雨(続・弐)

雨はまだ止まない。
夜はどんどんと更けていく。

デート(仮)を楽しむ清四郎と、戸惑いながらもついて行く悠理。
手近な店でトンカツを存分に堪能した後、さて一体何をするのか?

商業施設から出た二人は煌びやかなネオンの中、肩を触れさせたまま歩く。
傘をもう一本買えば済む話なのに、何故かそうはしない。
黒い傘の下にいる彼らは、どこをどう見ても初々しいカップルだ。

そんな中、悠理はふと足を止めた。

「あ。ゲーセン。」

「やれやれ。高校生にもなって、まだあんなものが好きなんですか?」

「良いだろ?別に───」

魅録ならそんなイヤミは言わない。
恐らくは一緒に楽しんでくれる。
悠理はムッとしたが、いつものことだからと首を振り、一目散に駆けだした。
目指すは大きな犬のぬいぐるみが詰まったUFOキャッチャー。
前回もこれに数千円を投じたが、結局取れなかったのだ。
負けず嫌いな性格が災いするゲーム。
相手(ゲームセンター)の思う壺である。

「これこれ!さっ、やるぞー!」

清四郎が背後で溜息を吐いているのが分かったが、悠理はすぐさま小銭を投入。
慣れた手付きでクレーンの操作を始めた。

「まだ小銭が要るんでしょ?」

「あ、うん。頼む!」

ポケットから五千円札を渡せば、「良いですよ、ここは。デートですからね。」と突き返される。
悠理はまたしてもくすぐったい思いに囚われ、頬を染めた。

────清四郎じゃないみたいだ。

小馬鹿にされ続けて五年近く。
その間、女扱いされたことは皆無だ。
幽霊探知器か体力要員。
たまに優しくされても、素直に受け入れることは出来なかった。

「………困っちゃうよな。」

空のクレーンは虚しくその腕を広げる。
大きすぎるぬいぐるみはこちらを物欲しそうに見つめているが、とてもじゃないけれど手に入れられそうもない。

「うう………!腹立つ!」

「そんなに欲しいんですか?」

振り向けば大量の小銭を持った清四郎が、ケースの中を探るように見ている。
集中力を高めた真剣な眼差し。
鋭い眼光は狩人のそれだ。

「どきなさい。」

入れたコインはたったの四枚。
200円×二回、だ。

「…………取れんの?」

「さあ?あまりしたことはありませんけどね。」

だが悠理には解っていた。
彼は必ず、このでかい獲物を手に入れるだろうことを。
並外れた知性と、恐ろしいまでの習得力。
清四郎に出来ないことは、この世にほとんど無い。(糞尿関係除く)

そして彼女の予想通り、清四郎はたった二回で犬のぬいぐるみを掴み、見事悠理へ手渡すことに成功した。

「これで満足ですか?」

「……………う、うーーん。」

───あたいが取りたかったのにな。

でも今、そんな台詞を告げるのは間違っているとさすがに分かる。

「あんがと。…………うれしい。」

抱きしめた巨大なぬいぐるみは仄かに温かく、悠理の心までをもじんわりとさせてくれた。
清四郎は満足そうに頷くと、ふと立ち並ぶプリクラの機械に目をやる。
表のポスターでは美人モデル二人が満面の笑みで誘いかけていて、毛穴すら見えない完成度をうたっていた。

「あれ、撮りませんか?」

「え!??」

目を丸くする悠理も当然である。
生まれてこの方、男と二人で、そんな物を撮った覚えはない。
仲の良い魅録とですら、一度も経験がないのだ。

「は、恥ずかしいだろ!バカ!」

「………そのぬいぐるみ、誰が取ったんでしたっけ?」

「ぐっ………」

どうやら清四郎はこの擬似デートをとことん楽しむらしい。
悠理は渋々、広げられたカーテンの中へ。
ぬいぐるみを抱きしめ、カメラのレンズを睨む。

チャリン
チャリン

コインが四枚落ちると、異様なまでにテンションの高い声が狭い空間に響きわたる。

『それじゃあ、いくよー!3,2,1…………』

カシャ!

ぎこちない笑顔の自分と、穏やかな表情の清四郎。

「緊張しすぎですよ。ほらリラックス。」

頬をふにっと抓られても、なかなか思うとおりの笑顔は出来ない。
いつものおどけた顔すら作れないのだ。

「やれやれ。なら…………これでは?」

3,2,1────カシャ!

それは不意打ちの出来事。
清四郎の手が悠理の顎を掴み、唇が頬に押しつけられた。
前回よりも強く、明確な意志を持って。

「わわっ!」

「今度こそ───唇にしましょうか?」

「え、あ!?え、ちょ、……………っんぐっ!!」

無情にも三度目のシャッターが切られる。
泳いだままの目でぬいぐるみを抱きしめながら、悠理は四角いフレームにおさまった。

『次にお絵かきだよ。外のお絵かきコーナーで楽しんでね!』

 

「とうとうやりやがったな!?」

唇が離れた途端、溢れ出る悪態。
しかし清四郎に悪びれた素振りはない。

先刻の紳士的な発言は一体どこへ行ってしまったのか?

「まぁ、せっかくのデートですから。」

適当すぎる言い訳でその場を乗り切ろうとする。

「こ、こんなとこですんなよ!バカたれ。」

「確かに。少しムードに欠けるな、と思いましたが、これで確固たる証拠も撮れましたしね。」

「証拠ぉ?」

清四郎はカーテンの外に出ると、初めてとは思えぬ手付きで画面を操作し、プリントアウトされた写真を手に取った。

「ほら。」

「…………っ!!!」

そこには濃厚なキスをする一組のカップル。
言い逃れ出来ないほど密着している。

「そ、そ、それ………どうする気だ!?」

「さて、どうしましょう。」

血が上る頭と茹で蛸のような顔の悠理。

ここはもう観念するほかなかった。
こうなれば一刻も早く、答えを出さなくてはならない。心を正直にさせて───

「あたいのこと…………好きって言ったよな?」

「ええ。」

「…………もし、あたいもおまえが好きだったら………どうなんの?これから…………」

「恋人同士になりますね。」

「こ、恋人って…………その…………」

もごもごと口を動かすも、聞きたいことが聞けない。
悠理は混乱と羞恥で潤み始めた目を擦り、必死で今日の清四郎について考えた。

────キスされても嫌じゃなかった

────ぬいぐるみも嬉しかった

────女扱いされることにだって、本当は心が弾んでる

好きなのか?
やっぱり────

「難しく考えなくていいんです。それに今すぐ、答えが必要なわけじゃありませんし………」

「え?」

「おまえは並外れて馬鹿なんですから、時間がかかってもいい。納得する答えを出して下さい。」

清四郎は出来上がったばかりのプリントシールを備え付けのハサミで半分に切り取ると、一つは制服の内ポケットに。
もう一つは悠理へと手渡した。

「出来れば毎日、これを見て思い出して下さい。」

「な、何を?」

「僕のことを。」

ほんの少し、照れたように笑った清四郎は、悠理の心を鷲掴みにした。
年相応の反応と笑顔に、体温が急上昇する。

あ~、もうダメだ…………

「あのさ…………こんなの見なくても………おまえのことしか考えらんないよ。」

「……………え?」

伸ばした指先が制服の袖を掴む。

「だって、あたいも……………………」

震える声は、果たして彼の胸に届くだろうか。

賑やかしい音楽の中、互いの鼓動が聞こえるほど接近する二人。
雨の匂いがする制服に、ポフンと顔を埋めた悠理は、目を閉じて小さく小さく呟いた。

─────好きだから