用意された部屋には、大都会の景色がのぞめる大きな窓がはめ込まれていて、恐らくはジュニアスイートほどの広さがあった。
父の名前が功を奏したのか、最上級のもてなしをされていると分かる。
清四郎は熱っぽく息を吐く悠理をふかふかのベッドに横たえ、冷蔵庫から冷えた水を取り出した。
薬の効能は約三時間。
その内の一時間が辛いだけで、後は徐々に解消されていくはずだった。
問題は彼女が飲んだ薬の量にある。
もし、規定よりも多く服用した場合、より悶え苦しむ時間が長くなるだろう。
清四郎は赤いワンピースを着た悠理の胸元を、じっと見つめた。
激しく上下する汗ばんだ肌。
珍しくタイトな服装が、呼吸を辛くしているのかもしれない。
迷った挙げ句、サイドにあるファスナーを緩めてやると、悠理はふ……と目を開き、恥ずかしそうに顔を背けた。
男に手をかけられたことなどないのだから、当然の反応だ。
「…………これって、ほんとに風邪なのか?あたい、死んじゃったりしない?」
「大丈夫。たくさん水分を摂って、時間が経てば良くなります。」
「…………そか。なんか………ちょっと変な感じだから、怖くなったんだ。清四郎が言うなら安心かも。」
悠理は今、初めての欲情に戸惑っている。
出来ることなら、自分の手で教えてやりたかったが、今更どうしようもない。
清四郎は汗ばんだ額を手のひらで覆い、悠理が落ち着くよう優しく前髪を撫でた。
愛しさを暴走させるわけにはいかない。
男として、それだけはしてはならない。
自戒の言葉を胸で繰り返し、保護者のような立ち位置をキープする。
苦しい修行をこなしてきたからこそ、こんなご馳走を前にしても、踏み留まれるのかもしれないな。
清四郎はふ、と皮肉げに嗤った。
苦しそうな表情は見るに耐えないが、これほど色香を振りまく彼女もそうそうお目にかかれないだろう。
清四郎と交際してからというもの、悠理は確かに可愛く、より素直な感情をぶつけるようになったが、それは色気というより親愛の類だった気がする。
それでもいい───と縮まった距離に満足していたのだが………
今、思いがけない事態に、清四郎はどう対処したらよいか迷う羽目となっていた。
このまま時が経つだけなら、何とか我慢も出来る。
しかしそれだけじゃ済まないのがこの薬だ。
悠理の身にどのような変化が起こるかを、彼はある程度予測していた。
・
・
水を口に含ませ、五分も経たない内に、悠理の目はトロンと、まるで魂が抜け落ちたかのように変化し始めた。
息は変わらず荒い。
身悶え、小さく震えながらも、積極的に何か知ろうとして起き上がる。
「せぇ………しろ………」
「悠理…………」
声は甘く、切ないほど響いた。
そんなだだ漏れになった色気が清四郎を直撃する。
いつぞや………老婆の幽霊に乗り移られた時以上に頭がクラクラした。
和尚を虜にした、その愛らしさ。
華奢な肩から伸びる細い腕が清四郎の手を掴み、そっと身を寄せてくる。
こんな甘え方は初めてだった。
男の欲情を煽るような仕草を前に、今すぐ何もかも脱ぎ去り、狼のように襲いたくなってしまう。
「ね…………チュウ………して………」
掠れた声。
しかし悠理は確かにそう告げた。
初めて聞くその台詞は、強固な意志をたたき割るほどの効果がある。
しかし清四郎は顔を背け、ギリっと奥歯を食いしばる。
見てはならない────
悠理の濡れた目を
半開きの唇を
嗅いではならない────
吐き出される甘い吐息を
辺り漂う色香を
「頼むから………大人しく寝ていてくれ。」
振り絞るように懇願するも、熱を帯びた身体をより密着させてくる悠理。
「お願い、清四郎。あたい………チュウしたいんだよぉ………」
必死なのだろう。
女を全開にして、強請ってくる。
見たことがない恋人の痴態に、清四郎は思わず本気で呻いた。
もちろん、このような状況でキスするつもりなどなかった。
女性が喜ぶロマンティックなシチュエーションを選び、良き思い出になるよう優しく唇を重ねる。
桜色の頬を包み込み、互いの鼓動を聞きながら、ただひたすらに甘く───
ファーストキスとはそうあるべきだ。
と、清四郎は考えていたのだ。
なのに…………
「せぇしろ………はやくぅ………」
脱力した猫のようなしなやかさで、清四郎の首に絡みつく。
薄い布越しに感じる胸の膨らみは、彼の健全たる妄想を打ち切り、ガマンという名の細いワイヤーをぶったぎってしまう。
理性も道徳心もこの時ばかりは塵に還った。
「ゆうりっ…………!」
背中に回した腕が男の力で悠理を抱きしめる。
一瞬、息が苦しくなるも、次に与えられた刺激は彼女が望んだ以上のものだった。
目が眩むほどの口づけ。
強く抱き寄せられながら、清四郎の唇が悠理を覆う。
冷たく、そして熱く、粘膜が感じる温度は圧倒的な快楽をもたらし、媚薬に冒された身体を発火させる。
「………んっ…………ふ……っ……んぁ……」
清四郎の掌が悠理の後頭部を支え、更に押し入ってくる舌が熱く蕩ける口内を舐め回す。
それだけで腰が抜けそうなほど気持ちいい。
このまま何も考えず、深い眠りにつければ幸せなのに。
もつれ合う舌。
溜まった唾液を啜る音。
上顎や舌の裏を丹念になぞる彼のものは、まるで独自の生き物のように妖しい動きを見せた。
「ゆうり………ゆうり……………」
息継ぐ合間の優しい声。
求めたのは悠理だったはずなのに、清四郎のそんな声は切ない痛みを伴い、逆転した立場を思わせる。
相手も欲しがっている。
悠理のどうしようもない“もどかしさ”ごと、奪い去ろうとしている。
気付けば再びベッドに倒されていて、さっき触れられたファスナーから大きな手が忍び込んでいた。
ぞわぞわとする心地よさ。
何をされても気持ち良く、身体中に小さな炎が点火してゆく。
「悠理………」
「…………なに?」
「済まない。もう、止まれそうに………ありません。」
懇願と謝罪。
清四郎は己の自制心の無さを曝け出した。
「…………あたいも…………清四郎に触られたくて仕方ないよ。……なんでこうなっちゃったのか解んないけど、身体中熱くて、もうドロドロに溶けちゃいたいんだ。」
悠理もまた意識せず、ただ本能のままを伝えてくる。
元来、欲望に忠実な性格だ。
こうなって当然なのかもしれない。
姉の犯した罪を考え、清四郎は申し訳なく思った。
けれど身体は恋人の熱を感じ、今にも暴走しそうだ。
「けして本意ではないんです。でも…………おまえの辛そうな姿をこれ以上見たくない。だから…………」
どんな言い訳も男の浅ましさを露呈するだけだろう。
清四郎は言葉を区切った。
唾を飲み込み、一瞬だけ理性を取り戻す。
しかし────
「…………あたい、清四郎になら何されてもいいもん。」
脳髄が痺れるような誘惑を、悠理は躊躇いなく口にした。
まさかそんな言葉が出てくるほど、あの薬は強力なのか。
自分で作っておきながら恐怖すら感じる。
安全面を考慮しつつ実験的に作ったものだが、効果覿面。
本気で商品化すれば莫大な利益を生むかもしれない。
特に倦怠期を迎えた夫婦へ提案するのも悪くないかもしれないな。
清四郎の優秀な頭脳は打算的な思考を弾き出した。
こうでもしないと、己の中の野獣が愛する人を無茶苦茶にしてしまいそうだったから。
小さくも柔らかい胸がわざらしく押しつけられ、 濡れた唇で「お願い」と懇願されれば、どんな男も一瞬にして狂わされるだろう。
強烈なフェロモンは清四郎の脳を冒し続けた。
掻き立てられた情欲から、もはや逃げる術はない。
清四郎はしっとり湿った肌に手を這わせつつ、今度こそ覚悟を決める。
こうなれば媚薬の効果よりも、もっと激しい快楽を叩き込んでやろう。
そんな決意を胸に一旦悠理から離れると、着ていた上衣を全て脱ぎ去り、床に投げ捨てた。
すると逞しく割れた腹筋が、悠理の虚ろな目に飛び込んでくる。
たったそれだけのことなのに、媚薬が回りきった頭は更なる欲情を促し、下半身がじっとりと湿り気を帯び始める。
否、もう随分と前から下着が濡れているのを感じていた。
通常ならば不快に思うはずなのに、今回ばかりはそれを当たり前のように受け入れている自分が居て戸惑う。
「せぇしろ…………好き………」
羞恥を感じながらも、それを隠すように愛を吐く。
「悠理………」
身体の中でどんな変化が起こっているのか分からないけれど、酒で酩酊したように清四郎に取り縋り、甘えたくて仕方ない。
こんなのは自分じゃないと誰かが囁くも、波のように押し寄せる疼きからは逃れられないのだ。
全てのファスナーを引き下ろされ、赤いワンピースはあっさり取り払われた。
清四郎も片手でベルトを外し、乱暴にスラックスを脱ぎ去る。
下着姿で対峙する二人。
悠理は色気の乏しい身体を見られるのは恥ずかしかったが、今は何も考えられない。
清四郎の手で剥ぎ取られていく最後の砦たちを黙って見つめながら、彼の鼓動にただ耳を傾けるだけ。
「汗………すごくてごめん。」
「いや………僕の方がよほどですよ。」
発汗作用のある薬だ。
悠理の全身はミストを浴びたように濡れている。
何も纏わぬその細い身体が、暖色の照明に照らされ、清四郎の目に強く焼き付く。
彼の優秀な記憶媒体が、瞬間瞬間を捉えて、逃がさない。
「早く……………触って………」
どこを?
と尋ねぬまま、清四郎は首筋に指を這わせた。
鎖骨を流れ、胸の間を割るように滑らせる。
括れた腰がゆらりと動き、臍の周りで円を描けば、悠理の口から溜息のような喘ぎが洩れ出した。
シーツに漂う恋人の姿。
こんなにも早く目にするとは思ってもいなかった。
清四郎の強靱な心臓がけたたましく鳴る。
初めてでもないのに、初めての時よりもずっと緊張が襲ってくる。
桃色の胸先が誘うように揺れ、そこを触れて欲しいのだとわかれば、彼は躊躇無く口に含んだ。
舌全体で優しく絡め取り、強弱をつけて舐め回す。
時に吸い、甘噛みをし、その都度高い声で鳴く悠理を観察しながら、しつこいほど繰り返す。
相手が媚薬に溺れているからといって、手を抜いた愛撫など考えられなかった。
むしろより一層、彼女の痴態が見たいと思った。
「あっ………こんな…………どうしよぉ….」
戸惑う声に下半身を見遣れば、太股まで垂れた透明な液体が視界に飛び込んでくる。
恐ろしく濡れた二本の華奢な脚。
隠されたその奥がどうなっているか知りたくて堪らない。
両方の胸を散々舐り倒した後、清四郎はようやく子宮の辺りをゆっくり撫で始めた。
先ほどまでの辛そうな表情は少し改善されてきていたが、今更歯止めはきかない。
「触っても………いいんですね?」
「…………うん…………」
か細い声と真っ赤な顔。
時折現実に戻ったかのように、清四郎を見つめる悠理に対し、
今、どんなことを思っているのか
どんな気分で男に身を任せているのか、
尋ねるのは怖かった。
じわじわと伸びてゆく長い指が髪質と同じ恥毛にかかり、清四郎はそれを愛しげに絡める。
日本人とは思えぬ色素の薄さと柔らかさ。
手触りは最高だった。
隠れた溝を探るよう奥へと進むと、柔らかな襞が粘るような水分を湛えていた。
発情した身体の反応は顕著で、清四郎は複雑な喜びを感じながらも、先へ進んだ。
「………あっ………ん……」
関節一個分を埋めただけでも、その異物感に悠理は強張る。
しかし不快な反応では無いため、更にゆっくり侵入させていくと、切なげな吐息が乱れ、涙目のまま清四郎を見下ろしてきた。
「痛むか?」
「んーん………」
「もう少し馴染ませるから、力を抜いて………」
「ん…………」
言葉数少ないのは、頭の何処かでこれが現実ではないと思い込みたいのだろう。
降って湧いた災難に、悠理は混乱しているに違いなかった。
嫌な思い出にさせたくはない。
たとえ薬によるものであろうと、二人にとってこれが初めての夜だ。
愛したいという気持ちが、湧き上がる欲情のマグマと同化し、愛撫に力がこもる。
同じくらいの汗をかきながら、清四郎は悠理の肌を舐め回した。
慣れてきた膣内を徐々に広げ、指を抜き差しし始めると、色々な反応を見せてくる。
苦痛の見当たらない表情。
悶えるように腰を揺らし、清四郎の指をきゅうっと締め付ける。
初めてにしては貪欲な反応に、これはやはり薬の所為だと思うほかない。
「気持ち、いいですか?」
「…………うん。」
「激しくしても、大丈夫そう?」
「…………た、多分。」
何処へ辿り着くのか分からないまま、悠理は答えている。
愛しさと哀れさが交互に襲うも、彼女を満足させることが清四郎に課せられた義務だ。
女の感じるであろうポイントを探りながら、長い指が徐々に速さを増していく。
途切れ途切れの甘ったるい声が部屋中に響き渡り、そこが正しいのだと解る。
「あっ、やっ……やぁ……っ!!」
頭を左右に振り乱しながら、悠理は達した。
初めてのエクスタシーは全身が痙攣するほど深いものだったらしい。
汗をふりまきながら、荒い息を何度も吐き出す姿に、清四郎は安堵と達成感を感じていた。
下着の上からでも充分に解る屹立。
過去最高と思えるほど興奮していて、すっかり先走りが洩れ出している。
このまま挿入すれば、それだけで妊娠させてしまうかもしれない。
さすがに危険性が高く、清四郎は避妊具を忍ばせた財布を取ろうと、悠理から一旦離れた。
「せぇしろ…………や、離れないで。」
甘い声に後ろ髪が引かれる。
「すぐに戻りますから。」
それを振り切り、床に落としたスラックスを手にした時、ふとサイドテーブルの上に置かれた紙袋が目に入った。
これは姉から悠理へのプレゼント。
一体何が入っている?
中身を確かめることに躊躇したものの、どうしても気になるため、悠理に手渡す。
「これでも見ていてください。」
朧気な顔でそれを受け取ると、悠理は緩慢な動きで紙袋のシールを破った。
もう一枚、本体を包む紙は苺色をしていて、中身は透けて見えない。
「なんだろ…………」
ぼうっとした頭で包装紙を剥がせば、それは見慣れぬ長方形の箱。
派手な色で数字が書いてあるも、意味が解らない。
「せいしろ……これ、何?」
悠理の戸惑う声に振り返った清四郎が目にしたもの。
その箱は、年頃の男なら一瞬で解るであろう、間違いなくセーフティセックスの為のアイテムだった。
「姉貴…………ここまで来れば、むしろ清々しいですよ。」
「え、どゆこと?」
「…………今から、きっちり教えてやります。」
・
・
その夜・・・・・・
二人はまんまと姉、和子の策に嵌まり、一晩かけて強固な既成事実を作り上げた。
薬の効果が切れても、清四郎は悠理の身体を味わい尽くしたし、悠理もまた彼が与える性技の虜となってしまう。
相手は清四郎の姉。
とどめを刺すことを忘れない。
脱力感に見舞われた彼らが、次の日の正午にホテルから立ち去る姿を、和子はきっちりとカメラ(動画)におさめていた。
そしてそのデータは直ぐ様、百合子夫人の元に届けられ、剣菱家は当然、ど派手な雛壇作りに精を出し始める。
「ねえ、清四郎。あんたは一生、私に感謝しなさいよ?」
帰宅した弟を迎えた姉の尊大な顔は、この上ない達成感に輝いていたという。
<おしまい>