まだまだ青春

新緑の頃も過ぎ、梅雨が差し迫る学園にて。
いつものメンバーは、いつもの場所で、まったりと過ごしている。

最近の高校生は発育が良い。
美童の鼻の下がグンと伸びるわけもそこにあった。

「いやぁ~、今年の新入生は特に良いよねぇ♡」

涎を垂らさんばかりに、窓の外を眺める金髪の美青年。
造りの良さが抹消されるほどだらしない顔は、友人として見るに耐えない。

「あら、今年は男の子も可愛いわよ。この間なんて、ちょっとぶつかっただけで顔真っ赤にさせてるんだから。ほんと純情よねぇ?」

「おいおい、お二人さん。いたいけな新入生を毒牙にかけるなよ?」

硬派と名高い魅録の呆れ顔に、これまた浮ついた発言を嫌う野梨子が賛同する。

「魅録の言うとおりですわ。最上級生として模範にならなくてはいけませんのに。」

それは確かに彼女らしい優等生発言だったが、留年までしておいて、いったい何を模範とするのか。
清四郎は人知れず溜息を吐いた。

元凶となった人物は、下級生からの差し入れであるモンブランにかじりついたまま。

食欲のベクトルが他人より数倍傾いている為、彼らの話題に何の興味も示さない。
年頃の女性は皆、恋愛やお洒落に夢中であるというのに、何ともはや。

だがそういう自分もまた、恋愛には興味が無かったな───と清四郎は思い出す。

いつだったか、隣家の幼馴染みに「女性に削く時間はないでしょ。」と判を押され、それに異を唱えずにいた彼だが、果たしてそれは真実であろうか?
正解を探り始める。

恋愛………に対する興味は確かに薄い。
勉学に対するそれとは雲泥の差だ。
かと言って、『女性』そのものに興味が無いわけではない。

清四郎もお年頃。
人に馬鹿にされない程度の経験は積んで来たし、相手の心理を読み取ることに長けている為、女性に不快な思いをさせた覚えはない。
スマートな距離感とエスコートには自信があった。

だがこれらはあくまで恥をかかない程度、所謂、一般常識の範疇。
美童や可憐のように、全力をもって取り組む課題ではない。

自分は決して彼らのような“恋愛体質”に陥ることはないだろう。
この先もきっと───誰にも本気になれない。
恐らくは打算の末、婚姻関係を結ぶことは出来ても、そこに愛や恋は生まれないと確信がある。
それはもしかすると、人生においてかなりのマイナス要素となるかもしれないが、今の自分にとっては非常に楽なライフスタイルなのだ。
清四郎はそう信じて疑わなかった。



「私、そろそろ帰りますわ。」

美童達の戯れ言に飽き飽きしたのか、野梨子は席を立ち、鞄を手に携えた。

「清四郎、本屋に寄るのでしょう?」

「ええ。今日は少し遅くなりそうなので、一人で帰ってください。」

「なら、僕が車で送るよ。可憐もどう?回り道してあげるけど。」

「助かるわ!雨が降ってきそうだものね。」

三人は曇天の空を見上げ、慌ただしく部室から出て行った。

一転、静寂が訪れる空間。
それから暫くの間、各は好きな時間を過ごす。
魅録は手元のバイク雑誌に集中しながら、次に購入する部品を頭に思い描いている。
悠理もまたモンブランを完食した後に、山のような煎餅を片っ端から齧り始め、ご満悦の様子だ。

「魅録ちゃん。今日、バイク?」

「いや違う。雨降る前にそろそろ帰んねぇとな。」

「なぁんだ。」

「おまえ、迎えの車はどうしたんだよ。」

「名輪、具合悪いみたいなんだ。風邪ひいて熱あるって。だから今日は一人で帰る。」

煎餅の袋を空にした後、制服をはたき、悠理はすっくと立ち上がった。
思い残すこと(食べ物)はもう、無い。

「雨、降りますよ。傘は持ってるんですか?」

「ん?いいよ。ちょっとくらい。」

「………“馬鹿は風邪ひかない”、などという迷信を信じていたらエラい目に遭うんですよ。タクシーを呼んで帰りなさい。」

清四郎の進言に一瞬ムッとした悠理だが、それもそうか───と考えを改め、携帯電話を取り出す。

「魅録も乗ってく?」

「方向違うだろ。」

「良いじゃん。清四郎は?街の本屋まで行かない?」

「ふむ。ではそうさせてもらいますか。」

三人はすっかり薄暗くなった外を眺め、部室の照明を落とした。

下校時間を過ぎた学園はやたらと静かで、悠理はわざとらしく鞄を振り回し、歌を口ずさむ。
どうやら昭和の演歌らしい。
妙にこぶしがきいていた。

5歩後ろを歩く男達は、そんな彼女を微笑ましく見つめる。
静寂を苦手とする彼女の気持ちが手に取るように分かるからだ。

「あいつはいつまでも変わりませんねぇ。」

「………ったく、騒がしいヤツだぜ。」

呆れながらもどこか楽しそうな彼へ、清四郎は自分でも予期しなかった言葉を投げかけた。

「魅録は…………悠理に特別な感情を持たないんですか?」

それはあまりにも突発的な質問で、魅録は一瞬にして息をのむ。

「は?」

「気の合う友人同士が恋へと発展する。そんな事例も特に珍しくはないでしょう?」

涼しい顔で語り続けるも、その切れ長で知性的な瞳は、先を行く悠理に注がれたままだ。
そこに何の感情も見いだせず、魅録の心は俄にざわついたが、一旦大きく息を吐いた後、取り繕うよう頭をかきむしった。

「はは、有り得ねぇな。」

「おや、そうなんですか?」

「相手は悠理だぜ?………無理に決まってる。」

魅録の答えに納得したのか、清四郎はクッと笑い、張りつめた空気を解いた。

「確かに。“悠理”ですからねぇ。」

このやり取りにいったいどんな意味が隠されているというのか。
魅録は清四郎の心を探ろうとしたが、そう簡単に解れば苦労しない。

────おまえさんは“そんな悠理”と結婚までしようとしたけどな。

喉から出かかった言葉を無理矢理飲み込んで、晴れやかに歌い続ける悠理の後ろ姿に視線を戻す。

色気とは皆無。
しかしいつかはこの友人も成長し、変化を見せるだろう。
元々の造りは悪くないのだ。
何かの切っ掛けで、見事花開く。

その時、清四郎はどう感じる?
もちろん自分も含めて。

「ふ…………早い者勝ち、ってやつか?」

「え?」

「いや、何でもねぇよ。」

決して聞きそびれるような男でないことを、魅録は知っている。
けれど今は…………

────この関係が俺たちの青春だよな。

一陣の風が吹き、小粒の雨が窓ガラスを打つ。

大きな変化は求めない。
少なくとも今は、この時間、この瞬間を大切にしたい。

清四郎が恋をしなくても………
悠理が変化しなくとも………

楽しくて刺激的な世界は、そこに広がり続けているのだから。

魅録はそう自分を納得させ、姦しい友人から視線を外した。