再会編1

━━━うぅ、ちょっと窮屈だなぁ。やっぱ、もうワンサイズおっきいドレスにしたらよかったか?

ターコイズブルーのタイトなドレスは、胸を強調するかのようなデザインで、むしろ少し小さめが良いと勧められ、悠理は仕方なくこれを選んだ。

━━━可憐じゃあるまいし、こんな露出似合わないよ。

不機嫌そうに呟いてみても、百合子やメイド達は嬉々として手を叩く。

「何言ってるの。貴女ももう25でしょ?そのくらい色気のあるドレスを選ばなくてどうします?」

未だ強制力のある母には逆らえない悠理。
窮屈さを我慢して同じ色のハイヒールに足を差し入れたものの、約5cmのヒールすら彼女には煩わしい。

今日から二日間続く、剣菱の社員達を労う慰労パーティ。
二年に一度、盛大に開催されるそれに、アメリカ在住の二人はもちろん強制参加。
百合子の一声で重い腰を上げ、帰国した。
とはいえ、久々の日本。
特に悠理は渡米してからというものほとんど自宅に帰っていなかった為、実のところ胸をワクワクさせている。
最近では海外でも日本食が流行っているし、アメリカの食レベルも格段に上がった。
故郷の食べ物を手にする苦労は無かったが、それでも欠けている物は多くある。
相も変わらず食いしん坊である悠理は、それら全てにロックオンし、舌舐めずりしながらの帰国となったのだ。

時を経て再会する仲間達は、それぞれの道を歩んでいる。
野梨子は家の仕事を手伝いながらも、日舞の免状を手に個人教室を開いていた。
一時期、叔母に勧められた男と婚約したが、様々な事情で破棄。
それ以来、独身主義に拍車がかかっている。

可憐と美童もまた独り身。
これといった相手がいないため、二人仲良く夜遊びする毎日だ。
可憐はテナントビルの一室を借りて料理教室を始めている。
今や、‘美人すぎる料理家’として名高く、多くのメディアからひっぱりだこ。
何冊か出した本の売れ行きもすこぶる順調らしかった。

美童はスウェーデン大使を継がず、自由気ままな生活。
とはいっても、時々頼まれる有名ブランドのモデルをこなす為、三ヶ月に一度のペースで海外を飛び回っている。
もちろんその国々の美女達と色っぽい関係を築いているが………今だ一人に絞る様子は見られない。

そして魅録はというと、彼もやはり独身。
現在個人事務所を開き、探偵の真似事をしている。
独り身とはいえ、女に興味が持てないわけではなく、年頃の男として真面目?な男女交際もそこそこ数をこなしていた。
ただ、母親である千秋の厳しい目に恋人が耐えられないだけ。
結婚までの道程には遠く及ばず、ここ半年は特定の相手もいない。
結局のところ、独自のネットワークで増え続ける‘怪しい友人達’との付き合いをどんどん深めていた。

清四郎と悠理が久々に帰国するとあって、嬉々としてパーティに参加する四人。
海外に出ることが多い美童だけは、二人と頻繁に会っていたが、こうして六人が揃うことは実に二年半ぶりである。

真っ先に会場へと到着し、古い友人を見つけた可憐。
スリットが深く入った黒いドレスは彼女の豊満な身体をより一層際立たせる。
胸元に大きなブルーサファイアのペンダントを飾り、細い腕にはダイヤのブレスレットが燦然と輝く。
招待客から浴びせられる羨望の眼差しは彼女の自尊心と虚栄心を満たすため、自然と口元がほころんでいた。

そんな堂々たる出で立ちの彼女は、しかし悠理を見た瞬間、驚きのあまり目を見開いた。
最初に出てきた言葉は、久方ぶりの友人への挨拶ではなく━━━━
「あ、あんた………それ……どうしたの!!」
と、呆気に取られたものだった。

「いきなりそんな挨拶かよ!ん?このドレス、もしかして変?」

薄い生地をぴらりと持ち上げた悠理は、やはり似合っていないのかと肩を下げ、落ち込む。
しかし可憐が指差したそれは決してドレスなどではなく、彼女が揺らす胸元だった。

「あ、あ、あ、あんた……胸!!」

「あぁ、これな。へへん、どうだ?またでかくなったろ?」

でかくなったなんてもんじゃない。
軽く見積もってもD、いや下手するとEカップはあった。

「まさか豊胸でもしたんじゃ………」

「するか!!」

鋭く否定されても可憐は指を引っ込める事が出来ないでいる。
張りがありながらも柔らかそうな二つの膨らみ。
ターコイズブルーのドレスが恐ろしく似合っていた。
元々ウエストの細い悠理が、まさかこんなにもメリハリの効いた高級ボディになるだなんて。
可憐の受けた衝撃は計り知れない。

『あんた、どんだけ清四郎に揉まれてんのよ!!』
と喉元まで出かかった言葉を必死で飲み込む。
自分にかなりの自信がある可憐。
これ以上の突っ込みは僻みにしか聞こえないだろうと瞬時に判断したのだ。
まだまだ自分の色気には遠く及ばない。
だが、悠理の変身ぶりは女としてのプライドをビシビシと刺激してくれた。

「何を騒いでいますの?」

凛とした声が二人の背後から届く。
言わずと知れた大和撫子の登場だ。

「悠理、お久しぶりですわね。随分と………印象が変わって驚きましたわ。」

加賀友禅は彼女の為にあるのでは?と思うほど、その振り袖は野梨子に良く似合っている。
いつものおかっぱヘアではなく、伸びた髪をアップにし朱色の簪を挿す彼女は、子供っぽさとは無縁の艶やかさ。
赤い紅をひいた愛らしい口元だけは、昔の日本人形だった野梨子を感じさせる。

「野梨子も元気そうじゃん。頻繁にメールくれるからちっとも久しぶりに思わないな。」

「ふふ、清四郎ともやり取りを続けていますもの。仲睦まじい様子が逐一報告されて、少々うんざりしていますわ。」

「え、そなんだ?」

照れる友人の顔はすっかり大人の女性である。
マジマジと物珍しげに見つめる可憐の胸が、少しだけチクンと痛んだ。

━━━━もう、この子は‘女’なのよね。当たり前か。結婚までしてるんだし。

誰よりも早くにゴールインしてしまった悠理は、その幸せな様子を体現していた。
胸だけではない。
白い肌も、細い髪も、爪の先までもが、輝きに満ちている。
清四郎がどれほど大切にしているかが窺え、可憐はそれをほんのちょっぴり羨ましくなったのだ。

「清四郎は?」

早速冷やかしてやろうと、その人物を探す。

「今、父ちゃん達と控え室で話してるってさ。すぐに来るよ。」

「そう。美童もそろそろ着く頃だわ。フランスから直行するそうよ。」

「相変わらず忙しいんですのね。そういえばこの間も雑誌を賑わせていましたわ。トップモデルのルーシーと浮き名を流しているようで。」

「美童はモテまくってるからな。あたいん家に来る時もたまに彼女を連れてくるぞ。ベタベタしててウザいったらありゃしない。」

「あんた達も似たようなもんだって、あいつから聞いてるわよ?」

すかさず指摘された悠理は反論を試みたが結局出来ず、顔を赤らめた。

そこへ━━━

「おや、随分華やかだと思えば、皆さんお揃いでしたか。」

清四郎が魅録と共に現れる。
ブラックタキシードに紫色のタイは、彼が最近お気に入りの組み合わせだ。
魅録はというと、光沢のあるグレーのジャケットにラメの入ったYシャツ。
髪色こそ茶色に落ち着いてはいるが、その派手な出で立ちから、存在感は半端ない。

「よぉ!元気そうだな。てか、悠理。おまえ、その胸、詐欺みたいだぞ?」

「詐欺ぃ?どこがだよ!」

「おまえ=貧乳って構図が崩れて、清四郎の好みから外れちまったじゃねぇか。」

「は!?」

「魅録!ち、違いますよ!僕は貧乳好みなんかじゃありません!」

慌てる清四郎の頬は赤い。
悠理は自分の胸と夫を交互に見比べ、しょぼんと項垂れた。

「そだったの?清四郎。あたい…………知らなかった。」

「違うと言ってるでしょう!僕は………僕は………」

もどかしい気持ちをどう伝えればいいのか。
しかもこんな場所で。
仲間達の前で!
だが落ち込む妻をそのままには出来ない。

悠理にべた惚れの清四郎は意を決して告白する。

「こほん。た、確かに昔はおまえの発育不良の胸に興奮していました。それはあくまでもこの手で成長させる余地があるだろうと信じていたからです。事実、その通りになって、今はとても満足していますよ。」

ポカンと口を開ける3人。
凜々しくも雄々しい男の台詞に、呆れて物が言えない。

「せ、せぇしろ……皆、びっくりしてるじょ。」

「え、ああ……。本当の事だから仕方有りません。」

そう言って悠理の肩を抱き寄せ、初めて見るセクシーなドレス姿を舐めるように見つめる。

「とても良く似合ってますね。こんなタイプのドレスが似合うとは気付かなかったな。アメリカに戻ったらデザイナーを呼んで、もう何着か作る事にしましょう。」

「え~……これ結構、窮屈なんだぞ?」

「大丈夫、このくらいが一番魅力的です。ああでも、もしかすると、またワンサイズ大きくなるかもしれませんよ。」

「おまえってほんと……スケベ。」

夫婦の赤裸々な会話に3人は真っ赤な顔で俯く。
特に清四郎の饒舌ぶりは耳を疑うほど。
アメリカ生活ももう長い為、やはり向こうの文化に感化されてきたのだろうか。
ともあれ仲間達を無視したまま、二人の甘い空気はふわふわと漂い始めている。
仲睦まじい姿は決して悪くない。
二人の遣り取りに気分をほっこりさせた3人は、しかし彼らの背後に到着した美童には気付かなかった。

「やぁ、皆、揃ってるね。」

「うわ!美童。」

「びっくりしたじゃないの。」

腰まであった金髪を肩に触れるほどまで切りそろえた美童は、注目度の低さを感じ不満そうに呻く。
しかし悠理のドレス姿を目にした途端、ヒュウと口笛を吹いて、何かを納得したように頷いた。

「いいね、悠理。魅力的なバストが引き立つドレスだ。清四郎の鼻の下が伸びきってるよ。」

「伸びてません。」

「いや、伸びてるぜ。」

否定する男はどう足掻いてもその評価を覆すことは出来ないだろう。
実際、情けないほど伸びていた。

「相変わらず仲良し夫婦なようで、ホッとするよ。」

フランスから着いたばかりでも、その疲れを一切感じさせない美童は、本格的にモデル業をこなすようになって、逞しさが少しばかり増したように見える。
アイスブルーのタキシードに紺色のチーフ。
さりげなくダイヤモンドのカフスを着け、その羽振りの良さを見せつけていた。

「さ、パーティの始まりだ。そろそろ飯も出揃う頃だぞ。」

魅録がそう促した相手はもちろん悠理。
彼女は嬉しそうに目を輝かせ、会場のあちらこちらに設置されたテーブルを見回す。

「今日は思いっきり食うんだ!父ちゃんに頼んでいつもより豪勢にしてもらったし。」

「あまり食べ過ぎると明日のドレスが入らなくなりますよ。おまえは限度というものを知らないから・・・・」

「大丈夫だって!」

爪先立ちした悠理は心配する夫の耳元でこそっと囁く。

「ほら・・・・夜はたっぷり運動するんだろ?」

蒸気機関車並みの湯気を頭から上らせた清四郎は、最早いつものクールぶりは維持できない。
野梨子と魅録が首を傾げる中、耳をそばだてていた可憐と美童だけは悠理の天然小悪魔っぷりに驚かされ、口をポカンと開ける。

それぞれが成長し、環境も変わった6人。
しかしどれだけブランクがあっても、彼らの仲睦まじさは変わらない。

『これこそがくされ縁、ですかね。』

そう一人納得した清四郎は、久々に感じる居心地の良さに、ようやく本格的な帰国に向けて頭を働かせ始めた。

『そろそろ子供も欲しいですし、頃合いでしょう。』

輝かんばかりの笑顔を見せる妻を抱き寄せ、満足そうに頷く。
独り占めしたい極上の身体を、子供に分け与えることには抵抗もあるけれど・・・・

「ま、少しくらいは、ね。」

「ん?なに?」

「いえ、後でお話ししますよ。」

清四郎はキョトンと首を傾げる悠理に軽くキスを落とす。
それを見ていた4人がわざとらしい咳払いをしたとて、彼の逞しい腕が美しい妻から離れる事はなかった。