その夜の晩餐は滞りなく、しかし清四郎の視線は常に男へと注がれていた。
“盛田誠吾”は雄弁な男だ。
直木賞作家の本領発揮とばかり、たまにジョークを交えながらの巧みな会話は、宴席を笑いで満たす。
隣に座る“山本太一郎”はまるでゴマを擦るかのような笑顔を見せ、尤もらしく彼の語りに頷き、場を盛り上げていた。
その関係性に何か歪なものを感じた清四郎は注意深く彼らを観察し始める。
今回の騒動と何かしらの結びつきがあることは明確である。
悠理の霊能力は時として一足飛びで事件を解決するため、清四郎としても侮ることはなかった。
今回一番貧乏くじを引いている彼女は、盛田氏の顔に不快感を抱くため同席しなかったものの、それについて両親が小言を洩らすことは何もない。
他人とはいえ、出来の良い清四郎は彼らの自慢でもある。
どこに出しても恥ずかしくない男。
家族の一員として紹介しても何ら問題はないのだ。
婿養子にとの願いは、未だ二人の胸の片隅でくすぶっていた。
────娘さえ良ければ明日にでも。
万作と百合子は自分たちの行く末も含め、そう望んでいる。
彼は愛娘を守ってくれる、この世で最も信頼に足る存在で、トラブルメーカーの手綱を任せても良い唯一の男。
基本利己的な二人だが、根底には娘の幸せを願う親心がしっかりと見て取れる。
もちろん、雲海和尚の説教は未だ記憶に新しいため、なかなか言い出すことは出来ないが───
「いやはや。最近の学生は遊ぶことばかりで、単位もギリギリしか取れていない。このままでは日本の未来が危ぶまれますな。」
「まったく、仰るとおり。」
清四郎は彼らの会話を注意深く聞いていたが、特に引っかかるような内容はなく、そうなればこちらから仕掛けてみようと、話題を振った。
「盛田先生はK大学の客員教授をなさってるんですよね?以前、うちの大学でもお顔を拝見したような気がするのですが………聖プレジデントで教壇に立つご予定でも?」
「え………あぁ。確かに一度か二度、おたくの准教授に呼ばれてお邪魔しましたな。」
清四郎の眼光が鋭く光る。
「うちの准教授………と申されますと?」
「ご存じかな?文学部にいる“近田(ちかだ)”准教授ですよ。」
「ええ。存じております。」
清四郎は新たな駒が現れたことに内心ほくそ笑んでいた。
近田恭祐(ちかだきょうすけ)准教授は40前の、学生達に人気の高い人物である。
解りやすい講義と砕けた性格。
そしてそのルックスはまさしく、今時の爽やかイケメン風であった。
専門は日本文学。
そろそろ教授に出世するのでは?、とまことしやかに囁かれている。
「彼に頼まれましてな。ゲストとして何度か講義を担当しました。」
「それはさぞかし学生達が喜んだことでしょう?」
「ハハハ!本にサインを強請られましたが、講義自体はさっぱり。どうやら小難しい話には皆、興味が無かったようです。」
直木賞作家の彼が請け負う講演会は、人気が高く、大金が動く。
ミーハーな学生達にとって、なかなかのイベントだと思うのだが。
「先生のファンは多いですからね。中には熱烈な信者もいたのでは?」
清四郎の質問に盛田は自尊心を擽られたらしい。
軽く咳払いした後、『まあ、悪くないもんですよ。』とにやついた。
スケベ心がちらほら。
清四郎は悠理の証言に信憑性があることを改めて感じていた。
盛田と、亡くなった女学生“吉久保さゆり”との関係。
そこがこの事件のキーポイントであることは間違いない。
そしてもう一人の登場人物、“近田”は奇しくも文学部の准教授だ。
決して無関係とは言えないだろう。
もし、総長に話を持ちかけた人物が彼ならば────
RRRRRRR
「…………っと、失礼。」
清四郎は胸の内ポケットから携帯電話を取り出すと、その相手を確認し、席を立った。
行き交うメイド達からも四角になったその場所は、喫煙するための小さな小部屋。
清四郎は辺りを見渡した上で、通話ボタンを押した。
馴染みの霊媒師『東(ひがし)』は清四郎の声を聞くなり、沈んだ声を出す。
「今、大学だ。…………あんまり良い霊じゃないぞ。」
「………でしょうね。」
「恨み辛み………といった感じだが、わしにはその理由までもは見えん。」
「話を聞くことも出来ない、と?」
「……………あの部屋(準備室)の扉すら開けられんのだ。手と身体が、拒否反応を見せてな。」
苦々しく吐き捨てる東。
─────役に立たない男だ。
内心舌打ちした清四郎に、しかし朗報が飛び込んで来る。
「ただ、一つだけ分かったことがある。ここまで道案内してくれた、“近田”という、教授だか准教授だかの男だ。彼と亡くなった仏さんとは切っても切れん因果関係があるようだぞ。」
「…………ほぅ。何故そうだとわかったんです?」
「彼が近付くと、怨念のパワーが増大した。扉を割らん勢いで。彼はその地鳴りのような音を聞いて、逃げるように何処かへ行ってしまったが。」
「なるほど。」
やはり吉久保さゆりは、近田准教授と特別な関係があった。
おそらくは男女のそれ。
─────となると、“盛田誠吾”はどう絡んでくる?
清四郎は一つの可能性を思い浮かべたが、その吐き気もよおす考えを取り払おうと、すぐさま頭を振った。
「東さん、ありがとうございました。この問題が解決しないかぎり除霊は難しい………ということで間違いありませんね?」
「決して出来ない───わけではないが、わしには無理だの。福井にいる大僧侶ならもしかすると…………」
東の消極的な姿勢は、吉久保さゆりが発する私怨の深さを想像させた。
清四郎は一通りの礼を言い電話を切ったが、ふと何かを思いつき、次に可憐へと繋いだ。
「可憐。頼みごとがあります。」
“色仕掛け”などと人聞きの悪い行為も、彼女なら巧くやってくれる。
清四郎は確信を持って、頼み込んだ。
「次は美童かな。」
これらの布石がどう作用するか。
もちろん、勝算がなければ仕掛けたりはしない。
二人への電話を終えた清四郎は、ふっと息を吐き、次に悠理の寝室へと足を向けた。
不愉快な気分でいるだろう彼女のご機嫌をなおすには───
「事件解決の糸口を教えるに限る、な。」
いつもの不敵な笑みは、誰にも見られることなく、ガラスの窓に写った。