野梨子と清四郎が婚約?悠理独白スタイルで。
「白鹿様と菊正宗様がとうとうご婚約なさるんですって!」
そんな噂話が耳に飛び込んできたのは、卒業間際のバレンタインデー当日。
いつものようにたくさんのチョコ(全て女から)を貰って、浮かれながら下校しようとした時だった。
婚約━━━━あいつらが?
そう聞いたとしても、さほど大きな衝撃は無い。
昔から、誰もが認める似合いのカップル。
仲の良い幼馴染み達の間に割り入る事など、とてもじゃないが出来やしない。
━━━━そっか。もう卒業だもんな。………あいつらだって婚約くらいするよな。
自分の時とは違い、互いを尊敬できる間柄。
誰よりも理解し合っている特異な関係。
わかってた。
わかってたよ。
あたいん時とは違う。
決闘の末に決まった、あんな冗談みたいな婚約とは違う。
清四郎には野梨子が似合うし、野梨子にも清四郎しか居ない。
お内裏様にはお雛様。
昔からそう決まってるんだから。
大きなスーツケースに無意識でお菓子を詰め込んでしまう馬鹿な自分。
半分以上がスナック菓子。
一体どうするつもりなんだか。
野梨子が清四郎から離れられないのは当たり前だ。
だってヤツは普段から‘男’の部分を隠してる。
男嫌いな野梨子のために、
美童みたいな、
魅録みたいな、
「異性」の空気を隠してる。
だからあいつは安心して側に居られる。
他の仲間とは違う、特別な距離で清四郎の腕にしがみつけるんだ。
かわいい野梨子。
実は誰よりも気が強くて、土壇場での決断力は本当にすごい。
たとえ救いようのない運痴だったとしても、必ず側に清四郎がいてくれる。
あいつらは深い愛情で結び付いてるんだから。
あたいとは違う、特別な感情で。
スーツケースはとうとう閉まらなくなってしまった。
しょうがない。
何個かのお菓子を諦めるか。
クラッカーとビスケットを取り出し、その空間を見つめる。
ぽっかりと開いた穴。
まるで今の自分のように、スカスカだ。
「あーあ、好きだったのにな………。」
素直になれない性格。
意地を張るだけ張って、突っぱねた過去の自分。
でも好きじゃないのなら、
野梨子以上に好きじゃないのなら!
婚約なんて何の意味もない。
じくじくと痛み始める胸。
‘女に見えたことがない’
あいつはそう言った。
‘女は素直が一番ですよ’
そんな風にも言った。
素直じゃないあたいを好きになる可能性なんて、ミジンコほどもない。
女らしくて可愛くて、素直な野梨子を清四郎は大事にする。
今までも。
これからも。
━━━もう見てらんない。
二人の関係が進展していく様子を、こんな間近で見ていられない。
だから逃げるんだ。
あいつらが見えない場所まで、逃げてやる。
このままじゃきっと、自分の事を嫌いになっちゃう。
そんなのはイヤだ。
そんな悲しい人生はイヤだ。
祝福してやれない仲間なんて必要ないだろ?
だからもう、これ以上は……………
「せぇしろぉ………!」
「はいはい。お邪魔しますよ。」
「!!!」
振り返ればヤツがいた。
「おや、随分と大荷物ですな。旅に出ると聞きましたが?」
とぼけた顔で尋ねられ、パクパクと口を開閉させる。
酸素不足の鯉のようにパクパクと。
「な、なんで?」
「五代さんからメールが届いたんですよ。‘嬢ちゃまが行ってしまう!’と慌てた様子で。」
「五代とメール!?」
「実のところ、彼とは随分昔からメール友達なんです。ああ、まだまだ居ますよ。メイド長の豊龍さんでしょ?執事見習いの島崎さん、お抱えシェフの相良さん、庭師の若盛さん…………」
目から鱗の事実に頭が混乱してしまう。
こいつは一体、何を考えてるんだ??
「もちろん百合子おばさんとは頻繁にやり取りしていますしね。だからおまえの行動など僕には筒抜けなんです。」
「な、なんで、そんなこと……」
「まだ分かりませんか?」
清四郎が扉から離れ、ゆったりとした足取りで近付いてくる。
あたいはベッドの端で身を竦めた。
「この僕が逃がすわけないでしょう?」
「へ?」
「何も云わず国外逃亡とは、おまえらしくもない。」
とうとう逃げ道を塞がれてしまった。
スーツケースを押して、無理矢理腰かけた清四郎は真剣な眼差しで見つめてくる。
「そんなに婚約が嫌なんですか?」
当然だ。
野梨子と並んで座っているところなんて見たくもない。
「いやだ。」
「僕は、ずっと前から決めていましたけどね。卒業したら再びあの席に座ることを。」
━━━━ん?…………‘再び’?
言い間違いかと思ってヤツの顔を見るが、どこもおかしな様子は見当たらない。
「あぁ………そうか。気持ちを伝えなくちゃダメなんだな。僕としたことが、
忘れていた。」
そう言って更に距離を縮めてくる。
目と目が絡む。
果たして、これほど近い距離でお互いを見つめた事があっただろうか。
男らしい眉に長く揃った睫毛。
黒いと思っていた瞳は意外にも透き通るような焦げ茶色をしていた。
男のくせに滑らかな肌。
理知的な額は清四郎の全てだ。
━━━━━あぁ……………好き。大好き、清四郎。
喉まで出かかった言葉を飲み込む試練。
苦しくて、悔しくて、涙が出る。
「何故、泣くんです?」
「うっ………うっ~~~っ!」
「悠理……………声を殺して泣くな。男はそんな女を無茶苦茶にしたくなるんだ。」
言葉とは裏腹に、涙を掬う指があまりにも優しくて━━━
むしろ余計溢れてしまうというのに………清四郎はあたいを慰め続けた。
「好きだ、悠理。卒業したら一緒になってください。」
す………き……………って?
「へ?」
一瞬で引っ込む涙。
「・・・なんです?鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして。間抜けですよ?」
━━━そりゃ、間抜けにもなるだろ!?
耳を疑うその台詞。
あたいを好きだって??
いつの間にそんな事になってたんだ!?
「す、すきぃ~~!??」
「ええ、好きです。それがなにか?」
「お、お、お前、野梨子と婚約するんじゃなかったのか!?」
「はぁ?何故野梨子の名が出てくるんです?」
「だ、だって、あたい聞いたんだぞ!二人が婚約するって!」
清四郎はムッとした表情のまま、至近距離で考え込んでしまった。
「そんなことを言った覚えはありませんが、もし他人に誤解を与えたとしたら、廊下で野梨子と話していた内容でしょうね。」
「ど、どんな話?」
「卒業すると同時に悠理と正式な婚約をするつもりだ、と彼女に伝えていたんですよ。前回のようにいきなりぶたれるのはこりごりですしね。」
「あたいはなんも聞いてないぞ!!?」
「当然です。事後承諾を狙っていましたから。」
さらっとえげつないことを言う男。
熱くなった頭がパンクしそうになってる。
「僕が悠理以外の女と結婚出来るはずがない。おまえだってそうでしょう?」
「!!!」
「大切に育ててやります。だから………」
そう言って近付いてくる唇を、あたいは避けることが出来なかった。
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そして迎えた卒業式。
午後からは、前回と違うホテルで婚約披露会。
再びあの雛壇に座ることとなっている。
「悠理、おめでとう。」
「よかったな。おまえらはやっぱり二人が一番だよ。」
「あんたに先越されるなんて・・・。でもこれでホッとしたわ。」
振り袖姿の野梨子がやって来て、そっと肩に手を乗せた。
「ようやく兄離れが出来ますわ。」
なぁ………清四郎。
あたい馬鹿だから、なんでこうなったのかイマイチ解ってないんだけどさ。
でも………でもさ………
これから二人で幸せになろうな。
遠くから見ていた清四郎は、あたいの気持ちを読み取ったかのように軽く片目を瞑った。