清四郎と野梨子が婚約して一年。
大学生活も残すところあと半年となって、「そろそろお式の準備では?」と囁く者も出てきている。
他人事なのに何故そうも浮き足立つのか?
あたいには理解できないが、周りはそうじゃないみたい。
大学部でも二人は雛壇に座るお内裏様とお雛様。
理想のカップル像として、当然ながら憧れる学生も多かった。
入学して間もなく発足したあたいら六人の公式ファンクラブ。
高校とは桁違いの規模で、何かにつけ大げさなほど騒ぎ立てる。
ちょっと、いや……かなりうんざりな学生生活。
特にモデルのバイトを始めた美童には恐ろしい数の信者が生まれ、毎朝毎晩、群れた女がヤツをつきまとうようになっていた。
ま、本人は至って嬉しそうなわけで。
よくもまあ、飽きもせず食い散らかせるな─────なんて思ったり。
魅録には“いかにも”なダチが増え、可憐にはこれまたドMな奴隷男が増えた。
あれだけ言い寄られているにも関わらず、なかなか本命は見つからないらしい。
相変わらず独り身だ。
高嶺の花として君臨する野梨子を、おどおどした根暗野郎達が木の陰からこっそりと眺めている。
そりゃそうだ。
告白したが最後、にっこり笑って毒を吐かれること間違いなし。
側には完璧な男がくっついてるわけで、なけなしの勇気だって湧いちゃあこないさ。
んでもってあたいは───
案の定、女にモテていた。
たまに本気で口説いてくるから恐ろしい。
かといって、男もまた大抵軟弱な奴ばかりで、手応えも歯応えも感じない。
まあ、それもわかりきっていたことだけど、ちったあ骨のある奴は居ないのか?なんて思ってたっけ。
男女問わず親交を深めてる清四郎は、マニアックな知人が増殖し、忙しい日々を送っている。
よく分からないサークルも複数掛け持ちしていて、とにかく分単位で動いていた。
相変わらずの忙しさ。
でもやっぱり活き活きとしている。
そんな男と───
二年前、あたいは過ちを犯した。
過ち…………そう、たぶん、あれは過ちだ。
トラブルに出会う度。
少しの油断で危険に晒されることに嫌気がさしたあたいは、本気で強くなりたいと雲海和尚に告げた。
するとあのクソ和尚、清四郎から指導を受けろと言ってきやがったんだ。
その頃の奴は、師範代に替わって弟子達の鍛錬を手助けしてたから、もしかするとそれも当然の流れだったのかもしれない。
でもあたいは清四郎にこそ勝ちたかった。
だから直々にじっちゃんへと頼み込んだのに。
───嬢ちゃんにもあやつにも、大切な何かが欠けておる。それが解るまで二人で仲良う稽古すればええ───
そんな謎の言葉を聞き流し、不承不承で組み手を行う毎日。
清四郎はやっぱり強くて、あたいは何度も何度も地面に手をついた。
だからあの日───
あまりにも勝てない自分が悔しくて、ついつい涙を流してしまったんだ。
泣きたくなんてないのに、勝手に零れる涙。
それを眩しそうに見つめる清四郎。
涙で曇る視界の中、近付いてくる男は、いつものあいつじゃなかったのかもしれない。
気が付けば道場のど真ん中に押し倒され、キス……されていた。
誰も居ない─────静寂のそこで。
「…………な、なにしてんだよ。」
「僕は………おまえの涙に弱いんです。どうしたらいいか解らなくなる。」
「は?」
長年付き合ってきたけど、んなこと初耳だ。
驚きすぎて目を丸くしていると、もう一度口付けられ、今度はずっと長い時間拘束された。
お互い道着姿で汗だく。
色気もムードもあったもんじゃない。
それからだと思う。
二人の関係が明らかに変化し始めたのは。
忙しかったはずの清四郎は、なぜかあたいを優先的に構うようになった。
毎日、顔を見ないと気が済まない──そんな感じで目の前に現れる。
ペットの散歩に付き添う飼い主──とは思いたくなかったが、誰が見てもそう見えるだろう。
飯に誘われるとついつい乗ってしまうのは本能だからしょうがない。
連れてってくれる店はどこも旨かったし、たまにあたいの我が侭に付き合うあいつは………ちょっと優しかった。
とはいえ、この変化はさすがにおかしい。
いつもは野梨子や別の奴等と楽しげに話してるくせに、一体どういう風の吹き回しだろうと首を傾げた。
そんな日が一ヶ月ほど続き。
ファンクラブのメンバーやOBが集まり、盛大なパーティが催されたその夜───
テンションマックス状態のあたいは、とにかくご機嫌だった。
剣菱のホテルを貸し切った会場は大賑わい。
旨い酒。
色とりどりの料理。
舌鼓をうちながら勢いよくアルコールを流し込み、最後の一秒まで心弾ませ楽しんでいた。
酒は強い方だ。
だけど、前後不覚になるほど酔いたい時だってたまにはある。
その日はそんな気分だった。
ワインを軽く四本空けたまでは良かったけど、そこからの記憶は曖昧で、気付けば見慣れぬ天井を見上げていた。
ひんやりと、何かが掠めてゆく。
ふかふかのベッドに横たわっていると理解し、ゆっくり隣に首を振れば、そこに居たのは黒髪の男。驚く必要もないほど知り過ぎた男が、真っ直ぐこちらを見ていた。
「せ……しろ?」
珍しく前髪が落ちている。
そしてその隙間には、まるで獲物をどう食べようか考え倦ねている、そんな獣の眼が潜む。
あぁ、とうとう食われるのか────
肥え太らせた獲物を解体する勢いで、清四郎は荒々しく覆い被さってきた。
ろくな抵抗も出来ないあたいは、忙しない愛撫と嵐のようなキスに乱され、アルコールに溶けた思考はもはや投げやりの一言。
荒い息が体中を這い、どこもかも舐め回される。
“え、そんなとこも?”って疑問に感じた事もあったかもしれないが、イヤだとは思わなかった。
「清四郎」
「清四郎」
譫言のように口にする呪文。
いつも、
どんなときも、
最初に呼ぶのは───その名前だ。
「悠理……力を抜いて?」
そう言って貫かれた瞬間、あまりの痛みと衝撃にあたいは一瞬、気絶してしまった。(らしい)
まるで身体をまっ二つに引き裂かれるような感覚だった。
そして次に目を開いた時、清四郎の裸体が自分の上でゆっくりと前後していて、これまた驚く。
スローペースなのに何だ?その汗は!
稽古さながらの汗だく。
首筋、額、胸板に、細かな水滴が張り付いている。
その上、ポーカーフェイスをかなぐり捨てた苦悶の表情。
しばらくして、息を詰めたヤツの身体が停止する。
「…………っ、だめだ、もたない!」
それが男の最後の瞬間だと知ったのは、後から聞いた話だ。
どうやら、ここに連れ込まれた訳は、あたいにあるらしい。
気分良く酔っぱらった挙げ句、そのまま会場を抜け出し、ホテルにある水を張ったプールに入ろうとしたところ、追っかけてきた清四郎に抱き留められたんだ。
「こらこら、死ぬ気ですか?」
泥酔してたわけじゃない。
とはいえ、ふわふわとした心地よさに包まれ、そのままの服で飛び込んでいこうとしたのは紛れもない事実。
「死なないもーーん。」
「………飲み過ぎですよ、悠理。」
「だってぇ………」
その時の記憶は未だに薄く、次に意識がはっきりとしたのはベッドの上だ。
唇の冷たい感触に目覚めさせられる。
「せ……しろ?」
・
・
そんなこんなで夜通し貪られ、朝飯の時間には疲労困憊。
腕枕で寝るなんてことも初めてで、ちょっと寝心地が悪かった。
熟睡したのか昼過ぎには目覚め、いつも通り空腹のクラクションが鳴り始める。こんなにも長い時間、何も食べていないのは初めてかもしれない。
だが、不思議なことにそれほどの苛立ちを感じず、ただ下半身の重く痺れたような感覚がこそばゆかった。
あまりにも五月蠅い腹の虫に目覚めさせられ、清四郎は気怠げにあたいを引き寄せる。
「おはよう………悠理。」
「なぁ………そろそろ、飯………」
「飯よりも…………おまえが食べたい。」
────嘘だろ?どんな体力してんだ!?
文句言う間もなく、未だ力の出ないあたいを奴は好き勝手に弄り始めた。
夜通し行われたそれよりも更に激しく───
腕も、脚も、おっきな身体に組み伏せられ、身体中の至る所に赤い痕を残される。
溢れ出るもの全てを啜る狂気。
涙も
汗も
自分ではどうしようもない蜜も…………
自分の身体にこんなにもたくさん弱い部分があるだなんて思いもしなかった。
清四郎の指に暴かれていく快感のツボは、時に気が狂うほど責められ、何度も意識を飛ばされる。真っ白な世界に浮遊する感覚は恐ろしい。それは間違いなく孤独だ。
こっちはこんななのに清四郎は余裕綽々。男と女にこれほどまでの差があるとは、本当に知らなかったんだ。
────依存症
そんな言葉があの頃のあたいにはぴったりだと思う。
清四郎はそれからもずっと、暇さえ見つければホテルに連れ込み、まるで何かを刻みつけるようにあたいを抱いた。
どうしてこんなことをするんだろう?
これは愛する者同士が行う行為のはずなのに。
言葉も気持ちも何もかもが解らない。
快感だけが体を支配し、清四郎に全て投げ出していた。
次第に、ちょっと会わないだけで、奴を受け入れる奥深い場所が震えるほど感じて、寂しくなる。
キスをされないだけで、膨らむ不安に心が覆い尽くされる。
恋人でもないくせに、やつの時間を独占したくて仕方ない。
一分一秒でも長く繋がって、揺さぶられていたい。清四郎の体温を肌に感じながら。
そんな人にも言えぬ関係が、二年も続くとは思っても居なかった───
そして一年前、清四郎は野梨子と唐突に婚約する。
理由は野梨子サイドにあった。
簡潔に言えば、小煩い大叔母のしつこ過ぎる見合い攻撃をかわす為。
清四郎と婚約しているのなら、さすがに口は出さないと踏んだらしい。
そんな野梨子の我が侭を清四郎はあっさり聞き入れた。
互いに恋人が出来るまで、カムフラージュとして契約=婚約することを。
もちろん大事にしたくなかった二人だが、大叔母は案の定吹聴して回り、いつしか大学全体にまで噂が広まってしまった。
そしてそれはあまりにも自然なことと捉えられ、皆に温かく受け入れられる。
理想的なカップルとして───
憧れの的として。
異を唱える者など、ただの一人もいなかった。
あたいの胸にシミが広がる。
その時、その意味を、深く考えることが出来なかったのは、清四郎との過去が原因だ。
恋なんかしていないのに────
目的のためなら、あっさりと婚約してしまう男。
そんな奴の気持ちを期待するなんて、はなから無駄なんだ。
心を明け渡すほど、あたいのことなんて想ってもいない。
………これっぽっちも。
仲間達に内緒で続けられる爛れきった関係。
溺れて、もがいて、そのまま罪悪感と一緒に、泡のように消えてしまえばいい。
・
・
・
「悠理。」
「え?」
「どうしたの?顔色悪いじゃない。」
さっきまで爪を塗りたくっていたはずの可憐が覗きこんでくる。
いけね、ぼーっとしちゃってたな。
「んなことないって。ちょっと眠いだけ。」
「あんた食べ過ぎよ。さっきもロールケーキ一本まるまる食べてたでしょ?」
「へへ。講義二本も出たら腹減っちゃってさ。」
大学の部室は昼寝するのにちょうどいい。
大きな窓から差し込む太陽の陽差しと、柔らかな背もたれ付きのソファ。完璧じゃん?
まあな。
確かに、可憐の心配も当然のことだと思う。
最近食欲がすごいんだよ。
心なしか腹も太ってきたみたいだし。
やっぱ、本格的にトレーニングしなきゃダメかも。
清四郎は何も言わないけど、当然気付いてるんだろうな。
週に三日は撫で回してるわけだから、肉の増減くらい………直ぐにバレる。
「…………悠理。」
「何?もう食べないってば。」
「まさか、妊娠してるんじゃないでしょうね。」
前のめりにのぞき込んでくる迫力ある顔は、茶化す事が出来ないほど真剣に満ちていた。どんな顔も美人なのだが、その分迫力は増す。あまりの険しさに自然と腰が引けた。
────妊娠?妊娠って………子供、出来ることだよな?
「は?」
「あのね!あんたが清四郎とデキてるのなんてお見通しよ、バカ。あいつに任せとけば最悪なことはないだろうと思ってたけど………ほんとのところどうなの?避妊はしてるんでしょうね?」
いろんな事が頭を駆けめぐり、絶句してしまう。
可憐にバレている。
それも深い関係であることすら知られていた。
いつから?
他のヤツらも知ってんのか?
まさか野梨子まで?
答えに詰まる中、“避妊”の二文字を思い浮かべる。
それはもちろんしているはずだ。
清四郎がコンドームを用意して、毎回きちんと使ってるから。
時々、その付け替える時間がまどろっこしくて、無くても良いと思うときもあったけど、それを清四郎に強請るような事はしなかった。
「…………なんでバレたんだ?」
「偶然よ。美童の恋人がたまたまあんたの顔を知ってて、清四郎と腕組んでホテルに入っていくところを目撃したのよ。もう、一年くらい前かしら。」
「そ、そなんだ。」
「聞いて良いなら聞くわ。言いたくないなら言わなくて良い。でも、女の身体は自分で守るべきよ。その辺わかってんの?」
正論過ぎる忠告に、ただ頷くしかない。
「可憐…………あたい、馬鹿かな?」
「馬鹿ね。でも、そんなあんたが………あいつは…………」
清四郎のこと?
可憐の目は、何か言いたげに細められた。
でもそれ以上の言葉は聞けなくて────
よどんだ空気を切り裂くように入って来た野梨子と魅録に「よっ!」といつも通りに手を上げた。
ショックは隠せていなかったと思うが。
そしてその夜。
薬局で買った検査薬とやらを試してみる。
尿をかけるだけで、後は陰性やら陽性が判るらしい。
一人でするのは怖い。
でも一人でしなきゃいけない。
どんな結果でも、受け入れる覚悟はあった。
─────陰性、か。
ホッとした。
でも残念にも感じた。
清四郎の子が出来れば、何かが変化するかもしれない。
狡いかもしれないけど、そんな風に思ってしまう自分が居た。
今のままだと、噂通り、二人は結婚してしまうだろう。
あれほど互いを知り尽くしたカップルに割り込む馬鹿はいない。
昔から完璧なつがいで、それは今もきっと変わらないだろうから。
あたいとは違う。
剣菱の娘だから婚約した………そんな理由なんかじゃない。
清四郎は野梨子を助けたかった。
他の男に渡せなかった。
だから契約した。
それだけのこと。
昔から、野梨子は守られる存在で、あたいなんかとは全然違う。
本来、あいつの腕は野梨子だけのもの。
今がおかしいだけだ。
涙が零れた。
無機質な棒の上に………
なんだこれ。
なんだよ、これ。
欲しかったのか?
清四郎との赤ちゃんが。
それともあいつが欲しかったのか?
身体に染みついたヤツの匂いが常に上書きされていく中で、あたいはもう雁字搦めにされている。
逃げたくても逃げられない。
離れたくても心がそれを拒否してしまう。
身体だけでいいから───
そんな嘘はあまりにも空々しかった。
清四郎の関心が欲しい。
野梨子のことを忘れて、あたいだけを見ていて欲しい。
「はぁ………女々しいぞ。」
すっかり用済みとなった検査薬をゴミ箱に捨てる。
どのみち決着を着けなきゃならない。
一刻も早くそうしないと…………
心が粉々に引き裂かれそうだった。
・
・
「清四郎、話があるんだ。」
夜遅くの呼び出しにも関わらず、清四郎はタクシーを使い、あたいの部屋までやってきた。
かなり久し振りかもしんない。
いつもはホテルでめいいっぱい時間を楽しむから、清四郎が此処に居る違和感をなんとなく感じた。
「どうしました?」
開口一番、心配そうに尋ねる。
「あのさ。今、決めて欲しいんだけど。」
「決めて欲しい?」
「あたいか、野梨子。どっちを選ぶ?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔で驚く清四郎はほんと珍しい。
言葉を失うのも当然だよな。
決まりきった答えだもん。
胸が痛い。
聞きたくないのに、聞かなきゃと………気が焦る。心が引き裂かれるような感覚が、耳鳴りまで引き起こしそうだ。
清四郎は暫く考えた挙げ句、ふっと頬を緩めた。
「その質問の意味を教えてくれませんかね。」
「いいから答えろよ!」
「いいえ。僕も聞きたい。何故、今そんなことを聞くんです?」
「そんなの………」
分かりきってるだろう?
分かんない振りすんなよ、頭良いくせに!
「んなの………あたいがおまえに惚れてるからだ。野梨子との婚約をぶち壊したくなるくらい、好きだからだ。セックスだけじゃ嫌になったんだ。だから…………」
だから選んでよ。
そんでもって、あっさり終わらせてよ。
嗚咽まじりの答え。
それを聞いて、何故か清四郎はこの上なくうれしそうに笑いやがった。
「良い返答です。」
「は?」
「思った以上に、良い答えが聞けました。」
頬を伝う涙をその指に絡めて、清四郎はそう断言する。
「おまえの望み通り、野梨子との契約を終わらせます。」
「え…………どゆこと?」
「僕は………卑怯な男なんでね。身体から攻め込むしか出来なかった。修行すると乗り込んできたおまえに対峙している時から、ずっと……心が揺さぶられていたんですよ。」
思いがけない告白は一旦脳を素通りする。
それを慌てて引き戻し、もう一度再生し直した。
───心か揺さぶられていた?それって。
「じゃ………道場でキス、したのは?」
「つい、我慢出来なくなった。可愛すぎるんですよ、おまえの泣き顔は。」
「な、なんだよ………それ………」
眩しげな目で見つめられ、そのまま抱き寄せられる。
胸板に押しつけた時、聞こえてきた鼓動はいつもの倍、速かった。
「好きだと言いたかった。ずっと言いたかったんだ。でも、拒否されるのは怖すぎて、言えなかった。せめて身体だけでも繋ぎ留めておきたい………もちろん、そんな手しか使えない自分は愚かだと思っていました。それでもどうしても…………悠理が欲しかった。」
「じ、じゃあなんで、野梨子と………」
「切っ掛けになればいいと考えたんです。おまえの気持ちが揺れて、僕のことを意識出来るレベルにまで持っていければいい、と。要するに、嫉妬して欲しかった。これまたえらく時間がかかりましたけどね。」
「んなの…………ずるい………狡すぎる!!」
「その通り。僕は狡い。」
抱かれたまま押し倒された先はベッドの上。熱い吐息を吐く清四郎が、あたいを強く求めてきているのが分かる。
「もっと手っ取り早いことも考えてましたよ。」
「手っ取り早いこと?」
「ええ。」
そっと優しく触れた先は、あたいのおなか。
おそらくは子宮辺りだ。
「ここに僕の精子を注ぎ込んで、着床するまで何度も其れを繰り返すんです。そうすれば、確実にプロポーズ出来たでしょうな。」
「…………えげつないぞ。それ。」
「こんな男ですよ。知りませんでした?」
笑うことも出来ずにいると、清四郎は「さすがにそれは出来なかった」と呟いた。
「あたい…………清四郎が欲しい。無茶苦茶欲しい!どーしてくれんだ!もう、離れらんないよ!」
「ええ。だからさっさと結婚しましょう。」
「………………野梨子は?だいじょーぶなのか?」
「そうですね。恐らくは…………」
答えを聞く間もなく塞がれた口。
清四郎の舌が暴れ出す。
「んっ…………ふぅ……ん!」
気持ちいい。
何もかもどーでもよくなるほど、気持ちいい。
胸に触れられ、腰を抱かれ、いつもより忙しない愛撫が始まる。
「あ……ん…………」
耳の中を掻き回す長い指が、
途切れ途切れに吐く熱い吐息が、
眠っていた官能を残らず引き出してゆく。
「……愛してる。僕だけのものです。」
「あたい……も、清四郎しか欲しくない。あ………あ…………」
掻き回される。
あたいの全部を掻き回してゆく。
恐れることのない指が、着実に高ぶらせてゆく。
「悠理…………今日はもう、何も着けたくない。」
「……………あ、そんな………あ、あっ!!」
服も脱がず、押し広げられた其処に清四郎がねじ込まれ、とろりと蜜を纏う。
その光景を瞼に思い浮かべるだけで、涙が溢れて仕方ない。
もう、
誰にも、
何にも、
遠慮することのない関係。
「あ、せぇしろ………もっと、もっと言って………あたいだけって、言って!!」
「悠理だけだ。僕の、大切な女は………」
感じたのは体だけじゃない。
その言葉にこそ、絶頂を感じた。
幸せで、これこそが求めていた感覚だと解る。
清四郎を自分だけのものにした手応え。
「僕の……妻となり一生、可愛がらせてください。」
「…………うん。一生、可愛がって?」
夢のような瞬間が訪れ、清四郎の情熱が中で弾ける。
それはもう想像を遙かに超えた愛おしさ。
流れ込んでくる想いがあたいを埋め尽くし、目が眩んだ。
真っ白な世界。
だけどもう孤独は感じない。
・
・
・
それから二日も経たない内に、清四郎は野梨子との婚約を解消し…………二人の関係を仲間に伝えた。
野梨子はほんの少し寂しそうだったけれど、寄り添う魅録に優しく頭を撫でられ、見たことのない微笑みを見せる。
三ヶ月ほど前から二人は互いへの想いを自覚していて、言い出すタイミングを見計らっていたらしい。
清四郎は当然それに気付いていた。
「で。あんたたちは卒業したら結婚?ってわけ。この可憐様を差し置いて。」
「そう、なりますわね。」
「もちろんです。」
「まあまあ、可憐にはまだまだ可能性があるんだし、今は四人を祝福してやろうよ。」
「ふん。当たり前でしょ!うんとイケメンの金持ち、掴まえてやるんだから!」
「こりゃ、先が長そうだな。」
「本人は楽しんでるんですよ。」
「んなわけないでしょ!!何よ、あんたたちのその顔。幸せボケしてんじゃないわよ!だらしない!」
詰られた清四郎が手を握ってくる。
見つめる視線も、優しい手も、あたいだけのもの。
誰にも渡さない。一生。
揺るがない幸せは、すぐそこにまでやってきていた。