※第三者視点
剣菱財閥の令嬢、悠歌ちゃんは、誰もが憧れる存在で、中等部のほとんどの男子が彼女に想いを寄せていると言ってもあながち嘘じゃない。
才色兼備、スポーツ万能。そのくせツンケンしてなくて、性格は非常に明るい。
多少ファザコンながらも、彼女のお父様を知る人間はさもありなんと皆、納得。
あんな男性が側にいれば、巷の男子などタマネギか南瓜にしか見えないと思う。
美麗な両親を持つ悠歌ちゃんは、とにかく美意識が高くて、とても中学生とは思えない爽やかな色香を纏っていた。
私はそんな彼女のクラスメイト。
もちろん親友なんかじゃなく、ただのクラスメイトでしかないけれど、他の男子たち同様、強い憧れを抱いていた。
隣の席になった時はその場で小躍りしたくなったし、彼女に話しかけられれば、途端に頭は真っ白。 浮遊感漂う中、ろくな会話も出来やしない。
まるで恋に落ちた乙女のように、彼女の一挙手一投足に目が奪われる毎日だった。
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その日は悠歌ちゃんの誕生日で、親しい友人達は彼女に思い思いのプレゼントを手渡していた。
私もさりげなく用意したのだけれど、果たして気に入ってくれるかどうか───不安で仕方がない。
見た目よりずっと小心者な私。
勇気を振り絞るまで時間がかかる。
ちょうど休憩時間。
彼女が珍しく窓の外をぼんやり眺めているのをチャンスと思い、そっと声をかけてみた。
「剣菱……さん。」
「え?」
振り向いた瞬間、窓から射し込む淡い光が美しい髪を際立たせ、まるで天使のような光沢を与える。
なんて綺麗な女の子。
私なんかとは全然違う。これぞまさしく選ばれし人間。
その差を改めて知り、愕然とするも、僻む対象ではないことは明らかで、私はおどおどしながらも包みを差し出した。
「これ、なに?」
「た、誕生日おめでとう。………ささやかだけど、使って?」
「うそ。まさかプレゼント?ありがとう!」
満面の笑みすらこんなにも整っているだなんて、神様ってほんと不公平だ。
でもその笑顔一つで、私を天にも昇る気持ちにさせてくれるのだから、感謝しなくてはならないのかも。
「あ、あの、期待しないでね?」
「中、見ていい?」
「えと…………出来れば、家に帰ってから………」
他の子の高級ブランドと比べられるのは恥ずかしい。
そういうつもりでお願いすると、彼女は「解った。じゃあ、夜メールするからアドレス教えてくれる?」とメモ帳とシャーペンを私に手渡した。
────え、それって、もしかして、メル友?
高まる胸。
喜びを押し殺すのは難しい。
震える手でたどたどしい文字を書くと、剣菱さんは「hi.ka.ru.」とわざわざ声に出して読み上げてくれた。
「すごく楽しみ。ありがとう!石越“君”!」
「ど、どういたしまして。」
そう。 石越 光(いしごし ひかる)───それが私の名前。
柔道部で鍛えた姿は、どう見ても175センチの厳つい男。
中学生にしてはなかなかの体躯なんだけども、心は乙女そのものなの。
悠歌ちゃんに対しても、男子としてでなく、女子として接近したいと思ってる。
もちろんライバルが多過ぎて、そう簡単には近付けないけど、卒業するまでには少しでも仲良くなりたい。
ひっそり願ってる。
昔は冷やかされる対象だった私。
柔道を始めてからは、何故かマスコットのように扱われ、男女関係なく可愛がられるようになった。
きっと面白がられているだけなんだろう。
それでも虐められるよりはぜんぜんマシ。
孤独って・・・・心をとことん蝕むから。
彼女は私が書いたメモを手帳に挟み、カバンの中にしまい込んだ。
それだけでも大切にされているようで、胸が温かくなる。
剣菱悠歌は私の憧れ。
まさに女神のような存在。
彼女になら一生ついて行きたい。
………とまぁ、妄想が膨らむのだけれど、実際には男と女。
それも決してモテ系ではない、むさくるしい男。
友達になるのはやはり、北条さん(ADORE参照)のような見目麗しい女の子でないと。
「おい、ヒカルちゃん!今日部活休みだってさ!顧問の芝田が熱出したんだって!」
隣のクラスにいる柔道仲間が廊下から大声をかけてきた。
ベビーフェイスの彼は背こそ低いけれど黒帯で、私の目標でもある。
せめて彼くらい可愛ければ、隣を歩いても違和感はないだろうに。
「ありがと。」
部活が無いとなると、今日はファンシーなグッズを扱うお店をハシゴしようかしら。
あ、でも制服で寄り道はダメよね。
一度家に帰って、着替えなきゃ────
「…あのね、石越君。」
「は、はい?」
気付けば彼女が私を見下ろしていた。
「いきなりで驚くかもしれないけど、今夜、うちでバースデーパーティを開く予定なの。………といっても、宴会みたいな感じでちっともお洒落じゃないんだけど………もし良かったら、遊びに来ない?」
ねぇ、私は夢を見てるのかしら?
そうよ。夢に決まってるわ。
かの有名な剣菱財閥の屋敷にお呼ばれするだなんて。
夢よ、夢!!
「石越くん?」
「あ、あ、あ、あの………わ、私なんかがお邪魔していいの?」
緊張と興奮で頭が回らない。
「え。だってプレゼントまで貰っちゃって、私、何のお返しもできないし。それにパーティは大勢の方が楽しいでしょう?」
悠歌ちゃんは、まさしく天から舞い降りた女神のように微笑んだ。
ああ、素敵。
プライベートの彼女が見られるなんて、楽しみで仕方ないわ。
「どうかな?」
「も、もちろん!是非!!」
断る理由なんて欠片も無かった。
▽
クラスで唯一の男子(心は乙女)として、私は彼女のお宅に招かれた。
おおよそ100人の招待客。
中学生の彼女を取り囲む男達の多くは、まだまだ学生のように見える。
今から媚びを売って、将来の足しにでもしようと思っているのかしら?
目にしたことがないほど贅沢などんちゃん騒ぎは、彼女の祖父母も交え、盛大に繰り広げられた。
ハンサムなお父様と美しいお母様。
それに加え、天使のように愛らしい弟。
理想を絵に描いたような家族だけれど、ちっとも肩肘を張る必要のない、気さくな人たちばかり。
────うちは成金だからね。
とクラスメイトの誰かに言っていた言葉を思い出す。
たとえどんな家柄でも彼女の輝きは誰にも負けやしない。
教養も、美貌も全て本物。
私がこの世で最も憧れる女性であることに違いないのだから。
「石越くん、こんな素敵なプレゼントありがとう!!」
なんてことかしら。
薄紅のストールを纏った彼女はまさしく天女そのもので、シフォンの光沢が儚げなまでに細い体をそっと包み込んでいる。
「…………すごく、似合うわ。」
言葉にできないほどの感動をありきたりの台詞で伝えると、優しい微笑みが私へと降り注いだ。
「確か石越君の夢ってデザイナーだったよね?お母様達も世界的なデザイナーでしょ?」
同じクラスになったとき、発表させられた自分の夢。
あんなたった一度のことを覚えてくれてるなんて、悠歌ちゃんてすごい。
「ええ、そうなの。実はそれ………私が作ったの。」
「え、びっくり。ここまで完成度の高いものを?」
素直に驚き、素直に感心してくれる。
こんな性格がすごく好き。
ああ、友達になりたいな。
もっと親しい、何でも話せるような友達に・・・・・