僕のフィアンセ

僕の父さんと母さんは、この学園で伝説となった人達だ。
誰に聞いても知っている。
正直、ありがたいようなありがたくないような、微妙な感じ。

特に父さんとは何かにつけ比べられるため、居心地は良くない。
見た目だけそっくりの平凡な息子。
成績もほどほど、運動もほどほど。
一体あの二人の遺伝子はどこにいったのだろう──そんなことを毎日考えさせられる。

二人の妹はどちらもまだ初等部で、母さんにそっくりな見た目と、父さん似の頭をしっかりと引き継いでいた。
三年前に受けたIQテストでは、確か天才の部類に入ったはず。
もちろんスポーツ万能。
幼い頃から合気道を習っていて、悔しいかな、どちらも僕より強い。

あーあ………せめて頭だけでも飛び抜けて良かったらいいのに。

豊作伯父さんに似て凡庸だなんて、剣菱家では生きて行きにくいもんなんだ。
おばあさまもおじいさまも、非凡な才能を持つ人達だし、両親の周りも普通じゃない人間ばかり。
僕はやっぱり浮いた存在だった。

同じ学年には、野梨子おばさんの娘が居る。
名前は“松竹梅 椿”。

彼女もまた母親に似て気高く、そして頭の良い美少女だった。
正義感の強さから生徒会長に立候補し、二年生ながらも学園を仕切るその姿は、とても同い年に見えない。
人望も厚く、上級生どころか教師だって言い負かすのだから本当に感心してしまう。

信じられないことだが、そんな彼女は僕を好きだという。
幼稚舎の頃からずっと、一筋に───
一体どこが良いのか解らないけど、週に一度は真剣な告白をしてくるから本気だと思う。
その都度、曖昧な態度で場を濁すも、本当は僕だって彼女に憧れているんだ。
隣に立つ自信はまだ無いから、椿ちゃんの望むような返事は出来ないけどね。

「悠丞(ゆうすけ)君。」

「椿ちゃん。」

「今日、おじさま達からお誘いを受けたの。皆でバーベキューしましょうって。」

「あ、そうだったね。じゃあ、うちの車に乗ってく?」

「ええ。」

真っ直ぐな黒髪が肩口で揺れ、野梨子おばさん同様、赤い唇が魅力的に持ち上がる。
本当に大人っぽくて、同級生の男子達がベタ惚れなのも頷けるんだ。

「悠丞君と夜も一緒だなんて、嬉しい。」

人目につく学園の廊下。
突き刺さる視線が死ぬほど痛い。
彼女は感情表現が素直で、いつでもどこでも僕への想いを伝えてくる。
ちょっと恥ずかしいけれど、それでも喜びが勝るのは仕方のないことだ。
優越感だってある。

いつかは彼女の想いに応えられるような男になりたい。
父さんのように強く、そして賢く成長したい。

「僕も、嬉しいよ。」

精一杯の言葉を伝えると、花のように微笑む椿ちゃん。
やっぱり可愛いな。
高等部に進んだら、きっと今よりモテモテになるんだろうな。
いつかは僕なんかより、もっと素敵な人と付き合ったりするんじゃないか?

そうは思えど、納得は出来ない。
僕はやっぱり、絶対に、椿ちゃんを手に入れたいんだ。
他の誰にも触れさせたくないし、譲りたくない。

「あの、さ。」

「え?」

「いつか、見た目だけじゃなく、父さんみたいになってみせるから、その時は───」

「その時は?」

「僕と結婚、してくれる?」

一世一代の大告白は胸が破裂しそうに痛かった。

「悠丞君…………」

ウルウルと揺れる黒い瞳が可愛い。
紅潮していく頬はまるで熟れた林檎のよう。

「当たり前でしょ?だって私たち………」

強引に腕を組まれ、ひそひそ声が耳を掠る。
上昇する体温に目眩がしそうだった。

「許嫁なんだから。」

─────いいなずけ?

聞き慣れない言葉に思考が止まる。

「え?」

「あら、知らなかったの?うちの父様と悠丞君のお父様が決めたのよ。母様たちは反対したみたいだけれど、ほら二人とも強引なとこあるから。私が赤ちゃんの頃、悠丞君の手を握り締めて離さなかったの。きっとおもしろ半分に決めちゃったんでしょうね。」

「そ、そんなの初耳だよ………」

僕が目を丸くしていると、椿ちゃんは恥ずかしそうに俯いた。

「実は………もう、結婚式場も決めてるの。母様達が挙げた神社なんだけど。」

飛躍し過ぎだろ………と思いつつ、言葉に行き詰まる。
そんな経緯があったなんて、ちっとも知らなかった。
どちらにせよ、渾身のプロポーズは間抜けに終わり、それでも椿ちゃんの健気な気持ちが愛しくて、僕は幸せ者なんだと認識する。

「……………椿ちゃん。」

「悠丞君?」

「いつか絶対、そこで結婚しよう。」

彼女の手を握れば、まるでピンクの薔薇の様に微笑んだ。
こんなにも喜んでくれる椿ちゃんを、手放すことは絶対に出来ない。

いつかは─────
父さん達のような家族になって、精一杯幸せにするんだ。

僕は夢のような未来を思い浮かべながら、彼女の手をぎゅっと握りしめた。