「手作りぃ?ヤダヤダ。んなもんつくんねーぞ。」
‘初心者向けの手作りチョコ’と書かれた本を払い除け、悠理はドーナツに手を伸ばす。
今日のおやつはみんな大好き‘ク★スピー・ク★ーム・ドーナツ’の詰め合わせ。
既に三個をその胃の中に納めていたが、四個目を手にしようとしたところで、可憐が先程の本を目の前に叩きつけたのだ。「あんた、これ見て清四郎に作ってやんなさいよ!」
「はあ?」
「――2月14日は何の日?」
「バレンタインデーだろ?んなもん知ってらい。あたいが一年で一番楽しみにしてる日なんだから!」
そこまで解っていて何故そんな返答になるのだ!
可憐の額に青筋が立った。
「今年はあんたも渡す立場でしょーが!!」
「ん?あぁ、もちろんあげるってば。デパ地下で予約までしてるんだし。」
何をそんなに怒るのか、と不思議そうに見上げる悠理を可憐は糾弾する。
「金に頼ってんじゃないわよ!ここはきちんと手作りチョコをあげなさい!あんた、清四郎の恋人なんだから、他の奴等と差をつけなきゃダメじゃないの!」
「ほ、他の奴等??」
急におどおどし始める悠理は何かを思い出したのだろう。
ムッと眉根をひそめた。
「そーよ!清四郎には女の子からのチョコがた~くさん待ってるんですからね!きっちりと差、見せつけてあげなさい!」
一体誰の彼氏だ?と思うほど、可憐の情熱は激しく燃え盛っている。
今年、珍しく本命が居ない彼女は、人の恋路にちょっかいを出す事しか楽しみがないのだ。
「わ、わぁったよ。でもさぁ、あたいが作ったチョコ、あいつ喜ぶかなぁ?」
自慢じゃないが生まれてこの方、まともに料理などしたことがない。
というか、才能もない。
旨い物は家に帰れば唸るほどあるわけだし、お抱えシェフのおかげで作る必要もなかったからだ。
「大丈夫!この本さえあれば、猿でも作れるから!」
さりげなく馬鹿にされているが、悠理は本当に馬鹿なので気が付かない。
へぇ、とページを捲りながら、美味しそうなチョコレシピを眺め始めた。
可憐のイチオシは、‘簡単に出来る生チョコ’。
電子レンジさえあれば、本格的な生チョコが完成するらしい。
「あたい、生チョコだ~い好き」
「あんたが食べるためじゃないのよ!清四郎の口に入るんだからね!」
悠理はぶーぶー文句を垂れていたが、結局可憐の言う通り、生チョコを作ることにした。
「じゃ、その本貸してあげるから、頑張りなさい。」
「え!?手伝ってくんないの?」
「はぁ?何言ってんの!最初くらい一人で作りなさい。多少形が悪かろうが気にしないで、心を込めてラッピングするのよ!わかったわね!」
一通りの世話を焼いた満足感からか、可憐は勢いよく部室を後にする。
残された悠理は一冊の本を片手に、とうとう途方に暮れていた。
「一人でなんて無理だよぉ。」
べそをかきながらも、付箋が貼り付けられたページ「材料と下準備について」をもう一度読み返す。
~材料~
板チョコレート(ミルク) 200g(約4枚)
バター(食塩不使用) 20g
牛乳 大さじ3
ココアパウダー、または粉砂糖 各適宜
~下準備~
・バターは室温に置き、柔らかくする。
・12×12cmの保存容器にオーブン用シートを敷く。
・板チョコレートは細かく刻む。
「ふむふむ。板チョコは家にもいーっぱいあるじょ。バターも牛乳もOK!ん?ココアパウダーってあったけっけ?」
意外にも、真剣な様子で読み耽る悠理。
背後から恋人が迫っている事にも気付かぬまま、「オーブン用シートも買わなきゃな」と脳内でメモっていた。
「おや、チョコ作りですか?」
「うわっ!!!」
パタンと閉じられた本。
今さら何を取り繕ったとてバレバレであるが、悠理はカァっと頬を染め、気まずそうに背後の清四郎を振り返った。
「み、見ちゃった?」
「生チョコの作り方、ですよね?」
「あーーー!見ちゃったかぁ!!」
わしわしと頭を掻きながら、本を放り投げる。
この手の事はサプライズが大事なんだ、とぶつぶつ文句を言い始めたが、どうも格好がつかず、結局しょぼんと項垂れてしまった。
「まさか―――――僕に?」
「・・・そだよ。可憐に言われたんだもん。」
「なるほど。悠理自ら手作りなんてこと、あり得ませんからねぇ。」
クスクスと笑われるが図星であるため、反論出来ず・・・
「・・・・・。」
「でも、僕は手作りじゃない方が嬉しかったりするんですけど。」
「え??」
可憐が聞けば目を剥くような台詞を、清四郎は苦笑しながら告白した。
「昔貰ったチョコに、呪(まじな)いか何かで、髪の毛が入っていたことがありまして・・・。それ以来、手作りチョコは苦手なんですよ。」
「そーいえば、あたいも変なもん入ってたことある!!」
「おや、悠理もですか。気持ちが強すぎるというのも困りものですね。」
お互い、相当モテる二人だ。
過去に貢がれたプレゼントの中には、想像を遥かに越えてくるシロモノも少なからず存在した。
「じゃ、市販のヤツでいい?」
「充分です。おまえが僕にくれるという事実だけでも嬉しいですから。」
「そ、そか。」
照れながら俯く悠理は、ホッと胸を撫で下ろす。
手作りチョコなんてハードルが高い物を求めない恋人で、つくづく良かったと―――
しかし・・・
「ああ、でも少しくらいオプションが欲しいですね。」
「え?なになに?プレゼント?」
すっかり肩の荷が下りた悠理はご機嫌のまま尋ねた。
「いいよ。何が欲しい?ちゃんと用意してやるから!」
それを聞いた清四郎はニヤリ、笑う。
さっきまでの殊勝な男はどこへ・・・?
悠理はその笑みに、不穏な何かを感じた。
「あ・・・・れ?」
「言いましたね?では用意しておいてもらいましょうか。当日、リボンをかけたお前自身を。」
「げっ!!」
「付き合ってもうすぐ三ヶ月ですし、そろそろ美味しく頂いても問題ないでしょう?」
「あ、あは、あはは・・・・」
「悠理。」
真剣な眼差しが、及び腰の悠理に突き刺さる。
これは、
もしかして・・・逃げられない!?
自分の発言を大きく悔やんだが、結局、女は度胸!とばかりに深く頷いた。
「楽しみにしていますよ。あ、ホテルは僕が手配しますからね。」
・
・
・
そんなこんなで、バレンタインデー当日。
あれよあれよとホテルに連れ込まれた悠理は、そこから丸々三日間監禁され、これでは割りに合わないと後悔の雄叫びをあげたそうな。
清四郎はもちろん、チョコレートよりも美味しい悠理に大満足で・・・・
疲労困憊の挙げ句、機嫌がなかなか回復しない恋人へ、特大のチョコファウンテンを用意し、なんとか宥め賺(すか)したという。
めでたしめでたし。