道場小話3

 

試合に負けた清四郎なんて、初めて見る。

落ち込んでるよな。
プライド高いもん。

でも───
仕方ないよ。

足首ひねってんじゃん。
脇腹も打撲してんじゃん。

夕べ飲んだ帰り、酔っぱらいの車に轢かれそうになったあたいを、あいつ、助けてくれたんだよ。

仕方ないじゃん。
痛むんだもん。
負けるのも当然だよ。
だって相手は中国一の猛者だぞ?

バカやろ。
試合なんて出なきゃよかったのに────
テキトーに理由付けて休みゃ良かったのに。
せーしろーのバカ。

「おや。何ですその顔は。慰めに来てくれたんですか?」

「ち、ちがわい!」

「なら、笑いに?」

「…………んなわけ………ないだろ。」

飄々としてるけど、ほんとは悔しくて奥歯を噛みしめてるんだろな。
目がほんの少し、赤くなってる。

「…………痛む?」

「痛み止めを打ってるんですけどね………どうやらヒビが入ってるらしい。」

「げっ!!!まじかよ!す、すぐ、おっちゃんとこ行けよ!」

「これ以上どうしようもありませんよ。」

「んなことないって!!」

こいつ、やっぱ、化けもんだ。
よくそんな状態で、あんなきっつい試合してたな!

「ふむ………。そういえば一つだけ痛みを和らげる方法があるんですけど、協力してもらえます?」

「うん!やる!何?どーすんの!?」

意気込むあたいの鼻に、汗だくの道着がふわりと香る。
香ばしい、でも嗅ぎ慣れた清四郎の匂い。

手首を掴まれた時点で気付かないあたいも馬鹿だけど。
逃げらんなかったんだ。
試合以上に緊迫した雰囲気で近付いて来る男から────逃げらんなかった。

そっと触れた唇も
頬に掠めた高い鼻も

全部、震えてた。

「……………」

「………悠理……………怒らないんですか?」

「だ、だって…………………あたいの所為だし。」

「それだけ?そんな理由で唇を許すのか?」

違う。
違うよ。

んなわけないよ。
こんなの………清四郎じゃなきゃ………やだもん。
他の奴なら、殴り飛ばして逃げてた。

でも言葉にならなくて
俯くしか出来なくて

落胆した清四郎が離れていくのを、寂しく見送る。

「せぇ、しろ………」

「同情しなくても結構。次は負けません。」

同情だって?
んなバカバカしい理由あるかよ!
んなめんどくさい理由あるかよ!

気付いたら、ヤツの頬を張り飛ばしてた。

でもって襟ぐり掴んで、背伸びして、思いっきり、キスしてやった。
さっきより強く押しつけて、ヒルみたいに吸い付いてやった。

「ゆ、悠理!?」

「弱い男なんていらねー!あたいが欲しけりゃ、次は3秒で瞬殺してみろ!」

呆然と立ち尽くす清四郎を置いて、軽やかに退場。

さて、追いかけてくるかな?
それともまた、独りで悔しがる?

いつでも先手必勝な男が、次はどんな顔して目の前に現れるのか、楽しみで仕方ない!

外は快晴。
鳥もさえずる。

さっきまでの罪悪感はキレイさっぱり消えちゃって、あたいの足取りは雲のように軽くなっていった。