第三話

お目当てのパンケーキ(特大トリプル・生クリーム・フルーツ増量)を二皿食べ終わった頃、悠理の携帯電話がけたたましく鳴った。
彼女の大好きなロックバンドのヒット曲が甘い雰囲気の店内に響きわたり、清四郎は眉をひそめる。

「こら、マナーが悪い。」

「ごめんごめん……」

慌てて通話ボタンを押すと、それは電話嫌いなはずの男、源早太だった。
確か、つい最近スマートフォンに替えたばかりで操作もままならないはず。
車やバイクの流行には敏いくせに、一体どういうつもりなんだか。
周りの仲間達はいつも呆れかえっていた。

「早太?────何?」

小声で応対する彼女を清四郎が訝しげに見つめる。
本来なら席を立つべきだろうに。
だが哀しいかな、そういった常識を悠理は持ち合わせていない。
清四郎は小声で話すだけマシだと割り切ることにした。

「え?今夜?…………うん、別にいいけど………いや、あの、迎えにこなくていいよ。………うん、うん。“CLUBクワトロ”に七時……分かったよ。」

生クリームだらけの口に頓着せず、悠理は電話を置いた。
どことなくそわそわした態度に清四郎の目が細められる。
些細な隠し事すら彼は見逃さない。
特に悠理に関しては─────

「また夜遊びですか?」

「え?あ………うん、まあ。」

歯切れ悪く返事しつつも、次のお目当てを探すべくメニューを開く悠理。
デコレーション過剰な商品がほとんどだが、目の前の男はコーヒーと比較的おとなしめのパンケーキを選んだ。
それでも表面はカラフルなチョコレートでトッピングされている。

「この“南国フルーツアイスたっぷりのパンケーキ”、追加しよっと。」

「はいはい。飲み物は?」

「アイスココア!」

「腹が冷えますよ。ホットにしなさい。」

「ふぁーい。」

素直に切り替える所は好ましく、清四郎としてもそんな彼女だからこそ、今まで友情を続けてこれたのだと思う。
子供のように単純で愚かしい部分もあるが、時として目の醒めるような直感を見せつける悠理。
では、友情以外の感情はいったいどこから芽吹いたのか。

凛々しい少年のような顔立ちに、清四郎は目を細める。
美しさだけに惹かれるはずはない。
乱暴で粗忽者。
下手な男よりも男らしい性格で、色気は皆無のはずだ。
独占欲が擡げる理由は、あくまでその単純な性質。
からかい、転がし、甘やかすことに、清四郎の欲望が満たされる。
時に涙を流させることで、異様な興奮を覚えることも……

「……………コホン」

妖しげな妄想が繰り広げられる前に、清四郎は己を律することに成功した。
悠理に至っては、運ばれてきたカラフルなパンケーキに涎を垂らさんばかり。

「いっただきまーーす!」

喉の奥まで見えそうな大口に、恥じらいの欠片も見あたらない。
隣家の幼なじみのおちょぼ口とは比べようもないのだが、しかしこれでハタチというのだから悩ましい。
生クリームを盛大にかき込みながら目を輝かせる姿の、一体どこに“女”を感じればよいのか。
清四郎の眉間は自ずと顰められた。

ピロリロリン♪

「ん?なんだ?」

スプーン片手に、机に置かれたスマホをチェックした悠理は途端に頬を赤くした。
彼女ほどではないにしろ視力に自信のある清四郎。
その内容を目をし、驚愕する。

『 一刻も早く、悠理に会いたい。』

それは明らかに恋い慕う者の言葉で……

一体誰からだ?
この野生猿にそんな台詞を吐く輩は!?

もたれるほど甘かったはずのパンケーキは瞬間、苦味へと変わる。
ブラックコーヒーよりもずっと苦く………

そわそわしながら、スマホを膝上に置き直した悠理は、チラリ、清四郎を見上げた。
その時の彼の表情。
背筋に電流が走るほどの険しい顔。

「な、なんだよ?」

「………え?」

「なに怒ってんの?」

指摘されるまで気付かぬほど、眉間が寄っていたらしい。
悠理の怯えがそれを物語っている。
清四郎は気を取り直そうと咳払いしたが、どうも思うようにいかない。
それほどまでに動揺していることに驚き、そして歯痒さを感じた。

「べつに………怒ってやしませんよ。ただ………」

ただ…………このどす黒い感情をどう言葉に表したらいいのか解らない。
まるで横から大切なものをかっさらわれたかのような悔しさ。
大事に取り置いてあったイチゴを奪われたような………。

清四郎は奥歯を強く噛みしめる。

「………いえ、少し急用を思い出したので、帰ります。」

「は?あ、おい、ちょっと!」

悠理の顔をまともに見れない。
見てしまったら、どうしても追及してしまう。
そして秘められていた気持ちと向き合わなくてはならなくなるだろう。

清四郎は会計を済ませると足早に店を立ち去った。

先ほどの電話も恐らくは同じ男。
一体どんな?
恋になる可能性はあるのか?
それとも、もうすでに………?

とにかく、グチャグチャにかき乱された頭を元通りにしなくてはならない。
清四郎は自宅へと戻るその足を、より一層速めた。