それはとある国の無垢な少女のお話。
羽振りの良い父が連れてきた継母は、姿は美しいが根性はねじ曲がり、自分の美貌をひけらかすような慎みの無い性格の持ち主だった。
そんな女の禍々しい美しさに心奪われていた父が突如病に倒れ他界。
幼き頃から『白雪姫』と呼ばれる一人娘は、それからしばらくの間、孤独を抱えることとなる。
友達と言える存在は、可愛らしい猫二匹だけ。
兄弟もなく、屋敷の中で多くの召し使いと共に暮らしていた。
そんな白雪姫も16才の誕生日を迎えたその日、屋敷をあげて盛大なパーティが催された。
義母は誰よりも目立つドレス姿で手製のアップルパイを披露し、彼女を祝う。
彼女の手料理など一度も食べたことがない。
これは大いなるサプライズだ。
料理長はその毒々しいまでにグロテスクなアップルパイを見て、眉を顰めたが、白雪姫は気にもせず、嬉しそうにそれを平らげた。
「んまい!義母ちゃんって料理出来たんだね!」
「ほほほ。当然でしょう?私に出来ぬことなどこの世にはありません!」
光輝く金髪を翻し、義母は妖艶に笑う。
尊敬の眼差しで見つめる義娘の反応が気に入ったらしい。
その白く滑らかな手で白雪姫の頬を優しく撫でた。
「貴女もそろそろお年頃。今日招待したお客の中に気に入った殿方がいたら、直ぐにでも結婚するといいわ。」
「え?!けっこん?」
「いつまでも実家でダラダラさせるわけにはいきませんよ。せっかくそこそこ美人に生まれついたのだから、とっとと嫁いで幸せになりなさい!」
降って湧いた話に口を尖らせる白雪姫。
しかし彼女は更なる甘言でそそのかす。
「だいたい、もし大金持ちに嫁いだら、今よりもっと美味しい物が食べられるかもしれないのよ?それにあの人が亡くなってから、財産も目減りする一方だし、我が家の為を思えば、さっさと嫁入りするのが親孝行というものでしょう?」
尤もらしいことを言いながら目を細める継母は、どうやら白雪姫を玉の輿に乗せようと目論んでいるらしい。
だが、16歳になったばかりの幼い少女は、『そんなことなら自分が嫁げばいいのに』と胸の中でぼやいた。
その日のパーティでは、大いに飲み食いし、ひとしきり満足した白雪姫。
色気より食い気の彼女が、結婚相手を見つけることは、とうとうなかった。
それから半年が経ち━━━━
あのパーティ以降、白雪姫にはチラホラではあるが求婚者が現れるようになった。
がしかし、彼女はどの男にも興味を示さず、顔を合わせようともしない。
継母は、一人エンゲル係数を上げる義娘を厄介払い出来ないことにイライラさせられ、日に日に容色が衰えていった。
━━━━あぁ、いけないわ。こんなにもストレスを抱えていたら、あの【鏡】が何と答えるか。
実のところ、白雪姫の家には骨董好きの父親が購入した「魔法の鏡」が存在する。
━━━鏡よ、鏡。この世で一番美しいのはだぁれ?
そう尋ねると、鏡の中から真実の声が聞こえるというのだ。
白雪姫は『美しさ』などに興味がなかった為、一度もその部屋には足を踏み入れたことがない。
しかし継母は違った。
嫁いできてからというもの、暇さえあれば己の美貌を確認すべく、鏡に問いかけていた。
その日も同様に、鏡の前でにっこりと微笑み、いつものように尋ねる。
贅沢にも‘蜂蜜パック’をした後だ。
肌のコンディションが悪かろうはずもない。
「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのはだぁれ?」
すると鏡は静かに変化し始める。
今までならば、彼女自身の色気ある表情をそのままの姿で映し出すはずなのに、その時、鏡は初めて別の人物を示した。
『今、この世で一番美しいのは‘白雪姫’様でございます。』
「なんですって!!?」
驚愕の答え。
継母のショックは相当なものだった。
若さはともかくとして、あの食欲の権化である義理の娘に負けるとは想像もしていない。
胸の内に屈辱の嵐が吹き荒れる。
「じ、冗談でしょう!?」
『私は真実しか述べません。白雪姫がこの世にいる限り、貴女は決して一番になれない。』
さらなる屈辱に、継母の頬が赤く染まる。
鏡を叩き壊したい気持ちになったが、その拳を堪え、彼女は指の爪を苛立たしく噛み始めた。
━━━━どうすればいいの?
白雪姫がこの世にいる限り、私の美しさは永遠に二番目。
だいたいあの間抜け面のどこが、私より美しいっていうのよ!!
彼女は真実から目を背ける性質だった。
事実、白雪姫はとても美しく成長しており、求婚の数はそれに比例していた。
柔らかな薄茶色の髪と、陶磁器のような素肌。
澄んだ瞳と整った鼻筋は幼い頃亡くなった母譲り。
食事をする時は大きく開かれる口も、黙っていれば熟れた林檎のように艶やかな紅色をしている。
長い手足と細い腰。
少々胸は足りないが、彼女のしなやかな体つきは、十分に男をそそる魅力を湛えていた。
粗雑ささえ取り除けば、国王ですらその美しさに平伏すことだろう。
━━━こうなれば、あの憎々しい義娘には、この世から居なくなってもらうしかないわね。
最終的に継母が辿り着いた考えは、とても残酷なものだった。
「ミロク!ミロクは居る?」
彼女は忠実な下僕である狩人、ミロクを呼び出す。
「奥さま。お呼びでしょうか。」
「あなたにしてもらいたいことがあります。決してしくじらぬよう、慎重にね。」
継母の顔が悪意に歪む。
それはとても醜く、美しさに拘る女の表情には到底見えなかった。
「ミロク、どこまで行くんだよぉ?」
二人は、山の奥深くへと歩き続けていた。
朝、屋敷を出て、かれこれ三時間になるだろうか。
体力には自信があるはずの白雪姫の口から、さすがに不満が溢れ始める。
昔から、父のお気に入りだったミロク。
狩猟の腕前は一流で、そのワイルドな容貌と男臭さに憧れを抱いていた白雪姫は、突然誘われた山歩きにも二つ返事でオーケーした。
久々の遠出。
それも大好きなミロクと一緒なら、退屈とは無縁のまま、思う存分楽しめるはず。
うまくいけば、鹿狩りの方法を教えてくれるかもしれない。
白雪姫は野性的な遊びが大好きだった。
けれど、残念にも彼女の思惑は外れてしまう。
ひたすら無言で歩き続ける彼に、最初はワクワクしていた白雪姫も徐々に不機嫌さを増してゆく。
いつまで経っても目的地を告げず、料理長に持たされたサンドウィッチを食べる様子もない。
━━━こんなに歩いたら腹減るじゃんかぁ。
空腹は神経を尖らせる。
苛々に耐えかねた白雪姫は、とうとう足をぴたりと止め、猟銃を持った彼の逞しい背中に向かい、叫んだ。
「もう歩くのやだっ!先に飯食う!」
するとようやく悲痛な声が届いたのか、ミロクは慌てて振り返った。
「あ、あぁ。そうですね。昼飯にしましょうか。」
携えていた敷物を広げ、口を尖らせたままの白雪姫を恭しく座らせる。
二人の周りには広葉樹が生い茂り、秋の深まりを感じさせるよう色付き始めていた。
どんぐりや胡桃が転がる地面を栗鼠達がちょこまかと動き回っている。
越冬に向け、巣穴にたっぷりと蓄えるため、彼らも必死だ。
先程までのぶすけた表情はどこへやら。
並べられた大量のサンドウィッチは、ご機嫌な彼女の口へ次々と消えて行く。
そんな姿を微笑ましく見つめるミロクは、自分の分も差し出しながら、何かを覚悟したように口を開いた。
「白雪姫、貴女は今日、屋敷に戻ることは出来ません。」
「へ?なんで?」
唐突の言葉に咀嚼が止まる。
「私は母君から貴女を殺すよう命じられました。証拠として、その美しい髪を持ち帰らねばならないのです。」
「だから何であたいが殺されなきゃなんないんだよ?あたい、義母ちゃんに何かしたっけ?」
意味が解らないと不思議がる白雪姫に、ミロクは悲しそうに俯く。
「貴女はちっとも悪くない。だがこのままではいつか母君の餌食となってしまうでしょう。彼女の手から逃れるため、ここは暫く身を隠すことをお勧めします。」
「ど、どこに?」
「この場所から五時間ほど西に向かって歩けば、小さな小さな集落があります。そこでどんな理由でもいい、‘働かせてください’と頼み込んで、寝床を確保なさい。」
「え?あたい、働くの?」
自慢にもならないが、彼女は働いたことなど一度もない。
「何でも良いんですよ。薪割りでも、水汲みでも。若い人手が足りない過疎村なので、きっと快く受け入れてもらえるはずです。」
ミロクは目を丸くする白雪姫の髪を、ナイフでばっさりと切り落とした。
それから自分の手を少し傷つけ、その髪に血をまぶす。
「これを持ち帰ります。いいですね?必ず集落に辿り着くんですよ?」
「・・・・わぁった。」
「万が一遭難したら、太陽の方向をしっかり見つめなさい。それから食料ですが・・・・」
そう言って彼はいきなり銃を構えると、木に留まっていた鳥を立て続けに二羽、打ち落とした。
「今からさばいて、火を起こす道具と共に持たせます。空腹に我慢出来なくなったら焼いて食べてください。」
「う、うん。でもあたい、火おこせるかな?」
「・・・それも、教えます。」
それから一時間ほどかけて、ミロクは白雪姫にサバイバル術を叩き込んだ。
歩きにくいドレスは裾をカットし、敷物で簡素なマントを作る。
獣の足跡を見つけたら、風下を歩くことも教えられた。
・
・
・
そしてお別れのとき。
「なぁ、ミロク。何であたい、義母ちゃんに憎まれちゃったんだろ。」
「恐らくは、貴女の美しさに嫉妬したからでしょうね。」
「美しさ?」
「ええ。奥さまよりも美しくなり過ぎたため、このような理不尽過ぎる目に遭わされているんです。」
「そうなんだ。確かに義母ちゃんは性格悪いけど、あたいは嫌いじゃなかったのにな。」
「人の心など裏を返せば、大概目を覆うような醜さを同居させているものです。その点、貴女は純粋なままだ。もちろん小狡いところもありますが、それでも本気で憎しみを抱えることはない。いつまでもそのままで居てください。心から無事を祈ってます。」
そう言ってミロクは、白雪姫の額にキスを落とす。
白雪姫はそんな優しいミロクとの別れに一筋の涙を溢し、再び険しい山の中を歩き始めた。
のんびりしている猶予はない。
陽が落ちれば獣の動きが活発になる。
人と比べ少々お転婆な白雪姫だが、お屋敷育ちの純粋培養に違いないため、にわか知識のサバイバル術で身を守れる可能性は米粒よりも少なかった。
・
・
・
二時間ほど歩いたところで、白雪姫の足にマメが出来始める。
カットしたドレスの裾を包帯替わりに、少しでも地面との接着面を庇おうとするが、結局痛みは酷くなっていくばかり。
持たされた鶏は重く、山を歩くには不都合な靴のせいもあり、疲れきった白雪姫は木の根っこにどっかと腰を下ろした。
秋の日の入りは早い。
もう太陽は傾きかけているのだろう。
木々の濃い影が、重なりあうよう長く伸びている。
「あたい……………なんでこんなとこにいるんだろ?」
白雪姫は呟いた。
ミロクを説得し屋敷に戻って、継母ともう一度話し合うべきだったのではないか?
そんな楽観的ともいえる考えが頭を過る。
「そうだよ。義母ちゃんだって鬼じゃないんだ。誕生日の時はアップルパイも作ってくれたし、今はちょっとイライラしてるだけかもしんないじょ?」
継母の殺意とやらを信じられない白雪姫は、すっくと立ち上がり、「やっぱり屋敷に戻ろう!」と踵を返した。
マメは痛むが、早く歩かないと日が沈みきってしまう。
しかし━━
焦る彼女は夕暮れ時の山をなめていた。
落ち葉に覆われた地面。
細く入り組んだ山道は目を凝らさないと、それが本当に道かどうかも分からなくなる。
焦る気持ちから前のめりに歩いていた白雪姫はとうとう、足の痛みにバランスを崩し、そのまま山肌を滑り落ちてしまう。
木の根に身体を打ち付け、時々スピードは緩むものの、約30メートルは滑落したであろう。
ようやく止まった時、元来た道は遥か上方。
「いってててて・・・」
ズキン
鋭い痛みが足首に走る。
どうやら見事に挫いてしまったらしい。
かろうじて立ち上がることが出来ても、とても歩ける状態ではなさそうだ。
滑落しながらも鶏肉を離さなかったのは流石。
彼女の手はしっかりと足の部分を掴んでいる。
「ここで野宿かよぉ。」
周りは木々が生い茂り、道らしき道も見当たらない。
夜露をしのげるような祠を探すことも、この足では流石に難しいだろう。
「せめて湧き水でもあれば、冷やせるんだけどな。」
心細さと、痛みで涙がこみ上げる。
「父ちゃん…………」
思わず他界した父を呼ぶも、カサカサと風に鳴る木々へ吸い込まれていくだけ。
孤独と絶望を感じた白雪姫は、全てを放棄したかのように目を閉じてしまった。
火をおこすこともせず、マントを抱き寄せ、身を縮める。
━━━━あーあ。疲れた。
夕闇に包まれ、冷えてゆく身体。
このままでは間違いなく、獣の餌になってしまうというのに…………
しかし、長時間の山歩きで疲れ果てた白雪姫は、あっという間に眠りへと落ちていった。
カサ…………
カサ……………
暫く経った頃。
落ち葉を踏みしめる乾いた音が響く。
規則的なリズム。
人間よりもずっと軽い足音のそれは白雪姫の側でピタリと止んだ。
「おやおや、呑気な人間だ。このまま狼の餌にでもなりたいんでしょうかね。」
先の尖ったウールの帽子。
アーガイルチェックのゆったりしたシャツに、土色のオーバーオールを着込んだ農夫のような格好。
小声で話す’彼‘の手には、細い枝を寄せ集めた松明があった。
火の粉を散らしながらパチパチと音を立てているが、白雪姫が目を覚ます様子はない。
「…………ふむ。これは美味そうな鶏肉だ。薫製にすれば10日間はもつだろう。」
彼はほくそ笑んで手を伸ばす。
しかし眠っているはずの白雪姫は、相当な力で鶏の足を握っていて、そう容易く盗み取ることは出来なさそうだ。
「仕方ありませんな。朝まで待って、交渉するとしましょう。」
死んだように眠る少女の前に立ち、‘彼’はそっと松明を翳した。
ぼうっと揺れ動く灯りの中、整った輪郭が浮かび上がる。
不揃いな前髪から覗く、長い睫毛と通った鼻筋。
見た感じ年頃の少女で、着ているものから推測すれば、上流階級に属していると判る。
「迷い込んだ………にしては、食料も携えているし、どうやらワケアリのようですね。」
白雪姫の半分以下の背丈しかない‘彼’は、しばし考えた後、周辺にある落ち葉と枝を拾い集め、焚き火を起こした。
このまま放置していたら、どのみち鶏にはありつけない。
腹を空かせた獣たちが、ご馳走の匂いを嗅ぎ付ける方が早いだろうから。
小さな彼は、腰に巻いた革袋から胡桃を取り出し、カリカリと食べ始めた。
今日は保存食の為の木の実を拾い集めに来たのだが、当然夜を明かすつもりは無かった為、大した食料など持って来ていない。
白雪姫が握りしめた旨そうな鶏に、チラチラと視線を投げ掛けてしまうが、こうやって寝ずの番をすれば、きっと彼女から差し出してくれるだろう、などと打算的な考えに至る。
「しかし、冷え込んできましたな。」
火を焚いていても、冷たい空気が背中を掠める。
温かそうなマントにくるまれた白雪姫も、無意識の内に身を固くしているようだった。
小さな彼は集めた小枝を一本一本、焚き火に加えていく。
火が消えぬ限り、凍死することはあるまい。
ふと、マントから覗く足に目を留めた彼は、片方の足首が明らかに腫れていると気付いた。
小さな手でそっと触れれば、わずかばかり熱を持っている。
「まさか………滑り落ちたのか?」
この辺りの道は、山の人間ですら避けるほどの険しい斜面。
もちろん、お屋敷育ちの令嬢が歩く場所ではない。
再び腰の革袋を探り始めた彼は、常日頃から常備している膏薬を取り出し、首を巻いていた麻のスカーフで傷口に括りつけた。
「まったく。手のかかる人間だ。」
眠っているせいで幼くも感じるが、恐らく15才を過ぎたあたりだろう。
どんな事情があるにしろ、あまりにも思慮を欠いた行動だと感じる。
鶏になど執着せず、とっとと見捨てて、温かいスープの待つ家へ帰れば良かったのかもしれない。
そうすれば今頃、ふかふかのベッドで読みかけの推理小説を楽しんでいたはずだ。
しかしこの小さな男は、山を恐れぬ愚かな娘を守りたい衝動に駆られてしまった。
それは打算を押し退ける本能的な何か。
━━━━放ってはおけない。
そんな庇護欲が掻き立てられる。
「人間に関わるとろくなことがないのだが…………まぁ、これも運命というものでしょうな。」
遠くで梟が鳴き始める。
ホオ……ホオ……と物悲しい声で。
闇は沈澱し、その色を濃くしていくが、狼達の遠吠えはまだ聞こえない。
小さな男は、少女の顔に揺れる火の影を見つめながら、最後の胡桃を口の中に放り込んだ。
「ふぁ~ぁ、良く寝たぁ。」
目を覚ました白雪姫が身を起こした時、焚き火は煙が出るだけの細々としたものとなっていた。
辺りは朝靄に包まれ、粗末なマントには冷たい露が染み込んでいる。
「あり?あたい、焚き火なんかおこしたっけ?」
無意識に火を操れるほど器用ではない。
彼女はお屋敷の中で純粋培養されたお嬢様。
多少お転婆ではあるものの、山の中に放り出された状況下で、独り生き延びることはまず不可能だろう。
木の根っこを枕に、落ち葉のベッドで眠る。
そんな初めての寝床も、疲れきった体には上手く馴染んだようだ。
「腹減ったなぁ~」
胃から鳴り響く不満げな合図を聞き、白雪姫は昨日、ミロクに持たされた鶏を思い出した。
と同時に、山肌を滑り落ちて怪我したことも。
「あ、捻挫してたんだった。」
そう言って足首に目をやれば、これまたいつの間にか手当てがされている。
「え?なんだこれ?」
巻かれた布の上からそっと手を置くと、あれだけ痛かったにも関わらず、腫れた様子は感じられない。
それもそのはず。
膏薬の効き目は抜群だった。
白雪姫は辺りを見回しながら、山の清浄な空気を思いきり吸い込み、頭をしっかり覚醒させようと試みる。
この状況が夢でないことを確かめるために━━。
「・・・・・あれ?」
すると立ち上る煙の向こう側に、丸まった一つの影が見て取れた。
明らかに小さい影。
小さいといっても野兎よりはずいぶんと大きく、よくよくみれば人の形をしている。
白雪姫は膝立ちし、恐る恐るにじり寄ってみた。
反応はない。
どうやらぐっすり眠っているようだ。
「まさか、小人?」
それは絵本に出てくる小人(ドワーフ)そのもの。
いや、ドワーフよりもかなり細身で、着ている服もどことなくお洒落だ。
肌の色も、自分とそうは変わらない。
森に住むドワーフ一族は基本浅黒い肌をしていると描かれていたが、あれはやはり嘘だったのか、と頭を捻る。
「うわぁ、やっぱちっちぇーなぁ。」
白雪姫は怪我の手当ても、焚き火のことも、全てこの小さな男がしてくれたのだと理解した。
もしかすると寝ずの番だったのかもしれない。
焚き火の側には小枝がこんもりと積まれており、明け方まで火を絶さぬよう焼べていてくれたのだろう。
その証拠に、いまだもくもくと煙が立ち上っているのだから。
白雪姫は、落ち葉数枚と小枝を一本、煙る灰に投下すると、ミロクに教えてもらった通り、道具を使って火をおこそうとした。
「あれ?上手くいかないなぁ。」
カチッカチッ
火打ち石を連続して打ち鳴らすが、火花は飛ばず、乾いた音だけが辺りを漂う。
「もしかして、湿気っちゃったのかな?」
「その通り。落ち葉が朝露で湿気っているんですよ。もっと乾いた物でないと火は点きません。」
「あ、そか。………って、うわっ!起きてたの!?」
慌てて声の方を振り向けば、小人は起きたてとは思えないほど、真っ直ぐな眼差しで白雪姫を見つめていた。
その瞳はまるで黒曜石のようで、生まれて初めて目にする神秘的な輝きに、白雪姫の胸が高鳴った。
帽子から覗く艶のある黒髪と、鼻筋の通った凛々しい顔立ち。
良く出来た陶器人形を思わせる男に、思わず見惚れてしまう。
髭も蓄えてはいないし、決して小太りでもない。
確かに背丈は小さいが、優れた敏捷性を感じさせる引き締まった体つきをしている。
━━━━絵本なんかアテにならないな。
白雪姫は、仰け反っていた背中を元を戻すと、「おまえ、なんて名だ?」と不躾に尋ねた。
「僕はセイシロウ。ここから程近い山小屋で暮らしています。」
「あたいは白雪姫。この山の向こうにある街に住んでる………というか、住んでた。」
「白雪姫?それが本名ですか?」
「ううん。ちっちゃい頃から皆そう呼ぶだけ。ほんとは‘ユーリ’っていうんだ。」
「ではユーリ。何故街のお嬢さんがこんな物騒な山奥で野宿する羽目になったんです?僕が夜通し、火の番をしなければ、貴女は確実に狼の餌になっていましたよ?」
白雪姫は簡潔に身の上話を伝えた。
あらぬ理由で継母に憎まれ、命を奪われそうになっていること。
そして心ある猟師、ミロクに助けられたことを。
「なんと酷い話だ。美にこだわり、人の、それも義理とはいえ娘の命を狙うなど愚の骨頂。しかし貴女は強運の持ち主ですね。そのミロクという男も、きっとその運の良さに賭けたんでしょう。」
小さな彼は立ち上がり、彼女の側にテクテクとやって来て、火打ち石を貸すよう促す。
そして煙の中に残った燃え残りの小枝を上手くかき集めると、いつもの革袋から‘もぐさ’のような物を取り出した。
白雪姫は彼の手際の良さに目を瞠る。
セイシロウはそれを火種とし、ほんの一瞬で焚き火を復活させてしまった。
たちまち温かな空気が生み出され、冷えた身体を包み込む。
「なぁ、セイシロウ。なんであたいの側で火の番をしてくれたの?」
「あぁ、それは…………」
彼は本来の目的を思い出し一瞬口ごもったが、このどこかあけすけな雰囲気の少女なら気を悪くすることもないだろうと、思いきって告白した。
「貴女が持つ鶏が欲しかったんです。」
「え、鶏?」
「ほら、そこに。」
火打ち石を使うときに手から離した二羽の鶏は、落ち葉の上で無惨に転がっている。
「そうだ!こいつがあったんだ!」
セイシロウのせいで忘れかけていた空腹を思いだし、白雪姫は嬉しそうに手を叩いた。
「なぁ、この鶏食べたいんだけど、どうやったら上手く焼ける?」
「お腹が空いているんですね?」
「うん、ペコペコだよぉ。夕べから食ってないもん。」
「なら、僕の家に来ませんか。この鶏は薫製にすれば長く持ちますし、我が家には温かいスープとパンがありますよ。」
「え、ほんと?行ってもいいの?」
「少し山を下ることになりますが、足は大丈夫そうですか?」
そう指摘され、白雪姫は慌ててお礼を述べた。
「あ、これ、セイシロウが手当てしてくれたんだよな?あんがと!もうあんまり痛くないよ。」
「なら良かった。では手足を温めたら早速出発しましょう。」
白雪姫はホッとしていた。
この帽子を被った小さな男は、随分と面倒見が良いらしい。
たとえ鶏を狙っていたとはいえ、こうして自宅にまで連れていってくれるのだから、もしかすると遠くの集落を目指さなくても、彼の家で住まわせてくれるかもしれない。
一人っきりで山道を歩くのはもう疲れた。
寂しがり屋の白雪姫は、そんな淡い期待を胸に彼の後ろを歩く。
歩幅が小さいわりに、あまり速度は変わらず、彼女はつんのめることもなくマイペースに山を下った。
20分ほど歩いたところで、川のせせらぎが聞こえてくる。
開けた土地に小さな山小屋。
そこが小人の住む家だった。
「ここですよ。」と手招きしたセイシロウは、白雪姫が着ていた簡易マントを外すよう告げる。
「中は貴女が過ごすにしては少々手狭だ。そっと入ってくださいね。」
「あ、うん。」
腰を屈めることで、かろうじてくぐれた扉の向こうには、とても暖かみのある空間が広がっていた。
カラフルな壁に、手作りであろう多くの家具。
天井は意外なほど高く、白雪姫は特に困ることなく家の中を物色出来た。
「あれ?ベッドが七つもあるじょ?」
「あぁ、それは…………」
セイシロウが答える前に、足音が聞こえてくる。
パタパタパタ……と奥の部屋から複数の足音が。
「どうもお湯が足りないな。」
「だから言ったんですよ。あと二バケツ分は必要だって。」
「寒くなってきたから、余計に使ってしまうんだ。」
「薪を取りに出掛けないと、冬を越せなくなりますよ。」
「なら今日、僕がいくとしましょう。」
「そういえば、一人、木の実を集めにいったはずだが帰ってこなかったようですね。」
「帰ってますよ。」
白雪姫は目を疑った。
現れた男達は皆小さく、全員がセイシロウと同じ顔形をしていたからだ。
「え!?まさか七つ子?」
彼女が驚いた声をあげれば、
「うわっ!なんてことだ。人間じゃないですか?」
「木の実じゃなく人間を連れ帰ったのか?」
「部屋が狭く感じますね。」
「おや、手に持っているのは鶏ですよ。」
「これは助かった。鶏のハムが作れるな。」
「ところで、どういう経緯でこうなったんですか?」
と、同じ顔の六人がそれぞれ口を開く。
白雪姫の頭はパニックだ。
「彼女は山の中で遭難しかかっていた、街のお嬢さんですよ。質問攻めは後にして朝食にしませんか?」
「なるほど。それは興味深い。」
「ちょうど良かった。胡桃パンを焼いておきましたよ。」
「僕はキノコのシチューを。」
「じゃあ、杏のジャムを出そうか。」
「今朝の気分は無花果だと思うんですが。」
「クルミも悪くない。あとオムレツにはチーズを混ぜましょう。」
腹を減らした人間にとって、ヨダレが溢れそうなラインナップ。
白雪姫は喉を鳴らすと、揉み手するように六人へと近付いた。
「へへ、あたい白雪姫。でもユーリって呼んで。」
「「「「「「ユーリ」」」」」」
見事な響音。
「皆の名前は?」
「全員、‘セイシロウ’ですよ。」
最初の一人がそう答える。
「は?」
「実のところ、僕たちは兄弟ではありません。元々は一人の人間で森に住む魔女チアキの魔法によって、こんな姿で小間使い扱いされているんですよ。あの人は色々と我儘ですからね。身一つでは、とてもじゃないが間に合わないんです。」
「魔女?んなもん居るの?」
「おや、聞いたことありませんか?‘森には二人の魔女が住む’、と。」
惚けた顔で首を横に振る白雪姫に、七人はやれやれと顔を見合わせる。
「どうやら貴女は知らないことが多すぎますね。よほど蝶よ花よと大事に育てられたのだろう。知識は身を守る術となります。これからは少しくらい勉強するといいですよ。」
それには一言も反論出来ない。
過保護な父と、優しい召し使い達に囲まれ、ぬくぬくと暮らしてきたことは確か。
継母がやってくるまで、いや、やって来てからも、彼女の豊かな生活は安全に守られていたし、不安に思うことなど一つもなかったのだから。
「なぁ、セイシロウ。あたいをここで働かせてほしい!」
「「「「「「「え?」」」」」」」
「あたいに色々教えてほしいんだ。水汲みでも薪割りでも何でもするから。それに料理だって頑張ってみるからさ!おねがい!!」
白雪姫はこれ以上、山の中を歩きたくなかった。
潰れたマメは痛いし、また同じように山を転落する可能性もあるだろう。
それに、この善良な小人たちの側で暮らす方が、気持ちも楽だ。
先程から美味しそうな香りが漂っていて、飯は間違いなく旨いだろうと感じていた。
「それはまぁ、別に構いませんが・・・」
「本当に何でも出来るんですか?」
「箱入り娘に力仕事など無理でしょう。」
「見なさい。傷一つない綺麗な手をしている。恐らく皿を洗ったこともないはずですよ。」
「だが、普通の娘と違って、気力と体力だけはありそうだ。」
「これから冬に向かいますからね。風呂の湯もたくさん必要となるし、水汲みをしてくれるだけでも充分助かりますよ。」
「「「「「なるほど!それはいい。」」」」」
同じ顔と同じ声、そして同じ口調の男達。
それぞれの見解が出揃い、白雪姫は結果的にこの小人たちの家で過ごせることとなった。
「では、食事にしましょうか。僕たちの椅子は小さ過ぎるでしょうから、暖炉の前の敷物に座って食べてください。」
「うん!あんがと!!」
やっとありつける朝御飯。
白雪姫ことユーリ嬢は、人一倍大きな胃袋を満たす為、彼らの作った全ての料理を平らげてしまった。
味は予想通り格別。
焼きたての胡桃パンも、野菜がゴロゴロ入ったシチューも、手製のジャムも、新鮮な卵のオムレツも、みんな美味しくて、屋敷で食べる贅沢な食事よりも満足出来た。
もちろん空腹という名のエッセンスが加わった所為でもある。
「これは相当エンゲル係数が跳ねあがりますな。」
「小麦粉を二倍、いや五倍買ってこなくては。」
「その分働いてもらうとしましょうか。」
空の鍋を前にして呆気に取られる七人は、果たして自分達の出した結論が正しかったかどうか、悩むこととなる。
「鶏二羽では………とてもじゃないが採算がとれませんよ。」
こうして、白雪姫と七人の小人達は、人知れぬ山の中で、共同生活という名の新たな扉を開けた。
嵐はまだ遠い。
白雪姫ことユーリ嬢がその山小屋で暮らし始めて5日が経過していた。
日に日に寒くなる山間の空気。
力仕事には何故か自信のあるユーリだったが、さすがにこう寒くては動く気になれない。
薪を一冬分用意するという大仕事は、思っていた以上にきつかった。
「休みますか?」
小人………セイシロウはホットミルクを差し出し、話しかける。
そこへとろっと蜂蜜を落としシナモンの枝でかき混ぜると、甘い香りが漂い始め、口に含めば疲れがふぅと抜けていく感じがした。
「お金持ちのお嬢さんにしては良く働く。感心しましたよ。」
「だって、タダ飯食わせてもらってるわけだし………文句は言えないじょ。」
「きちんと仕事をしてるのだから、タダ飯じゃあありません。これは労働です。」
「あ、そっか。うーん、でもあたい、おまえらの10倍は食ってるからなぁ。」
「確かにその通りですが、こうやって薪割りや水汲みを手伝ってもらえると本当に助かるんですよ。僕たちだけだと20倍の時間がかかるので。」
腰に巻かれた革袋からは、いつかのように胡桃が取り出され、白雪姫の手に渡る。
小さなその実も、彼の手の中だとそこそこ大きく見えるため、食いしん坊の彼女は嬉しくなった。
「さぁ、今日はあと一束で終わってください。カボチャのポタージュを作るので味見係が必要なんです。」
「やった!あたいかぼちゃ大好き!」
素直な感情を示す白雪姫を見て、セイシロウの心がぬくもりに包まれる。
子供のような無邪気さと、人を楽しませる素の笑顔。
どちらも好ましく、尊い。
彼女の不幸な身の上話を聞けば、ずっとこのまま、自分達の山小屋で過ごして欲しいと感じるが、しかし、果たしてそれが本当に白雪姫の幸せなのだろうか?
セイシロウは悩んだ。
聞けば彼女も年頃の女性。
縁談もちらほら出ているという。
しかし継母に命を狙われているのだから、のこのこと街に戻らせるわけにはいかない。
たとえ、白雪姫が死んだと思い込んでいても、彼女ほど美しい少女が巷を練り歩いていたら、すぐに人の噂になってしまう。
継母の耳に入るのは必然であろう。
「知恵を借りねばならぬようですな。」
セイシロウはそう思い至った。
この森で千年生き続けている魔女、チアキの助言を━━。
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ユーリが眠るベッドは、七人のセイシロウで作り上げた。
「床でいいよ。」と言う彼女に「とてもじゃないが眠れない寒さだ」と教え、予備のブランケットを繋ぎ合わせ、布団とする。
干し草を木綿の生地でくるんだだけの簡素なマット。
だが、白雪姫はそれに大いに喜び、飛び込んだ。
決して贅沢な暮らしではないものの、彼女は七人のセイシロウに囲まれ、充分な幸せを感じている。
今ごろ継母がどんな風に思っているのか。
ミロクはあの後、どうなったのか。
など、心配事は多々あるけれど、彼女は今の生活をとても気に入っているのだ。
━━━『労働』とやらも悪くないな。
白雪姫は自分の手を空に翳し、にんまり笑った。
それからまた5日ほど経ったある日のこと━━━
七人のセイシロウ達は、魔女チアキに頼まれ集めた薬草を届けに、山小屋を留守にする。
白雪姫は一人でお留守番。
部屋の掃き掃除と、風呂を沸かす仕事を言い渡されていた。
「これ、一苦労なんだよなぁ。」
湯を何度も沸かし、それを木製の湯船に溜めるのだが、熱湯を運ぶため、火傷を負う危険性があった。
「あちちっ!もっと水足さなきゃ。」
桶を持って外の貯水地に向かった白雪姫は、そこで一人の少女がこちらに向かって歩いてくるところに出くわす。
同い年、もしくは少し年下に感じる美しい少女。
切り揃えられた真っ黒な髪をマントのフードで覆い、寒そうに手を擦り合わせていた。
「うちに用?」
迷わず声をかければ、彼女は少々大袈裟なほど驚き、白雪姫の全身をマジマジと見つめた。
大きな瞳が輝く。
「まぁ!この家には小さな人しか住んでいないと思っていましたのに………」
「あ、うん。セイシロウのこと?今、ちょっと出掛けてるんだけど。」
「…………貴女は?」
「あたいは白雪姫。訳あって、ここに居候してるんだ。あんたは?」
「わたくしはノリコ。山の麓に住む者ですわ。月に三回ほど、朝採れ林檎を売り歩いておりますの。」
「林檎!?」
白雪姫が、即座に食らいつく。
ノリコが籠にかかった布を捲ると、そこには見事な色の果実がたっぷりと詰まっていた。
「うわぁ、美味しそう!」
「完全無農薬、有機栽培ですわ。味はもちろん格別です。」
「マジ?じゃあ三個、いや五個もらおっかなー!これだけで足りる?」
金色の小銭を手渡すと、ノリコはにっこり微笑んだ。
「充分ですわ。ありがとうございます。」
恭しく差し出された林檎をスカートを受け皿にし、受け取る白雪姫。
ふと、ノリコの身体が小さく震えていることに気付き、休憩していくよう勧める。
「なぁ、寒かったろ?お茶でも飲んでかない?」
「あら…………よろしいんですの?」
「うん!」
普段、小人とはいえ男に囲まれた生活を送る彼女にとって、彼女は久々に出会った女の子。
心が弾む。
「お茶………お茶………えーと、どこだっけなぁ?」
「この筒の中に入っているのでは?」
「あ、それだ!あんがと。」
台所は基本、セイシロウ専用。
料理とは無縁の白雪姫が、置き場所を把握しているはずもない。
のんびり湯を沸かしていると、そわそわし始めた客人が窺うように話しかけてきた。
「お茶請けに林檎を切って差し上げましょうか?」
「マジ?あたい不器用だから助かるよ。」
ノリコは小人用の包丁を手に取ると、あっという間にうさぎ型にカットし、皿に並べた。
「どうぞ。たくさん召し上がれ。」
「いただきまっす!」
シャリ………シャク………
「うわぁ、うんまい!」
「でしょう?」
「蜜がたっぷりだし、甘くて歯触りもいい。」
白雪姫は次々と頬張る。
「ええ。………だって貴女の大好きな栃の実の蜂蜜を含ませましたもの。」
「へぇ………って、ん?」
「あの世へ行く前に、せめてものプレゼントですわ。」
頭の回転が遅い白雪姫は、彼女の言葉を理解できず、呆然と動きを止める。
それを見たノリコは愛らしい口元に、真っ白な手を添えて笑った。
「わたくしはこの国の魔女。つい先日、貴女のお継母様に毒殺を依頼されましたの。あぁ……今さらどうでもいい事ですわね。白雪姫、貴女はあと数分もすれば天国の住人になるんですもの。」
澱みなく告げられた絶望的な言葉に、白雪姫は固まったまま。
━━━━天国?なんで?
母ちゃんに、生きてることばれたのか?
ミロクは?
疑問は次々に湧いてくる。
しかしそれらの答えを聞く間もなく、次の瞬間、彼女は昏倒するかのように倒れた。
床に置かれた平らな切り株。
それはセイシロウが白雪姫の為に作ったテーブルだった。
ユーリはそこに突っ伏したまま、微動だに出来ない。
「可哀想な白雪姫。せめてもの慰めは、眠るように逝けることだけ。」
赤い口で微笑む魔女が、次第に霞んでゆく。
呼吸が速度を落とし始め、言葉すら紡げない。
「あ………」
「おやすみなさい。永遠に・・・・」
そうして、白雪姫の視界は暗転した。