「恋って、いいもんですねえ。」
しみじみと、それはまるで年老いた夫婦の間で発せられる言葉のようで、悠理は思わず吹き出しそうになった。
「おまえ、いくつだよ。」
「年齢が関係ありますか?」
「その口ぶりはさすがに高校生じゃないぞ?」
「ふふ、今更でしょうに。」
二人仲良く縁側に並ぶ姿こそ、それっぽさを醸し出しているが、悠理は先ほどからかき氷に夢中だった為、気付いていない。
彼の手には湯呑に注がれた番茶。
真夏だというのに、温かいものをチョイスするその感覚もまた、実年齢を感じさせなかった。
「’恋’なんだよな、あたいら。」
「こらこら、何を言い出すんです。」
「だって、’恋’ってもっと甘くて軽くてふわふわしたイメージだからさ。」
「ふむ。」
「おまえはそんな感じじゃないっぽいし。あたいだって………よくわかんない。嫉妬したらドロドロしちゃうだろ?イライラもするし、ヤキモキしちゃう。」
「そうですね。」
「綿菓子とは程遠いよ。」
色々考えた末の発言だろう、と清四郎は思う。
元々小難しいことは考えられない頭だし、その答えが正しいとも限らない。
今は初めての恋に戸惑い、そして恐れている。
そんな悠理が愛しくて仕方ないのは、清四郎自身に訪れた変化でもあった。
「確かに、綿菓子とは程遠い。何故なら僕たちはもう、その一歩向こうへ辿り着こうとしているから。」
「一歩向こう?」
どいうこと?と小首を傾げる悠理を抱き寄せ、柔らかな髪に包まれた頭へ顎を乗せる。
「恋の次は愛でしょう?僕は悠理を愛してますし、悠理も僕を愛してる。だからこそ色んな感情が入り混じって、その都度不安や焦り、そして嫉妬などを感じるんです。」
「愛かあ………確かにそうかもしんない。」
「愛には様々な形がありますからね。時として醜く歪んでしまう事も……」
「そうだよな。」
過去の経験上、男女の仲は美しい関係ばかりでないと、二人は知っている。
愛と憎しみ、侮蔑と裏切り。
哀しいかな、それらすべての起因は“愛”にあるのだ。
「でも、あたいたちは大丈夫だろ?」
「そう……ですね。そう願ってます。」
単純な思考回路が時として羨ましい。
清四郎は知っている。
自分自身の厄介な性格を。
悠理への想いがどんどん熟成され、それに付随する嫉妬が日に日に巨大化していることを。元々手に入れたものはとことん大切にする性質で、そのこだわりは姉、和子にも「鬱陶しい」と吐き捨てられたことがあった。
誰にも触れさせたくない
悠理が持つ全ての感情を手に入れたい
愛も憎しみも切なさも歯がゆさも全て───
願うことは罪ではない。
相手に押し付けることこそが罪なのだ。
かき氷で赤く染まった唇は美味しそうだった。
清四郎がそれを味見すると、悠理は「もっとどうぞ」と突き出してくる。
可愛い女の拙い仕草。
いつかは彼女も変化するのだろう。
胸を掻きむしるような思いに苦悩するのかもしれない。
そこに憎しみが生まれないとも限らないはずだ。
「悠理………」
「ん?」
「僕を諦めないでくださいね。」
「え?」
「僕はおまえを絶対に………」
────離しはしない
それがたとえ過ちだと言われても、彼女と歩み続ける人生こそが僕の全てなのだから。