いつの間に予約していたのか───
清四郎に連れられチェックインしたそこは、都内でも三指に数えられる高級ホテル。
光の海を見下ろせる高層階スイートは、誰もが憧れる幻の部屋だった。
クリスマス仕様ということで、広い天井にはプラネタリウムさながらの星空が浮かび上がり、各コーナーに置かれたクリスマスツリーもそれは見事な装飾が施されている。
否応なく上がるテンション。
あらゆる刺激に慣れている悠理ですら、我が家とは違うロマンチックなムードに心弾ませていた。
「すげぇ………シャンパンがこんなにも!」
一本十万は下らない銘柄達が、氷たっぷりのワインクーラーに無造作に突き立てられている様はなかなかどうして、圧巻である。
ホテル側の粋なはからい。
どんなモノでも、選べるという楽しみは大きい。
「へへ………飲んじゃお!」
おもむろに手を伸ばした悠理の身体を、しかし清四郎はその長い腕でスマートに抱き寄せる。
重なり合う身体。
伝え合う鼓動。
彼には解っていた。
悠理がこの上なく、それこそ心臓が飛び出さんばかりに緊張していることを。
彼女の性格を熟知している男が見逃すはずもない。
「悠理………」
「な……なに?」
上擦った声で硬直する悠理はあまりにも可愛かった。
清四郎はじわじわとこみ上げる興奮を、どう伝えたらいいのか考え倦ねている。
先ほど、観覧車の中で交わしたキスは、彼が目論んでいた色々な手順を吹っ飛ばすほどの威力と衝撃だった。
夢心地だったのは彼の方で、そこからはもう、一刻も早く悠理を自分のものにしたくて仕方なかった。
焦る気持ちをきれいに隠し、観覧車からこのホテルまでを急ぐ。
乗り込んだタクシーのモーター音が鼓動と重なり、清四郎は滲む汗を密かに拭った。
悠理は逃げ出さないだろうか?
怖いと言われれば、紳士的な態度で留まる必要がある。
いくら悠理とて、男の欲望を前に戸惑わないはずもなく、身勝手な想いをぶつけるのは、清四郎自身、本意ではなかった。
「本当に、いいんですか?」
なにが───?
などと、さすがに言えない。
悠理はともかく、清四郎は相当な覚悟でここに連れ込んだはずだ。
本気には本気で対峙する。
それは持ち前の糞度胸がなせる技。
悠理はすこしだけ唇を湿らせた後、ごくっと唾を飲み込んだ。
「………いいよ。クリスマスだもん。」
「僕へのプレゼント、というわけですね?」
「そ、そんなじゃないけど………あたいも、あたいだって……おまえと………その………えと……一つ?になりたいから、さ。」
しどろもどろに答えている最中も、赤いコートがゆっくりと剥ぎ取られる。
照れる悠理の気持ちがヒシヒシと伝わってきて、清四郎は感無量だった。
そして露わとなったワンピース姿を背後からまじまじと見つめ、ほぅと溜息をついた。
コート上からはわからなかったが、肩が大胆に開いた赤いドレスは、スレンダーな身体を艶めかしく見せるデザインだ。
ふわふわの白いファーは恐らく雪をイメージしているのだろう。
胸元だけじゃなく、裾にもちらちらと飾られていて、仄かな甘さが男心をくすぐる。
「悠理、そんなことを言われたらもう、ストップは利きませんよ?」
清四郎はこの夜まで、きっとものすごく我慢してたに違いない。
男の事情に詳しくはないが、お預けをくらう犬の気持ちに置き換え、悠理はこくり、頷いた。
「………いいよ、別に。………止めたりしないから。」
顔が見たいと首を傾けた瞬間、清四郎の唇がまるで覆い被さるように降ってくる。
唐突なその行為に驚き、呆気にとられたものの、悠理は抵抗出来ない。
硬直した身体が反転し、広い胸の中に閉じこめられ、真上から責めてくる端正な口が全てを食らい尽くさん勢いで、むしゃぶりついてくる。
「んっ!……せぇ……し………………ろ………」
呼吸すらままならず、悠理は清四郎の腕を押し退けようとした。
「逃げるな、悠理………すぐに……馴れますから。」
吐息交じりの声が耳を浸食する。
なんて優しい、甘い声。
心が身体ごと蕩けていきそうだ。
腰に回った手が、膝上のワンピースをゆっくりたくしあげる。
長く細い足を包む、少し厚手のストッキングの上で、器用な指先が焦らすように火を灯していった。
「は………ぁ……ん……」
「そんな可愛い声……反則ですよ。」
履くのが少々苦手なストッキング。
だがその努力も虚しく、燃え立つような目をする男の手で呆気ないほど乱暴に破られ、素肌が晒される。
清四郎の指は薄いナイロンの裂け目からじわじわと肌を浸食し、とうとうクリスマスモチーフの下着へと到達してしまった。
「やっ!そこ、触んな!」
「止めないといったばかりですが?」
いつの間にか、もう片方の手がワンピースの上から胸を揉みしだいている。
次々と繰り出される淫らな行為。
悠理の頭はもはや暴発寸前だった。
「な、なぁ?風呂は?入んないの?」
とにかく、少しは冷静になりたい。
そう思えど、清四郎はそれを許さない。
「待ってる余裕など、一ミリもありませんね。」
再度唇が奪われ、そこからはクラクラするほど濃厚なキスが与えられた。
チュク……クチュ……
密着する唇が恥ずかしくも湿った音を立てる。
絡み合う舌───否、半ば強制的に引っ張り出されているだけだ。
悠理は無知だが、清四郎は一通りのやり方を知っていた。
それがどうにも悔しく、でも翻弄されるしかない状況であることは悠理にも解っている。
舌先が口の中を舐め回し、それに飽きたらず色んなところを刺激してくる。
特に上顎は、全身がピリピリするほど痺れ、歓喜によろめいた。
「ふ………はぁ……」
腰の抜けそうな身体が脱力感に見舞われる。
悠理は必死で清四郎のコートを掴んだ。
冷えたコートの下、彼の胸の音がドクドクと聞こえてくる。
緊張ではない、興奮による心音。
激しさを全面に押し出した清四郎は初めて見る。
「今すぐ、繋がりたい。………だから、風呂は後です。」
繰り返されるディープキス。
いつしか思考能力はゼロとなり、悠理はとうとう陥落してしまった。
清四郎は力を抜いた恋人からワンピースを抜き去る。
そして、その下に見た上下の赤い下着に目を瞠り、ごくりと喉を鳴らした。
けして下品などではない、クリスマスカラー。
健康的な白い肌を彩るそれは、小さな胸を寄せ上げ、可憐な膨らみを形成させていた。
予想よりも遙かに盛り上がって見える。
下着メーカーのたゆまぬ努力を感じながら、清四郎は徐々に視線を落としてゆく。
細い腰から下、大切な部分にはラッピングさながらの小さなリボン。
シルクらしき光沢に満ちた、贅沢すぎる下着だった。
「こ、こんなのヤダって…………言ったんだけど、可憐が………」
「でしょうね。でもすごく……似合っていて、驚きました。」
お世辞ではない言葉に悠理もホッとする。
派手な衣装は好きだが男受けなど考えたことはないし、下着のデザインはいつも機能性重視だったから。
「それに………柔らかそうな胸をしている。」
「あっ………でもあれだぞ?これ外したら、ちっちゃいぞ?」
現実を見ろと言いたくて、自らブラジャーを取り払おうとした悠理は、すかさずその手を奪われた。
「あのねぇ……それは僕の役目………いや、特権でしょう?」
「そ、そなの?」
「まったく、おまえときたら………。その開けっぴろげな性格は大好きですけどね。」
「う……ん。」
苦笑しつつも、どこか冷静さを取り戻した清四郎。
一旦距離を置き、深く息を吐く。
「………風呂、一緒に入ろうか?」
「え?」
「僕も少し興奮し過ぎていました。もっとこの夜を大切に扱わなくては、ね。」
照れくさそうに笑う少年のような恋人が、悠理の目にちらつく。
風呂を共にする───というあからさまな現実より、清四郎の見慣れない姿に胸がキュンキュンと高鳴った。
「クリスマス、だから?」
「僕たちの初めての夜、だから。」
「…………だよな。」
緩んだ空気の中、再びキスを───
冬の夜は長い。
甘い恋人達は、窓の外の雪景色にも気付かず、互いの熱い吐息だけを感じ続けていた。