大学部を卒業し、早くも十五年が経つ。
仲良し六人組は40を目前に、それぞれ忙しい毎日を送っていた。
卒業後直ぐ、叔母の勧めで見合いをした野梨子は、しかし結婚二年目で破局。
その後、何の運命か、私立探偵になった魅録と再婚し、現在は二児の母。
もちろん白鹿流家元としても活躍している。
美童は30歳の時、五つ年上のキャリアウーマンに惚れ込み、そのまま三年間同棲するも破局。
いまだ独身貴族である。
本物のセレブと呼ばれる彼は、これといった定職にもつかず、世界中を旅したり、弟、杏樹(既婚)と二人社交界に顔を出したりしているが、どうやら失恋の傷は癒えていないらしい。
日々のため息は深く、虚ろな視線を彷徨わせることも多かった。
そして悠理は…………
大学三年の時、交際中だった清四郎と結婚。
卒業を待たずして、一児(男)の母となった。
それからも立て続けに妊娠、出産を繰り返し、驚くべきことに今は四人の男の子に恵まれている。
夫婦仲も良く、万作・百合子に続くおしどり夫婦と評判だ。
この話の主人公可憐は、母から譲り受けた銀座の宝石店を切り盛りしながらも、エッセイストとして活躍している。
つい最近10冊目の本が発売され、概ね好評らしい。
女手一つで育ててきた母は五年前、アメリカの大富豪に見初められ再婚。
今はロサンゼルスで裕福な暮らしを送っている。
可憐もまた、一度は青年実業家と燃え盛るような恋愛の末結婚したものの、相手の浮気で離婚。
『独り身の方がが気楽で良い』と、以前のような玉の輿発言は封印した模様。
それでも女としての輝きを失うことのない可憐の元へ、幸せなはずの女友達二人が悩みを持ちかける。
特に悠理はここ最近、足繁く訪れていた。
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とっておきのアールグレイは、母、 燁子(アキコ)からの贈り物。
薔薇色のテーブルクロスに乗せられたジノリのカップもまた、彼女のお気に入りだった。
「で?どうなったの?」
お悩み相談室は毎週末に開催される。
可憐とて、長年の付き合いである友人の悩みくらい自分の手で解決してやりたかったし、出来ることならエッセイのネタにでもなればいいと胸の内でほくそ笑んでいた。
腰までのロングヘアは緩くカールされ、艶めいている。
豊かな胸と細い腰。
そして魅力的な唇もまた、昔と何ら変わり無い。
美容と健康に人一倍気を遣ってきた彼女だからこその美しさである。
しかし今回訪れた客は、そんな可憐を凌駕するほどの美貌で姿を現した。
ふわふわと揺れる薄茶色の髪は耳にかけられ、背中まで伸びている。
一粒石のダイヤのピアスがキラリと光り、それは可憐自ら選んだ彼女への誕生日プレゼントだ。
細い首から伸びるなだらかな腕のライン。
昔より少し膨らんだ胸元は、子供を四人育てたとは思えないほど、見事な張りを保っている。
括れた腰からの長い脚は、ピッタリと密着する革のパンツに覆われていて、どこにも贅肉は見当たらない。
どうやら月に一度、百合子と千秋に連行されるスパ&エステが項を奏しているらしい。
二十代と評価される肌質は、化粧っ気がなくとも瑞々しい潤いを見せ、トラブル一つ見受けられなかった。
「うーん…………やっぱ、欲しいんだって。」
「んまっ!あいつったらほんと欲深いわねぇ。」
40を目前に、清四郎は剣菱財閥の会長補佐として活躍している。
義父でもあり、前会長でもある万作がその座から離れて早十余年。
今は豊作が身代を受け継ぎ、清四郎とタッグを組みながら巨大企業、剣菱を動かしていた。
残念なことに未だ独身の兄、豊作。
過去、数度持ち上がった結婚話も、土壇場で百合子に反対され‘おじゃん’。彼女のお眼鏡に敵う女性はそうそう居ないからだ。
今はもう、そんな浮いた話すら湧いてこない。
しかし、彼は呑気だった。
甥っ子が四人もいるため、跡取り問題に困ることもなく、このまま悠々自適な独身生活に身を浸すのも悪くないだろう。
そんな考えに至っている。
優秀な義弟と破天荒ながらも悪運の強い妹。
頼りになる彼らに全てを任せ、どっかりと会長の椅子に腰を落ち着ける豊作であった。
「そりゃ、あたいだって女の子欲しかったけどさ。今からは流石にちょっとなぁ。」
「20代で立て続けに産んじゃったからね。30代は子育てで忙しかったし。」
「そうなんだよー。’‘四人も恵まれたから打ち止めにしよう’って言ったの、あいつなんだぞ?」
「まあ、男親にとって‘女の子’は‘永遠の憧れ’みたいなもんだから、気持ちは分からなくもないんだけど………」
適温になった紅茶を啜りながら、可憐は頷く。
悠理は深刻な顔をしながらも、お茶請けのクッキーをひっきりなしに口へと運んでいた。
相変わらずの食欲。
とても悩んでいるようには思えない。
「結婚してかれこれ20年近く経つのに、あんたたちの悩みって、ある意味幸せよねぇ。」
「そぉか?結構マジに悩んでるんだけどな。だってさ、今の年齢から子育てって、正直きついだろ?」
最後の一枚をペロリと平らげ、悠理の目はそれでも何かを物色している。
ダイエットとは無縁の友人を可憐は忌々しげに睨んだ。
「でも、あんたん家、メイドだろうが乳母だろうが、なんだって足りてるでしょ?それに四人も立派に育て上げてきたんじゃない。ある意味子育てのプロよ、プロ!大丈夫、いけるわ。」
可憐の言葉に一旦納得した悠理は、飲み干した紅茶のお代わりを求めた。
「でもさ、次もまた女の子じゃなかったら………あいつ、どうすんだろ?」
「………そこよねぇ。」
「確かにあたいは健康だけどさ。頑張っても後二人がせいぜいだと思うんだよなぁ。」
「そういえば………あたしの知り合いに、8人とも男の子だった夫婦がいるわ。家の中、無茶苦茶よ。」
「うわぁ………」
注がれた紅茶は湯気をのぼらせ、優しい香りを振り撒く。
可憐は、まだまだ若さ溢れる友人を横目で見つめながら、そっと溜め息を吐いた。
━━━━清四郎もこんな悠理だからこそ、年甲斐もなく求めちゃうんでしょうけどね。
四人も子供を産んでいながら、その美貌と若さはまさに奇跡。
年相応に衰えを感じている自分と比べると、どうしても落ち込んでしまう。
「とにかく、よく話し合いなさい。今は産み分け方法もある程度確立されてるんだし、まずはそれを試してみたら?」
「産み分け方法?」
疑問符を浮かべる友人を背に立ち上がった可憐は、大きな棚から一冊の本を取り出す。
「これ。読んでみて。」
書かれたタイトルは『男女産み分け完全ガイド』と非常に分かりやすいもので、パラパラと捲れば、ポップなイラストで図解されていたりと、お馬鹿な悠理でも馴染めそうな内容だった。
「ふーん、こんなの売ってるんだ~。」
「こういうのは清四郎の方が詳しいはずだけどね。あんたも一応、知っておくべきよ。」
「うん。読んでみる。」
「頑張って。」
そう言いながらもあまり期待していない可憐だったが、これでひと段落ついてくれれば良いと願い、友人を温かく見送った。
「悠理に似た女の子が欲しいあいつの気持ちも解るけどね。どうなることやら。」
そこは遺伝子の不思議。
二人の間に生まれた四人の子供達は、何故か全員清四郎にそっくりなのだ。
黒髪、長身、頭脳明晰、運動神経抜群。
そしてちょっぴり皮肉屋ときている。
(一人くらい悠理に似ても良いだろうに……)
もちろんそれは、誰よりも清四郎が強く願ったことだろう。
「もし女の子が生まれたら…………どん引きするほど親バカになりそう。」
想像しただけで身震いしてしまう。
それでも幸せそうな友人達の顔を思い浮かべると、胸が温かくなる可憐だった。
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そして約二年後。
彼女の予想は見事的中したのだが…………
清四郎に加え、四人の兄弟達は年の離れた妹を溺愛し続け、とうとう悠理を凌駕するワガママ姫へと成長を遂げる。
もちろん、その姿は悠理そっくり。
『絶対嫁にはやらない』と決意する男達に、再びお悩み相談室が開かれたのは言うまでもないだろう。