※悠歌・十二歳の夏
仲の良い母娘は南の島を訪れていた。
青い海。
白い砂浜。
広がる珊瑚礁には色とりどりの魚が戯れている。
観光客は選ばれし者のみ。
ホテル所有のプライベートビーチは美しく保たれ、他のどの場所よりも素晴らしいロケーションだった。
「ママ!泳ごう!」
今回、弟・悠世はお留守番。
今頃は祖父母に嫌と言うほど可愛がられているだろう。
清四郎は仕事でヨーロッパを訪れて居る為、後から合流することになっていた。
それまでは母娘水入らず。
のんびりゆったり、南の太陽を浴びる。
12歳の悠歌は、育ちかけのふっくらした胸と長い脚で、年齢よりも幾分大人びて見えた。
しかしその水着は可愛らしいドット柄。
子供っぽさを残している。
母親である悠理は、到底二人の子持ちには見えない。
年の離れた姉と言っても過言ではないほど美しく、そして若々しい肢体を晒していた。
ビキニから伸びる長い手足は、日に焼けても滑らかで健康的。
括れた腰は女性らしさを誇示するような曲線を描いている。
清四郎に愛され続ける身体は男たちの視線を釘付けにし、時々ではあるが、勇気ある者が果敢に声をかけてきた。
その都度、悠歌はボディガードさながらに立ちはだかり、「ママ!」と連呼する。
さすがに子供の前で母親をナンパするわけにもいかず、男たちはやむなく退散。
その後ろ姿は意気消沈。
悉く肩を落としていた。
「パパが居ないと、ママの引力はすごいね。」
「………はは。あんまり嬉しくないけどな。」
「ふーん。ママって………モテるの嫌なの?」
「昔からそういうの苦手だったよ。あ、昔は女ばっかだったけど。」
「そっか………。ママはパパだけにモテたかったんだね。ふふ、可愛い!」
改めてそう指摘されると、気恥ずかしくなる。
悠歌の洞察眼は日に日に鋭くなるが、ここ最近は恋愛事に興味津々だった。
といっても彼女自身が男に興味あるわけではない。
実はピアノ教師から、名だたる作曲家の心情を勉強しろと言われ、その教えに素直に従っているだけなのだ。
名曲と恋は切り離せない。
悠歌は素晴らしい腕前だが、そういった情緒面には欠けていて、それはやはり父親に似たのかもしれなかった。
「パパも一人きりだとモテるもんね。やっぱり早く来て貰わなきゃ!後でメールしとくね!」
「え、いや………いいよ。そんなの。」
娘の気遣いは嬉しいが、その理由がナンパだとすると、清四郎はきっと仕事を放り出してでも駆けつけるだろう。
それは流石にどうかと思う。
社会人として────
海に浮かびながら空を見上げる。
こんな楽しみが許されているのも、清四郎が必死に働いてくれているおかげだ。
剣菱の土台が崩れぬよう、悠理たちの生活を守ってくれているからだ。
今や世界五指に数えられるトップ企業。
最近では慈善事業にも力を注ぎ、後進国の発展に努めていた。
「はぁ………いい気分。」
「そういえばママって………昔、よく誘拐されたんでしょ?トラブルメーカーだったってほんと?」
「あいつめ……んなこと言ってたのか。」
清四郎のことだ。
悠歌と二人の時は、寝物語に昔話くらいしていただろう。
わざわざ誇張しなくとも、彼らの冒険談は軽く一冊の本になる。
「パパに助けられてたんだよね?」
「清四郎だけじゃない。みんなで力を合わせてくれたんだ。………でも、あいつの知恵がなきゃ、動けなかったかもな。」
「パパって天才ね。」
「………ふふ。悠歌はその娘だろ?きっとおまえも天才さ。」
波は穏やかで、海風は心地よい。
ぷかぷか浮かんでいると、まるで此処が雲の上のように感じる。
「さ。そろそろ本気で泳ぐか。」
「え~、あたしパフェが食べたい!ここのホテル、柑橘系のパフェがとっても美味しいんだって。」
「うっ、それは魅力的な誘いじゃんか。よし、行こう!」
気の合う母娘は浜辺を目指し、猛烈なスピードで泳ぎ始めた。
何せ体力自慢二人の娘だ。
もちろんそれなりに早かったが、やはり悠理には敵わない。
僅かの差で負けた悠歌は、母の引き締まった背中を見て、感嘆の溜息を吐いた。
────パパもさぞかし手こずったよね。
それは二人をよく知る娘ならではの感想だった。
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上品な白いワンピースは悠歌の見立てだ。
ほんの少しだけ違うデザインを買い揃え、母に差し出した後、自身も嬉しそうに着込む。
そんな清楚な姿の二人がホテルの最上階に現れたのだから、周りの客が目を奪われるのも当然といえば当然。
キラキラ、光を纏う美女が二人。
窓側の席へと案内され、楽しそうにメニューを眺める。
「パフェの前に………やっぱハンバーガーかな?」
「あ。あたしも食べる!」
成長期の悠歌は見かけによらず割と食べた。
年老いたお抱えシェフは「昔のお嬢様そっくりだ」と涙ぐましく語るが、実際悠理ほどの大食漢ではない。
あくまで常識の範囲での話だ。
「このデラックスバーガー三つね!ポテト大盛りで。」
常識を超えた母は、それでも太ったりはしない。
いつもスレンダーで若々しく、悠歌のクラスメイトからは憧れの存在でもある。
いくら父が愛を注いでいるとはいえ、その美貌に衰えが見えないのは、悠歌にとっても不思議で仕方なかった。
まるで神に愛されているような存在。
ふと、“美人薄命”なんて言葉が思い浮かぶ。露ほども似合わないけれど。
「ママ。四十歳過ぎて、病気になんてなっちゃイヤだからね?」
「は?」
「あんまり無茶しないで。悠歌、ママとずっと一緒にいたいんだから。」
「お、おう。」
首を傾げる悠理を、しかし悠歌はさほど心配していない。
何せ側には医学を完璧に心得た男がいるのだ。
健康管理は父に任せておけばいい。
何かあれば、誰よりもアンテナを張り巡らせている父が必ずチェックするはず。
そして日本一と謳われる祖父の病院に飛び込めばいいだけの話なのだ。
悠歌が心配する必要性は無かった。
もちろん悠世を身ごもったことすら気付かない母なので、油断は出来ないが───
「オマタセシマシタ。」
登場したハンバーガーは想像を遙かに越えて大きく、しかし悠理は目を輝かせながらそれに食らいつく。
────ママが病気になったら、まず最初にこの旺盛な食欲がなくなるよね。
幼い娘はくすっと笑い、揚げたてのポテトに指を伸ばした。
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「Hey, Ladys!」
ハンバーガーでひとまず満たされた二人が、次にオレンジやマンゴーのたっぷり乗ったパフェを食べていると、金髪の男二人が軽く声をかけてきた。
ラテンのノリと真っ白い歯。
ブルーのパーカーとジーンズに身を包んだ彼らは、どちらも二十代半ばだと見受けられる。
よく見れば二人ともなかなかのハンサムで、醸し出す空気は間違いなく上流階級のものだった。
次々と明るく話しかけられるも、早口の英語を聞き取るのはなかなか難しく…………
悠理は、にへら、と愛想笑いを浮かべるに留まった。
これで社交界に繰り出しているのだから、たいしたものだ、と娘は思う。
あの厳しい父がどれほど勉強させても飲み込めないお粗末な知能。
私は本当にこの母の娘なのだろうかと不安さえこみあげてくる。
もちろん、そんな不安を清四郎に少しでも知られたら、鉄槌が下ること間違いなしだが。
頼りない母の代わりに、悠歌は流暢な英語で会話を始めた。
無論、彼らを追い払う為である。
清四郎仕込みの実践英語だ。
ネイティブにも劣らない発音で、難なくハードルを越えてゆく。
「何て言ってるんだ?」
「四人でボートに乗らないか?──ですって。」
「ボート?」
「この島を少し離れれば、鯨の潮吹きが見られるって言ってるの。かなりの数が集まるから圧巻らしいよ。」
「へぇ………面白そう。」
「ママ、もちろん断るよね?解ってると思うけど、これ完全に、100パーセント、下心ありのナンパだから。」
悠歌の指摘が無くとも、悠理にだってそのくらいの勘は備わっている。
何せ今現在、モテ期真っ最中なのだ。
社交界で誘われなかったことは、一度もない。
────男女問わず。
「ソーリー、アイムウェイティングフォーマイハズバンド。」
まるで中学生のような発音で、その場を何とか切り抜けた悠理。
既婚者と知らしめたのは、効果的だったようで───
男たちは大人しく去って行った。
「悠歌は………その、興味ないのか?」
「え?」
「わりと……イケメンだったじゃん。あいつら。」
「どこが?パパと比べたら月とスッポンだよ。」
「おまえ…………ほんとファザコンだな~。そっちの方がよっぽど心配だ。」
「安心して。パパくらい素敵な人じゃなきゃ、絶対に付き合ったりしないから。」
そう言って胸を張る娘に、悠理は深い溜息を吐いた。
確かに清四郎は良い男で、自分も今やベタ惚れである。
だが彼女ほど幼い頃から、そんなにも目を肥やしてしまうと、きっとろくな事にならないだろう。
クラスの男子たちはかぼちゃかジャガイモ。
話のレベルすら合わない。
悠理とて娘に恋愛を強要しているわけではないが、ここまでファザコンだと将来が不安になる。
強さ、賢さ、容姿。
清四郎を基準にすれば、ほとんどの男は脱落。
敵う奴など存在しないはずだ。
だが可愛い娘には、いつか自分のように恋愛をして、幸せな結婚にたどり着いてほしい。
そんな母心が悠理の中では育って来ていた。
愛し愛される幸せは、経験して初めて分かるもの。
自分がそうであったように、悠歌にも揺らぎない幸福を手に入れてほしかった。
悠理はそっと手を伸ばす。
悠歌のクセのない前髪を流すようにかき分け、父親に似た目を真っ直ぐ見つめる。
「おまえならきっと、いい男と知り合えるさ。清四郎以上に強くて優しい奴とな。」
「………うん。きっとね。」
微笑み合う母娘は、再びパフェへと視線を戻し、溶けかけのアイスクリームを慌てて掬った。
「ん~♡噂通り美味い!お代わりしよ!」
「もぅ、ママったら。お腹壊さないでね。」
「余裕、余裕!」
・
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───言いながらも二十分後。
トイレへと駆け込む羽目に陥った悠理。
口直しの温かい紅茶を啜る悠歌は、呆れ顔で母を見送った。
何歳になっても学習能力が芽生えない母を、もしかすると父が甘やかしている所為かもしれないと感づき始めた悠歌だったが、そんなところも可愛く感じるため、敢えて口を挟むことはしない。
娘の見解通り、清四郎に責任の一旦はある。
妻の旺盛な食欲ごと愛してしまっている彼が、助長させていると言っても過言ではなく───
いつも食べる姿をにこやかに見つめ、美味しいと評判のレストランには必ず連れて行き、海外出張の折には多くの土産を携え、その全てを与えている清四郎。
食べる事を制限させる愚行は犯さない。
何せ彼は、妻の屈託ない笑顔を何よりも愛しているのだから。
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「ふぁ~・・・キツかった───あたいももう若くないんだな。」
手を洗い、鏡に映った自分を見る。
選ばれた白いワンピースは、ほんのり焼けた肌に似合ってはいるものの、やはり身体の中では着実に加齢が進んでいるのだろう。
悠歌の言うとおり、少しくらい健康に気をつけた方がいいのかもしれない───と珍しく納得したように肯いた。
鏡越しの自分はまだ若い、と思う。
それは清四郎のおかげだ。
何不自由ない生活と、たゆまぬ愛情。
日々の営みが悠理を満たし、そして年齢から遠ざける。
どんな高価な美容液にも勝る、夫との行為。
悠世を産んでからというもの、求め方は激しくなる一方で、二人はより官能的な夜を楽しむようになっていた。
「あいつ…………早く来ないかな。」
思わず洩れた言葉は本音。
悠理は瞬間、カアッと頬を染め、それを両手で叩いた。
───何言ってんだ、あたい。
夫を待ちわびるにしても、その理由があまりにも短絡かつ直情的過ぎる。
たった三日しか会ってないだけなのに、抱かれたいという理由だけで清四郎を求めるなんて。
仕事が一秒でも早く終われ、と願うなんて。
「欲求不満かよ──」
悠理はワンピースの裾を摘まみ上げ、鏡の中で卑屈に笑う。
娘が選んだ清楚な衣装。
清四郎の好むような、真っ白いコットン。
………でもな、悠歌。
あいつ、ほんとは……
シルクの真っ赤なドレスを引き裂くようにして裸にするのが好きなんだぞ。
挑発的な下着も、
ヒールの高いパンプスも、
派手なアクセサリーや化粧も、
悠理が似合いさえすれば、それに比例して興奮する男。
優しい父親の顔。
厳しい実業家としての顔。
誠実な夫の顔。
でも悠理にだけ見せる顔は、貪欲なまでに精力的、かつエゴイスティックな一面も持ち合わせていて、理性とは程遠い存在であること間違いなしだ。
第二子を産んでからというもの、彼の独占欲は膨らむばかり。
父親の威厳を保とうとしながらも、その裏で妻を激しく求め過ぎてしまい、男と名の付くもの全てから遠ざけたいと本気で願っている。
そんなどうしようもない男を、悠理はこよなく愛し、身を任せる。
まるであやすように────夜を紡ぐ。
出張先でも片時も離れず、おしどり夫婦の名を好き放題手にしている二人。
剣菱の看板を背負ってるからじゃなく、本当に離れがたいのだ。
少しでも側にいたいのだ。
似た者同士だと笑われてもいい。
清四郎の目にずっと映り続けたい。
出来れば美しいままで。
鏡に近づき、ぷるんとした唇を軽く食む。
清四郎しか触れさせないそこに、クラッチバックの中からお気に入りのリップを取り出し、スッと一塗り。
いつでも、彼の好ましい自分でいたい。
一生、好きで居て欲しい。
悠理はそんな考えに苦笑しつつも、己の変化を眩しく思った。
「子供二人も産んでて、何言ってんだか。」
照れ隠しの台詞は誰にも聞かれぬまま。
首を長くして待つ娘の元へ、悠理は足早に戻ろうとした。
しかし────
トイレから出た瞬間。
さっきの男たちが待ち伏せするように立っていた。
悠理を見つけるや否や、壁に手をつき、進行を妨げる。
ここは奥まったレストルームで、悠歌の待つレストランからも少々離れている。
声は届かないだろう。
となると、諦めの悪い男達を、悠理は一人で何とかしなくてはならない。
普通の女性ならば危機感を感じるだろうが、何せ彼女は刺激に飢えた人妻。
当然興奮でワクワクする。
「何の用?」
カタコトの英語を駆使し尋ねると、
「とてもじゃないけど、母親には見えないな。美人でスタイルもいい。肌も綺麗だ。」
相手もゆっくりと応えてくれた。
ヒアリング能力の低い悠理だが、褒められていることはなんとなく解る。
かといって可憐のように浮かれる性格ではない。
「だから何だよ。どけ。」
「俺たちと遊ぼう。絶対に’退屈’させないからさ。」
────退屈させない?
悠理は思わず爆笑してしまった。
一体どれほどの自信があるというのだろう。
ありとあらゆる刺激に慣れ、更にその刺激を満たす夫を持ち、誰もが真似できない生活を送る女。
そんな女を退屈させないと宣言する彼らは、無知を通り越して傲慢だ。
爆笑の渦から抜け出せない悠理を見て、男達は明らかに機嫌を損ねている。
そしてムッとした表情を隠さぬまま、悠理の剥き出しになった肩を大きな手で掴んだ。
────パン!
だがそれは、音を立て、あっさりと払われる。
馴れ馴れしく触っていい男はこの世で三人だけ。
夫
魅録
───そして、父である万作だ。
「大口叩いてないで、さっさと消えろ。」
鼻を鳴らした悠理は、二人をシッシッと、まるで犬のように追い払おうとした。
しかし癇に障った彼らが大人しくしているはずもない。
壁に手をついていた男は、足までも追加し、行く道をとことん遮った。
そして何事か、聞き取れないほどの小ささで詰る言葉を吐き、二人で悠理を挟むよう接近する。
無謀とも言える行動。
しかし彼らは何も知らないのだからしょうがない。
悠理は深呼吸すると、目の前にある二人の敵を倒すべく、腰を低くした。
攻撃は得意中の得意。
喧嘩慣れした足技には今も定評がある。
───泣かせてやる。
そう覚悟した瞬間────
残念なことに獲物達は、彼女の視界からものの見事に消え去ってしまった。
代わりに現れたは、この世で最高の男。
「やれやれ。これほど長閑な南の島でも、厄介な連中は存在しますか。一応、最高のホテルを用意したつもりなんですけどね。」
「清四郎っ!」
まるでカマイタチに襲われたような一瞬の出来事だった。
首根っこを掴まれた男達はふわりと浮き上がり、どういうわけか悠理の背後にある女子トイレの中へと放り込まれてしまう。
二人は折り重なるように倒れ、気絶昏倒。
どんな技をもってしてそうなったのか、悠理の目には捉えられなかった。
もちろんそれは一撃必殺の拳法の成せる技。
加え、清四郎の静かな怒りが手加減を奪った。
妻に近寄る男達へ、容赦など出来ない。
「待たせましたね、悠理。」
清四郎は白いシャツと紺色のスラックスで笑顔を見せた。
そして、見かけはこの上なく清楚な妻をナチュラルに抱き寄せ、まずは三日分の接吻を。
呆けていた悠理もまた我に返り、愛しき夫の首へ腕を回すと、魂ごと吸い取られるようなキスに応えた。
脳が痺れるほど甘い口づけ。
吐息一つ逃さないとばかりに、清四郎は情熱を与え続ける。
夫不足だった身体が悦びに震え、もう居ても立ってもいられない。
今すぐワンピースを引き裂いて欲しいと願うほど、欲情が高ぶっていた。
おなかの中心が疼く。
抱かれたくて────
しかし。
レストランには悠歌が首を長くして待っている。
彼女を放置したまま部屋へと戻り、思うがままに互いを貪り合うわけにはいかなかった。
息が上がるほどのキスの後、二人の目には明らかなる欲情が燻っていたが、何とか平常心を取り戻す。
バカンスはこれからなのだ。
今は親の顔に戻らなくてはならない。
おもむろに電話を取り出した清四郎は、トイレに転がったイケメン二人の処分をホテルの支配人に伝えた。
今後もちろん───出入りは禁止。
身元を調べた上で、それ相応の審判は下されるだろう。
「これは悠歌が?」
清四郎は悠理の着るワンピースをそっと撫でる。
「そ。お揃いだってさ。似合わない?」
「いいえ、よく似合ってますよ。悪い虫を呼び寄せるほどにね。」
「もしかして若い男を探してる有閑マダムにでも見えたのかな?」
「ふむ。確かに見えなくもないですな。もちろん───想像しただけで怒りがこみあげてきますが。」
ふふ……と笑って腕を絡める妻は、清四郎の嫉妬心に喜びを見出す。
「なぁ、ここのパフェ旨いから、一緒に食べよ?」
「………おまえにとって、それは何杯目になるんでしょうね。」
「え?あはは!うーん………別にいいじゃん!あたいは、清四郎と食べたかったんだからさ。」
「…………ま、いいでしょう。お腹の調子は?」
「無問題!」
しかしご機嫌な悠理を待っていたのは、娘の厳しいお小言とパフェ禁止令。
小一時間待たされた悠歌の怒りは相当なものだった。
「パパ!金輪際、ママを甘やかしちゃいけません!」
「─────はい。」
こうして揃った三人は、南の空の下、誰よりもゴージャスで安心出来るバカンスを楽しみ始めた。
幸せな家族像。
だが、一人残された悠世のおかんむりを、彼らは想像もしていないのだった。
「母ちゃん、夜泣きがひどいだがや。」
「そうねぇ。悠理じゃないと駄目かしら。」
「わし、あまりにも寝不足で眩暈するだよ。」
「仕方ないわね。じゃあ皆で押しかけるとしましょうか。」
「んだ!そうするだ!」