試合に負けた清四郎なんて、初めて見る。
落ち込んでるよな。
プライド高いもん。
でも───
仕方ないよ。
足首ひねってんじゃん。
脇腹も打撲してんじゃん。
夕べ飲んだ帰り、酔っぱらいの車に轢かれそうになったあたいを、あいつ、助けてくれたんだよ。
仕方ないじゃん。
痛むんだもん。
負けるのも当然だよ。
だって相手は中国一の猛者だぞ?
バカやろ。
試合なんて出なきゃよかったのに────
テキトーに理由付けて休みゃ良かったのに。
せーしろーのバカ。
・
・
「おや。何ですその顔は。慰めに来てくれたんですか?」
「ち、ちがわい!」
「なら、笑いに?」
「…………んなわけ………ないだろ。」
飄々としてるけど、ほんとは悔しくて奥歯を噛みしめてるんだろな。
目がほんの少し、赤くなってる。
「…………痛む?」
「痛み止めを打ってるんですけどね………どうやらヒビが入ってるらしい。」
「げっ!!!まじかよ!す、すぐ、おっちゃんとこ行けよ!」
「これ以上どうしようもありませんよ。」
「んなことないって!!」
こいつ、やっぱ、化けもんだ。
よくそんな状態で、あんなきっつい試合してたな!
「ふむ………。そういえば一つだけ痛みを和らげる方法があるんですけど、協力してもらえます?」
「うん!やる!何?どーすんの!?」
意気込むあたいの鼻に、汗だくの道着がふわりと香る。
香ばしい、でも嗅ぎ慣れた清四郎の匂い。
手首を掴まれた時点で気付かないあたいも馬鹿だけど。
逃げらんなかったんだ。
試合以上に緊迫した雰囲気で近付いて来る男から────逃げらんなかった。
そっと触れた唇も
頬に掠めた高い鼻も
全部、震えてた。
・
・
「……………」
「………悠理……………怒らないんですか?」
「だ、だって…………………あたいの所為だし。」
「それだけ?そんな理由で唇を許すのか?」
違う。
違うよ。
んなわけないよ。
こんなの………清四郎じゃなきゃ………やだもん。
他の奴なら、殴り飛ばして逃げてた。
でも言葉にならなくて
俯くしか出来なくて
落胆した清四郎が離れていくのを、寂しく見送る。
「せぇ、しろ………」
「同情しなくても結構。次は負けません。」
同情だって?
んなバカバカしい理由あるかよ!
んなめんどくさい理由あるかよ!
気付いたら、ヤツの頬を張り飛ばしてた。
でもって襟ぐり掴んで、背伸びして、思いっきり、キスしてやった。
さっきより強く押しつけて、ヒルみたいに吸い付いてやった。
「ゆ、悠理!?」
「弱い男なんていらねー!あたいが欲しけりゃ、次は3秒で瞬殺してみろ!」
呆然と立ち尽くす清四郎を置いて、軽やかに退場。
さて、追いかけてくるかな?
それともまた、独りで悔しがる?
いつでも先手必勝な男が、次はどんな顔して目の前に現れるのか、楽しみで仕方ない!
外は快晴。
鳥もさえずる。
さっきまでの罪悪感はキレイさっぱり消えちゃって、あたいの足取りは雲のように軽くなっていった。