「花清ちゃんと、悠花ちゃんは寝た?」
「うん。昼間遊びすぎたからね。ぐっすりさ。」
「なら…………これからは私たち二人きりの時間ね。」
「…………椿ちゃん♡」
ここは常夏の島、ハワイ。
あの後、プライベートジェット機に乗り込んだ私達は、最小限の荷物でこの地にやってきた。
たった七時間ほど飛んだだけで、空気も空も太陽も違う。
南の島マジック。
剣菱が所有する小さな島はオワフ島から船で一時間ほどのところにあった。
完全なるプライベートアイランドには、贅沢を極めたコテージが、海辺からたった五分の所に建てられている。
剣菱のおばあ様やうちの祖母が年に数度訪れ、最新のエステを受けているという。
あの若さ漲る張りのある肌には、きっと恐ろしい金額の施術代がかかっているんだろうな。
彼女達の華麗な老後は、潤沢な資産があればこそ、なのかもしれない。
───女は死ぬまで女なのよ。
ふと、千秋おばあ様の言葉がよみがえる。
どれほど年を取っても、美しさを維持しようとするその心意気。
おじい様が未だ振り回される意味も、解らなくはない。
未だラブラブな二人は、うちの父様たちの頭痛の種ではあるけれど。
この島に到着して三日目。
天候もよく、皆でバーベキューをしたり、海に潜ったり、セスナで近隣の島を巡ったりと、思う存分満喫していた。
ワイキキでのショッピングも、最近流行のスイーツを食べ歩くのも、大勢だからこそ楽しい。
茶席で来れなかった母様が本当に可哀想。
父様は今朝方、知人を訪ねる為、マウイ島へと向かった。
その後、ロサンゼルスに渡り、用事を済ませて来ると言う。
再度合流するのは二日後の夜。
交友関係が広くて、忙しい人だから仕方ないけれど。
「ね、浜辺に行かない?」
悠丞君の誘いを断るなんて選択肢、私の中に一ミリもない。
さっきまで室内プールで泳いでいた私は、水着姿にバスタオルを引っかけ、差し出された手を握った。
夜の海はほんの少し怖いけれど、彼と一緒ならそれも平気。
コテージから50mほど歩けば、真っ白な砂浜が広がる。
海は月明かりに照らされ、とても幻想的だった。
きっと悠理おば様が作ったのだろう。
切り倒した木を横たえただけのベンチは、ちょうど二人分。
そこに腰掛け、波音に耳を傾ける。
二人だけの海。
幸せ。
「昔から椿ちゃんとはたくさん海で遊んだけど、こんな気持ちで眺めたことはないなぁ。」
「どんな気持ち?」
「え…………だから、ほら、なんていうか、幸せな………も~、解ってるくせに。」
照れ屋な悠丞君の横顔を盗み見て、私の胸は喜びでいっぱいになる。
同じ感覚で居てくれたことが素直に嬉しい。
しかし、何だろう。
沸々と湧いてくるこの暴力的な思いは。
彼を今すぐ押し倒して、どうにかなってもらいたい気分に陥る。
月明かりに照らされる中、本能的な衝動がこみ上げてくる。
でもさすがにはしたないわよね。
と自分をそっと嗜めながら、繋いだ手をぎゅっと握りしめた。
彼もまたそれに応えてくれて、甘い微笑みをこちらに向ける。
「…………悠丞君……………」
誘うように目を閉じれば、きっと待ち望んだものは与えられるはず。
私はゆっくり、瞼を落とした。
しかし─────
「あれ?もしかして父さんたちかな?」
無情にもその期待は裏切られ、促されるように視線の先を振り返る。
月夜に照らされた長身の二人。
距離こそだいぶ離れてはいるが、間違いなくおじさま達だ。
「お二人も、月を見に来られたのね。」
「…………うーん、やばいな。あの感じだと、盛り上がっちゃいそうだ。」
「…………え?」
「椿ちゃんも知ってるだろ?あの人達のラブラブぶりを。」
確かに───
産まれたときから出入りしている剣菱邸。
仲の良い二人はいつも寄り添っていて、時には子供の前でキスしたりもする。
恥ずかしそうにしながらも、悠理おばさまは拒んだりしないし、いつでもおじさまの衝動を受け止める覚悟があったように思う。
「も、盛り上がるって………まさか……」
「そ。教育上、悪いよね。僕たちは移動しようか?」
目を凝らして見れば、砂浜に映るシルエットは重なり合っていて、ぴったりと一つになっている。
おそらくは濃厚なキス。
それも長い─────
胸の中がぎゅうっと搾られ、背中が熱くなる。
こちらにまで息遣いが聞こえてきそうな激しさで、二人は口づけを交わしている───に違いない。
「悠丞君…………私たちも………」
立ち上がろうとした彼の手を引っ張り、体を擦り寄せると、大袈裟なほどビクッと反応する彼。
「椿、ちゃん………」
「ね………良いでしょ?」
悠丞君は下手(したで)に出られると弱い人。
うるうるとした目で見上げれば、案の定ごくっと喉を鳴らし、頬へと手を伸ばしてきた。
優しい手。
いつの間にこんなに大きくなったんだろう、とドキドキする。
数瞬の時が経ち────
「…………ゆう………」
焦らしているのかと思い口を開けば、想像していたよりも激しく唇を奪われた。
「ん………っ!?」
嘘。
ウソ!?
こんな情熱的なキス、初めて。
濡れた唇がもつれ合って、熱を帯びてゆく。忍び込む舌が、私の全てを知ろうと必死で絡んでくる。
「ん………ゆぅ………っはぁ………」
息も継げないほどの荒々しいキスに、腰が砕けてしまう。
私は欲情している。完全に。
彼もまた、その欲情を隠そうとしていない。
タオルが砂浜に落ちる。
水着一枚脱ぎ去れば、悠丞君の手に直接胸が触れることだろう。
考えただけで脳が痺れてしまう。
引き締まった背に腕を回し、より密着度を上げ、その想いを伝えようとした。
Tシャツ越しの心臓は早鐘のようにノックしている。
汗ばんだ腕が興奮のまま、私の腰に延びてくるまでそう時間はかからなかった。
「椿ちゃん…………好きだ………好き過ぎて、僕…………どうしよう?」
「いいの………悠丞君の好きにして?」
離れた場所とはいえ、彼の両親は同じ浜辺に居る。
その背徳感が後押しするように、彼は私を砂浜に押し倒した。
夢にまで見た瞬間。
何度も、何度も、この時を待っていた。
再び激しく重なる唇に、目が眩み始める。
まだ伸びきっていない背丈ながらも、肩幅は十分男のそれ。
力だって、強い。
「………ゆぅ………くん………気持ちいい………」
絡めて、味わって、離れて、また絡める。
何度も何度も繰り返していると、下腹部にあたる其れが、異様なほど硬くなっているのがわかった。
彼も欲情しているのだ。
もうどうしようもないほど、激しく、強く。
私を求めて、彷徨っている。
「椿ちゃん、ごめん。………こんなところで………ダメだよね?」
「………どんな場所でも、私は悠丞君と一つになりたいよ?」
「駄目。砂まみれになっちゃうし。」
確かに。
砂浜は何かにつけ問題が多そうだ。
ロマンティックかもと思ったけれど、ここは彼の言うことを聞くべきかもしれない。
「なら………部屋に帰って、続き、スル?」
その瞬間、いつもは穏やかな悠丞君の目が、獰猛な野獣のように光り輝いた。
こんな野性的な目は初めて見る。
「…………いいの?僕、止まんなくなっちゃうよ?」
「…………うん、いい。私、ずっと待っていたの。」
そうずっと待っていた。
夜な夜な、こんな日を想像しながら、はしたないことも数多くした。
体はすっかり熟していて、後はその果実を食べてくれる悠丞君次第だった。
「…………解った。なら行こう。」
くったりした体を抱き起こされ、砂を叩いてくれる。
私はもう自分で歩けないほど、興奮の坩堝にはまっていた。
「父さんから………アレ、貰ってるから、安心して?」
「………え?」
「椿ちゃんとはいつか結婚するけど、男としてのエチケットは一応叩き込まれてるし……絶対に傷つけたりしないから。」
夜目にも判るほど真っ赤になりながら、そう説明する悠丞君は、真剣な眼差しで私の腰を抱いた。
コテージへと続く道に促され、悶絶したくなるほど胸が沸く。
もう、好きすぎて、ほんと、どうにかなりそう。