Is this love?

普段は学生らしからぬ僕たち六人の生活だが、学園では生徒会役員として、きちんと役割りを果たしている。

高校生活最後の体育祭をひかえ、俄然張り切るのは悠理だ。
10種目全ての助っ人としてかり出され、5日前から部室内で筋トレをしている。
しかし、ダンベル体操とやらを始めた頃から、雲行きが怪しくなってきた。

「野梨子もしてみろよ。運動不足だろ?」

「結構ですわ。だいたいそのダンベル何キロありますの?」

「ん?これ一個5キロだよ。だから大丈夫だって!余裕で持てるし。」

野梨子は口元を強張らせながら「付き合ってられません!」と言い残し、立ち去った。
まあ、当然だろうな。

「あたしも美容のためにダンベル体操はするけど、一つ辺り1キロよ。5キロなんて無理だわ。」

化粧直しに余念がない可憐は呆れたように呟く。
彼女にとって体育祭はさほど重要なイベントではない。
当日参加する種目も、借り物競争だけだ。
こういう時、意外と積極的なのが美童。
モテる事が生き甲斐なのだから、ここぞとばかりにいい格好を見せようとする。
当然参加種目は多く、全て個人戦を選んでいた。
逆に魅録はあまり協力的ではなく、悠理の逆鱗に触れている。
彼女の相手が出来る男は、この学園にそう多くはないのだが・・・。

魅録は所用で、美童はデートで部室から去った後、僕と可憐、そして悠理だけが残った。
そんな中―――

ゴトン!

「ギャ!!!」

「あんたっ!何してんのよ!」

突如としてあがった雄叫びに、可憐が慌てて駆け寄る。

「どうしたんです?」

「悠理が足の上にダンベル落としちゃったの!!清四郎、見てあげて!」

馬鹿な!
一体何を考えてるんだ。
視線を投げれば、悠理が床上でごろごろとのたうち回っている。
明らかに激しい痛みで悶絶していると判る。

「悠理!見せなさい。」

「この子馬鹿よ!さっき揚げパン食べてて、指をろくに拭かなかったからだわ!」

悲痛な声で非難する可憐の気持ちも解らなくもない。
足を抱え呻く女は、驚くほど馬鹿で全くと言っていいほど危機意識が足りないのだから。
よくも今まで無事・・・ではなかったな。

すぐにタイツを脱ぐよう指示する。
しかし呻くばかりの悠理に代わって、可憐が素早く引き摺り下ろした。
案の定、見ている内に腫れ上がる足の甲。

「いでぇ・・・・・!!」

当然だろう。
5kgのダンベルがまともに落ちたのだ。
打撲どころか骨折をしているかもしれない。
出来るだけ慎重に患部を調べる。

「骨折・・・はしていないようですね。頑丈な骨だ。」

「ほ、ほんと?すげぇ痛いんだけど。」

「だからといって軽い怪我じゃありませんよ。可憐、救急箱と氷を。」

「解ったわ!」

可憐がいつもの棚へと向かった後、僕は悠理を抱きかかえ、仮眠室を目指す。

「わ・・わ・・!!歩けるってば!」

「歩ける?そんなわけないでしょう。」

悠理は真っ赤な顔を晒しながら首を振った。

「こ、こんなの・・・・・子供みたいじゃん!」

「今更、何を照れてるんです?」

「照れるに決まってんだろ。・・・・こんな風に抱っこされたことなかったもん。いっつも荷物みたいに簀巻きにされたりしてさ・・・。」

悔しそうに呟く悠理の言葉。
無意識に力が入る。

———-いきなり何です?この’女’を意識したような発言は。

まじまじと顔を見つめるがいつもの悠理・・・・よりは少し可愛くて、何故か鼓動が高鳴る。

———-いやいや、これは悠理だぞ。ダンベル5kgを振り回し、下らない怪我する女だぞ?

素早く首を振り、何も見なかったかのように仮眠室へと足を踏み入れた。

可憐が持ってきた氷袋で暫くの間冷やし、その後応急処置を施すと、すぐに名輪へ電話するよう伝える。

「30分で到着するって。」

「分かりました。僕も病院へ付き添いますから。」

「清四郎が?」

「歩けないでしょう?」

可憐がホッとした様子で立ち上がり、「ごめん、じゃ任せて良い?今日はママのお手伝いしなきゃなの。頼んだわよ!」と鞄を持ち、そそくさと帰って行った。

残された僕たちは、何故か無言のままベッドに二人並ぶ。
言葉を探すことにすら戸惑いを感じるが・・・・
1分ほどの沈黙の後、悠理はようやく口を開いた。

「体育祭、大丈夫かな?」

「おまえは頑丈ですからね。これから安静にして腫れが引けばなんとかなるかもしれません。」

「良かった!せっかく暴れようと思ってたのに棄権なんて面白くないもんな。今年も勝ちまくるつもりだったし!」

こいつのことだ。
たとえ骨折していても参加したのかもしれない。

「まあ、ほどほどに――。」

そう言うだけにした。

「清四郎は?」

「は?」

「清四郎は出ないの?競技・・・」

ふむ・・・。
僕は生徒会会長であるからして、比較的忙しいのだが・・・。

「まあ、一種目くらい出ても良いですけどね。」

「マジ?じゃさ、なんかで勝負しない?」

「しませんよ。おまえの相手は、それこそ骨が折れる。」

「ちぇ!面白くないの。あたいに負けるのが嫌なんだろ?」

口を尖らせ、挑発しようとする姿が相変わらず子供っぽくて・・・思わず笑ってしまう。

子供……か。
さっき抱き上げた時は、甘い香りと柔らかい身体にちょっとドキっとしてしまったな。
体温も高くて確かに子供のようだが、細い首筋やウエストなんかには、ついつい目が釘付けられてしまう。
僕も男だから仕方ないのだが・・・。

―――もしかすると、彼女にそれを意識させてしまったのだろうか。

あの時、頬を染めた悠理は、年相応に女っぽかった。
いつの間に情緒面が成長したのだろう。
そんなあり得ない現実に、頭が混乱する。

気付かれぬよう横目で窺えば、予想に反して悠理もこちらを向いていた。
熱に潤ませたような瞳で。

「清四郎・・・」

「・・・・・・はい?」

胸がバクバクする。
これは曜変天目を壊した時以来の高鳴りだ。

「あたい、さっきから・・・・ここが痛いんだ。」

言って心臓の上を指す。

「・・・・・・。」

「足だけじゃなくて、どっかおかしくしちゃったのかな?」

縋るように見つめてくる悠理に勝てた試しはない。
僕はその大きな瞳をじっと覗き込み、彼女が求める答えを探し始めた。

それは、もしかしたら・・・・
いや・・・まだ決断するには早すぎる。

「どんな風に痛いんです?」

「えと、さ・・・なんかドキドキして、ギュウって・・・絞ったみたいに痛む。こんなの初めてだ。」

制服を握りしめ、その度合いを示すあたり、もしかすると本物かもしれない。
悠理の単純さはイヤというほど知っている。

だからといって、こんなにも簡単に落ちてしまうのか?
そしてそれを僕は見逃した方が良いのか?
友人として・・・・。

友人・・・・か。
居心地の良いポジションに違いない。
だが彼女を意識させたのは間違いなく僕自身で。
もちろんその責任から目を逸らす事は簡単だ。
一言、『それは怪我をしてびっくりした所為ですよ。』と言えば、お馬鹿な悠理は信用するだろう。
万が一信じなくても、暗示をかければ容易に丸め込める。
だが、それをしたくない自分が居た。
折角、小さな蕾をつけたのだ。
僕が踏み潰して良い筈がない・・・・多分。

でも、それは・・・
僕の何かが変化する予感。
いや、もう何か変化した後なのだろうか。
解らないな。
解りたくないだけなのか?
僕は悠理をどうしたいんだ?
このまま可愛いペットの様に扱いたいのか?
それとも、女として成長させたいのか。
それすら解らないなんて、確かに皆が言う通り、僕の情緒面こそ未発達なのだろう。

「参ったな・・・・。」

「え?」

不安そうに見つめてくる悠理に「しまった」と思いながらも、言葉が続かない。

「やっぱ、怪我の所為なのか?」

そう信じ込ませた方が僕たちにとっては幸せなのかもしれない。
この先、6人でいつまでも仲良く過ごすためには・・・。

「それとも・・・・・・これが‘恋’なの?」

「・・・え?」

恐る恐る開いた彼女の口から零れ出す、まるで宝石のようなその言葉に、気が付けば弾けるように頷いていた。

「そう、それは恋です。」

まるで洗脳するかのようなダメ押し。
勘違いでもいい。
思い込みでもいい。
自覚させたかった。
そして、「恋」される対象になりたいと強く思った。

彼女の美しい目が瞬く。
得心したことで、キラキラと光を湛えながら、僕を見つめている。

「清四郎・・・・」

「僕も・・・今、恋に落ちました。」

そう言葉に出せば、胸を突き抜けるような痛みが走った。

ズキン
ドキン
じわり

でも、それは徐々に甘いものへと変化し、オキシトシンやドーパミンと言った脳内物質がただただ溢れ出していく。
ふわっと身体を包み込む、温かな何か。
こんな快感は今まで味わったことがない。

「悠理、僕と一緒に、・・・・恋、しましょう。」

これが正しい告白なのかは解らないが、彼女がこくんと頷いたから取り敢えずはヨシなのだろう。
果たしてこれも、‘怪我の功名’と言うのか?

――――その後。

可哀想なまでに腫れ上がった足は三日後、何とか治まりを見せ、体育祭では彼女の晴れやかな笑顔が学園を彩った。
勝利を総なめにした運動部部長は、すぐさま生徒会長の腕に抱きかかえられ消えていった事で、周りは騒然としたが、それはまた別のお話で・・・・。