身体を走り抜け、ぎゅっと歯を食いしばった。

――さわんなよ!!

そう言って蹴り飛ばしたくなるが、今、口を離せば負け確定。
それはそれで納得がいかない。
我慢しつつ、覚悟を決め、もう一口大きく食べ進める。

そろそろ印に近づいた事だろう。
そう思った時―――

ドン!ドサッ………

咥えていたグリッシーニが不意に軽くなり、重ねられていた手が瞬間に消えた。
悠理は慌ててハチマキを取ると、そこには仁王像の如く立ち尽くした清四郎。
そして、畳に転がる部長の姿。

「せ、せえしろ?」

「帰りますよ。これ以上下らないゲームに付き合わなくて良い。」

「えっ?」

悠理の身体を容易く抱えあげた男は、目をパチクリさせ、呆然とする部長を睨むように見下ろした。

「下手な小細工は止めた方がいいですよ?次はその命、賭けて貰いますからね。」

清四郎は、部長の目の前に、ヒラリとハチマキを落とした。
それは色味こそ黒だが、透けるように薄く、目隠しの役目を果たさない物であった。

「あっ!おまえっ!ずっりーーぞ!」

清四郎に抱えられながらも、悠理は悔しそうに喚く。
しかし反撃の余地を与えず、清四郎は足早に会場を後にした。

「しっかし、よく気付いたな。さっすがせーしろーちゃん!」

夜の街を二人並んで歩く。

「おまえをずっと見ていましたからね。」

男は事も無げに答えた。

「なんで?」

立ち止まった悠理はゆっくりと見上げ、清四郎の瞳を捉える。
そこに揺れ動く小さな波を見逃さないよう、じっと・・・・。

「好きな女がキスされるのを、指を咥えて見ていられるほど大人じゃない。」

「清四郎――。」

さっき感じた視線には、清四郎の熱い想いがこめられていた。
もちろん憤りと共に・・・・。

「あたいが好きなんだ?」

「ええ。いつの間にやらとっぷりと、ね。」

「・・・・・・・いいのか?後で後悔すんなよ?」

それは悠理とて想像もしていなかった台詞。
だがするりと口から滑り出していた。

「おまえを手に入れないまま後悔するよりも、手に入れて後悔した方がよほど幸せですよ。」

そう言って、清々しく笑う。
それは確かに’らしからぬ笑顔’であったが、悠理は胸が熱くなるのを感じた。

「―――あたいも、後悔するならおまえがいい。」

伸ばした手で清四郎の指を掴む。

―――あぁ、やっぱり気持ちいい。

指だけでなく、手の甲をそっと撫で、そして手のひらを開くよう促した。
それを自分の頬にまで持ってくると、スリスリと甘えるように擦り付ける。

「あたいにとって、気持ち悪くない手はこれだけ。」

「悠理!」

そんな風に煽られた男は呆気なく欲情すると、奪われた手で悠理の頭を引き寄せ、腕の中に閉じ込める。

「・・・・・困ったヤツだ。」

悔しそうな声と、打ち付ける鼓動が悠理の耳を伝う。

「留め金を外した責任、取って貰いましょうか。」

「・・・・いいよ?」

二人を包む春の夜は、生暖かい風と共に更けていく。
その後、二人は一切の新歓コンパに参加せず、夜な夜な互いの愛を深めていったそうな・・・・。