※たまには清四郎らしくない、正攻法で。
いつもと変わらぬ爽やかな朝。
学園のロータリーは登校ラッシュで賑わっている。
そんな中、学園きっての切れ者と評判の生徒会長は、清楚な幼なじみと共に友人の登場を今か今かと待ち詫びていた。
そう────学園一の問題児、剣菱悠理嬢、その人 を。
「清四郎………わたくし、そろそろ行った方がよろしいのではなくて?」
「もう少し、居てください。」
「でも………」
「決心が鈍るんです。お願いします。」
滅多にない心からの頼みごとに、野梨子は仕方なくその場に踏みとどまった。
クールな彼の手が小刻みに震えているとわかったから。
「清四郎、そろそろじゃなくて?ほら………」
「そう、ですね。」
ごくり
離れていても届くその音によほどの緊張を感じる。
何せ、彼にとっては一世一代の大仕事。
ここまで追い込まずとも良いのでは?と幾度思ったことか。
野梨子は静かに溜め息を吐いた。
やがて、ド派手な送迎車が到着し、元気印の娘が飛び出してくる。
「んじゃな、名輪。サンキュ!」
溌剌とした笑顔での挨拶。
周りを明るくする天性の力。
悠理は言わずと知れたムードメーカーだ。
そんな彼女の登場を待ちかまえていた清四郎は、一歩足を踏み出すと同時、背筋を伸ばし、深呼吸を繰り返した。
野梨子は心配そうに幼なじみを見上げる。
これは彼にとって未知の領域。
そして自分もまた、不得手な分野といえる為、下手なアドバイスは出来ない。
もし失敗すれば………
幼なじみの落ち込む姿は、器を割ったあの時より酷いものとなるだろう。
「悠理!」
「よぉ!清四郎、野梨子、おっはよん。」
「話があります!」
スピーカーでもくわえているのかと思われるほどの大音量で、清四郎は告げる。
「な、なんだよ、怖いな………あたい、何かしたか?」
怯える悠理へと更に詰め寄り、襟を少し緩め、顎を引く。
見目麗しい男の緊張漲る姿は、なかなかの迫力だ。
ドックン
ドックン
自らの鼓動も高まる中で、野梨子は小さな拳を握り、胸の内で「ファイト!」を繰り返した。彼の理解者として出来ることはそのくらいだ。
清四郎は深く息を吸い込むと、覚悟を決めたように目を見開いた。
「悠理。僕は……おまえが好きなんです。無性に、どうしようもないほど、むしろおかしくなったんじゃないかと思うくらい、いつもおまえのことを考えています。このままでは本格的に精神に異常をきたし、いずれは病院送りとなってしまう。だから………その前に、どうか僕とお付き合いしてください!!」
あまりにも壮絶な告白劇に、登校したばかりの生徒たちは何事かと立ち止まる。
そしてもちろん、告白を受けた悠理自身も凍り付いたように動かなくなってしまった。
思考回路は明らかにショートしている。
────ロマンティックとはほど遠い告白ですわね。でも………むしろこのくらいストレートな方が心に響きますわ。70点といったところかしら?
意外と甘めの点数をつける野梨子だったが、悠理の意識はなかなか戻ってこない。
遙か彼方に広がる精神世界へと逃げ込んでしまったのか?
「悠理、聞こえてますか?」
心配する清四郎がその肩を掴んだ瞬間、電気が走ったように飛び上がる身体。
「わわっ!」
「あの……………理解、してくれました?」
「え?理解!?」
清四郎の不安げな顔が近付けば、悠理はピョンと大きく後退してしまう。
今にも跳んで逃げそうなほど焦っていることがわかり、彼は悲しそうに俯いた。らしくない姿である。
「…………僕の気持ち、少しは伝わりましたか?」
「す、す、好きってコト?」
「そうです。」
「清四郎があたいを………好き??なぁ、本気で言ってんの?」
「冗談では言えませんよ。それもこんな人通りの多い場所で。まるで公開処刑だ。」
自分自身を追い込むために選んだ場所とタイミング。
清四郎はそうすることによって、悠理までをも追い詰めているのだ。
逃げられては困る。
もちろん曖昧にされても困る。
証人は一人でも多い方がいい。
もし振られたとしても………一度や二度で諦めるつもりは最初っから無いんだ。
「僕は………おまえにとって苦手なタイプかもしれません。でも………もし、この気持ちを受け入れてくれたなら、きっと選んだことを後悔させない男になってみせます。」
足を止めたままの生徒たちは、まるで自分が告白されたかのようにうっとりとのぼせた。
誰もが憧れる完璧な生徒会長。
女子だけでなく、男子までをも虜にしてやまない。
「後悔………って、別におまえ……そのまんまでも充分すごいじゃんか。」
「一般的な意見でなく、おまえにとって価値のある男になってみせると言ってるんですよ。」
「…………ふ、ふーん。」
悠理とて、ここまで真っ当な告白をされたのは初めてのこと。
それも相手が相手なだけに、心は勝手に逸り出す。喜びに向かってじわじわと。
───こいつ、本気かな?本気っぽいよな?にしても、野梨子の前で告るってどーだよ。恥ずかしくないのか?…………あぁ、そっか。本気だから、恥ずかしくないのか。必死だもんな、その顔。見たコトねぇよ、そんな弱気な顔。清四郎って………思ってたよりずっと……………
「可愛いかも。」
「は?」
「あ、いや、その……………」
「可愛い………ですか。もしかして、愚かな男に見えてます?」
「ち、ちがう。そーじゃなくって………その………」
お馬鹿な悠理にはボキャブラリーが足りない。
心を伝える手段は言葉ではなく、正直、身体の方が早いと思っているくらいだ。
だから………この時も躊躇うことはなかった。
大きく一歩下がったはずのポジションを元に戻すと、ぐんとつま先立ちして、清四郎の頬を両手で掴む。
それはあまりにも唐突な行為で、清四郎は面食らった。
「この顔が、可愛いなって思っただけ!あたいのことを“好き”って言うこの顔が!」
「ゆ、悠理?」
より赤く染まる少年のような顔が、悠理の中の愛しさを増幅させてゆく。
こんなにも“いけずな男”を可愛く思う日が来るなんて────世の中、不思議過ぎるよな。
「…………いいよ。付き合おっか。そん代わり、ちょっとくらい、優しくしろよ?」
「!!!もちろん!決して後悔させませんから!」
拍手喝采で迎え入れられる二人の奇跡。
涙ぐむ野梨子の後ろから、遅れてやって来た可憐と魅録が肩を叩いた。
「で、いつの間にハッピーエンドなの?」
「だよな?どーせなら最初から観たかったぜ。」
「よろしいじゃありませんの。これからはもっと面白そうな二人が、嫌と言うほど見れますわよ。」
野梨子の言うとおり、感極まって抱きついたのは、天下無敵の生徒会長その人だ。生徒達の叫び声が響きわたる。
「んまっ。会長自ら破廉恥なことしてるわよ?取り締まらなきゃ。ね?副会長。」
「馬に蹴られるのがオチだぜ。俺はしらねぇよ。」
残念ながら、馬に蹴られる前に出来立ての恋人に蹴られてしまったが、それでも清四郎は幸せそうに笑っていた。
まさしくこの世の春。今なら隙だらけの男である。
こうして学園内に一足早い春を呼び込んだ二人は、卒業と同時に婚約を結び、大学部へ入学するまでの間、婚前旅行と称して世界中を巡る。
南極大陸やアフリカ、はたまた砂漠のど真ん中にまで付き合う清四郎に、悠理はなかなか良い買い物をした、と喜ぶが、もちろんそれなりの進展は要求され…………………結果、まさかまさかの“できちゃった結婚”。結局は入学と同時に籍を入れる羽目となった。
悠理が後悔したかどうかは────
今のところ、謎である。