いくら────
いくら和尚から技を聞き出したいにしても、あんなことまでする必要性があるのか?
さっきから肩、腕、腰、足………全てをマッサージして回る悠理。
媚びるようにヘラヘラと笑いながら。
まるで丁稚奉公に来た小僧だ。
何よりも苛立つのが、道着の開いた胸元をチラチラと盗み見る和尚のやらしい目。
鼻の下を伸ばすその姿に、人間国宝の威厳などヒトカケラも感じない。
あの悠理に………
まだまだ少年のような身体に女を感じるなんて………伊達に年は食っていないということだろうが、無性に腹立たしい。
師匠でなければ、今すぐにでも殴り倒したいところだ。
しかし悠理も悠理じゃないか。
年老いているとはいえ相手は男。
そんな風に密着したら………和尚だって悪い気はしないだろう。
冗談とは言え、結婚の申し込みまでした過去がある。
老女の霊に乗り移られた時だって、和尚はそのままの彼女に交際を望んでいた。
あの時、あの夜這いの時。
もし誰も気付かなかったら───
老人とはいえ和尚はまだまだ現役のはず。
想像するだに恐ろしい…………。
とにかく悠理はこの老人に気に入られているのだ。とことん。
それに和尚は───紛れもなく彼女より強い。
悠理にとって尊敬に値する男だ。
くそ………僕だってあと20年、いや15年もすれば腕を上げる自信はあるのに。
そんな助平爺(←あっ)に媚びる必要なんてないんだ!
苛々が募る。
「おい!清四郎。なんだ?心此処にあらず──だな。」
師範代の厳しい声掛けに、座禅を組んでいたことをようやく思い出した。
竹刀でピシャリと肩を叩かれ、背筋を正す。
僕としたことが、失態だ。
「ふむ、そろそろ休憩にでもするか?」
「そうですね。」
「身が入らんのだろう?嬢ちゃんがチョロチョロしておったら。」
「いえ、そういうわけじゃ………」
するとそれを見ていた和尚も、縁側から参戦する。
「清四郎!修行が足らんぞい。頭の中は煩悩だらけかのぉ。カッカッカッ」
ぐっ。
思わず言葉に詰まり赤面するも、半分は当たっているのだから仕方ない。
悠理はといえばキョトンとこちらを見つめてくる。
無垢な表情と純真な瞳。
ああ、僕はおまえの全てを独り占めしたいというのに。
「ほい、お茶。」
縁側に座ると同時、冷たい麦茶を差し出され、一気にそれを飲み干す。
煩悩や邪念、愚かな嫉妬さえも全部流れてしまえばいい。僕は僕らしくあらねばならないのだから。
「せーしろ、どったの?なんか機嫌悪い?」
「…………サービスし過ぎなんじゃないですか?」
思わず本音が零れる。
「え?マッサージのこと?」
“マッサージ”という響きに何故か淫靡な音を感じてしまい、またしてもムカムカと怒りがこみ上げてきた。
「そうですよ!!あんな…………人前でベタベタと………」
言いたくもないのに口は閉じない。
なんて心の狭い男だ。僕は。
自分でも厭になる。
「ふーーーん。なるほどね。」
何もかもを見透かしたかのように笑う悠理は、隣に腰を下ろすと、より近くまで身体を寄せてきた。
ドキッとする。
開いた道着の胸元に。
小さな胸なのに、ちらりと覗くタンクトップから感じる妙な色気は何だ?
“晒”でも巻かせたほうがいいんじゃないのか?
「もしかして嫉妬してたの?」
「………してませんよ。」
「またまたぁ。その顔に書いてあるよ。」
「悠理!………からかうんじゃない。」
怒鳴ったとて、迫力に欠けるのだろう。
全ては図星なのだから。
キラキラと輝く瞳は悪戯っ子のそれ。
彼女の手のひらがそっと僕の耳に添えられ、内緒話をするように唇が接近した。
「おまえには後からたっぷりとサービスしてやるからさ。楽しみにしとけよ?」
予期せぬ爆弾発言は血圧を急激に上げる。
動悸、息切れ、目眩。
どことは言えない場所までも、一気に熱を持ち始める。
憎たらしいほどの可愛さで、胸躍る台詞を告げてくる悠理。
ああ、神様。
この小悪魔に勝てる日は来るのでしょうか?
だがこれが僕の恋人。
一生勝てなくてもいい。
ただ側に居てくれるのなら……敗北宣言はちっとも惜しくない。
「期待しておきますよ。」
もちろんその日の鍛錬は形だけのものとなり、師範代やほかの弟子達におおいに冷やかされる羽目となった。
彼女のサービス?
それはもう…………言葉で表現出来るわけがないでしょう?