聖プレジデント学園中等部は、春爛漫のその日、入学式を迎えていた。
晴れ着を纏った父兄たち。
浮き足だった生徒。
そのほとんどが初等部からの持ち上がりだが、中学生という肩書きが心躍らせるのか、皆そわそわしていた。
新入生代表の挨拶に、”松竹梅 椿(しょうちくばい つばき)“の名が挙がったのは当然といえば当然。
彼女は容姿一つとっても一目を置かれる存在で、成績優秀かつ運動神経抜群な為、初等部のマドンナ的存在だった。
男女問わず人気があり、あまつさえ上級生からも可愛がられる椿は、一年にして生徒会役員に抜擢されるだろうと噂されている。
あくまで噂だが、それでも彼女なら上手くこなすだろうと信じられていた。
それはさておき───
新しい制服に身を包んだ剣菱悠丞(けんびし ゆうすけ)は、式が行われる講堂に入るや否や、その光景に目を疑う。
父兄席のど真ん中、一番目立つ所に彼らは陣取っていた。
両親を中心とし祖父母、加え、松竹梅一族。何故か海外住まいの可憐や美童まで、まさにオールスター揃い踏みである。
最近では年に一度もない光景。
悠丞は軽く目眩を覚えた。
他の父兄に比べ、格段に若々しい集団が、悠丞を見留めるや否や大きく手を振り、「「ゆうすけーーー!」」と声を轟かせる。
恥ずかしいなんてもんじゃなかったが、ここはぐっと堪え、苦笑いしながら手を振り返した。
唖然とした他の父兄たちの気持ちはよぉく解る。
これが彼らの日常で、悠丞も見慣れたものだったのだが───
無論、その後、椿が入場した時も同じだった。
凛と背を伸ばした美しい少女が現れ、ざわつく会場。
皆の視線が瞬く間に奪われる。
その大人っぽい姿に、中には本気で頬を染める父兄もいた。
彼女はいつになく顔を強張らせていたが、決して緊張に寄るものではない。
騒がしい父兄席をめんどくさそうに一瞥した後、 先に座っていた悠丞の姿を見つけると、一転、嬉しそうに笑顔をこぼした。
その表情たるや、まるで女神の如き美しさで、会場はまたしても喧噪に包まれる。
悠丞は照れながらも小さくガッツポーズを見せ、代表挨拶をする椿へ応援を送った。
やがて厳かな式が始まれば、お祭り騒ぎだった集団はようやく大人しくなり、椿の美声で語られる挨拶に聴き惚れていた。
感極まった様子で涙ぐむ時宗の姿に、千秋は呆れ顔。
今も昔も、孫を愛でる夫の情熱は相当なもので、幼い椿にSPをつける等、常軌を逸した行動の数々を起こしていた。
今は流石にそれもなくなったが、隠居してからというもの、今度は妻につき纏うようになり、若干鬱陶しく思っている千秋。
日々、海外へと出向く毎日だ。
有閑倶楽部の面々は子供達の成長に過去を重ねる。
彼らにもこれから多くの出会いと輝かしい未来が待っているはずだ。
自分たち六人と同じように、幸せで刺激的な未来が────きっと。
式も滞りなく終わり、悠丞と椿は真新しい制服姿でカメラのレンズに収まった。
講堂の前でまずは友人達と、次いで大勢の騒がしい身内と肩を並べる。
「悠丞、おまえ身長伸びたな。」
電子タバコを咥えた魅録が感心したように指摘すると、「まだまだですよ。」と清四郎が横槍を入れてくる。
実際、悠理を越す勢いで成長しているのだが、清四郎はそれが面白くないらしい。
つい最近も街中で二人が歩いていると、雑誌カメラマンに足止めされ、「ベストカップル企画」に推薦されそうになった経緯がある。
いつまでも若々しい悠理に成長期の息子。
そんな周囲からのミステイクもこれからどんどんと増えていきそうで、夫としては不愉快で仕方なかった。
聡い悠丞はその辺りのことを充分理解している為、ここのところ母との距離をあけている。
この世ので敵に回してはいけない相手が身内に二人も居るだなんて、もしや自分は不幸なんだろうか?と不安になってくる。
「僕なんてまだ小さい部類ですよ。椿ちゃんの方が………ぜんぜんおっきいし。」
「あぁ、アレは誰に似たのか、でかくなったよな。」
間違いなく貴方です──と悠丞は苦笑いしながら、母の隣ではなく、父サイドに並んだ。
無論、気を遣っての話である。
「ねぇねぇ、あたし、悠丞の隣が良いわ!ほんと会う度、かっこよくなっちゃってー。父親の若い頃みたいに嫌みっぽくもないし、あんたぜーったい、イイ男になるわよ。」
清四郎との間へ強引に割り込んだ可憐は、身を寄せながら褒め称える。
いつもと違い、清楚で布面積の多いツーピースを着ているが、相変わらずの色気と、より肉感的に成長したボディは隠しおおせるはずもない。
思春期の子供には刺激的過ぎる人物だ。
「か、可憐さん。ちょっと………近すぎません?」
組まれた腕と押しつけられる胸。
まろやかな香水が脳を痺れさせる。
「いいじゃない。だいたいこんな色っぽいお姉さんにくっ付かれたら、普通は喜ぶものよ?」
確かに初等部からの友人含む父兄たちは、口をあんぐり開けてこちらを見ている。
とてもじゃないが同世代に見えない彼らを、芸能人か何かだと勘違いしている人間も多くいた。
「悠理。せっかくのお着物なのに………髪を上げて来ませんでしたの?」
「え?あ、あぁ。だって………ほら、うなじ、寒いじゃん?」
野梨子の指摘に慌てる悠理。
今日はとてもいい天気だし、気温も高い為、
しどろもどろの言い訳は成り立っているとは言い難い。
悠丞は横目で父を見遣る。
全ての元凶は彼にあると分かっているからこそ、そのすっとぼけた表情の父を恐ろしく思う。
─────キスマーク、隠すためだもんね。母さんも大変だ。
「寒い?そうかしら?」
雲一つない晴れた空。
生温かい風が横切る中、野梨子は首を傾げた。
「か、風邪気味だし!うん。」
「野梨子、それ以上は止したほうが良いわ。馬に蹴られるわよ。」
さすがは百戦錬磨の可憐。
全てを見通した上で、事態の収拾に助力する。
悠丞は感心しながらも、やっぱり女の方が怖いな………と考えを改めた。
風に乗り、悠丞を突き刺す鋭い視線。椿の苛立ちの要因は、もちろん可憐にある。
幼くとも女は女。
しかし一途な彼女の愛を───この時の悠丞はまだ受け入れる自信がなかった。
「名輪さん(臨時カメラマン)!シャッター押しちゃってください!」
「んだ!この後宴会があるだよ!早くするだ!」
「あなた、前に行かなきゃ写りませんわよ。」
「皆そろってるか!?」
「「「はい、チーーーーズ!」」」
お騒がせ家族と仲間たちの貴重な一枚が、こうして出来上がり───
中等部最初の思い出が二人の心に刻まれた。