薬の効果(R)

「あら?この鉢植え………もうダメかしら。すっかり萎れてしまって………」

放課後の部室。
野梨子の手には後輩からプレゼントされた小さな茶色い鉢があった。
花が咲いた状態で渡されたのだが、数日経てばホロホロと花びらを落とし、貧相な見た目へ。
それでも何かの拍子に復活するかもしれないと、毎日水を欠かさず面倒をみていたのだが、とうとう限界を迎えたらしい。
完全に花弁は落ち、葉は茶色く萎れ、以前の瑞々しさはどこかへ消え去ってしまっていた。

「どれ?」

清四郎は覗き込む。
そして葉の裏側や茎を念入りに確かめると、おもむろに薬棚から小さな青い瓶を取り出し、それを幼なじみに手渡した。

「これから毎日、この液体1mgを水で5倍に薄めて土にかけてみなさい。上手くいけば盛り返すと思いますよ。」

「これ、なんですの?」

「“潜在能力”を急激に伸ばす薬、とでもいっておきましょうか。」

片目を瞑る青年は、どうせまた怪しい薬を発明したに違いない。
最近では明らかに趣味の範疇を越えていて、薬品棚には見たことのない瓶がずらり、増えていた。
やり始めたら没頭するタイプ。
たまにあっと驚く発明をしてくれる為、野梨子としても文句はないのだが…………。

受け取った小瓶をマジマジと見つめながら、彼女は「試してみますわ」と素直に答えた。



それから三日としないうちに、葉や茎は緑色を取り戻し、他人事だったメンバー達も驚きを隠せなかった。

「すごいじゃない!あんな色をしてたのに、ここまで復活するなんて!」

「本当ですわ!これなら来年、蕾がつくかもしれませんわね。」

「へぇ。怪しい研究も役に立つんだねぇ。どこかの企業に売ったらきっと儲かるよ。」

「これって植物にしか効果ないのか?人間にも使えたらきっと“ノーベル賞”ものだぜ。」

魅録の何気ない冗談に盛り上がる仲間達。
しかし誰よりも耳をダンボに聴いていたのは、万年最下位辺りをうろつく悠理だった。
つい最近も数学で5点という点数を叩き出し、教師から溜息の嵐を浴びたばかりだ。
得意気な清四郎の手の内にある小瓶をマジマジと見つめ、羨む。

「さすがに人間には、ね。人体実験するわけにはいきませんし。ロシアの研究機関辺りに頼めば平気でしてくれそうですが、正直お勧めはしませんよ。」

彼の説明など右から左。
その青色に光る小瓶を悠理は何よりも魅力的に感じていた。

植物に効くのなら人間だって大丈夫だろう。
万が一うまくいけば、己の潜在能力が引き出され、テストの点も格段に上がるかもしれない。
周りに馬鹿にされることもなくなるだろう。
もしかすると清四郎よりも頭が良くなるかもしれない。

案の定オツムが足りない悠理はそんなとんでもない結論に達してしまう。
あくまで潜在能力があれば、の話なのだが────彼女は方向違いの自信を掲げながら確信した。

(よし!試してみる価値はある!)

愚かな少女の考えるより早い行動力は、結局その日のうちに発揮されたのだ。



放課後。
皆が下校したあと部室に舞い戻った悠理は、薬棚から小瓶を取り出し蓋を外すと、まずは一度匂いを嗅ぐ。
ほぼ無臭のため、飲み辛い感じもしない。

「水で薄めた方がいいかな。」

お気に入りのマグカップにミネラルウォーターを注ぎ、そこへ数滴薬を落とすと、僅かにうっすら白濁したものの、彼女は躊躇うことなくそれを一気に飲み干した。

ゴクッゴクッ………

「ぷはっ。ん~、ちょっと苦いけど危険な味はしないな。」

小瓶を窓から差し込む夕日に透かし、残量をチェックする。
あまり減ると怪しまれるかもしれない。
その時は水を足して誤魔化しておこう。
そんな浅知恵を働かせながら、小瓶を棚に戻そうとした瞬間、

「うっ!!?」

ドクンッ!
心臓が大きく跳ね、一気に汗が吹き出す。
全身を張り巡る神経が、空気が触れるだけの刺激に過剰な反応を見せる。
悪寒のような震えが徐々に広がり、自分では抑えようがない。

「ハッ………ハッ……ハッ…………」

乱れた呼吸はまるで駆けてきた犬のよう。
視界が朦朧としてくる。

どうしよう。
やっぱヤバい薬だったのかな?

浅慮な悠理はそこで初めて後悔を覚えた。
震える膝ががっくり崩れ、その場にへたり込んでしまう。
そして熱を帯びてくる体が、滅多に風邪をひかない少女を困惑させはじめた。

「うぅ……くるし……せぇしろ………助けてぇ……」

自業自得とはこのことだ。
涙ながらに助けを求めるも、頼りになる男は幼なじみとちょうど帰宅した頃だろう。
ジワジワ広がる熱と震え。
頭の芯がぼうっとして思考能力も欠如してゆく。
とうとう床に倒れてしまった悠理は、ポケットにある携帯電話に手を伸ばしたところで意識のスイッチを静かに落とした。



日が落ち始める。
気温もぐっと下がり、静寂に包まれる部室。
コツコツ────誰かの足音だけが響く。

「………悠理?」

一瞬にしてその異常事態に反応する身体は、彼の優れた反射神経を物語っていた。
駆け寄った後、直ぐに確かめたのは彼女の脈拍。
首に二本の指を添え、その速さに驚くも、生きている証だと思えばホッと安堵の溜息が吐き出される。

「悠理!悠理!」

何度も声をかけるが応答はない。
この万年健康優良児に一体何が起こったのか?
しかしその手にある青い小瓶を見た瞬間、清四郎は本気で目眩を感じ、目の前の愚かな女にゲンコツを食らわせたくなった。

「どうしてこいつは……………いや、直ぐに胃洗浄か。」

瓶の中身から察するに悠理が服用した量は僅かである為、余計な不安は抱かなかった。
中身は決して毒薬ではない。
そんな危険な調合薬を学園に置くのは利口ではないからだ。
とはいえ、研究途中の薬であることに違いないわけで、後遺症が残る可能性だって無きにしもあらずだ。

意識がないまま荒く呼吸する悠理の胸元は激しく上下している。
苦しそうだ。
リボンを緩めてやろう。
そう手を伸ばしたところで、清四郎はその違和感に眉を顰めた。

(………こいつ、こんなに胸があったか?)

いつもはあるかなきか如き膨らみが、今はどう見てもこんもり盛り上がり、制服を押し上げている。
窮屈そうに張りつめる白い布地。
色んな角度から確認し、おおよそCカップはあるだろうと予想した。

「まさか………」

そっと触れてみても重量感を感じる。
清四郎とて人の子。
女性の胸を感情無しに触れられるはずもない。
胸の高鳴りは明らかで、中性的な悠理の顔と比べれば、それはあまりにも異質なものに感じたが、それでも特有の柔らかさにうっとりする。

軽く揉み、実態を手のひらで確認。
制服とブラジャー、二つの布に阻まれていても魅惑的な膨らみは清四郎の欲望を煽るに充分な感触を示していた。

「………参ったな。」

「んっ…………」

苦しそうに呻く悠理が小さな声をあげる。
それは苦痛だけでなく、僅かな性的反応。
紅潮した頬には一筋の汗が流れ、吐く息は熱っぽさをはらんでいた。

(胃洗浄をしなくては………)

そう解っているのに、胸を揉む手が止まらない。
目の前の、男か女か微妙なラインに立つ友人に今、明らかに欲情している自分がいた。

清四郎は、とうとう甘い喘ぎ声をこぼし始めた悠理の胸を下から持ち上げるように包み込んだ。
見てみたい───という直接的な感情が止まらない。
もちろん最低な行為だと判っている。
判っていても悠理の胸を暴きたくて仕方ないのだ。

赤いリボンをほどき、紺色のボタンを一つ一つ外してゆく。
苦しみと心地よさに喘ぐ友人の顔を横目に、清四郎は己もまた手に汗をかいていることにやっと気付いた。

優しくはだけさせた制服の下から、はちきれんばかりの膨らみが登場する。
Aカップ仕様の素朴な下着では到底覆い尽くすことなど出来ず、上も下も肉がはみ出ている。
さりげなく薄紅色の突起まで。

ゴクッ……

唾液を飲み下した清四郎の目はいつになく燃え盛っていた。
興奮の証として下腹部が痛いほど張り詰めている。

「悠理………」

囁くように呼べば、むずがるように首を振る。
初めて嗅ぐ女の香り。
清四郎のよく利く鼻が、彼女の膨れ上がったフェロモンを捉え、下腹部を直撃した。

「……っ!」

理性と自制心に長けた男は、甘い痛みに身を固くする。
押し殺すにはあまりにも強力な香り。
熱い吐息からも甘い香りが漂い、ほんのりと紅い頬が男の欲情をそそるのだ。
女と意識しなかった友人への初めての劣情が、清四郎を困惑させる。
胸に触れたままの手はとうとう、ゆっくりとブラジャーの布を押し上げ、柔らかな肉丘を露わにさせてしまった。

桃のような肌にベリーのような突起。
粗野で粗雑な悠理の身体とは思えないほど、可憐で美しい。

再び生唾を飲み込んだ清四郎は、抑えきれない衝動を覚悟し、悠理を抱きかかえた。
行く先は一つ。
普段、皆が仮眠をとるための静かな部屋だ。

足早に向かい、念のため鍵をかける。
カーテンを閉めずとも辺りは暗くなってきていたが、それでも誰かに見られる事を恐れ、隙間無く閉める。

こんなこと、許されるはずがない。
そう解っていても、身体は理性を裏切り続け、清四郎の足を止めようとしなかった。
腕の中の苦しげな悠理をシーツに横たえた時も違和感に踏みとどまったりしない。

互いの呼吸音だけが漂う密室。
学園一優秀で理知的な男は、越えてはならない一線を今、流されるままに越えようとしていた。