false friend

大学生の悠理に新たな’トモダチ’が出来た?

どんよりとした鉛色の雲に覆われた空。
止みそうもない雨足。
メイド達がくれた最近流行りの味付きポップコーンも、どことなく湿気って感じる。

「どぉすっかなぁ~。」

ベッドの上に広げられたそれらを摘まむ悠理の表情は、重く沈んでいた。

剣菱家のじゃじゃ馬娘、悠理は二十歳を迎えたばかり。
裏金の甲斐もあって、無事聖プレジデント学園大学部に在籍している。
花の女子大生……と呼ぶには、少しばかり色気が足りないが、しかしそんな女が良いと思う輩もちらほらではあるが見かけるようになった。
可憐や野梨子ほどモテないにしても、彼女の見た目だけは凛々しくも美しい。
宝塚のトップスターにだってひけをとらないだろう。
華奢な印象の細い首や、すらりと伸びた手足。
そして何よりも長い睫毛に縁取られた形良い瞳は、人形のように整っていながらも強い生命力を感じる。
そう、悠理は他の追随を許さない個性的な美人なのだ。
もちろん口を開いた瞬間、並みの男は皆、尻込みしてしまうのだが━━━

大学生の名札を掲げて半年。
告白された回数は片手ほど。
その全てをすげなく断り、いつもの仲間達とはしゃぐ彼女。
それでも諦めずにモーションをかけてくる男達を煩わしく感じた悠理は、常に倶楽部内の男達と行動するようになっていた。
より一層男らしく成長した彼らには誰も太刀打ち出来ない。
一人消え、二人消え・・・そしてようやく悠理の周りは静かになったのだ。

そんな中。
悠理が在籍するスポーツ科学部で知り合った一人の女学生………宝川亜理子(たからがわありす)は、悠理とはまた違った印象でおおいにモテていた。
もちろん美人ハンター美童の目を素通りすることは無かったが、彼は別の女講師に熱を上げており、そこまでの興味を示さない。

彫りの深い顔立ちが日本人離れした印象を与える亜理子。
普段から清潔感漂う淡い色のワンピースを好む彼女は、どこから見ても深窓の令嬢である。
腰まで伸びた栗色の髪をなびかせ、構内を颯爽と歩く姿。
小柄ながらも、たわわに揺れる巨乳。
男達がそんな小兎を放っておく筈もない。
ひっきりなしに告白される彼女はしかし、これといった男と巡り会えない所為か、それら全てをそつなく断っていた。
こういう女は同性に嫌われるといったセオリーがある。
野梨子が良い例だ。
しかし亜理子の場合、見た目よりもサバサバとした性格であるが故、女友達との関係も比較的良好であった。
世渡り上手とも言えよう。

悠理との出会いからしてそうだ。
初めての会話で、
「あの教授、絶対ズラだよね?ほら、今日はちょっとずれてる。」
とあけすけな物言いをする亜理子を、悠理は一瞬で気に入ってしまう。
見た目とのギャップはお互い様。
自然と距離を近付けた二人は色んな場所で行動を共にした。
悠理が倶楽部以外の女性にこんなにも打ち解けることは滅多にない。
元々女友達よりも男と遊んでいる方が楽しいタイプなのだ。
そういう意味で亜理子は特異な存在であった。

そうこうしている内に、亜理子は六人が揃う遊び場へよく顔を出すようになっていた。
野梨子と魅録は特に何も言うことは無かったが、可憐と美童、そして珍しく清四郎だけは奥歯にモノが挟まったような曖昧な態度を見せる。

まだ目には届かぬ嵐がそろり、六人に近づいていた。




ある日、悠理は亜理子からの一言に驚愕する。
驚愕━━━と言うよりは、嫌悪だったのかもしれない。

「あのね、私、菊正宗君のこと………好きになっちゃった。」

そんな告白は、口を付ける前のアイスティのグラスを悠理の指から滑らせる。
ガチャンと派手な音を立ててテーブルに広がってしまった中身を、亜理子は手際良く拭き始めた。
はにかんだ笑顔は、決して冗談を言っている様子ではない。
花の蕾のような愛らしさ。
悠理は真顔のまま、出来立ての友人のチャームポイントでもある、艶やかな唇を見つめていた。

「悠理ちゃん、協力してくれる、よね?」

断定めいた問いかけ。
彼女の媚びた上目遣いは初めて見るもので、悠理は軽くショックを受ける。

「ち、ちょっと待て。清四郎が好きだって?まだ……知り合って間もないだろ?それにあんなやつのどこが良いんだよ!」

「悠理ちゃんはいつも側に居たから気付かないんじゃないの?彼、とても優しくて格好いいのに。」

「優しい!??かっこいい!?」

目を点にした悠理は、思わず爪を噛んだ。

━━━━清四郎が優しい?
あたいは散々な目に遭わされて来てんだぞ?
それに格好いいだって!?
あのおじん臭い髪型と服装のどこが!!?

頭の中でグルグルと巡る、清四郎の完全否定。
目の前に座る友人の目は節穴なのだろうか?

「この間、クラブで飲んだ後、私かなり酔っぱらっちゃったでしょ?その時……菊正宗君が送り届けてくれたじゃない?」

それは三日前の出来事で、確かに亜理子の言う通りだった。
魅録は野梨子を、美童は可憐を、そして門限ギリギリの亜理子は清四郎がタクシーで送り届けることになった。
悠理はもちろん、名輪が迎えに来るので誰の手も必要としない。
だがたとえ迎えがなかったとしても、一人で帰ったに違いないのだ。
彼らに女扱いされた経験など、過去一度としてなかったのだから・・・・・・。

亜理子は先を続ける。

「その時、少しだけ門限をオーバーしちゃったんだけど、菊正宗君は玄関先できちんとパパに挨拶して謝罪までしてくれたの。うちのパパ、相当強面なはずなのに………堂々としててカッコ良かった。惚れちゃうよ、あんなの見せられたら。」

たとえ相手が世界一のプロレスラーであろうとも、清四郎が怖じ気づくなんてことはないだろう。
彼が狼狽える相手はせいぜい和尚か、百合子くらいなものだ。

「それで…………あたいに何してほしいんだよ?」

すっかり乙女モードとなった友人は、キラキラと輝かせる瞳を悠理に見せつけた。

「もちろん、橋渡し!友達なんだもん、良いでしょ?」

━━━トモダチ

その言葉がこれほど軽く聞こえ、そして重苦しくのし掛かって来たことは初めてだ。
当たり前かの様に、期待に満ちた目をする亜理子を苦々しく感じたことも・・・・・。

あれから二日経った今日。
踏ん切りのつかない、もやもやとした思いを抱える悠理は、自室にて呻き続けている。
気の合う友人………のはずだった。
そして彼女との親交に喜んでいたはずだった。
普通に考えるなら、二つ返事で協力してやるのが‘トモダチ’というものだろう。
しかし悠理は結局、曖昧に笑うしかなかったのだ。
それがどういう意味を孕んでいるのか………
彼女はこの二日間、ずっと悩み続けている。

━━━何故、直ぐに‘うん、いいよ’と言えなかったのか?
悠理にとって、清四郎とは一体?

幼馴染み

学友

ライバル

仲間

男友達

━━━━オトコ?

「いや、違うって。あいつはただの男友達だ!」

タダノオトコトモダチ?

なら何故こんなにも胸が苦しい?
清四郎が亜理子と並んで立つ事を、どうして許容できない!?
これが野梨子なら、可憐なら、きっと祝福出来たというのに━━何故?

悠理は無意識の内に爪を噛んでいた。
桜色の先端が無惨なほどギザギザに変形している。

━━━━━━嫌なんだ。

亜理子が清四郎を選ぶのが。
清四郎が亜理子を選ぶのが。

相手が魅録ならどうした?

きっと冷やかしながらも橋渡しをしてやっただろう。

美童なら?

「あんな女たらし、止めとけ」と忠告したに違いない。

どうして相手が清四郎だというだけで、こんなにも全身に拒否反応が表れるのか?
プツプツとした赤い蕁麻疹に気付いたのは、激しかった雨がようやく小降りになり始めた頃。
それを見つめる悠理の目は、まるで苦い物でも食べたかのように、苦しげに細められていた。