※不愉快な内容が含まれています。
苦手な方はスルーを推奨します。
俺の母は見た目は女優と言っても過言ではないほど美人で、でも頭の中は悲しいほど空っぽな女だった。
未婚のまま二人も孕んだ末、不倫していた男と別れ、『女手一つで育ててくれた』……と言えば聞こえは良いかもしれないが、基本いろんな男を渡り歩き、彼らに金をせびりながら生計を立てていた。
無論、父親から振り込まれる養育費は日々の浪費でこれっぽっちも残らない。
ブランドものを買い漁り、飽きたら捨てる。
そんな母の爛れた習慣を横目に、俺たちはこうはなるまい、と心に誓いながら成長した。
二つ上の姉、陽子は父親似で、とても聡明な女性だ。
一を聞けば十を知る。
俺は幼い頃からその頭の良さに憧れていた。
色白で黒髪の美人。
身体は細く病弱だったが、学ぶことが大好きで、学校にはいつも嬉しそうに通っていた。
その時の俺はまだ小学生。
中学に入ったばかりの姉が、同じ年頃の男たちにモテるのも頷けた。
そんな頃、母が連れてきた恋人は、見た目は悪くないが母と同じで頭は空っぽ、怪しい仕事で身銭を稼いでいると聞いた。
実際は女を斡旋し、男を騙して金を踏んだくる美人局。
それもヤクザの下っ端。
儲けのほとんどが上納金として取られるらしく、とにかくロクな奴じゃあなかった。
そんな人間のクズが陽子に目を付けたのは必然だったのかもしれない。
茹だるような気温のその日。
市民プールへ誘おうと入った姉の部屋で、奴は一糸纏わず、煙草を吹かしながらベッドに腰かけていた。
男の陰で泣き崩れる姉は俺を見て、慌てて目を擦り、狼狽した様子で叫んだ。
「あっちへいって!」
いくら小学生といえども、そのただならぬ気配を肌で感じ、俺は足を震わせる。
「ねぇ………」
「輝良!聞こえなかったの!?あっちへいってよ!」
男はそんな陽子の姿にニヤニヤしながら立ち上がると、俺を部屋から軽々と摘まみ出した。
パタンと閉められる扉。
廊下に立ち尽くす俺の耳へ啜り泣く声が届く。
・・・・・一体、何をしていたのか。
想像をすると吐き気がこみ上げ、俺は慌ててトイレへ駆け込んだ。
幼くとも解る。
姉はあの男に蹂躙されたのだ。
か細い身体を弄ばれ、汚ならしい手垢を肌の至るところにつけられたのだ。
トイレから這うように出たとき、陽子の甲高い悲鳴が家中に響き渡る。
俺は無力な自分を呪った。
それからはまさに地獄。
二人の関係は秘密裏に続き、半年後、ようやく母にバレたきっかけは姉の妊娠だった。
身体の弱さ故か、堕胎後ベッドから離れられなくなった陽子は、徐々に心を病み始めていた。
そんな娘を疎ましく思った母は、俺たちを労ることも慰めることもなく、新しい男の元へ行ったっきり戻って来ない。
だが、それでも良いと思った。
あんな親ならば必要ない、と。
二人なら穏やかに生活できるし、節約すれば金もそんなに必要じゃない。
しかし━━━━
神は嘲笑うかの如く、次の試練を与えてくる。
中学卒業間近、ご機嫌な様子で現れた母は年配の男を連れ帰ってきた。
ロマンスグレーとでもいうのだろうか。
紳士的な挨拶と優しげな微笑み。
着ているものも一流品だ。
その上、姉の身体を気遣い、懇意にしている病院で適切な処置を施してくれた。
きちんとカウンセリングも受け、彼女に巣食う傷を癒していく。
すると、みるみる内に顔色がよくなり、昔の美しい陽子が復活。
ほんの少しではあったが、彼女らしい笑顔も戻った。
彼が出入りするようになってからというもの、母は始終ご機嫌で、それもまた俺たちの心がほぐすきっかけとなったのだろう。
赤の他人にこんな幸せな時間を与えられるとは、ついぞ思わなかった。
だがそうは問屋が卸さない。
男が優しかったのは、腹の底に隠し持った汚らわしい性癖の為。
彼は誰よりも……軽蔑すべき男だった。
15歳、俺の誕生日。
その夜、彼がケーキと共に持ってきたご自慢のワイン。
それをしこたま飲んだ母は、ご機嫌な様子で早々と寝入ってしまい、腹が満たされた俺たちもまた、それぞれの寝室へと足を運んだ。
美味しい料理に加え、勧められた高級ワインが、ほんの少しだけ酔いへと導く。
そうしていつしかウトウトし始めた俺の耳に、扉が静かに開く音は全く聞こえなかった。
成長途中だった身体はまだまだ細く、男にしては女っぽいと言われ続け、多少コンプレックスに思っていた。
それでも部活は体育会系。
筋肉をつける努力は怠らない。
だが中年の彼は、日々ジムに通っているというだけあって、隆々とした肉体を保っていた。
一度試した腕相撲。
完敗したのは当然だ。
ギシ………
ワインの芳しい吐息が頬にかかり、俺はゆっくりと目を開けた。
暗闇の中、それでも男の白目はギラリと光っていて、寝入り端の俺は夢と現実の境が見当たらない。
「なっ………なに?」
上擦った声を大きな掌で塞がれ、彼のもう一方の手はパジャマのボタンを乱暴に引き千切る。
一瞬の出来事。
「んっ!!!んんっんん!!」
あまりにも無惨だった。
身体を這い回る感触は悪寒しか呼び寄せず、俺は精一杯逃れようと努力した。
しかし体重差のせいでびくともせず、のしかかられたまま、彼の暴力的な愛撫を受け入れるしかなかったのだ。
一度だけその指にかぶり付くも、容赦ない平手打ちを食らわされ、途端に身体が萎縮する。
そんな姿を見て調子に乗った男はニヤリと笑い、俺の耳元で囁いた。
「…………輝良。これから先、おまえは僕の玩具だ。」
残酷な宣誓が、脳を破壊する勢いで広がって行く。
そうだ。
あの母がまともな男を選ぶわけ、ないんだ!!
声なき声で叫ぶ。
卑怯な男の手で凌辱され尽くした身体は………次の日高熱に冒され、俺は心配する姉に背を向け、声を殺して泣いた。
痛みは心の方が酷かった。
それから約一年。
地獄は続いた。
何もかもを教え込まれ、彼の欲望を満たすためなら、どんなことも受け入れた。
父親面した男は俺の顔が特に気に入っていたらしく、あれからぶつ事は無かったが、それでも身体の至るところに執着の証である責め苦の痕跡は残った。
時におぞましい道具を使い犯される。
どれほど拒否しようとも、その手が緩められる事はなかった。
そして━━━
いつしか与えられる苦痛の中から快楽が産まれ、彼の望むがままの性の玩具へと成り下がった。
女のように、いや女よりも手酷く扱われながら、彼に貪られることを幸せに思い始める。
思春期真っ只中の俺はクラスメイトがその変化に気付くほど、無惨に堕ちていった。
高校は近場の進学校。
男の凌辱は、まるで夫婦の営みのように穏やかなものへと変化していく。
愚かな母は俺たちの関係に目と耳を閉ざしていた。
裕福な生活が捨てられなかったのだろう。
姉は………再び不安定になり、入院を繰り返すようになった。
男は俺たちの生活の全てを保証し、俺はその人身御供でしかなかったのだ。
「おまえが女でなくてよかったよ、輝良。」
「どういうこと?」
「女は直ぐに孕むからな……面倒だろう?」
言いながら大量に注ぎ込まれる白い液体。
女でなくて良かった━━━━
こんな目に遭っていても、それだけは彼に同意できた。
高校に入学して一ヶ月が経つ頃。
俺は初めて女の子と交際した。
彼女の名は‘栞’(しおり)
運動神経抜群で、鬼コーチ率いるバレー部に所属していた。
透けるような髪質のショートボブ。
目鼻立ちは日本人離れしていて、くっきりはっきり。
身長170センチ、スレンダーながらもDカップ。
すらりと長い手足で周りを魅了し、当然のようにモテていた。
そんな栞がある日、俺に告白したのだ。
初めは何の冗談かと思ったが………どうやら本気らしい。
真剣な瞳で訴えてくる。
「いきなりでびっくりだと思うけど、友達から始めてください!」
当然、断る理由はなかった。
高校に入り、どのクラブにも所属しなかった俺は、余った時間でこっそりバイトを始めていた。
18になれば、必ず陽子を連れて家を出る。
そんな決意を抱き、金を貯め続ける。
父親面した男は他人への口止め料か、月に一度10万の小遣いをくれていたが、それを全て銀行に預け、アパートを借りる為の軍資金に当てようと思っていた。
三年間………我慢すればいい。
そうしたら、こんな生活おさらばだ。
身体に植え付けられた快楽は屈辱でしかなく、俺は男から逃げ出すことばかり考えていた。
そんな中、母の浪費は日に日に激しさを増し、カードの支払いについて男と口論する機会も増えつつあった。
恐らく二人の関係は長くは持たないだろう。
しかし俺に執着している彼は、なかなか母を捨てようとしない。
彼の目的はあくまでも俺自身。
フラストレーションが募った母は、夜な夜なホストクラブに入り浸り、これまた目を剥くような金をばらまいていた。
その都度、母の悪口を言いながら、男は俺を無茶苦茶に抱く。
「おまえの母親は寄生虫だ。」
「衰え始めていることにも気付かない年増だ。」
「その点、輝良は良い。この綺麗な肌も、顔も、敏感な身体も……全て僕好みだよ。」
性器を啜られ、男の喉深くに全てが飲み込まれる中、母を嘲笑う自分が頭の片隅に存在すると気付いた。
「………もっと、言って。」
「ん?」
「俺の事……もっと褒めてよ。」
言葉を強請ったのはその時が初めて。
男は嬉しそうに笑うと、窄んだ穴に欲望を突き立て腰を振り始める。
「僕はおまえがいればそれでいいんだ。」
それからというもの、彼は休みの度、俺を連れ出し、出かけるようになった。
時には女装をさせ、まるで年の離れた娘のように扱う。
ホテルのスイートに泊まり、散々贅沢をさせてくれる。
「輝良……可愛い輝良……僕だけのものだ。」
恋に溺れた無様な中年を、俺はとことん冷えた目で見つめていた。
・
・
栞との交際は順調だった。
部活で忙しい日々だったが、それでも放課後、暇を見つけては高校生らしいデートを繰り返す。
下の名で呼び合うようになったのは二ヶ月が経つ頃。
彼女は何の汚れもない美しい瞳で俺をうっとりと見つめる。
「輝良君って、色気あるよね。」
「…………色気?」
「うん。その辺の女の子より色気あるよ。羨ましいな。」
そう言って屈託なく笑う。
羨ましい?
こんな俺が?
夜毎、中年の男に抱かれ、汚ならしい行為を受け入れる俺が羨ましい?
こんなにも屈折した心を、とてもじゃないが彼女に見せることは出来ない。
俺は焦った。
このままではどんどん泥沼に足を取られてしまう。
その日の別れ際。
少々強引だと思ったが、彼女と初めてキスをした。
男とは違う柔らかさ。
腕に抱いた身体は細く、まるでガラス細工のように繊細だった。
甘い香りはシャンプーか、はたまた制汗デオドラント?
胸板に当たる彼女の膨らみにドキドキすれど、下半身はピクリとも反応しない。
━━━━どうして興奮しないんだ!?
俺はただそのあり得ない現実を思い知らされ、愕然とした。
世界がひび割れ、まるで小さな島に一人孤立したかのような衝撃が襲い来る。
それから何度か彼女に触れたが………結果は同じ。
絶望の崖っぷちに立たされた俺は、結局、自ら別れを切り出した。
栞は泣いたが、本当に泣きたいのはこっちだった。
その日から………全てを諦めたように思う。
男との夜も以前ほど不快には感じない。
むしろ積極的に求め始めていた。
やけくそといえばそれまでだが。
しかし━━━━━
人にも言えぬ爛れた関係に終止符が打たれたのは、高校一年の終わりのこと。
その一本の電話は全てをぶち壊す役目を果たした。
母は唖然とし、顔色を失う。
「母さん?」
「輝良………あの人、逮捕されちゃった。」
「………え?」
警察の話によると、彼はまだ年端もいかぬ少年二人に淫行し、前の晩、現行犯で逮捕されたとのこと。
過去の余罪についても調べることになる為、関係者には出頭して欲しいと告げられた。
俺は笑うしかなかった。
ヤツは本当に変質者だったんだ。
あの男は、心底イカれてたんだ。
警察で洗いざらい暴露し、俺は徹底的に被害者となった。
明らかとなった余罪は五件。
しかし真実はもっと多いだろうと思われる。
さすがに懲りたのか、母は暫くの間大人しかった。
だが一度染みついた贅沢病はなかなか抜けない。
とうとう消費者金融から借金するようになり、取り立てがやってくる日々。
俺は卒業することを諦め、本格的にバイトを増やした。
姉・陽子の容態も気がかりだったが、とにかく今は少しでも金を手に入れて、この家から立ち去りたい。
その一心で、がむしゃらに働いた。
夜は夜で、身体を売る。
時々怖い目にも遭ったが、同じ性癖の仲間とも知り合い、「売り」について色々教えてもらうことにした。
一度だけ、男と二人歩いているところを、栞に目撃された事がある。
酒に酔い、男にしなだれかかる俺を、彼女はどう思っただろうか。
幻滅すればいい。
君が好きになった男は……こんなにも汚らしいのだから。
恋愛対象は全て同性。
今の年になるまで10人以上と付き合って来た。
18を迎えた時、お花畑にいる姉を連れ出し、アパート暮らしを始める。
母のことなどどうでもよかった。
陽子は優しくて、いつも美しく笑っている。
彼女だけが俺の家族であり、心から大切に思える人だった。
それでも身体が物欲しさに啼き始めると、夜の街へと繰り出す。
暴走族からヤクザまで。
男達に慕われる’魅録’と出会ったのもそんな頃だった。
彼はまるで夜の空に輝くまん丸の月だ。
そしてその側にいる彼女もまた、金星のように明るく瞬いている。
多くの友人が彼らの周りに集い、尊敬し、信奉者となる。
俺そっくりの彼女もまた、カリスマ性のある美少女だった。
金に困ったことも、人から蔑まれた事もない二人。
羨ましくて、妬ましくて、それでも惹きつけられたまま身動きが取れない小惑星たち。
そんな二人の親友である’清四郎’に出会ったのは………運命の悪戯だったのか。
「ユウリ」
そう呼びながら俺の背中に唇を這わせる。
背後から穿つ速度は徐々に増してゆき、頭に辿り着いた鼻は思いきりその髪を吸い込む。
切ない呼び声に身体の芯が熱くなり、強烈なエクスタシーを感じると同時、彼も果てる。
どれほど激しい行為であろうと、必ずそこに優しさが存在し、彼がどれほど「悠理」を愛しているのか痛切に思い知らされた。
醜く育った妬みは修羅の道を選ばせる。
片恋に涙する彼が欲しくて仕方なかった。
だけど…………
二人の想いは重なり、彼女は彼を救い出す。
俺はただの傀儡。
廃棄されるべき存在でしかない。
トントン
「よぉ。どうだ?調子は。」
「魅録…。」
闇医者の隠れ診療所で二、三日様子見することになった俺は、腫れ上がった顔で笑うことも出来ず、情けなく手を上げた。
「なんだ、その面。泣きそうになってんぞ?痛むのか?」
「いや………それほどでも。」
「ほら、これ、店の奴等からの見舞いだ。一応チンピラの喧嘩に巻き込まれたってことにしてるから、話合わせとけよ?」
手渡された果物は立派だが、とても食べられそうにない。
何せ奥歯が二本も抜けていてお粥が精一杯だ。
「ありがとう。あの……彼は?」
「ん、清四郎か?元気だぞ。薬もすっかり抜けたみたいだしな。今日は大学に行ってるはずだが。」
「すごいな……。」
さすがタフな身体だ。
あの逞しさは、男としての俺も憧れて止まない。
「彼女……怒ってるよね。」
「そりゃそうだろ。ま、今夜からおまえの代打をするって張り切ってたけどな?」
「え……代打?」
「スタッフが足りねぇからよ。おまえそっくりに化粧して、客の相手するんだとさ。給料はおまえさんの口座に振り込まれるから、見舞金だと思って受け取っとけ?」
「そ、そんな!なんでそんなことするんだよ、俺なんかの為に!」
「それが悠理だからな。」
自慢げに断言する彼はニヒルに笑う。
「’二度と面は見たくないけど、ボコボコにしてゴメン’。あいつからのメッセージだ。じゃ、さっさと治せよ。」
手を上げ立ち去る背中に何も言えず涙だけがこみ上げる。
完敗だ。
器が違う。
彼があんなにも心奪われた相手だ。
解って然るべきだったのに。
小さな窓からは隣接する雑居ビルが見える。
経年劣化したグレーの壁。
でも少し視線を変えてみれば、青く透き通るような空は広がっているのだ。
暗い過去や、失恋の痛手にいつまでも泣いている暇はない。
前を向き、そしていつか天高く広がる青空の下で、誰よりも大切な人達と笑い合えるよう、歩んでいこう!
俺は痛みに耐えながら、それでもようやく笑顔を作った。